27 / 97
27 開場時間ギリギリコピー製本
しおりを挟む
サークル入場時間内に入れはしたが、スペースに到着したのは9時半。そこにいたのはすでにボロボロになっている藤原大地で、鈴と慧を見るなり声を荒げてきた。
「遅いっ! 今何時だと思ってる!!」
「つか何で藤原クンがいんの!?」
大地はクッと唇を噛みしめ、机の上に広げたコピーの束を一度ゲンコツで叩いた。
「クソ姉貴が……朝まで原稿をやっていやがって……」
そう言えば杏花梨の姿が見えない。
「杏花梨さんは?」
「今コピー中だ!」
「うへえ……」
最悪大地を召喚すると言っていたが、その通りになってしまったらしい。夏休み最終日に駆り出されるパンピーの弟の心境を考えると、ご愁傷様としか言えない。
「おいっ、このコピーを半分に折って左上から全部重ねていけ。杏花梨が来たら、表紙をつけてホッチキスで止める」
何となく進行が手慣れているのは気のせいだろうか。おそらく家でもやらされていたのだろうと察する。
杏花梨のサークルが配置された場所は、スペースの『島』と呼ばれる場所だ。細長いドーナツ状の形で長机が並べられており、上下両端に島端スペースがある。それを2スペース分の机1本、購入して借りている状態。
頂天の後ろには横並びでサークルが机を並べている。
島の位置にいる人達を、オタク界隈では『弱小~中堅』と表す。『ウチは弱小サークルだから』や『あそこは中堅大手さんでしょう?』など、境目は個人に委ねられているところがあり、曖昧なものだ。
この他に『壁サークル』というものがあり、『大手』と呼ばれる人達が並ぶスペースがある。大部数搬入の人達なので、満場一致で大手である。
これらはイベント側が部数や認知度などを考慮して設営していくもので、サークル側が好きに場所をとれるわけではない。
「今日は壁じゃないんだねぃ」
そんな素朴な疑問が慧の口から出たが、搬入計画によっては大手も中堅扱いで島の端に入れられることは多々ある。イベント規模によってそのあたりもまちまちだ。
2人がスペースの外でモタモタコピーを折り始めると、すぐ後ろのサークルにいる女性が何かを呟いた。
「中堅が大部数書いて申告してたのバレバレ」
ん? と思い、何故かトゲが刺さったような感覚に鈴と慧が顔を上げる。視線の先に20代から30代あたりの女性が5人がおり、こちらを見ないようにひそひそ何かを言い合って、ニヤニヤと嘲笑している姿が飛び込んだ。
その時は何だろうと思ったくらいだったが、不快感というか、不愉快さはモヤモヤと残っている。
開場5分前になると、ようやく大荷物の杏花梨が到着した。
「すみません! 遅くなりました! ごめんよおおお!」
杏花梨は鈴と慧に謝罪した後、スペースの中にいる大地に声をかけ、最後に右後ろ隣にいるスペース主らしき人物に挨拶をする。
「おはようございます! 今日は一日よろしくお願いします」
相手はこちらをチラリと見た後、一瞬の間を置いて顔を戻すと、再び5人で談話を続けて笑い始めた。
鈴も慧も、スペースの中にいた大地さえも、眉間に皺が寄り、大きなハテナマークが頭上に飛び出した程だ。
どう見ても今、無視したよな、と思いはしたが、杏花梨は気にする様子もなく、また逆の左後ろ隣にいるサークル主に挨拶をしにいく。
「おはようございます! 今日はよろしくお願いします」
そのスペース主は何度か忙しなく瞬きをした後、無表情のまま視線を合わせないように会釈する。
「あ……はあ。よろしく……お願いします……」
鈴と慧は違和感で動きを止めてしまったが、戻ってきた杏花梨はいつも通り。
「ごめんごめん! 大ちゃん表紙これ! 私スペースの用意するから、半分机空けて!」
「空けてって……どこに置くんだよこの紙の束を!?」
「椅子の上置いて、あと、ダンボールの上使って」
大ちゃん呼ばわりされても文句を返せないほど慌ただしい。
開場5分前の放送が流れ始め、軽快な音楽が響き始めると、鈴と慧は妙な汗をかいてきた。
「こ……これは、間に合わないのでは……?」
「大丈夫! イケる!」
猛スピードで後ろの荷物を机の下に収納し始めた杏花梨は、残像が残りそうな手際の良さで全員分の荷物もまとめあげ、あっという間に作業スペースを後ろに作り出した。
開場の合図が入り、拍手がぱらぱらと耳に入った後、スペースの外に立ってコピーを折っていた鈴と慧に言う。
「始まったからスペース内に入って!」
杏花梨はカッターを筆箱から取り出し、ダンボールを開封すると机の上に既刊を並べていく。ドン、ドン、ドンと5種類置いた後、鞄から小銭入れを出し、落とさないように端っこにセット。黒い腰巻きエプロンをさっと巻き、残り3つのエプロンを椅子の上へ。
「これ、みんなの分ね」
箱の奥底から小物入れを探り当て、その中に入っている値札を見本誌に貼っていく。
買い手さんが館内の入口から流れ込んできたと同時に、杏花梨の姿勢がピンとなった。
「よっしゃあ! 間に合った!」
机にはB5程度のスペースが空いており、そこに製本した新刊を置けと姉の視線が弟に向く。
「新刊300円!」
「遅いっ! 今何時だと思ってる!!」
「つか何で藤原クンがいんの!?」
大地はクッと唇を噛みしめ、机の上に広げたコピーの束を一度ゲンコツで叩いた。
「クソ姉貴が……朝まで原稿をやっていやがって……」
そう言えば杏花梨の姿が見えない。
「杏花梨さんは?」
「今コピー中だ!」
「うへえ……」
最悪大地を召喚すると言っていたが、その通りになってしまったらしい。夏休み最終日に駆り出されるパンピーの弟の心境を考えると、ご愁傷様としか言えない。
「おいっ、このコピーを半分に折って左上から全部重ねていけ。杏花梨が来たら、表紙をつけてホッチキスで止める」
何となく進行が手慣れているのは気のせいだろうか。おそらく家でもやらされていたのだろうと察する。
杏花梨のサークルが配置された場所は、スペースの『島』と呼ばれる場所だ。細長いドーナツ状の形で長机が並べられており、上下両端に島端スペースがある。それを2スペース分の机1本、購入して借りている状態。
頂天の後ろには横並びでサークルが机を並べている。
島の位置にいる人達を、オタク界隈では『弱小~中堅』と表す。『ウチは弱小サークルだから』や『あそこは中堅大手さんでしょう?』など、境目は個人に委ねられているところがあり、曖昧なものだ。
この他に『壁サークル』というものがあり、『大手』と呼ばれる人達が並ぶスペースがある。大部数搬入の人達なので、満場一致で大手である。
これらはイベント側が部数や認知度などを考慮して設営していくもので、サークル側が好きに場所をとれるわけではない。
「今日は壁じゃないんだねぃ」
そんな素朴な疑問が慧の口から出たが、搬入計画によっては大手も中堅扱いで島の端に入れられることは多々ある。イベント規模によってそのあたりもまちまちだ。
2人がスペースの外でモタモタコピーを折り始めると、すぐ後ろのサークルにいる女性が何かを呟いた。
「中堅が大部数書いて申告してたのバレバレ」
ん? と思い、何故かトゲが刺さったような感覚に鈴と慧が顔を上げる。視線の先に20代から30代あたりの女性が5人がおり、こちらを見ないようにひそひそ何かを言い合って、ニヤニヤと嘲笑している姿が飛び込んだ。
その時は何だろうと思ったくらいだったが、不快感というか、不愉快さはモヤモヤと残っている。
開場5分前になると、ようやく大荷物の杏花梨が到着した。
「すみません! 遅くなりました! ごめんよおおお!」
杏花梨は鈴と慧に謝罪した後、スペースの中にいる大地に声をかけ、最後に右後ろ隣にいるスペース主らしき人物に挨拶をする。
「おはようございます! 今日は一日よろしくお願いします」
相手はこちらをチラリと見た後、一瞬の間を置いて顔を戻すと、再び5人で談話を続けて笑い始めた。
鈴も慧も、スペースの中にいた大地さえも、眉間に皺が寄り、大きなハテナマークが頭上に飛び出した程だ。
どう見ても今、無視したよな、と思いはしたが、杏花梨は気にする様子もなく、また逆の左後ろ隣にいるサークル主に挨拶をしにいく。
「おはようございます! 今日はよろしくお願いします」
そのスペース主は何度か忙しなく瞬きをした後、無表情のまま視線を合わせないように会釈する。
「あ……はあ。よろしく……お願いします……」
鈴と慧は違和感で動きを止めてしまったが、戻ってきた杏花梨はいつも通り。
「ごめんごめん! 大ちゃん表紙これ! 私スペースの用意するから、半分机空けて!」
「空けてって……どこに置くんだよこの紙の束を!?」
「椅子の上置いて、あと、ダンボールの上使って」
大ちゃん呼ばわりされても文句を返せないほど慌ただしい。
開場5分前の放送が流れ始め、軽快な音楽が響き始めると、鈴と慧は妙な汗をかいてきた。
「こ……これは、間に合わないのでは……?」
「大丈夫! イケる!」
猛スピードで後ろの荷物を机の下に収納し始めた杏花梨は、残像が残りそうな手際の良さで全員分の荷物もまとめあげ、あっという間に作業スペースを後ろに作り出した。
開場の合図が入り、拍手がぱらぱらと耳に入った後、スペースの外に立ってコピーを折っていた鈴と慧に言う。
「始まったからスペース内に入って!」
杏花梨はカッターを筆箱から取り出し、ダンボールを開封すると机の上に既刊を並べていく。ドン、ドン、ドンと5種類置いた後、鞄から小銭入れを出し、落とさないように端っこにセット。黒い腰巻きエプロンをさっと巻き、残り3つのエプロンを椅子の上へ。
「これ、みんなの分ね」
箱の奥底から小物入れを探り当て、その中に入っている値札を見本誌に貼っていく。
買い手さんが館内の入口から流れ込んできたと同時に、杏花梨の姿勢がピンとなった。
「よっしゃあ! 間に合った!」
机にはB5程度のスペースが空いており、そこに製本した新刊を置けと姉の視線が弟に向く。
「新刊300円!」
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説

You Could Be Mine ぱーとに【改訂版】
てらだりょう
恋愛
高身長・イケメン・優しくてあたしを溺愛する彼氏はなんだかんだ優しいだんなさまへ進化。
変態度も進化して一筋縄ではいかない新婚生活は甘く・・・はない!
恋人から夫婦になった尊とあたし、そして未来の家族。あたしたちを待つ未来の家族とはいったい??
You Could Be Mine【改訂版】の第2部です。
↑後半戦になりますので前半戦からご覧いただけるとよりニヤニヤ出来るので是非どうぞ!
※ぱーといちに引き続き昔の作品のため、現在の状況にそぐわない表現などございますが、設定等そのまま使用しているためご理解の上お読みいただけますと幸いです。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

闇に蠢く
野村勇輔(ノムラユーリ)
ホラー
関わると行方不明になると噂される喪服の女(少女)に関わってしまった相原奈央と相原響紀。
響紀は女の手にかかり、命を落とす。
さらに奈央も狙われて……
イラスト:ミコトカエ(@takoharamint)様
※無断転載等不可
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる