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第一章 第4話 就活と日々の中で
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起床すると、外は雨が降っていた。
しかも若干肌寒いものの、スーツの他に上に羽織るほどでもないといった絶妙な体感だった。
最寄り駅にて電車に乗り、第一志望である出版社の面接へと向かう。
その道中で昨日あのまま放置していたスマホの通知を確認した。
今さらだが今回は面接日に変更はないということを確認したので一安心。
それからLINEには真由から一通入っていた。
『やっぱりあの条件は変わらない?』
とのことだった。
中村さんや芹乃さんとの関係性は潔白で、二人も僕に対して恋愛的な好意は抱いていないという件だ。
今日から一週間、真由があの二人の様子を見ている。
そうして僕はこれは全て真由の勘違いだったと認めて二人に謝罪すること、もしくは、勘違いではないという判断をした場合は別れるという選択肢を与えている。
『変わらないよ』
とだけ返した。
時刻は朝の八時。普段の真由はまだ寝ている時間だ。当然ながら既読は付かない。
そのままLINEを閉じると、出版社ゆえに面接で何を聞かれるか予想がつかないので先日書いたエントリーシートのコピーを一通り読み返して過ごした。
また、念の為にとその出版社が出版している雑誌の問題点や、自分ならどうするかといった多少コアな質問が来た場合にも備えておくことにした。
気が付くと会場の一つ前の駅まで到着していた。
そこから目的地の駅まではまさに一瞬で、電車から降りた僕の足取りは緊張のために強張っていた。
改札を出ると周囲には似たようなビルが立ち並び、どのビルが会社なのか分からなかった。
そんな中で受け取った地図の通りに進むも、やはり途中で分からなくなってしまった。
幸い交番があったので訊ねてみると、案外すぐ近くでもう目の前のビルだということが分かった。
「第三本社ビル。ここだな」
そうして僕は緊張の面持ちでその入口から中に入った。
すると玄関ホールには受付嬢が数名と、僕と同じく面接に来た人だろうか、スーツ姿の人が何人か椅子に座っていた。
さらに、A3用紙がそのまま入りそうな大きくも薄い鞄を持っている人が奥に入って行くのが見えた。
あの大きさの鞄だと、きっと中には漫画の原稿が入っているに違いない。とすれば、持ち込みかはたまた先生が打ち合わせに来たかである。
本当にここが出版社なんだなぁ。
そう思いながら集団でいるスーツの人の近くで待っていると、
「本日面接の方。こちらへどうぞ」
という声が聞こえた。
すると、周りのスーツの人達が一斉に立ち上がってその方向へ向かって行った。
やはり僕と同じく面接に来た人だったようだ。
それからエレベーターに乗り、次に降りた先にはライトノベルや漫画が壁一面に並び、それでいてアニメ化といったメディアミクスが決まった作品は特に大きく展示されていた。
「すごい……」
僕は思わずそんな事を呟いた。
いや、呟いていた。
それから四人ずつ分れるとそれぞれが別々の部屋に通された。
どうやらこのまま集団面接を行うようだ。
そして今僕の前にいる面接官は
「おはようございます。人事課の佐藤です。よろしくお願いします」
と言った女性の方だった。
雰囲気こそ柔らかそうな人だが、人事課ゆえに見るべきところはしっかりと見てきそうなそんな印象を受けた。
「それでは最初の質問に入らせていただきます」
そこから面接がスタートした。
質問としては志望動機や入社後には何がしたいのかといった一般的なものだった。
それを僕は緊張で途中舌が回らなくなったものの、どうにか回答し続けた。だが明らかに他の三人と比べると僕が最も緊張していた。
三人は流暢に落ち着いて話しているので、その分僕の余裕の無さが如実に表れてしまっていた。
「それでは最後の質問です。もしも入社した際に、あなたは弊社の出版物をどのようにしていきたいですか?」
どのように?
かなり抽象的な質問が来た。
だからこそ僕達の臨機応変さというか、思考の柔軟さを見ているのだろう。
僕よりも左に座っている人から順に答えていく。
考えているせいでその人達の回答なんて一切耳に入ってこない。
そうしてやっと考えがまとまった時、ついに僕の番になった。
「私が御社に入社させていただいた暁には―」
それから思い思いに回答し、
「以上より、私は御社の利益になるために尽力し、より多くの書籍を多くの方々へ届けたいと思っています」
と答えきった。
「なるほど。分かりました」
僕の心臓はかなり速く脈打っていた。
それこそ無意識に呼吸が速くなり、体温の上昇を感じられるほどに。
「では、今回の合否につきましては結果に関わらず一週間以内にメールにてお伝えします。この後皆さんには別室でアンケートにお答えいただいて本日は終了となります。以上となります。本日はありがとうございました」
そして退室の作法についてもしっかりと行って退室した。
それからアンケートに記入している際、無意識に手が震えていることに気が付いた。
記入まで終えると、係員の案内のもとで会場をあとにした。
帰る前に僕は今一度振り返って、また来るからなと強いまなざしを向けた。
こうして第一志望の面接が終了したのだった。
帰りの電車内でスマホがバイブした。
それは案の定真由からだった。
『分かった』
という一言だけで、文字だけだったのにもかかわらずそこには悲しさや寂しさ、そして焦りすらも感じた。
それに対してさらに返信をする気力は今の僕には無かったので、そのままスマホを閉じた。
***
一夜明けて、大学で卒研に励んでいた。
こっちは最近あまり進められていなかったので、これこそ頑張らなくては。
僕がパソコンと格闘していると
「高橋。飯行こうぜ」
と同じ研究室の友人が誘ってきた。
「そうだな。そろそろ昼だし、一旦休憩にするか」
そうして僕達は学食で昼食を摂る。
「昨日第一志望の面接だったんだってな。どうだったんだ?」
「まぁ、どうなんだろう。緊張しすぎて良いのか悪いのか分からないや。そっちは確か警察官だっけ?」
「そうだ。明日面接なんだが、緊張しちまってよ」
そういえばこいつは先日の筆記試験をパス出来たんだった。
警察官といえば、バイト先の鷹谷と同じく公務員志望だな。公務員の方は全く分からないが、試験自体もきっと違うものなんだろうなぁ。
何にしても難しそうだ。
「でもまぁ、緊張せずにいつも通り。それが一番なんじゃないかな」
「そうか…… やっぱりそうだよな」
散々緊張していたのによく言えたものだと我ながら思った。
「僕は応援してるよ。もしも警察官になれたら、事故の一つや二つ見逃してくれな」
「それは事故次第だぜ」
そんな冗談を交えて食事を終えると、研究室に戻って再びパソコンと格闘した。
それから気が付けばもう日が暮れていた。
途中で煙草を吸いに行ったり、気分転換に部室を覗きに行ったりもしたが、どうにか数日の遅れを取り戻す事が出来た。
さて今日は帰るか。
研究室を出て暗くなったキャンパス内を歩いていると
「あ、高橋先輩。お疲れ様です」
と後輩が話しかけてきた。
するとそのままぞろぞろと後輩達が集まってきた。
「あぁ、お疲れ。これから部活?」
「はい。高橋先輩ももちろん来ますよね?」
「いや、今日は―」
「来ますよね?」
どうやら僕にNOという選択肢は無いようだ。
「分かったよ。行くよ。他には誰が来るんだ?」
「聞いた話だと、大学院に進んだ先輩がいらっしゃるそうです。あとは飯菜先輩と何人かですね」
「そうか。まぁそれなら行くか」
「やった。みんな、高橋先輩が来てくれるって!」
その後輩が他の後輩達にそう伝えると、彼らもまた嬉しそうに湧き立った。
こういう後輩がいるから嬉しくて断れなくなるんだよなぁ。
それからは久々に出た部活で後輩達の様子を眺め、飯菜や先輩とも話して一時の休暇を堪能したのだった。
しかも若干肌寒いものの、スーツの他に上に羽織るほどでもないといった絶妙な体感だった。
最寄り駅にて電車に乗り、第一志望である出版社の面接へと向かう。
その道中で昨日あのまま放置していたスマホの通知を確認した。
今さらだが今回は面接日に変更はないということを確認したので一安心。
それからLINEには真由から一通入っていた。
『やっぱりあの条件は変わらない?』
とのことだった。
中村さんや芹乃さんとの関係性は潔白で、二人も僕に対して恋愛的な好意は抱いていないという件だ。
今日から一週間、真由があの二人の様子を見ている。
そうして僕はこれは全て真由の勘違いだったと認めて二人に謝罪すること、もしくは、勘違いではないという判断をした場合は別れるという選択肢を与えている。
『変わらないよ』
とだけ返した。
時刻は朝の八時。普段の真由はまだ寝ている時間だ。当然ながら既読は付かない。
そのままLINEを閉じると、出版社ゆえに面接で何を聞かれるか予想がつかないので先日書いたエントリーシートのコピーを一通り読み返して過ごした。
また、念の為にとその出版社が出版している雑誌の問題点や、自分ならどうするかといった多少コアな質問が来た場合にも備えておくことにした。
気が付くと会場の一つ前の駅まで到着していた。
そこから目的地の駅まではまさに一瞬で、電車から降りた僕の足取りは緊張のために強張っていた。
改札を出ると周囲には似たようなビルが立ち並び、どのビルが会社なのか分からなかった。
そんな中で受け取った地図の通りに進むも、やはり途中で分からなくなってしまった。
幸い交番があったので訊ねてみると、案外すぐ近くでもう目の前のビルだということが分かった。
「第三本社ビル。ここだな」
そうして僕は緊張の面持ちでその入口から中に入った。
すると玄関ホールには受付嬢が数名と、僕と同じく面接に来た人だろうか、スーツ姿の人が何人か椅子に座っていた。
さらに、A3用紙がそのまま入りそうな大きくも薄い鞄を持っている人が奥に入って行くのが見えた。
あの大きさの鞄だと、きっと中には漫画の原稿が入っているに違いない。とすれば、持ち込みかはたまた先生が打ち合わせに来たかである。
本当にここが出版社なんだなぁ。
そう思いながら集団でいるスーツの人の近くで待っていると、
「本日面接の方。こちらへどうぞ」
という声が聞こえた。
すると、周りのスーツの人達が一斉に立ち上がってその方向へ向かって行った。
やはり僕と同じく面接に来た人だったようだ。
それからエレベーターに乗り、次に降りた先にはライトノベルや漫画が壁一面に並び、それでいてアニメ化といったメディアミクスが決まった作品は特に大きく展示されていた。
「すごい……」
僕は思わずそんな事を呟いた。
いや、呟いていた。
それから四人ずつ分れるとそれぞれが別々の部屋に通された。
どうやらこのまま集団面接を行うようだ。
そして今僕の前にいる面接官は
「おはようございます。人事課の佐藤です。よろしくお願いします」
と言った女性の方だった。
雰囲気こそ柔らかそうな人だが、人事課ゆえに見るべきところはしっかりと見てきそうなそんな印象を受けた。
「それでは最初の質問に入らせていただきます」
そこから面接がスタートした。
質問としては志望動機や入社後には何がしたいのかといった一般的なものだった。
それを僕は緊張で途中舌が回らなくなったものの、どうにか回答し続けた。だが明らかに他の三人と比べると僕が最も緊張していた。
三人は流暢に落ち着いて話しているので、その分僕の余裕の無さが如実に表れてしまっていた。
「それでは最後の質問です。もしも入社した際に、あなたは弊社の出版物をどのようにしていきたいですか?」
どのように?
かなり抽象的な質問が来た。
だからこそ僕達の臨機応変さというか、思考の柔軟さを見ているのだろう。
僕よりも左に座っている人から順に答えていく。
考えているせいでその人達の回答なんて一切耳に入ってこない。
そうしてやっと考えがまとまった時、ついに僕の番になった。
「私が御社に入社させていただいた暁には―」
それから思い思いに回答し、
「以上より、私は御社の利益になるために尽力し、より多くの書籍を多くの方々へ届けたいと思っています」
と答えきった。
「なるほど。分かりました」
僕の心臓はかなり速く脈打っていた。
それこそ無意識に呼吸が速くなり、体温の上昇を感じられるほどに。
「では、今回の合否につきましては結果に関わらず一週間以内にメールにてお伝えします。この後皆さんには別室でアンケートにお答えいただいて本日は終了となります。以上となります。本日はありがとうございました」
そして退室の作法についてもしっかりと行って退室した。
それからアンケートに記入している際、無意識に手が震えていることに気が付いた。
記入まで終えると、係員の案内のもとで会場をあとにした。
帰る前に僕は今一度振り返って、また来るからなと強いまなざしを向けた。
こうして第一志望の面接が終了したのだった。
帰りの電車内でスマホがバイブした。
それは案の定真由からだった。
『分かった』
という一言だけで、文字だけだったのにもかかわらずそこには悲しさや寂しさ、そして焦りすらも感じた。
それに対してさらに返信をする気力は今の僕には無かったので、そのままスマホを閉じた。
***
一夜明けて、大学で卒研に励んでいた。
こっちは最近あまり進められていなかったので、これこそ頑張らなくては。
僕がパソコンと格闘していると
「高橋。飯行こうぜ」
と同じ研究室の友人が誘ってきた。
「そうだな。そろそろ昼だし、一旦休憩にするか」
そうして僕達は学食で昼食を摂る。
「昨日第一志望の面接だったんだってな。どうだったんだ?」
「まぁ、どうなんだろう。緊張しすぎて良いのか悪いのか分からないや。そっちは確か警察官だっけ?」
「そうだ。明日面接なんだが、緊張しちまってよ」
そういえばこいつは先日の筆記試験をパス出来たんだった。
警察官といえば、バイト先の鷹谷と同じく公務員志望だな。公務員の方は全く分からないが、試験自体もきっと違うものなんだろうなぁ。
何にしても難しそうだ。
「でもまぁ、緊張せずにいつも通り。それが一番なんじゃないかな」
「そうか…… やっぱりそうだよな」
散々緊張していたのによく言えたものだと我ながら思った。
「僕は応援してるよ。もしも警察官になれたら、事故の一つや二つ見逃してくれな」
「それは事故次第だぜ」
そんな冗談を交えて食事を終えると、研究室に戻って再びパソコンと格闘した。
それから気が付けばもう日が暮れていた。
途中で煙草を吸いに行ったり、気分転換に部室を覗きに行ったりもしたが、どうにか数日の遅れを取り戻す事が出来た。
さて今日は帰るか。
研究室を出て暗くなったキャンパス内を歩いていると
「あ、高橋先輩。お疲れ様です」
と後輩が話しかけてきた。
するとそのままぞろぞろと後輩達が集まってきた。
「あぁ、お疲れ。これから部活?」
「はい。高橋先輩ももちろん来ますよね?」
「いや、今日は―」
「来ますよね?」
どうやら僕にNOという選択肢は無いようだ。
「分かったよ。行くよ。他には誰が来るんだ?」
「聞いた話だと、大学院に進んだ先輩がいらっしゃるそうです。あとは飯菜先輩と何人かですね」
「そうか。まぁそれなら行くか」
「やった。みんな、高橋先輩が来てくれるって!」
その後輩が他の後輩達にそう伝えると、彼らもまた嬉しそうに湧き立った。
こういう後輩がいるから嬉しくて断れなくなるんだよなぁ。
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