つくも神と腐れオタク

荒雲ニンザ

文字の大きさ
上 下
40 / 97

40 太古から伝わるオタク術

しおりを挟む
 何ということだ。杏花梨と大地の母、藤原女将は古の同人オタクだった。鈴と慧はちゃんこ料理藤原で短期のバイトをしていた時にお世話になったオーナーということもあり、パニックですでに脳から質問事項を放り投げて忘れてしまっている。
 そこは年の功。

「実はね、二人がバイトに来た時から気が付いていたんです」
「やはり」
「オタクはオタクを察知する能力がありますからね、ピーンときましたよ」
「分かります……イベント会場行く時、道に迷ったらオタクを探します……」
「ひええ……オタ活するのにバイトしてたのバレてたのかぁ……恥ずかしい……」
「何をおっしゃいます、何も恥ずかしいことなんかないですよ。自分の好きなことを自分の力で切り開く姿は美しいのです」

 何となくこの姿勢がつくも神に似ている気がする。年を取ると人はそうなっていくのだろうか、積み重ねられた経験と年月が言葉に厚みを持たせてくるようにも思える。

「お母さん、慧さんは文字書きなんだって。基本的なこと教えてあげて」
「はいはい、任して頂戴」
「ひええ……しゅみません……お手数お掛けしますうぅ……」

 画面の端に杏花梨が寄り、藤原女将が中央に座る。

「以前、杏花梨から漫画の描き方を伝授されたそうですね」
「伝授」
「はい師父シフ!」

 年は取っても藤原女将もオタクなのだ、彼女にもオタクスイッチがある。それがちゃんこからオタクに切り替わると、言葉の選びも様子がおかしくなる様子。

「じゃあ、核はもう分かっているかと思います。パッション、全ては自由に、その思いの丈をぶつければ良い。これはオーケーですか?」
「オーケーであります!」
「よろしい。ではまず最初に……小説の書き方に、正解はないということを覚えておいて下さい。どんな文字を使ってもいいし、設定も好きでいい」
「えっ!」
「小説の場合は、読者となる人達が『読みやすいか』で、設定を考えます」

 藤原女将が杏花梨のパソコンを操作し始める。さすが古のオタク、パソコンの操作もお手の物だ。パッと画面が切り替わり、文書作成ソフトの1ページが表示される。

「基本的には、漫画原稿と同じようなものです。外枠があり、裁ち切りがある。その内側に約束の大地」
「約束の大地キタ」
「ただ、文字は内側を大きく空けなければいけません。小説は厚みがでるものですから、ノド側に文字が入り込みやすい。内枠からノド側の余白を更に5ミリから1センチ多くつけるのが、読みやすく美しく見せる方法です」
「ふんふん」
「私はこれにプラスして、下に余白を多くつけます」
「その理由は」
「人の目線は上にあるからです。下が広い方が文字が上に印刷されるので、多少読みやすくなるからですね」
「確かに、お腹の上に本を置いて読んだりします」

 そして藤原女将は『あ』の文字を画面いっぱいに入力していく。

「あとは文字の大きさであるポイント数、行間、文字数、このバランスを目で見て、自分が読みやすいと思うものを設定すればいいのですが、ここは完全にお好みです」

 9pt、10pt、11ptと文字の設定を変えてくれたが、慧には何が良いのかよく分からない。

「目安の数字はないのでしょうか……」
「書籍になっているものから文字数を割り出してあるサイトなどがあるので、そちらを参考にするのがいいと思いますよ。そこには画像で余白の大きさなんかも載っていたりしますので、把握しやすいかと思います」
「はい!」

 画面は杏花梨の部屋に戻る。

「でもね、田辺さん。現代の小説書きは色々と優遇されているのですよ」
「どのように?」
「投稿サイトから、印刷所に入稿できちゃうのですよ」
「なん……だと」
「レイアウトもやってくれて、好きな画像をテンプレートとして使えたり、至れり尽くせり」
「にゃにぃぃ!!」
「完全自分でレイアウトを含めてやってしまってもいいのだけれど、こうやって便利なものを使っても創作ができますよ、というお話でした」
 文字は漫画ほど難しいお約束はない。設定さえできれば後は勝手に文章作成ソフトがやってくれる。慧はそれが分かってほっと胸をなで下ろす。
「ありがとうございます! そんな便利な機能があるの、全然知らなかったです!」
「文字はね、いくらでも変更が利くので、後から気が変わったらバンバン変えちゃって大丈夫ですよ。いじり倒しながら自分の気の済む形に持って行く、これが文字の本を出す醍醐味でもあるのです」

 そこまで聞いて、慧に本を出す実感が湧いてきた様子。

「そっか……最初から形を決めてなくても、文字ならコピペして移動もできるから、大体の形を決めておいて、書き始めちゃえばいいんだ」
「そう、昔のような紙の執筆ではなくなりましたからね。デジタルは創作者たちの苦労を大きく減らしてくれた」

 そこでふと、慧は昔のオタ活に興味が湧いた。

「女将さんが同人誌をやってた頃って、どういうカンジだったのですか?」
しおりを挟む
ニンスピの里
感想 2

あなたにおすすめの小説

冬馬君の夏

だかずお
大衆娯楽
あの冬馬君が帰ってきた。 今回は夏の日々のお話 愉快な人達とともに 色んな思い出と出会いに出発!! 祭りやら、キャンプ 旅行などに行く 夏の日々。 (この作品はシリーズで繋がっています。 ここからでも、すぐに話は分かりますが。 登場人物などを知りたい場合には過去作品から読むと分かり易いと思います。) 作品の順番 シリーズ1 「冬馬君の夏休み」 シリーズ2 「冬馬君の日常」 シリーズ3 「冬馬君の冬休み」 短編 「冬休みの思い出を振り返る冬馬君」 の順になっています。 冬馬家族と共に素敵な思い出をどうぞ。

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——? ⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

残業で疲れたあなたのために

にのみや朱乃
大衆娯楽
(性的描写あり) 残業で会社に残っていた佐藤に、同じように残っていた田中が声をかける。 それは二人の秘密の合図だった。 誰にも話せない夜が始まる。

処理中です...