しあわせDiary ~僕の想いをあなたに~

翡翠ユウ

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第一章 第4話 就活と日々の中で

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「あの人、あれから何か言ってなかった?」

 次の日も三人揃って出勤である。
 今は喫煙所に僕と芹乃さん、そして珍しく中村さんがいた。

「芹乃さんに嫌われている気がしてるって言ってましたよ。あと、謝ったのになんで?とも」
「あぁなるほどね。少し表に出てたみたい。でもその方が話しかけにこなくて楽なのよね。というかさ、謝っても許されないことはあるのにどうしてそれに気付かないんだろうね」
「まぁそうですね。ごめんね、いいよで済むのはせいぜい小学生までですからね」

 煙を吐く芹乃さんを横目に視線をずらす。

「中村さんも喫煙者だったんですね」
「そうよ。でも軽いけどね」

 そう言って中村さんが見せてきたのは、ピアニッシモ・アリア・メンソールの1mmだった。香りが良く、重くもないので女性に人気の銘柄である。
 白とエメラルドグリーンで彩られた箱のデザインがなんとも中村さんに似合っていた。
 それを心地よさそうに吸っては頭上に煙を吹き上げていた。

「中村さんにも言ってましたよ。いつも忙しそうだって」
「聞こえてたよ。よく見てるわね」
「それなりに声が小さかったはずですのに何で聞こえてるんですか?」
「昔から耳はいいのよ。で、高橋くんが少しフォローしてくれたのよね。ありがとう」
「まぁ、そこからまた変に話題が膨らむのが面倒なだけだったんですよ」

 なんかこの光景を真由が見たら流石にやばそうだな。
 でも真由はついさっき休憩が終わって出て行ったばかりだし、僕や芹乃さんが休憩から戻るまでは戻ってこない。それこそこの煙草を吸い終わるまでは絶対に戻ってこないだろう。

「ちなみに、二人は今後も鈴谷さんと仲良くしていこうという気はありますか?」
「私は聞かなくても分かるでしょ?」

 と芹乃さん。
 まぁそうだろうな。現に今でも真由をと呼んでいるし、昨日だって真由が事務所に入ってきた途端に血相を変えて出て行ったし。
 となれば、残りは中村さんか。

「私は機会があれば話はするつもりよ」
「そういう言い方ということは、あまり前向きな回答ではないということで?」
「捉え方次第よ」

 大人が言うという言葉は、極めて可能性が低い場合や気乗りしていない場合に多用され、相手を傷付けないようにかつオブラートに包んで断る時に使うものだ。
 まぁなるほど。二人とも自分からは何もするつもりがないようだ。だからといって真由の方から話しかけたとして友好的に接するかと言われれば……この様子だと厳しいだろうな。

「芹乃さんと高橋くんは何の煙草を吸ってるの?」

 と中村さんが話題を変えた。
 確かにこの話題はこれ以上深掘りしてもいい事はなさそうだ。そのあたりの空気を察する力は流石である。

「僕はこれですね」
「メビウスメンソール1mmね。メビウスはみんな吸ってるよね」
「そうですね。最初はKENTの1mmを吸ってたんですけど、体調を崩してしまいまして」
「あぁ、そういう人いるよね。煙草は合う合わないが本当に分れるから。私も最初はKOOLだったんだけど合わなくてね。芹乃さんは?」
「私もこれですね」

 そう言って出してきたのは

「高橋くんと同じやつじゃない」

 同じくメビウスメンソール1mmだった。

「前に高橋くんから一本貰ったらこれでいいかなってなりまして」
「あれ? たしか元カレの時はセブンスターだったって言ってたわよね? そんな軽いので満足出来るの?」
「今はもうこれでいいです。重すぎても体を壊すので。それに、1mmも慣れればいいものですし」
「そういえばこの前も僕に似たような事を聞いてきて、それで僕も同じように答えたら、吸ってる時点で健康もなにもないって言われましたよ」
「たしかに今さらよね」

 芹乃さんは本当に今さらである。
 セブンスターのボックスなんて7mmだったはずだし。

「というか二人は本当に仲がいいわね。禁煙の芹乃さんはこの前私が誘っても吸いに来なかったのに、いつの間にか禁煙を止めてるし、高橋くんと同じ銘柄になってるし」
「また吸い始めたのは色々と思うことがあったからでしょう。煙草の吸い始めや再開なんてそんなものです。ですが、銘柄は偶然ですよ」
「本当にそうかしらね」

 中村さんは何か思うことがあるのか僕と芹乃さんを交互に見ては軽くにやついていた。
 芹乃さんはというと、その煙草を美味しそうに堪能すると僕を見てなんだか妖艶に微笑んだ。しかし僕にはその理由は見当もつかなかった。

「メビウスは吸ったことないのよね。芹乃さん、一本ちょうだいよ」
「今吸ってるのが最後なのでもう無いです」
「それじゃ、高橋くん」
「高橋くんももう無いみたいですので駄目ですって」
「僕はまだ何も言ってないですよ。まぁ確かに残り少ないですけども」
「そう。…そっか。なら仕方ないわね」

 中村さんの願いは芹乃さんによって叶うことはなく、その短くなった煙草はついに終わりをむかえた。そして中村さんは先に休憩時間が終わるので喫煙所を出て行った。
 去り際に芹乃さんを見て僅かに笑ったように見えた。それに対して芹乃さんは目を背けることなく、むしろ凛とした目で見つめ返していた。
 二人にしか分からない何かを察し合ったようだ。いったい二人には何があるというのだろう。

「あれ? もう無いって言ってませんでしたっけ?」

 芹乃さんは短くなった煙草を灰皿に落とすと、箱からもう一本煙草を取り出して僕から取っていったライターで火を点けた。

「勘違いだったのよ。それに、中村さんにはあげないわよ」
「どうしてです?」
「私のだからよ」
「そんな意地悪な。でも僕のもあげようとしなかったじゃないですか」
「あれは、今度私が貰う分が無くなると思ったからよ」
「また貰うつもりなんですね。というか一本くらいいいと思うんですよね」
「駄目よ。それは私のよ」
「僕のですって」

 なんだか芹乃さんは僕の煙草に関して妙に固執している様子だ。銘柄は同じなのにどうしてだろう。
 お前の物は俺の物。俺の物は俺の物理論か?
 そんなこんなでもうしばらく他愛のない会話をして喫煙所を出ようとした時、

「もう行っちゃうの?」

 と問いかけてきた。

「休憩が終わりますから。それに芹乃さんもそろそろ終わりでしょ?」
「……そうね。そういえばもうそんな時間ね」
「それじゃ、そろそろ行きますよ」

 僕も芹乃さんも臭いのケアをしてから出ると、身なりを整えて仕事に戻った。
 次の配置は珍しく一階に僕と芹乃さん、そして真由が揃った。二階はというと別のバイトの人が入ったのだった。
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