つくも神と腐れオタク

荒雲ニンザ

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15 オタクの体力

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 翌日。
 枕元に投げ出された鈴のスマホがアラームを慣らしている。それは鈴の推しメンの声で、オーウェン様のおはようアラームだ。

『起きろ、いつまで寝ている。俺と世界を救うんだろ? ぐずぐずするな。置いて行っちまうぞ……おい』

 持ち主は起きる様子もなく、大口を開けて今にも垂れそうなヨダレを光らせている。見かねたつくも神がスリープを解除し、オタク部屋に姿を現した。

「鈴さん、起きる時間ですよ」
「ア……? オーウェン様ついに次元を超えた……?」
「いや違いますよ、しっかりしてください。小生があんなアウトローな御仁に見えますか?」

 そういうキャラらしい。鈴の意識が現実に戻りはじめると、つくも神のほのぼのした書生姿を目にして溜め息を吐いた。

「……ガッカリだよ」
「早く起きて着替えないと、慧さんが迎えに来てしまいますよ」
「慧は子供の頃からの幼馴染みだから、私のズタボロな姿を知っている。別に構わんのじゃ……」

 とは言え、ずっと寝てもいられないので身体を起こすと、ベッドの端に座って大あくびをする。

「半日以上拘束されて、働いて勉強して……すでに2日目で寝ても疲れがとれなくなってきた」
「インドア生活が祟って、元々の体力があまりなかったようですからね。続けていれば少しずつ慣れてくると思いますよ」
「オタ活するにも、これじゃ体力が足りなくて原稿できないよぉ」

 それを聞いたつくも神が『ふむ』と唸る。

「確かに。『その後』がありますからね」
「その後って?」
「本番は、即売会なのでは?」
「ハッ……そうか!」

 言われてみればそうである。原稿を描くのは大変であるが、それはお祭りに参加する入場チケットのようなもの。印刷所に入稿した後は即売会まで猶予がある。お祭りこそ本番、いわばコミケがそれなのだ。

「イベントは一般参加でしか行ったこと無いけど、本を買いに歩くのも結構大変なんだよ。まず埼玉から有明まで行かないとなんないじゃんか。東京の隣とは言え、わしらの城は細長い埼玉の端っこだから、電車の乗り継ぎ悪いと2時間かかんじゃんか……」
「小旅行ですね」
「そうなのですよ」

 そこでまたつくも神が考える。

「これは……コミケ前に一度、他のイベントにサークルとして出て、流れを経験してみた方がよろしいのでは」
「え、なんで」
「即売会で何をするか、ちゃんと把握できていますか?」
「本を売る」

 やはりな、とつくも神が声を詰まらせる。

「お友達に、サークル活動をしているオタク様はいらっしゃらないのですか?」
「慧」
「その他に」
「友達おらん」

 哀しい事実に直面し、鈴が項垂れるのを慌ててつくも神が励ました。

「だ、大丈夫です! また出費がかかりますが、自サークルでスペースを取って参加すれば、他の友達は必要ありませんし……」
「あ」

 つくも神が話している最中、鈴が何かを思い出したように顔を上げる。

「藤原大地の姉がいる」
「ん?」
「大地のお姉ちゃん、オタクで、サークル活動してるっぽい」
「おお! それですそれ!」

 つくも神は喜んだが、鈴はよく分かっていない様子。

「どうすんの?」
「大地さんの姉君に頼んで、サークルの手伝いをさせていただくのです」
「げえっ!? む……むりだよ! 話したこともない人だよ!?」
「まずは大地さんに事情を説明して、姉上に通じていただくのです」
「ど……どうやって?」
「ほら、丁度自由研究の話をしていたじゃないですか。創作活動をしている姉上からその話を聞きたいと言えば、きっと通してくださいますよ」

 鈴が低い声で唸っていると、ドアの向こうから慧の声とノックが聞こえた。

「鈴ちゃー、まだー?」

 ハッとした鈴が時計を見ると、9時15分。

「やばい! バイト遅刻する!」

 咄嗟にベッドから飛び降りてたんすを開けると、今日着ていく洋服をあさり始めた。

「今の話、慧さんに相談しておいてくださいね」
「うぬぬ……仕方ねえ……! 分かったから早く封印されれ! 着替えないと遅れる!」
「はいはい」

 そう頷くと、つくも神は青白い光となった後、細かく散って姿を消した。
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ニンスピの里
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