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28 算数ができなくなる呪い
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到着5分で『とりあえず販売できる状態』まで持って行った杏花梨を目の当たりにし、鈴と慧は思わず叫んだ。
「すげえええええ!!」
だがポスターを立てたり、スペース内のお片付けまで手が回っていない。ただとりあえず、本を卓上に置いただけだ。
サークルスペースの人達がまず、机の前に群がり始める。
「大ちゃん、販売回って」
大地は嫌な顔を見せたが、どんどん膨らむ人の波を前に首を横に振れない。
「エプロン。お金そこに入れて。他に置かないで身につけてて。全員、貴重品は身につけててね」
買い手さんが本を2冊手に取り、スッとこちらへ出してくる。それを受け取り、ソッコーで暗算。
「800円です」
2冊と冊を交換し、おつり200円を手渡す。
「ありがとうございました」
と言ってる側から次の買い手さんが差し出す本を受け取る。
「500……300が2つで600の……」
5冊、6冊、ものすごいスピードでまとめ買いしていかれると、直前の計算のイメージがまだ脳に残っていて、処理しきれずに頭がこんがらがってくる。
杏花梨は早々に計算機にお任せすることにしたが、大地はまだ暗算でやりとりしていた。
「さすが学年トップ……」
そう思ったが、姉が3つ処理している間、大地が1人だ。慣れもあるだろうが、雰囲気に呑まれて大地がテンパり始めているのが分かる。そう言えば、偉そうなのですっかり忘れていたが、大地は勉強オタクで、こいつもインドアだった。
鈴と慧は後ろで必死にコピーを製本していたが、見る見る減っていく机上の新刊を目に入れて悲鳴を上げていた。
「ぐああ! ホッチキスの弾が……!」
「はっ早く! あと5冊くらいしか乗ってないよぉ!」
焦れば焦るほど、小さなホッチキスの弾はホッチキスの中に装填されてくれない。指先を滑ってぴょいぴょい跳ねる弾丸を何個か落とし、やっと弾を込めると、陰りのある表情でそれを折り畳んでコピーの中央に向ける。1つ製本する度に百戦錬磨のスナイパーのような心境になっていき、また次の獲物に銃口を向ける。
「すみません、スケッチブックいいですか」
その声が耳に入り、サークル側が一瞬凍り付く。今!? 今誰も手が離せない!
しかし杏花梨は手を止め、ニッコリ微笑んで。
「どうぞー!」
「忙しいのにごめんなさい、サークルで今しかこっちの館に来られなくて……」
「大丈夫ですよ。お互い様です! 受け取りは1時過ぎで平気ですか?」
すぐ後ろに、何か袋を持った娘さんも見える。おそらく筧ぽんた神絵師にあげるプレゼントだろう。きっと一生懸命用意したに違いないと思うと、ここで邪険にできるはずもなく。
「ちょっと待っててくださいね。なるべくこちら側に寄っていただけますか。後ろ通行できなくなってしまうので、ご協力お願いします」
そう言いつつ、空いた箱を潰して空間を空け、横に広がる荷物を少しでも少なくしていく杏花梨。一分一秒気を抜いていない。
鈴と慧の腹に力がこもる。
「しゅ……周囲の気配りがハンパねえ……」
「どこに目がついてるの……」
「今思えば……筧ぽんたさんはいつでもサワヤカに対応してくれていた」
「むっちゃサラッとやってるように見えたけど……スペース回してる人達、ものすんごい大変だったんだねぃ……」
鈴と慧はまだ、コピー本を折ったり、コピーの真ん中に銃口を突きつけてスナイパー気分になったりくらいしかしていない。
「わしら入場時間ギリギリに来ちまったけど……」
「とんでもない悪じゃん……」
つくも神が再三早く行動しろと言っていた意味がようやく理解できた。杏花梨はこうなることが分かっていたから自分たちに売り子をお願いしていたというのに、用意をするどころか一般入場開始ちょっと前にスペースに入り、箱の一つも空けていなかった。そら顔を見た瞬間に大地が怒るわけだと思い、猛反省してシュンとなる。
はっと気が付くとコピー本に赤い染みがついており、鈴は慌てて手を確認した。
「ひえっ、紙で切っちゃってる」
「えっ、大丈夫?」
「気が付かなかった……どうしよう、血が出てコピー誌についちゃう」
「バンドエイド持ってるよ」
と思ったが、鞄はスペースの奥底にしまわれて取り出せそうにない。
すると杏花梨が手前の箱から化粧ポーチを取り出し、鈴に投げ渡す。
「中にばんそこ入ってるから使って」
さすが大手のサークル主。何から何まで手際が良い。
慧に製本を任せ、鈴は急いで治療に回る。
「紙を扱うから、こういうのも注意なんだね」
「そう言えば、どんどん手の脂が紙に吸い込まれて、カサカサになってきてるよ」
「これ冬場、乾燥してやばいのでは」
しかし今は夏。湿気った空気が本を波立たせ、コピーの製本をやりにくくさせている。
そこで杏花梨が負傷した鈴に声をかけた。
「鈴さん、販売に回ってください」
「げえっ!?」
「すげえええええ!!」
だがポスターを立てたり、スペース内のお片付けまで手が回っていない。ただとりあえず、本を卓上に置いただけだ。
サークルスペースの人達がまず、机の前に群がり始める。
「大ちゃん、販売回って」
大地は嫌な顔を見せたが、どんどん膨らむ人の波を前に首を横に振れない。
「エプロン。お金そこに入れて。他に置かないで身につけてて。全員、貴重品は身につけててね」
買い手さんが本を2冊手に取り、スッとこちらへ出してくる。それを受け取り、ソッコーで暗算。
「800円です」
2冊と冊を交換し、おつり200円を手渡す。
「ありがとうございました」
と言ってる側から次の買い手さんが差し出す本を受け取る。
「500……300が2つで600の……」
5冊、6冊、ものすごいスピードでまとめ買いしていかれると、直前の計算のイメージがまだ脳に残っていて、処理しきれずに頭がこんがらがってくる。
杏花梨は早々に計算機にお任せすることにしたが、大地はまだ暗算でやりとりしていた。
「さすが学年トップ……」
そう思ったが、姉が3つ処理している間、大地が1人だ。慣れもあるだろうが、雰囲気に呑まれて大地がテンパり始めているのが分かる。そう言えば、偉そうなのですっかり忘れていたが、大地は勉強オタクで、こいつもインドアだった。
鈴と慧は後ろで必死にコピーを製本していたが、見る見る減っていく机上の新刊を目に入れて悲鳴を上げていた。
「ぐああ! ホッチキスの弾が……!」
「はっ早く! あと5冊くらいしか乗ってないよぉ!」
焦れば焦るほど、小さなホッチキスの弾はホッチキスの中に装填されてくれない。指先を滑ってぴょいぴょい跳ねる弾丸を何個か落とし、やっと弾を込めると、陰りのある表情でそれを折り畳んでコピーの中央に向ける。1つ製本する度に百戦錬磨のスナイパーのような心境になっていき、また次の獲物に銃口を向ける。
「すみません、スケッチブックいいですか」
その声が耳に入り、サークル側が一瞬凍り付く。今!? 今誰も手が離せない!
しかし杏花梨は手を止め、ニッコリ微笑んで。
「どうぞー!」
「忙しいのにごめんなさい、サークルで今しかこっちの館に来られなくて……」
「大丈夫ですよ。お互い様です! 受け取りは1時過ぎで平気ですか?」
すぐ後ろに、何か袋を持った娘さんも見える。おそらく筧ぽんた神絵師にあげるプレゼントだろう。きっと一生懸命用意したに違いないと思うと、ここで邪険にできるはずもなく。
「ちょっと待っててくださいね。なるべくこちら側に寄っていただけますか。後ろ通行できなくなってしまうので、ご協力お願いします」
そう言いつつ、空いた箱を潰して空間を空け、横に広がる荷物を少しでも少なくしていく杏花梨。一分一秒気を抜いていない。
鈴と慧の腹に力がこもる。
「しゅ……周囲の気配りがハンパねえ……」
「どこに目がついてるの……」
「今思えば……筧ぽんたさんはいつでもサワヤカに対応してくれていた」
「むっちゃサラッとやってるように見えたけど……スペース回してる人達、ものすんごい大変だったんだねぃ……」
鈴と慧はまだ、コピー本を折ったり、コピーの真ん中に銃口を突きつけてスナイパー気分になったりくらいしかしていない。
「わしら入場時間ギリギリに来ちまったけど……」
「とんでもない悪じゃん……」
つくも神が再三早く行動しろと言っていた意味がようやく理解できた。杏花梨はこうなることが分かっていたから自分たちに売り子をお願いしていたというのに、用意をするどころか一般入場開始ちょっと前にスペースに入り、箱の一つも空けていなかった。そら顔を見た瞬間に大地が怒るわけだと思い、猛反省してシュンとなる。
はっと気が付くとコピー本に赤い染みがついており、鈴は慌てて手を確認した。
「ひえっ、紙で切っちゃってる」
「えっ、大丈夫?」
「気が付かなかった……どうしよう、血が出てコピー誌についちゃう」
「バンドエイド持ってるよ」
と思ったが、鞄はスペースの奥底にしまわれて取り出せそうにない。
すると杏花梨が手前の箱から化粧ポーチを取り出し、鈴に投げ渡す。
「中にばんそこ入ってるから使って」
さすが大手のサークル主。何から何まで手際が良い。
慧に製本を任せ、鈴は急いで治療に回る。
「紙を扱うから、こういうのも注意なんだね」
「そう言えば、どんどん手の脂が紙に吸い込まれて、カサカサになってきてるよ」
「これ冬場、乾燥してやばいのでは」
しかし今は夏。湿気った空気が本を波立たせ、コピーの製本をやりにくくさせている。
そこで杏花梨が負傷した鈴に声をかけた。
「鈴さん、販売に回ってください」
「げえっ!?」
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