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34 イベントの打ち上げ
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やって来たのは、都心からちょっと外れたおしゃれな雰囲気が漂う町。
駅から歩いて数分、そのスペイン料理店は住宅街の中にひっそりと白い壁を光らせていた。
大きな窓からオレンジ色の光が優しく見え、中を覗くと2テーブルの他にカウンターが1本という、かなりこじんまりした家庭的なお店。
杏花梨がドアを開けると、独特のハーブの香りが顔に降りかかる。
「イラッシャイマセー」
サラブレッドのように艶やかなストレートヘアを持つ、目鼻立ちのはっきりした30代くらいの女性がカウンターの向こうから顔を出し、杏花梨を見て太陽のように微笑んだ。おそらく、以前来た彼女を覚えてくれていたのだろう。そんな距離感のある空間。
鈴と慧は間近で外国人を見るのも初めて。ドキドキと上目遣いでその女性を見つめている。
「しゅぺいんの人かしら……」
「彫刻みたいだぁ……」
案内された4人テーブルに座ったものの、メニューを見ても聞いたこともない料理が並んでサッパリ分からない。
「肉とチーズががっつり入ったやつ」
「ラム肉って書いてあるからこれにしよう」
「羊食べるの初めてぇ」
「チーズは?」
「やべえ、スープにとろとろチーズが入ってるだと……正義か」
「アホスープと書いてあるぞ」
「注文しやすい名前にしてくれてんだな」
「バスクチーズケーキってスペインなんだ」
「絶対食べたいやつ」
あーだこーだと言いながら、分からない料理を想像するのも楽しい。杏花梨以外は未成年で、3人16歳ということもあり好奇心旺盛だろう、支払いをする年長者が提案してやった。
「よく分からないやつも頼んでみようよ」
「キャー大冒険」
「ウヒヒッ」
一通り注文し終わると、ようやく落ち着いた。
「今日どうでしたか?」
杏花梨からそう話を切り出してやると、鈴と慧は嬉しそうに笑う。
「めっちゃ勉強になりました」
「大変だったけど、面白かったですぅ」
「大地は?」
「何で僕に聞く」
「藤原クン、何やかんや手伝ってくれてたよね」
「そうなのよ、大ちゃん基本的に優しくて可愛いんです」
「状況を判断して動いただけに過ぎん」
「冷酷無慈悲キャラじゃなかったんや」
「ギャップ萌え?」
オタク独特の訳が分からない話に呆れている大地はさておき、杏花梨は鞄から青いビニール袋を2つ取り出す。
「これ、今日のお礼です。新刊」
「えええええ!!」
鈴と慧は同時に声を張り上げ、店内を見回して縮こまる。
「今日はお手伝いだから、自分たちの分はガマンしようと思ってたのに……」
「筧ぽんた様は神かよぉ~……」
「あと、中に交通費が入っています。おつりは気持ち程度ですが、お手伝いのお小遣いとしてお納め下さい」
「うえええ……」
これが一流の対応というやつか。交通費も多すぎる。おつりと言ってもほぼバイト状態だ。
「こんな楽しい思いをしてお勉強させてもらって……新刊もらって、経費で全部落としてもらって、最後はこじゃれたスペイン料理でシメるのか……」
「至れり尽くせりすぎる……」
感動に震えていると、程なくして料理が運ばれてきた。
大きなフライパンをシェアするスタイルは、鍋好きな日本人の感覚にとてもあう。米料理が多いのも素晴らしい。全体的につっこんで煮る焼くが基本のユルい素朴な雰囲気は堅苦しくもなく、フランスとイタリアとギリシャを足して割ったような、まさに土地の文化そのものといった料理だった。
温かい湯気と共にふわっと香ってくるハーブに目をつむり、これはたまらんと腹が鳴る。
「エビでかいーっ」
「ひゃー、美味しそう……」
トマトやブイヨンがベースとなったそれらは風味豊かで、色彩も色とりどりで目に明るく、艶やかな食材は疲れた身体を存分に労ってくれそうだ。
「では、お疲れ様でした! 本当に今日はありがとー! かんぱーい!」
「かんぱーい!!」
と言っても、未成年はソフトドリンクであるし、会社員は翌日があるので、全員がノンアルコールだ。
茶色いソースたっぷりの謎料理を口に運び、思わず舌鼓を打つ。
「うわっ……めちゃくちゃおいしい……ナニコレ」
唾液腺が開眼するほどしっかりとした旨味。さすが美味い処の国が並んでいる場所だけはある。その豊かな風味は、味蕾を鍛えまくった日本人でも十分堪能できるほど。
「牡蠣苦手だったけどこれは食べられる……」
「イタリア料理に近いのかと思ったが、また違ってうまいなこれは」
「ハマるでしょ!? スペイン料理!!」
何から何まで初めての体験だったが、全てが満足、100点だ。時に嫌なことも起きたが、それすら帳消しにしてくれることばかりで、年を取って人生を思い返した時、今日という日を忘れず覚えているのに気が付く程の感動を覚えた
そしてまた思った。
「ここにつくもがいたらなあ……」
「ねー……」
分かち合いたい時間と空間があるのに、どうしてもそれだけが適わない。
きっとつくも神が今ここにいれば、聞いてもいないのに笑ってこう言うだろう。
「『打ち上げ』の語源は、歌舞伎の太鼓を打ち終えることから来ているのだそうですよ」
駅から歩いて数分、そのスペイン料理店は住宅街の中にひっそりと白い壁を光らせていた。
大きな窓からオレンジ色の光が優しく見え、中を覗くと2テーブルの他にカウンターが1本という、かなりこじんまりした家庭的なお店。
杏花梨がドアを開けると、独特のハーブの香りが顔に降りかかる。
「イラッシャイマセー」
サラブレッドのように艶やかなストレートヘアを持つ、目鼻立ちのはっきりした30代くらいの女性がカウンターの向こうから顔を出し、杏花梨を見て太陽のように微笑んだ。おそらく、以前来た彼女を覚えてくれていたのだろう。そんな距離感のある空間。
鈴と慧は間近で外国人を見るのも初めて。ドキドキと上目遣いでその女性を見つめている。
「しゅぺいんの人かしら……」
「彫刻みたいだぁ……」
案内された4人テーブルに座ったものの、メニューを見ても聞いたこともない料理が並んでサッパリ分からない。
「肉とチーズががっつり入ったやつ」
「ラム肉って書いてあるからこれにしよう」
「羊食べるの初めてぇ」
「チーズは?」
「やべえ、スープにとろとろチーズが入ってるだと……正義か」
「アホスープと書いてあるぞ」
「注文しやすい名前にしてくれてんだな」
「バスクチーズケーキってスペインなんだ」
「絶対食べたいやつ」
あーだこーだと言いながら、分からない料理を想像するのも楽しい。杏花梨以外は未成年で、3人16歳ということもあり好奇心旺盛だろう、支払いをする年長者が提案してやった。
「よく分からないやつも頼んでみようよ」
「キャー大冒険」
「ウヒヒッ」
一通り注文し終わると、ようやく落ち着いた。
「今日どうでしたか?」
杏花梨からそう話を切り出してやると、鈴と慧は嬉しそうに笑う。
「めっちゃ勉強になりました」
「大変だったけど、面白かったですぅ」
「大地は?」
「何で僕に聞く」
「藤原クン、何やかんや手伝ってくれてたよね」
「そうなのよ、大ちゃん基本的に優しくて可愛いんです」
「状況を判断して動いただけに過ぎん」
「冷酷無慈悲キャラじゃなかったんや」
「ギャップ萌え?」
オタク独特の訳が分からない話に呆れている大地はさておき、杏花梨は鞄から青いビニール袋を2つ取り出す。
「これ、今日のお礼です。新刊」
「えええええ!!」
鈴と慧は同時に声を張り上げ、店内を見回して縮こまる。
「今日はお手伝いだから、自分たちの分はガマンしようと思ってたのに……」
「筧ぽんた様は神かよぉ~……」
「あと、中に交通費が入っています。おつりは気持ち程度ですが、お手伝いのお小遣いとしてお納め下さい」
「うえええ……」
これが一流の対応というやつか。交通費も多すぎる。おつりと言ってもほぼバイト状態だ。
「こんな楽しい思いをしてお勉強させてもらって……新刊もらって、経費で全部落としてもらって、最後はこじゃれたスペイン料理でシメるのか……」
「至れり尽くせりすぎる……」
感動に震えていると、程なくして料理が運ばれてきた。
大きなフライパンをシェアするスタイルは、鍋好きな日本人の感覚にとてもあう。米料理が多いのも素晴らしい。全体的につっこんで煮る焼くが基本のユルい素朴な雰囲気は堅苦しくもなく、フランスとイタリアとギリシャを足して割ったような、まさに土地の文化そのものといった料理だった。
温かい湯気と共にふわっと香ってくるハーブに目をつむり、これはたまらんと腹が鳴る。
「エビでかいーっ」
「ひゃー、美味しそう……」
トマトやブイヨンがベースとなったそれらは風味豊かで、色彩も色とりどりで目に明るく、艶やかな食材は疲れた身体を存分に労ってくれそうだ。
「では、お疲れ様でした! 本当に今日はありがとー! かんぱーい!」
「かんぱーい!!」
と言っても、未成年はソフトドリンクであるし、会社員は翌日があるので、全員がノンアルコールだ。
茶色いソースたっぷりの謎料理を口に運び、思わず舌鼓を打つ。
「うわっ……めちゃくちゃおいしい……ナニコレ」
唾液腺が開眼するほどしっかりとした旨味。さすが美味い処の国が並んでいる場所だけはある。その豊かな風味は、味蕾を鍛えまくった日本人でも十分堪能できるほど。
「牡蠣苦手だったけどこれは食べられる……」
「イタリア料理に近いのかと思ったが、また違ってうまいなこれは」
「ハマるでしょ!? スペイン料理!!」
何から何まで初めての体験だったが、全てが満足、100点だ。時に嫌なことも起きたが、それすら帳消しにしてくれることばかりで、年を取って人生を思い返した時、今日という日を忘れず覚えているのに気が付く程の感動を覚えた
そしてまた思った。
「ここにつくもがいたらなあ……」
「ねー……」
分かち合いたい時間と空間があるのに、どうしてもそれだけが適わない。
きっとつくも神が今ここにいれば、聞いてもいないのに笑ってこう言うだろう。
「『打ち上げ』の語源は、歌舞伎の太鼓を打ち終えることから来ているのだそうですよ」
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