つくも神と腐れオタク

荒雲ニンザ

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41 古のオタ活伝説

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「今と比べたら、昔の同人活動はそりゃあ大変だったわよお……全てがアナログですからね」

 30年、40年、50年昔の話が始まり、昭和の時代が見えてくる。昭和の隣は短い大正で、そのお隣は明治だ。慧の後ろでそのやりとりを隠れて聞いていたつくも神は、何となく覚えている情熱がそれと重なってくると、自然と口元に微笑みをつけた。
 藤原女将の昔話が始まる。

「漫画の原稿用紙なんてないの。ケント紙にトンボを描いて、カラス口っていう道具で枠線を引くの。これが難しくてね、インクが溜まって玉ができたり、隙間が空いちゃったり、まともに描けるようになるまでに何か月もかかったりして」
「ひええ……」
「当然アナログだから、道具も消耗品。ペン先も1本50円とか80円とかするのよ。丸ペンなんて1ページ描いたらもう使えなくなるから、5本ペン軸を用意しておいて、スライドさせて違うコマや効果を描いたりしてたわね」
「ペン先だけでおいくら万円じゃないすかそれ……」
「女将さんは漫画も描いてたのですか?」
「んー、漫画が描けるというか、全部アナログだからね。とにかく人手が足りなくて。みんなの原稿手伝ったりとか、そういうことは死ぬほどやりましたよ」
「トーンがシールだったっていう話は聞いたことあります!」
「あれ昔、1枚1,000円したのよ」
「げええええ!?」
「そのトーンがねえ……くせ者でねえ」

 藤原女将は『ははは』と笑う。

「あの当時のオタクは迫害されていましたから、今みたいにみんなこんなオープンじゃないのですよ。漫画を読んでいるだけでオタクだと言われてちょっと気まずくなっちゃうような時代だったから、女性だと尚のこと恥ずかしがって、ほとんどの方が隠して生活してたんじゃないかな。少なくとも私の周囲のオタクは、誰1人公言している人はいませんでした」
「何ですその地獄……!?」
「オタクって隠して隠せるものなのです!?」
「ね? そう思うでしょう? とても大変なのですよ、オタクがオタクを隠すのは。さっきのトーン1つにしても、細かく切ったり貼ったりしているうちに、どこかにピンと飛んで行ってしまったりするものだから、外出した時とか洋服についてたりするのを誰かに見つけられてヒイイとなることもしばしば……」
「生きるの大変すぎる!!」
「でもそれがトーンだって分かる人はオタクですからね」

 そりゃそうか、と思ってスンとなる。

「シュラバ中になると余裕もなくなってきますからね……お風呂に入ると湯船にトーンが浮いてたりしてね……それがまたその次湯船に入った人にくっついたりしてね……」
「……あらぬ疑いが家族間から外に広がっていくのですねぃ……」
「でも私が大学入るくらいの頃は、もうデジタルがありましたからね。ただ、しっかりしたパソコンが1箱100万とかいう時代なので、買えませんねえ」
「げえ!?」
「それで、今のスマホの計算機に毛が生えたくらいしか性能がないのですよ」
「売り子やってた藤原クンの方がすごそう!!」

 親の前で比較に出してやるな。
 その延長で、藤原女将は楽しそうに問題を出した。

「私が小中学生くらいの頃に同人誌を出そうとすると、いくらくらいかかると思いますか?」
「えっ。うーん……昔だから、印刷所もアナログで大変そうですよね」

 そこで杏花梨が適当に同人誌印刷のサイトから値段表を引っ張ってくる。

「ちなみに、現代の同人誌印刷だと、20ページのフルカラーA5同人誌をオフセットで50部作るのに、約25,000円くらい」

 鈴が唸って答えた。

「じゃあ、昔だし、アナログだし、5万くらい?」
「私は10万くらいいくと思う!」

 慧の答えを聞いてから、藤原女将が答えを言う。

「正確には分からないけど、80万くらいかなー」
「げえええええ!?」
「子供の頃、本を出すのに憧れて、印刷所のパンフレットをもらってきたことがあるの。その時、A5の本文だけで50万だったのを覚えてるわ。今みたいに同人誌印刷というものがなかったから、町にぽつんとある普通の印刷屋さんね」
「むり」
「無理ねー、子供には出せない。だからコピー誌が主流ね。コピーだって1枚100円くらいしていたんですよ。フルカラーコピーなんてなかったし」

 藤原女将はそう言って笑っていたが、鈴と慧は衝撃で溜め息を吐いた。

「昔は同人誌出すのも大変だったんだな……」
「2週間のバイトで出せる現代のありがたみ……」
「そうですね。だから、昔のオタクは働き者じゃないとオタ活できなかった。オタク以外の人達にバカにされていたけれど、一途で真面目で一生懸命。そんな人達だったのですよ、本当は」

 今、目の前にいる藤原女将もそうだ。そしてもう1人、慧の後ろでニコニコ笑って話を聞いているつくも神も、一途で真面目で一生懸命な人物に当てはまる。

 その時だ、藤原女将が何かに気付いた。

「あら、他にも誰かいらっしゃったのね、創作のお友達?」

 その一言で、鈴と慧は一気に素に戻る。
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