つくも神と腐れオタク

荒雲ニンザ

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1 冬コミでリベンジ

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 ここにいる吉田鈴よしだすずなる少女、埼玉の端っこに爆誕して16年目。
 数ヶ月前、人生初、夏コミの申し込みをしたが、落ちた。
 本日は、リベンジだと冬コミの申し込みを済ませ、炎天下に郵便局の前で手を合わせて願をかけているところ。

「次こそ受かりますように……!」

 濃い栗毛のショートカットがボーイッシュで、身長165センチ程の彼女にうっかりときめいて振り返ってしまった女の子たちは、その顔立ちを見てバツが悪そうに通り過ぎていく。
 鈴はTシャツにパラダイスブルーのジャージを履いているが、決してスポーツマンな訳ではない。動けはするが運動自体は好まず、得意分野は『おえかき』で、完全インドア派だ。
 今の世で言えば彼女は『絵師』で、もう一つ付け加えると『腐女子』というやつである。

「鈴ちゃあんー」

 熱せられたアスファルトがゆらゆら揺れる中、路地の向こうから超鈍足で駆け寄ってくるのは、幼馴染みの田辺慧たなべさといという少女。背中まであるストレートの髪をなびかせ、小柄な身体をベージュのサマーニットの中で跳ねさせながら、やっと鈴の前へ到着した。

「おー慧、何してんの」
「はー、ふーっ、も……もしかして今、冬コミの申込みしてきた?」

 ぱっちりとした形の良い丸い目が、クールな印象を持つ鈴の瞳をしっかりと捉える。

「いかにも。今郵便の神に願ってたとこ!」
「えっ……!? 郵便局の人がサークル選考する訳じゃないと思うけど……」
「そうか! じゃあコミケの神に願う!」
「ソレだね!」

 そんな神様がいるかどうかはさておき、2人は手を組んで天を仰ぎながら同じ方向へ歩き始める。

 鈴と慧は隣同士に住む同じ年。窓を開ければ向かいの窓からお互いの部屋が見える距離にいて、子供の頃から遊んでいるので幼馴染みというより姉妹のようでもある。
 そんな2人に共通した趣味はマンガ好き。この度、その2人が一緒にスペースを取って、サークル活動をしようとなったわけだ。

「冬コミの合否っていつ?」

 慧の問いに鈴が答える。

「大体2ヶ月ないくらい。11月の頭」
「きゅー、じゅー、じゅういち……3ヶ月かあ。あっという間だね……。今夏休みだけど、9月入ったら学校始まるし、のんびりしてたらすぐ11月来ちゃいそう」
「うん……。印刷所の締め切りが1ヶ月前として、合否を聞いてから描き始めたんじゃ間に合わない」
「えっ! コピー本じゃないの!?」
「そう! それ聞こうと思ってたんだ! ネットにアップしてた原稿はあるけど、せっかくだからそれにプラスしてもっと厚い本出してみたくない!?」
「鈴ちゃ大胆……!」
「だって! 自分で描いた推しが印刷された綺麗なフルカラーの本、見てみたいじゃん!?」
「わ、分かる……! すっごい分かる!」

 それはサークル活動を始めたばかりの2人にとって憧れの1つ。ここでカッと盛り上がりはしたが、鈴がため息をついた。

「でもなー、我には力が足りないのだよ」
「ん? 力? 力が欲しいかの流れ?」
「欲しいー! タブレットが欲しいよお!」
「文明の利器ってやつですか!」
「デジタル入稿に憧れるのですよ」
「綺麗だもんねえ」
「慧は文字書きだからスマホで入稿できるじゃんか。スマホでマンガは描きにくすぎるし、お父さんのノート借りるわけにもいかないし……」
「じゃあやっぱり、コピー本?」
「だねえ……」

 そこで鈴の家に到着した。すぐ隣は慧の家だが、住人の1人は鈴の家に行こうとする。

「あ、コンビニでダッシュ買ってきたんだ。お菓子も買ったから一緒に読も?」

 ダッシュとは週刊の少年誌で、毎週2人で交互に買って読み合っている漫画雑誌のことだ。ちなみに、ここに2人の推しが載っている。

「やった! じゃあお茶取ってくるから先に上がってて」
「はーい」

 勝手知ったる仲は相互の家族にも共通で、玄関のドアを開けると他人の親が他人の子供を我が子のように出迎える。

「お、2人ともおかえりー」

 鈴の父親が、玄関で何やら大きすぎる箱を相手に格闘中のようであった。

「うわ、すごい邪魔。入れないじゃん」
「何が入ってると思う? 聞いたら邪魔だなんて言えなくなるぞ?」
「え? ナニ? イイモノ?」
「鈴がずっと欲しがってたやつ」

 一瞬間が開いて。

「え……? 自転車……?」
「何だ、自転車欲しかったのか」
「え、違うんだ?」

 慧が答える。

ぱしょこんパソコン……?」
「慧ちゃん当たりぃー」
「えっ! ぱしょこん!? こんなでっかいの!? 慧が2人くらい入れるじゃん!」
「サイズ比較にするのやめてよう」
「やー、何かさ、自作だから、壊れたら自分で何とかしなくちゃいけないっていうんで、送り主がかなり厳重にしてくれたみたいなんだよ」
「ていうか、私が欲しいって言ってたのタブレットだったのに! 自作ぱしょこんとか、ハイスペックな香りプンプンするよお!」
「きゃあ! おじさん早く開けて開けて!」

 玄関先で少女2人とおじさん1人が変にハイテンションな勢いでダンボールを開封しながら、マシュマロのような緩衝材を掻き分けて、黒光りするアルミケースの頭を確認した。

「こっ……これはっ!」
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