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第一章 第4話 就活と日々の中で
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僕は考えていた。
もしも今日が最後の日となった場合のことである。
待ち合わせ時間よりも早く着いた僕は、道行く人を眺めながら今日話す事を心の中で反芻していた。
真由のやっていることは正直言って異常だ。
中村さんと芹乃さんの二人に迷惑をかけ、あまつさえ心的圧迫を与えている。そして二人はそれに恐怖してしまっているのだ。
だが、その行為の全てを真由の責任としてしまっていいものだろうか。
もしも僕が真由をコントロール出来ていればこんなことにはならなかったのではないだろうか。
そう考えると、全て真由が悪いと断定していいのか分からなくなってしまう。
ふと雑踏の中に目を向けた時、横断歩道の向こうに彼女の姿を確認した。
真由はその場所から笑って手を振り、信号が青になるのを待っていた。
青になった途端、その足取りは軽やかに小走りで僕の方に向かってきた。
一歩一歩近くなるにつれて緊張感が増していく。
「おまたせ。久しぶりだね」
真由は満面の笑みを見せてきた。
僕はその表情を前に、やはり話すのかと一瞬の躊躇を感じたが、それでも
「そうだね。それじゃ行こうか」
と話し合いの席へ向かう足を止めることはしなかった。
***
入店後注文を終えてからはほとんど真由から話をしてきた。
あの件は食事を終えてからにしようと思い、今は相槌を打っては不自然にならないように時折質問をしたりした。
「そうなんだ。僕がいない間は友達とよく遊びに行ってたんだね」
「うん。ゲームセンターでもね、たくさん獲ったんだよ。買い物もして楽しかったの」
「そうかそうか。というかよくお金足りたな。大丈夫だったの?」
「あぁ、それはねー」
その時、注文していた料理がきた。
メインにサイドメニュー、デザートと次々と並んでいく。
「けっこう頼んだね」
「うん。おなかすいちゃって。本当に今日はごちそうになっていいの?」
「まぁ、いいよ」
「ありがとう」
僕が出すって言ったっけな。
まぁいいや。
それから食事を終えると、真由は帰り支度を始めた。
「ところでさ、話したい事があるんだけど」
そんな真由を真剣な声で止めた。
すると何かを察したのか、真由はその支度の手を速めた。
「話すまで帰らないよ? 今日はこのために呼んだんだ」
「え、もう食べたし帰ろうよ。話ならLINEでもいいじゃん」
「駄目だよ。今後に関わることなんだから。それでも帰るっていうなら、僕と真由の関係もここまでだよ」
その言葉によって、真由は完全に手を止めて不安そうな目で僕を見てきた。
「芹乃さんの件。話を聞いたよ。会う度に僕との関係を聞いているみたいだね。そんなに僕は信用無いのかな?」
「そういうんじゃないけど……」
「けど?」
「芹乃さんは、私の翔くんを狙ってるんだよ。翔くんも翔くんで気がついていないみたいだし、きっと二人で出かけたりとか何かしてるんでしょ?」
真由の目はさらに不安に染まっていった。それと同時に芹乃さんに対する嫉妬心なのか、瞳の奥には今この場にいない彼女を射殺すかのような強い意志を感じた。
「何もしてないし、出かけてもいないよ。僕は就活と卒研で忙しいし、時間が出来たとしてもバイトに出て少しでも稼がなければならないんだ。そんな時間は無いよ」
「嘘だよ。そうやって二人で示し合わせてるんでしょ? だから芹乃さんも何も言わないんだ」
「嘘じゃないよ。そう言うってことは何か証拠でもあるの?」
「あるよ。でも今は無いよ。そのうち明らかにされるから」
そして僕は静かに次の言葉を放った。
「それは中村さんからの監視報告?」
直後、真由の表情が固まった。
「もう全部知ってるんだよ。中村さんに迫って僕と芹乃さんを監視しておくように言ったこともね」
真由は一瞬うなだれ、直後にはその目に暗澹たる殺意を宿して僕を見た。いや、それはきっと僕に全てを話した中村さんと芹乃さんに向けられていた。
だが、それでも僕は話をやめない。
「二人ともすごい迷惑をしてたよ。あと、その目が怖いんだって」
「……」
「芹乃さんが最近バイトを休んでいるのは知っているよね? あれは真由から追究されることと、その度に睨まれるのが怖くて仕方がないからなんだ。本当に何もしていないのにそんな目に遭っている。そんな理不尽なことで本人はシフトが減って困っているんだってさ」
ここまで言っても真由は何も返答せずに、その変わらない眼で僕の瞳の奥をじっと睨んでいた。
「中村さんも怯えてる。それでも店長には話していないんだってよ。誰かに話したら何をされるか分からないからだって。……真由。どうしてそこまでして僕の周りの人に迷惑をかけるんだ? 前に話したよね? 僕と芹乃さんには何もないって。もちろん中村さんとも何もない。彼氏である僕の言葉がそんなに信じられないの?」
「……」
真由は完全に黙秘を通していた。
きっと自分のやっていた全てが僕の手の中にあって、唯一の証拠として持っていた中村さんの監視という事も知られていてはもう逃げられないと思ったのだろう。
少しの時間が経過する。
真由は目線を下に向けて、完全にうなだれては何も話さないとその身をもって表していた。
さらに時間が経過する。
時が経てば僕がいいよと言うと思っているのだろうか。
もちろんそんなことはありえないので、僕はここで最後のカードを切った。
「それ以上何も言わないなら、本当に別れるよ?」
その時、真由はゆっくりと顔を上げた。
そして
「……いやだ。それだけは、嫌」
と言った。
もしも今日が最後の日となった場合のことである。
待ち合わせ時間よりも早く着いた僕は、道行く人を眺めながら今日話す事を心の中で反芻していた。
真由のやっていることは正直言って異常だ。
中村さんと芹乃さんの二人に迷惑をかけ、あまつさえ心的圧迫を与えている。そして二人はそれに恐怖してしまっているのだ。
だが、その行為の全てを真由の責任としてしまっていいものだろうか。
もしも僕が真由をコントロール出来ていればこんなことにはならなかったのではないだろうか。
そう考えると、全て真由が悪いと断定していいのか分からなくなってしまう。
ふと雑踏の中に目を向けた時、横断歩道の向こうに彼女の姿を確認した。
真由はその場所から笑って手を振り、信号が青になるのを待っていた。
青になった途端、その足取りは軽やかに小走りで僕の方に向かってきた。
一歩一歩近くなるにつれて緊張感が増していく。
「おまたせ。久しぶりだね」
真由は満面の笑みを見せてきた。
僕はその表情を前に、やはり話すのかと一瞬の躊躇を感じたが、それでも
「そうだね。それじゃ行こうか」
と話し合いの席へ向かう足を止めることはしなかった。
***
入店後注文を終えてからはほとんど真由から話をしてきた。
あの件は食事を終えてからにしようと思い、今は相槌を打っては不自然にならないように時折質問をしたりした。
「そうなんだ。僕がいない間は友達とよく遊びに行ってたんだね」
「うん。ゲームセンターでもね、たくさん獲ったんだよ。買い物もして楽しかったの」
「そうかそうか。というかよくお金足りたな。大丈夫だったの?」
「あぁ、それはねー」
その時、注文していた料理がきた。
メインにサイドメニュー、デザートと次々と並んでいく。
「けっこう頼んだね」
「うん。おなかすいちゃって。本当に今日はごちそうになっていいの?」
「まぁ、いいよ」
「ありがとう」
僕が出すって言ったっけな。
まぁいいや。
それから食事を終えると、真由は帰り支度を始めた。
「ところでさ、話したい事があるんだけど」
そんな真由を真剣な声で止めた。
すると何かを察したのか、真由はその支度の手を速めた。
「話すまで帰らないよ? 今日はこのために呼んだんだ」
「え、もう食べたし帰ろうよ。話ならLINEでもいいじゃん」
「駄目だよ。今後に関わることなんだから。それでも帰るっていうなら、僕と真由の関係もここまでだよ」
その言葉によって、真由は完全に手を止めて不安そうな目で僕を見てきた。
「芹乃さんの件。話を聞いたよ。会う度に僕との関係を聞いているみたいだね。そんなに僕は信用無いのかな?」
「そういうんじゃないけど……」
「けど?」
「芹乃さんは、私の翔くんを狙ってるんだよ。翔くんも翔くんで気がついていないみたいだし、きっと二人で出かけたりとか何かしてるんでしょ?」
真由の目はさらに不安に染まっていった。それと同時に芹乃さんに対する嫉妬心なのか、瞳の奥には今この場にいない彼女を射殺すかのような強い意志を感じた。
「何もしてないし、出かけてもいないよ。僕は就活と卒研で忙しいし、時間が出来たとしてもバイトに出て少しでも稼がなければならないんだ。そんな時間は無いよ」
「嘘だよ。そうやって二人で示し合わせてるんでしょ? だから芹乃さんも何も言わないんだ」
「嘘じゃないよ。そう言うってことは何か証拠でもあるの?」
「あるよ。でも今は無いよ。そのうち明らかにされるから」
そして僕は静かに次の言葉を放った。
「それは中村さんからの監視報告?」
直後、真由の表情が固まった。
「もう全部知ってるんだよ。中村さんに迫って僕と芹乃さんを監視しておくように言ったこともね」
真由は一瞬うなだれ、直後にはその目に暗澹たる殺意を宿して僕を見た。いや、それはきっと僕に全てを話した中村さんと芹乃さんに向けられていた。
だが、それでも僕は話をやめない。
「二人ともすごい迷惑をしてたよ。あと、その目が怖いんだって」
「……」
「芹乃さんが最近バイトを休んでいるのは知っているよね? あれは真由から追究されることと、その度に睨まれるのが怖くて仕方がないからなんだ。本当に何もしていないのにそんな目に遭っている。そんな理不尽なことで本人はシフトが減って困っているんだってさ」
ここまで言っても真由は何も返答せずに、その変わらない眼で僕の瞳の奥をじっと睨んでいた。
「中村さんも怯えてる。それでも店長には話していないんだってよ。誰かに話したら何をされるか分からないからだって。……真由。どうしてそこまでして僕の周りの人に迷惑をかけるんだ? 前に話したよね? 僕と芹乃さんには何もないって。もちろん中村さんとも何もない。彼氏である僕の言葉がそんなに信じられないの?」
「……」
真由は完全に黙秘を通していた。
きっと自分のやっていた全てが僕の手の中にあって、唯一の証拠として持っていた中村さんの監視という事も知られていてはもう逃げられないと思ったのだろう。
少しの時間が経過する。
真由は目線を下に向けて、完全にうなだれては何も話さないとその身をもって表していた。
さらに時間が経過する。
時が経てば僕がいいよと言うと思っているのだろうか。
もちろんそんなことはありえないので、僕はここで最後のカードを切った。
「それ以上何も言わないなら、本当に別れるよ?」
その時、真由はゆっくりと顔を上げた。
そして
「……いやだ。それだけは、嫌」
と言った。
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