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第一章 第4話 就活と日々の中で
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昼食の休憩時。
僕は約束していた中村さんとの話のために別室に通された。
いや、事務所で待っていたら中村さんに案内されたのだ。
「それじゃ、話をしようか」
と中村さんが口火を切った。
部屋の外からは軽快な店内音楽が僅かに聞こえ、二人きりで静かなこの空間に何とも言えない違和感と妙な緊張感を生み出した。
「はい。まず、シフトのことなんですけどー」
と僕は先日真由からLINEで送られてきたいくつかの日付について話した。
そしてその日付においていずれも真由のシフトは入っておらず、むしろ芹乃さんと中村さんがほとんどの確率で僕と被っているということも。
「これについて、中村さんは何か鈴谷さんから聞いたり、もしくは鈴谷さんがおかしな行動をしていたなんて事を見たりはしていませんでしたか?」
「そうだね……」
中村さんは広げていた弁当に手を付ける。
租借し飲み物を飲んでいる間は何か考えている様子、というか考えをまとめているのか、もしくは本当に言いにくい事を言おうかどうか迷っているのか。いずれにしても食べ物が口にある時間を利用してその考えをまとめているようだった。
ようやく飲み込んだ中村さんが意を決して僕を見ると、その口を開いた。
「鈴谷さんは、かなり特殊な子なのかもしれない」
「特殊、といいますと?」
「生まれつきかなりの心配性なのか不安症なのか、たまに周囲をものすごく警戒している時があるの。実はここに入った時もそうよ。最近は落ち着いていたんだけどね。それこそ高橋くんと付き合い始めてからはね。でも―」
そこでまた中村さんの表情に迷いが生まれた。
さっきよりも言いにくそうなその様子に僕は
「また不安定な感じになってきたんですね。もしくは、もう大分不安定なのか」
と言うと、中村さんは頷いた。
「それでその…これは私から…いや、これは普通に考えておかしい事だから高橋くんにも知っておいてもらうべき事よね」
すると今度は、再び意を決して言いずらそうなその唇を動かした。
「鈴谷さんは高橋くんと芹乃さんの関係を疑っているわ。それだけじゃない。私と高橋くんの関係もね」
「確かに少し前に芹乃さんとの関係についてはありましたが、それはしっかりと説明をして解決したはずです。それに、まさか今回は中村さんとの関係にまで疑いが及んでいたなんて思いませんでした」
正直芹乃さんとのことについては察しがついていた。
それ故に今もなお疑われている芹乃さんには酷い思いをさせてしまっているのではないかと思っていたのだ。
「あの子は心配性で不安症。だからこそ恋人である高橋くんに寄っていく女の子には誰であっても疑いの目やそういう感情を向けてしまっているのよ。良く言えば、それほどまでに高橋くんが好きだということ。悪く言えば、独占欲が強すぎる。もしかしてこれは高橋くんもなんとなく察しがついていたんじゃないかな? だから真実を確かめるために私に話にきたんでしょ?」
「そうですね。でもこれではっきりしました。僕と芹乃さんの関係について鈴谷さんは今も納得や安心はしていない。ましてや、疑い続けているということが。これは公私共に何かが起きる前にどうにかしないとまずそうですね」
「実は……もう起きてるのよ。高橋くんの知らないところで。しかもこれは私しか知らないこと」
その時僕は今まで感じたことのない何とも言えない怖気を背中に感じた。
ひんやりとしたそれは心なしかこの個室の温度すらも下げたような気がした。
中村さんの目は真剣に僕を見て、少しの間の後に続きを話し始めた。
「私は鈴谷さんから、高橋くんと芹乃さんを監視しておくように言われたのよ」
「えっ……」
僕は言葉を失った。
「それで、芹乃さんが高橋くんに何か変な事をしていたら教えるように言われたの」
「そう言うってことは、中村さんは断らなかったんですよね……?」
僕は監視という言葉と、目の前にいる中村さんの存在が途端に怖く思えてきた。
そしてこの人は、真由側の人なのか僕達側の人なのか分からないという尋常じゃない不安に襲われた。
「断れなかったのよ。もちろん最初はそれはおかしいって言って拒絶したわよ。でも、鈴谷さんの目がね、すごく怖いのよ。必死な人の目、というより命を懸けて縋りつくような、私の選択次第で生きるか死ぬかみたいな異常者みたいな目をするのよ。それでも頑張って断ったんだけど、私のことも疑っているからって私と高橋くんの関係についてもしつこく聞かれたわ。もちろん何も無いからそう言うしかなくて、でも納得してくれないからどうしたら納得してくれるかを聞いたの。そしたらやっぱり監視の事を言われて、それをしてくれたら何も無いんだって信じるって言われたのよ」
「だからやるしかなかったということですね?」
「ごめんなさい。でも私はあの目が怖くて、それにその時は周りに誰もいなかったし、このまま断り続けてたらもしかしたら何かされるんじゃないかって怖くなって……」
中村さんの目もどこか必死だった。
それにたまに僕の背後にある扉のガラス窓に目を向けていたりもしたので、周囲にこの話がばれていないか、さらにいえば鈴谷さん本人が実は見ていたりなんかしていないかを警戒しているようだった。
「一つだけ正直に教えてもらいたいんですけど、その話を受けてから僕と芹乃さんの間に何かがあったとかそういう事は鈴谷さんに言ったりしましたか?」
「言ってないわよ。実際何も無いじゃない? お互いに何かを起こそうだなんて思っていないわけだし」
確かに本当に何も無い。
ただ普通に話しているだけなのだから。
「分かりました。これで安心しました。中村さんは鈴谷さんに従ったふりをしているだけということですね」
「当然よ。一緒に働いている人を監視するだなんて、そんなおかしいことを私がするわけないわ」
「ちなみに店長には?」
「それも言ってないわよ。誰にも言わないようにって口止めされていたからね」
「分かりました。ありがとうございます」
これでLINEでのことの違和感に納得が出来た。
そして今日知ったことは必ず真由と直接話さなければならないことなのだと思った。
中村さんを恫喝し、ましてやあの時僕とちゃんと話をして信じると言ってくれたのにも関わらず、こんな事をしたのだから。
ましてや、この事実を知らない芹乃さんは一番の被害者と言えるのかもしれない。
果たしてこれは芹乃さんに打ち明けるべきか。
いや、知らないほうがいいのかもしれない
僕は悲しさと共に、二人の人に迷惑をかけている真由に対する怒りを感じた。
これは本当にこれからの関係についても話し合わなければならないに違いない。
いつの間にか昼の休憩時間が終わっていた。
中村さんは事務所に戻る前に「ごめんね」と言ってきた。
「謝る事はないですよ。中村さんは被害者ですから」
そう言ってやると、少しだけ救われたような表情となって事務所に戻っていった。
僕もまた昼食を片付けると売り場に戻った。
僕は約束していた中村さんとの話のために別室に通された。
いや、事務所で待っていたら中村さんに案内されたのだ。
「それじゃ、話をしようか」
と中村さんが口火を切った。
部屋の外からは軽快な店内音楽が僅かに聞こえ、二人きりで静かなこの空間に何とも言えない違和感と妙な緊張感を生み出した。
「はい。まず、シフトのことなんですけどー」
と僕は先日真由からLINEで送られてきたいくつかの日付について話した。
そしてその日付においていずれも真由のシフトは入っておらず、むしろ芹乃さんと中村さんがほとんどの確率で僕と被っているということも。
「これについて、中村さんは何か鈴谷さんから聞いたり、もしくは鈴谷さんがおかしな行動をしていたなんて事を見たりはしていませんでしたか?」
「そうだね……」
中村さんは広げていた弁当に手を付ける。
租借し飲み物を飲んでいる間は何か考えている様子、というか考えをまとめているのか、もしくは本当に言いにくい事を言おうかどうか迷っているのか。いずれにしても食べ物が口にある時間を利用してその考えをまとめているようだった。
ようやく飲み込んだ中村さんが意を決して僕を見ると、その口を開いた。
「鈴谷さんは、かなり特殊な子なのかもしれない」
「特殊、といいますと?」
「生まれつきかなりの心配性なのか不安症なのか、たまに周囲をものすごく警戒している時があるの。実はここに入った時もそうよ。最近は落ち着いていたんだけどね。それこそ高橋くんと付き合い始めてからはね。でも―」
そこでまた中村さんの表情に迷いが生まれた。
さっきよりも言いにくそうなその様子に僕は
「また不安定な感じになってきたんですね。もしくは、もう大分不安定なのか」
と言うと、中村さんは頷いた。
「それでその…これは私から…いや、これは普通に考えておかしい事だから高橋くんにも知っておいてもらうべき事よね」
すると今度は、再び意を決して言いずらそうなその唇を動かした。
「鈴谷さんは高橋くんと芹乃さんの関係を疑っているわ。それだけじゃない。私と高橋くんの関係もね」
「確かに少し前に芹乃さんとの関係についてはありましたが、それはしっかりと説明をして解決したはずです。それに、まさか今回は中村さんとの関係にまで疑いが及んでいたなんて思いませんでした」
正直芹乃さんとのことについては察しがついていた。
それ故に今もなお疑われている芹乃さんには酷い思いをさせてしまっているのではないかと思っていたのだ。
「あの子は心配性で不安症。だからこそ恋人である高橋くんに寄っていく女の子には誰であっても疑いの目やそういう感情を向けてしまっているのよ。良く言えば、それほどまでに高橋くんが好きだということ。悪く言えば、独占欲が強すぎる。もしかしてこれは高橋くんもなんとなく察しがついていたんじゃないかな? だから真実を確かめるために私に話にきたんでしょ?」
「そうですね。でもこれではっきりしました。僕と芹乃さんの関係について鈴谷さんは今も納得や安心はしていない。ましてや、疑い続けているということが。これは公私共に何かが起きる前にどうにかしないとまずそうですね」
「実は……もう起きてるのよ。高橋くんの知らないところで。しかもこれは私しか知らないこと」
その時僕は今まで感じたことのない何とも言えない怖気を背中に感じた。
ひんやりとしたそれは心なしかこの個室の温度すらも下げたような気がした。
中村さんの目は真剣に僕を見て、少しの間の後に続きを話し始めた。
「私は鈴谷さんから、高橋くんと芹乃さんを監視しておくように言われたのよ」
「えっ……」
僕は言葉を失った。
「それで、芹乃さんが高橋くんに何か変な事をしていたら教えるように言われたの」
「そう言うってことは、中村さんは断らなかったんですよね……?」
僕は監視という言葉と、目の前にいる中村さんの存在が途端に怖く思えてきた。
そしてこの人は、真由側の人なのか僕達側の人なのか分からないという尋常じゃない不安に襲われた。
「断れなかったのよ。もちろん最初はそれはおかしいって言って拒絶したわよ。でも、鈴谷さんの目がね、すごく怖いのよ。必死な人の目、というより命を懸けて縋りつくような、私の選択次第で生きるか死ぬかみたいな異常者みたいな目をするのよ。それでも頑張って断ったんだけど、私のことも疑っているからって私と高橋くんの関係についてもしつこく聞かれたわ。もちろん何も無いからそう言うしかなくて、でも納得してくれないからどうしたら納得してくれるかを聞いたの。そしたらやっぱり監視の事を言われて、それをしてくれたら何も無いんだって信じるって言われたのよ」
「だからやるしかなかったということですね?」
「ごめんなさい。でも私はあの目が怖くて、それにその時は周りに誰もいなかったし、このまま断り続けてたらもしかしたら何かされるんじゃないかって怖くなって……」
中村さんの目もどこか必死だった。
それにたまに僕の背後にある扉のガラス窓に目を向けていたりもしたので、周囲にこの話がばれていないか、さらにいえば鈴谷さん本人が実は見ていたりなんかしていないかを警戒しているようだった。
「一つだけ正直に教えてもらいたいんですけど、その話を受けてから僕と芹乃さんの間に何かがあったとかそういう事は鈴谷さんに言ったりしましたか?」
「言ってないわよ。実際何も無いじゃない? お互いに何かを起こそうだなんて思っていないわけだし」
確かに本当に何も無い。
ただ普通に話しているだけなのだから。
「分かりました。これで安心しました。中村さんは鈴谷さんに従ったふりをしているだけということですね」
「当然よ。一緒に働いている人を監視するだなんて、そんなおかしいことを私がするわけないわ」
「ちなみに店長には?」
「それも言ってないわよ。誰にも言わないようにって口止めされていたからね」
「分かりました。ありがとうございます」
これでLINEでのことの違和感に納得が出来た。
そして今日知ったことは必ず真由と直接話さなければならないことなのだと思った。
中村さんを恫喝し、ましてやあの時僕とちゃんと話をして信じると言ってくれたのにも関わらず、こんな事をしたのだから。
ましてや、この事実を知らない芹乃さんは一番の被害者と言えるのかもしれない。
果たしてこれは芹乃さんに打ち明けるべきか。
いや、知らないほうがいいのかもしれない
僕は悲しさと共に、二人の人に迷惑をかけている真由に対する怒りを感じた。
これは本当にこれからの関係についても話し合わなければならないに違いない。
いつの間にか昼の休憩時間が終わっていた。
中村さんは事務所に戻る前に「ごめんね」と言ってきた。
「謝る事はないですよ。中村さんは被害者ですから」
そう言ってやると、少しだけ救われたような表情となって事務所に戻っていった。
僕もまた昼食を片付けると売り場に戻った。
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