つくも神と腐れオタク

荒雲ニンザ

文字の大きさ
上 下
28 / 97

28 算数ができなくなる呪い

しおりを挟む
 到着5分で『とりあえず販売できる状態』まで持って行った杏花梨を目の当たりにし、鈴と慧は思わず叫んだ。

「すげえええええ!!」

 だがポスターを立てたり、スペース内のお片付けまで手が回っていない。ただとりあえず、本を卓上に置いただけだ。
 サークルスペースの人達がまず、机の前に群がり始める。

「大ちゃん、販売回って」

 大地は嫌な顔を見せたが、どんどん膨らむ人の波を前に首を横に振れない。

「エプロン。お金そこに入れて。他に置かないで身につけてて。全員、貴重品は身につけててね」

 買い手さんが本を2冊手に取り、スッとこちらへ出してくる。それを受け取り、ソッコーで暗算。

「800円です」

 2冊と冊を交換し、おつり200円を手渡す。

「ありがとうございました」

 と言ってる側から次の買い手さんが差し出す本を受け取る。

「500……300が2つで600の……」

 5冊、6冊、ものすごいスピードでまとめ買いしていかれると、直前の計算のイメージがまだ脳に残っていて、処理しきれずに頭がこんがらがってくる。
 杏花梨は早々に計算機にお任せすることにしたが、大地はまだ暗算でやりとりしていた。

「さすが学年トップ……」

 そう思ったが、姉が3つ処理している間、大地が1人だ。慣れもあるだろうが、雰囲気に呑まれて大地がテンパり始めているのが分かる。そう言えば、偉そうなのですっかり忘れていたが、大地は勉強オタクで、こいつもインドアだった。
 鈴と慧は後ろで必死にコピーを製本していたが、見る見る減っていく机上の新刊を目に入れて悲鳴を上げていた。

「ぐああ! ホッチキスの弾が……!」
「はっ早く! あと5冊くらいしか乗ってないよぉ!」

 焦れば焦るほど、小さなホッチキスの弾はホッチキスの中に装填されてくれない。指先を滑ってぴょいぴょい跳ねる弾丸を何個か落とし、やっと弾を込めると、陰りのある表情でそれを折り畳んでコピーの中央に向ける。1つ製本する度に百戦錬磨のスナイパーのような心境になっていき、また次の獲物に銃口を向ける。

「すみません、スケッチブックいいですか」

 その声が耳に入り、サークル側が一瞬凍り付く。今!? 今誰も手が離せない!
 しかし杏花梨は手を止め、ニッコリ微笑んで。

「どうぞー!」
「忙しいのにごめんなさい、サークルで今しかこっちの館に来られなくて……」
「大丈夫ですよ。お互い様です! 受け取りは1時過ぎで平気ですか?」

 すぐ後ろに、何か袋を持った娘さんも見える。おそらく筧ぽんた神絵師にあげるプレゼントだろう。きっと一生懸命用意したに違いないと思うと、ここで邪険にできるはずもなく。

「ちょっと待っててくださいね。なるべくこちら側に寄っていただけますか。後ろ通行できなくなってしまうので、ご協力お願いします」

 そう言いつつ、空いた箱を潰して空間を空け、横に広がる荷物を少しでも少なくしていく杏花梨。一分一秒気を抜いていない。
 鈴と慧の腹に力がこもる。

「しゅ……周囲の気配りがハンパねえ……」
「どこに目がついてるの……」
「今思えば……筧ぽんたさんはいつでもサワヤカに対応してくれていた」
「むっちゃサラッとやってるように見えたけど……スペース回してる人達、ものすんごい大変だったんだねぃ……」

 鈴と慧はまだ、コピー本を折ったり、コピーの真ん中に銃口を突きつけてスナイパー気分になったりくらいしかしていない。

「わしら入場時間ギリギリに来ちまったけど……」
「とんでもない悪じゃん……」

 つくも神が再三早く行動しろと言っていた意味がようやく理解できた。杏花梨はこうなることが分かっていたから自分たちに売り子をお願いしていたというのに、用意をするどころか一般入場開始ちょっと前にスペースに入り、箱の一つも空けていなかった。そら顔を見た瞬間に大地が怒るわけだと思い、猛反省してシュンとなる。

 はっと気が付くとコピー本に赤い染みがついており、鈴は慌てて手を確認した。

「ひえっ、紙で切っちゃってる」
「えっ、大丈夫?」
「気が付かなかった……どうしよう、血が出てコピー誌についちゃう」
「バンドエイド持ってるよ」

 と思ったが、鞄はスペースの奥底にしまわれて取り出せそうにない。
 すると杏花梨が手前の箱から化粧ポーチを取り出し、鈴に投げ渡す。

「中にばんそこ入ってるから使って」

 さすが大手のサークル主。何から何まで手際が良い。
 慧に製本を任せ、鈴は急いで治療に回る。

「紙を扱うから、こういうのも注意なんだね」
「そう言えば、どんどん手の脂が紙に吸い込まれて、カサカサになってきてるよ」
「これ冬場、乾燥してやばいのでは」

 しかし今は夏。湿気った空気が本を波立たせ、コピーの製本をやりにくくさせている。
 そこで杏花梨が負傷した鈴に声をかけた。

「鈴さん、販売に回ってください」
「げえっ!?」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

処理中です...