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9 バイト先は同学年の店
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こんなはずでは無かった。
お小遣いを貯めて、中古でもいいからタブレットを買えたら、ペイントソフトをサブスクで月借りして、憧れのデジタル入稿! 高校生でも重くない希望で、そんなことを思い浮かべてワクワクしていたのに。
着慣れない紺色の作務衣を着せられ、死んだ魚の目の鈴と慧は厨房の中で皿洗いをしている。
「くそう……つくもの野郎……、何でちゃんこ料理屋なんだよぉ……」
つくも神が選んだバイトは、自宅から徒歩20分、ファミリーレストラン程の広さがあるダイニングレストランだ。鍋料理専門なので全ての部屋が個室で構成されているというちょっと珍しいお店。やってくるのは家族がメインなので大人数ばかりだが、全席個室なので実は座席数として考えると少ない上に、囲ってしまえば客と顔を合わせるのは料理を運ぶ時だけ。しかも鍋は食べるまでに時間がかかるので、ピーク時以外はとても暇とかいう、働くには素晴らしい店である。
「黒くてシュッとした腰巻きエプロンでコーヒーとか運びたい人生だった……」
「でも鈴ちゃ……お客さんは個室に入って見えないから人目を気にしなくていいし、我々も個室に入って清掃だから誰にも会わなくて済むし、つくもさんインドアオタクの心をよく分かっていらっしゃるよ……」
「確かに、AIじゃこんな繊細な気遣いはむりだ」
「ご利益だねぃ」
「ご利益があったら、わしら2人、今頃ここにはいないじゃろ……」
横にどんどん積み重ねられていく鍋や皿に圧迫され、必死に手を動かして泡を立てていく鈴と慧。
「この調子じゃ、夏休みの2週間はバイトでつぶれる……。先にお小遣いでペンタブを買ったとしても、描いてる時間をとれるかどうかは分からないよお」
「夏休みの宿題、たっぷりあるもんねえ……」
「こうなったらつくもにやらせるマン」
「100%断られるマン」
そこで背後から声をかけられる。
「そろそろお昼の混雑時間終わるから、その洗い物が済んだら休憩して大丈夫よ」
「あ、はーい」
声をかけてきたのはここのオーナーで、藤原さんという女将だ。ベーシックな薄化粧にショートカットで、紺色の着物を着慣れた様子で着ている様は、何とも格好良く見える。ピークタイムが過ぎて調理場が落ち着いたので、新人のバイトと軽いスキンシップを試みてきた様子。しっかりした応対の苦手なオタク的にはドキッとするが、当然仕事の延長であるので会話を拒否できない
「2人とも、彩中央高校の子よね?」
「はい。夏休みに……バイトしに来ました」
「ウチの末の子も彩中央なのよ。同じ年だから知ってるんじゃないかしら」
「えっ」
「藤原大地って子、知らない?」
その名に心当たりがあり、食器を洗っていた手が思わず止まる。
「藤原……大地。……藤原大地!?」
「学年トップの藤原大地!?」
鈴と慧が思わず大声で呼び捨てした後、目の前にいるのが母親だと気が付いてスンと身を縮める。
「しゅみませ……」
藤原女将は楽しそうに笑って流し、話を続けてきた。
「そんなことより2人とも偉いわねー。夏休みなんて、高校入って始めの大型連休じゃない。もうバイトしようと思って働きに出てるなんてしっかりしてるわ」
「ほ……欲しいものが、あって」
「立派な目的ですね」
こんな大人な女性で淑女で、しかも店を一軒持っているオーナーさんに、そんな言葉をもらえるとは思ってもいなかった鈴と慧は、頭が真っ白になった。
こういう時、どういう言葉を返せばいいのだ。そんな焦りが汗となり、ほとんど動いていない時間をじりじりと長時間に感じて、2人で気を揉んでみたり。
それを察してくれるのも、大人な女性のテクニックである。藤原女将は話を続けてくれた。
「ウチの大地は全~然ダメ。勉強以外に興味ないみたいで、欲しい物も特にないみたいだし、夏休みだっていうのに部屋に閉じこもりっぱなしよ。貴女たちみたいに、子供らしく何かに夢中でキラキラしててほしいのに」
「ま……まあ、夏の埼玉、外、灼熱ですから……」
「クーラーの利いた室内で1人キラキラしてるかもしれませんし……」
2人ともインドア最高派なのでそういう思考になってしまうが、これがオタク高校生には精一杯な返しだった。
「ねえ、さっき宿題で困ってなかった? ウチの子と一緒にやらない?」
「ゲッ!?」
母親相手に思わずゲと言ってしまったが、まあそりゃゲだろう。見知らぬ思春期を3人組み合わせるとか大事故確定すぎて、たまらず鈴と慧は手を止めて泡を振りまきはじめる。
「いやいやいやいや、マズイっすよ……!」
「学年トップの子にそんな……!」
「夏休みどこにも行かないっていうのよ? お姉ちゃんは友達とコミケに参加したりして交友関係は広いのに、下の子は友達いないみたいで……」
「ファッ!?」
ここにきて、この店にオタク姉がいる情報を入手したが、そんな娘のオタ活について親が他人にペラペラ話してはいけないと、2人の冷や汗はだらだらと額を下りてきた。
「やややや……ウチら2人とも、大地クンとは別のクラスですし……」
「時給50円プラスして、まかない2食分出してあげちゃう」
突然交渉に入る藤原女将の前で、小娘2人の顔色が変わる。
「くっ……!!」
「うあああ……6時間で300円……2週間で4,000円越えるぅぅ……!!」
「しかも宿題も終わる……更に学年トップに教えてもらって、ミスなし提出……! すなわちこれ成績に直結……!」
「お昼に食べたまかない丼美味しかった……あれが2回……!」
もう抗えない。
2人とも冷や汗を垂らしながら、心裏腹な気持ち悪い笑みを浮かべて泡だらけの手を揉んだ。
「よ、よろしくしてもらっても……いっすか……」
お小遣いを貯めて、中古でもいいからタブレットを買えたら、ペイントソフトをサブスクで月借りして、憧れのデジタル入稿! 高校生でも重くない希望で、そんなことを思い浮かべてワクワクしていたのに。
着慣れない紺色の作務衣を着せられ、死んだ魚の目の鈴と慧は厨房の中で皿洗いをしている。
「くそう……つくもの野郎……、何でちゃんこ料理屋なんだよぉ……」
つくも神が選んだバイトは、自宅から徒歩20分、ファミリーレストラン程の広さがあるダイニングレストランだ。鍋料理専門なので全ての部屋が個室で構成されているというちょっと珍しいお店。やってくるのは家族がメインなので大人数ばかりだが、全席個室なので実は座席数として考えると少ない上に、囲ってしまえば客と顔を合わせるのは料理を運ぶ時だけ。しかも鍋は食べるまでに時間がかかるので、ピーク時以外はとても暇とかいう、働くには素晴らしい店である。
「黒くてシュッとした腰巻きエプロンでコーヒーとか運びたい人生だった……」
「でも鈴ちゃ……お客さんは個室に入って見えないから人目を気にしなくていいし、我々も個室に入って清掃だから誰にも会わなくて済むし、つくもさんインドアオタクの心をよく分かっていらっしゃるよ……」
「確かに、AIじゃこんな繊細な気遣いはむりだ」
「ご利益だねぃ」
「ご利益があったら、わしら2人、今頃ここにはいないじゃろ……」
横にどんどん積み重ねられていく鍋や皿に圧迫され、必死に手を動かして泡を立てていく鈴と慧。
「この調子じゃ、夏休みの2週間はバイトでつぶれる……。先にお小遣いでペンタブを買ったとしても、描いてる時間をとれるかどうかは分からないよお」
「夏休みの宿題、たっぷりあるもんねえ……」
「こうなったらつくもにやらせるマン」
「100%断られるマン」
そこで背後から声をかけられる。
「そろそろお昼の混雑時間終わるから、その洗い物が済んだら休憩して大丈夫よ」
「あ、はーい」
声をかけてきたのはここのオーナーで、藤原さんという女将だ。ベーシックな薄化粧にショートカットで、紺色の着物を着慣れた様子で着ている様は、何とも格好良く見える。ピークタイムが過ぎて調理場が落ち着いたので、新人のバイトと軽いスキンシップを試みてきた様子。しっかりした応対の苦手なオタク的にはドキッとするが、当然仕事の延長であるので会話を拒否できない
「2人とも、彩中央高校の子よね?」
「はい。夏休みに……バイトしに来ました」
「ウチの末の子も彩中央なのよ。同じ年だから知ってるんじゃないかしら」
「えっ」
「藤原大地って子、知らない?」
その名に心当たりがあり、食器を洗っていた手が思わず止まる。
「藤原……大地。……藤原大地!?」
「学年トップの藤原大地!?」
鈴と慧が思わず大声で呼び捨てした後、目の前にいるのが母親だと気が付いてスンと身を縮める。
「しゅみませ……」
藤原女将は楽しそうに笑って流し、話を続けてきた。
「そんなことより2人とも偉いわねー。夏休みなんて、高校入って始めの大型連休じゃない。もうバイトしようと思って働きに出てるなんてしっかりしてるわ」
「ほ……欲しいものが、あって」
「立派な目的ですね」
こんな大人な女性で淑女で、しかも店を一軒持っているオーナーさんに、そんな言葉をもらえるとは思ってもいなかった鈴と慧は、頭が真っ白になった。
こういう時、どういう言葉を返せばいいのだ。そんな焦りが汗となり、ほとんど動いていない時間をじりじりと長時間に感じて、2人で気を揉んでみたり。
それを察してくれるのも、大人な女性のテクニックである。藤原女将は話を続けてくれた。
「ウチの大地は全~然ダメ。勉強以外に興味ないみたいで、欲しい物も特にないみたいだし、夏休みだっていうのに部屋に閉じこもりっぱなしよ。貴女たちみたいに、子供らしく何かに夢中でキラキラしててほしいのに」
「ま……まあ、夏の埼玉、外、灼熱ですから……」
「クーラーの利いた室内で1人キラキラしてるかもしれませんし……」
2人ともインドア最高派なのでそういう思考になってしまうが、これがオタク高校生には精一杯な返しだった。
「ねえ、さっき宿題で困ってなかった? ウチの子と一緒にやらない?」
「ゲッ!?」
母親相手に思わずゲと言ってしまったが、まあそりゃゲだろう。見知らぬ思春期を3人組み合わせるとか大事故確定すぎて、たまらず鈴と慧は手を止めて泡を振りまきはじめる。
「いやいやいやいや、マズイっすよ……!」
「学年トップの子にそんな……!」
「夏休みどこにも行かないっていうのよ? お姉ちゃんは友達とコミケに参加したりして交友関係は広いのに、下の子は友達いないみたいで……」
「ファッ!?」
ここにきて、この店にオタク姉がいる情報を入手したが、そんな娘のオタ活について親が他人にペラペラ話してはいけないと、2人の冷や汗はだらだらと額を下りてきた。
「やややや……ウチら2人とも、大地クンとは別のクラスですし……」
「時給50円プラスして、まかない2食分出してあげちゃう」
突然交渉に入る藤原女将の前で、小娘2人の顔色が変わる。
「くっ……!!」
「うあああ……6時間で300円……2週間で4,000円越えるぅぅ……!!」
「しかも宿題も終わる……更に学年トップに教えてもらって、ミスなし提出……! すなわちこれ成績に直結……!」
「お昼に食べたまかない丼美味しかった……あれが2回……!」
もう抗えない。
2人とも冷や汗を垂らしながら、心裏腹な気持ち悪い笑みを浮かべて泡だらけの手を揉んだ。
「よ、よろしくしてもらっても……いっすか……」
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