つくも神と腐れオタク

荒雲ニンザ

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36 付喪神から呪いの内訳

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 20畳程度の狭い室内。薄汚れた乳白色の壁には殴り書きの紙が貼られ、スチールの骨組みだけで組まれたラック、床にはワゴン、その他は何もないという素っ気ない店。16歳の少女が入るにはちょっと抵抗があるような雰囲気に気後れしたが、外の誘惑から逃げ込んだ勢いでもう入ってしまったので後の祭り。

「見て鈴ちゃ……」

 慧に呼ばれて顔を向けると、指さす方向に裸の板タブレットが乱雑に積まれているワゴンが見えた。そこには『中古板タブレット』と書かれた紙が貼り付けてあり、900円から始まる安さに2人は目を見開く。

「やっ……す!!」
「何コレ? 箱なし中古ゲームみたいなもの?」

 スマホ向こうにいるつくも神に質問すると、すぐに答えが戻ってきた。

『小生が考えるに、鈴さんはそのうち液晶タブレットが欲しくなると思います。ならば、今は板タブレットを中古で買い、その時まで耐えるべきかと』

「おおっ……鋭い視点……」
「でも……液タブはそもそもの金額が違うのでは……」

『当然経費が足りませんから、冬コミは板タブレットです。貴女たちはまだお若い。この先も創作に情熱を傾けて続けていくなら、きっとその時がくるはずです。その時は、もう必要なものは粗方揃っているはず。液晶タブレットに恐怖を感じはしないでしょう』

 そう言われると、そんな気がしてくる。次の目標みたいなものが設定されて、それはそれで悪い気がしない。

「でも……中古って、壊れたりしない?」

『そこはうまく見定めるのです。比較的劣化の少ないものを選ぶしかありません。まあ販売に回しているくらいのものですから、すぐに壊れるようでしたら交換してくれるはずです。そのお店は交換してくれるお店なので、ご安心下さい』

「さすつく」

 流石つくも神の省略だ。2人ともすでにすっかり忘れていたが、つくもは一応付喪神なのだ。物に取り憑く怪士で妖怪で精霊のような存在。物のことならエキスパートだろう。多分。

『中古板タブレットは、壊れない限り慧さんからのサポートにも使えるでしょう。スマホ対応のものを買うのがよろしいかと』

「そんなのあるんだ」

『今小生に接続できて、スマホ対応の板タブレットをリストアップして送信します』

 次にシュポッという音と共に、流れるようにして板タブレットの品名が並ぶ。

「結構あるね」

『サイズはA4以下がよいかと。小さすぎても描きにくいでしょうし、大きいと金額が上がってしまう。あと、忘れずにペンがついてるものを探して下さい』

 まずつくも神がリストアップしてくれた該当品を探すところからだ。鈴と慧は横長のワゴンに手を突っ込み、1枚ずつ裏の製造明記シールを確認していく。
 なるべく綺麗なもの、平らな面に傷がつきすぎていないもの、描く部分が波うっていないもの、ペンがついているもの、そんな感じでチョイスをする。
 4枚が候補に挙がり、つくも神にそれを確認する。

「これどお?」

『金額次第です。先程モバイルバッテリーも必要だとおっしゃっていたので、使える経費が減ってしまっておりますので』

「ちなみに、いくら使えんの?」

 つくも神にしては、少し間が空いて。

『6,000円内』

「えーっ……!!」

 思わず鈴と慧は声に出してから、店内にいる主に申し訳なさそうに会釈した。

「どうしてそんな少ないの? 2週間分バイトしたんだから、もっと使えるでしょお?」

『内訳を送信します』

 その後、シュポッという音と共に、リストアップされた経費が並ぶ。
 電気代4ヶ月、通信費4ヶ月、モバイルバッテリー、マンガツール本体、2デバイスプラン年会費、板タブレット、左手デバイス、印刷代、搬入費、雑費……。ざっと並んだそれらの金額に、バイト代が消し飛んでいる。

「うそ……やろ……」
「これが呪いの集大成……」

 2人の少女はおもらししそうな顔でガクブル震えだし、4枚候補の板タブを上から見下ろした。

「6,000円以下のやつ……」

 頼むあってくれ! と必死に念じ、5,000円という値札を1枚目に入れて息を吐く。

「アッブネ……」
「セセセセーフ……」

 一応つくも神に確認をとると、GOサインが出た。

「板タブ買うのに……こんなに神経磨り減らしているオタク、他にいるんじゃろか……」

 レジスターのチンという音が心に痛い。
 そしてまた、帰り道は誘惑という罠が張られた危険な戦場。残暑で揺らめくアスファルトが足取りを重くする。
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ニンスピの里
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