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第一章 第2話 交際開始
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バイトに行くと周りの雰囲気が変わっていた。
「高橋くん。聞いたわよ。鈴谷さんと付き合う事になったんだってね」
とこの空気感の変化の答えを言ってきたのは中村さんだった。
それから芹乃さんもやって来た。
「もう知ってるんですか?」
「うん。先に鈴谷さんが来てね、私と芹乃さんに教えてくれたの。でも周りの様子を見てると、もう何人もの人に言ってるみたいだね」
付き合う事になって初の出勤なのに、これはもう全員に知れ渡るのは時間の問題だろう。
というかまぁ、男女で違いはあるものの女性であれば自分に恋人が出来た事を周りに言いたいのだろうな。
すると、
「高橋さん」
と当の鈴谷さんがやってきた。
「鈴谷さん、良かったわね」
「はい。本当に良かったです」
その時、鈴谷さんが一瞬芹乃さんを見た。しかしすぐに逸らした。
「それで、もしかしてだけどこの事はもう全員知ってるの?」
「もちろん。嬉しくて会った人に言ってたから多分もう皆知っていると思うよ」
敬語が外れていた。
関係性が変わったのだから特に何かを思うでもない。
そもそも鈴谷さんの方が年上なので、芹乃さんみたいに普通に外れていても構わないのだが。
「芹乃さん、どうしたの? 今日はやけに静かね」
「いえ別に。何にしても良かったのではないでしょうか」
芹乃さんのちょっとした違和感を察した中村さんが問いかけるも、芹乃さんはいたって普通を装って答えた。
確かに芹乃さんは何か思う事でもあるかのように今日はやけに静かだ。
「芹乃さん。あの―」
「高橋さん。そろそろ仕事の時間だよ。早く着替えて」
僕が何かを聞こうとした時、時計を見た鈴谷さんが僕を更衣室の方へ引っ張っていった。
事務所を出てその扉が閉まる間際、芹乃さんの複雑な表情が僕の目に映った。
***
バイトが終わり、僕は芹乃さんに声をかけた。
「さっきの事なんですけど」
「―あぁ、何か言おうとしてたね。どうしたの?」
「何かというか、今日の芹乃さんはいつもと違うなって思って」
「だから心配してくれたの? 高橋くんは優しいな。でも、私はどうもしてないよ。ただね、鈴谷さんが周りに言って周っていた事を高橋くんはどう思ってるのかなって思ってね。実際はどうなの?」
芹乃さんは真剣な表情で問いかける。
そこには以前までのからかい染みた様子は微塵も窺えなかった。
「どうって。こうなってしまったからにはもう仕方ないのかなと思いますね。僕も僕でこれについて周りに言わないようにとかは言っていなかったので。確かにびっくりはしましたよ」
「そう……」
芹乃さんは一瞬斜め下へ視線を落として何かを考えている顔つきとなった。だが少ししてまた僕の目を見た。
「高橋くん。前に酷い人と付き合っていたって話をしていたじゃない?」
「はい」
「念のためにアドバイスね。何かをやる時とか、今回みたいに周囲の環境を変えてしまうみたいな事はちゃんと二人で相談すること。でないと女性ってのは感情の向くままに動きがちだから後々面倒な事になるわよ」
「芹乃さんも女性じゃないですか」
「私はいいのよ。私はそのへんの分別はつけられるし、それこそ今までの彼にだってその気持ちを汲んであげていたわ。付き合うってのはね、一方通行じゃ駄目なのよ? それこそ、愛と恋の違いみたいに全くの別物なのよ」
ふとその口から出た彼という言葉。
そして付き合うとは何なのか。それらは芹乃さんの真面目な表情も相まって不思議と僕の心にすっと入ってきた。
しかし、経験値の差なのかその真意は今の僕には分からなかった。
「高橋さん。あれ? 芹乃さんもどうしたんですか?」
帰宅の準備が整った鈴谷さんがやってくると僕と芹乃さんを交互に見た。
「なんでもないわよ。仕事の話をしていただけ。ほら、高橋くんは鈴谷さんを送ってあげなさい」
そう言うと芹乃さんは事務所の方へと歩いて行ってしまった。
「何か話してたの?」
「いや別に。仕事の事だよ。帰ろうか」
そうして僕達は駐輪場へ行き、そのまま真っ暗な帰り道を並んで走る。
まもなくして分かれ道となった。
「高橋さん。これからよろしくね。私嬉しいんだ。こうして高橋さんとお付き合い出来て」
そう言った鈴谷さんの顔は街灯に照らされて笑っていた。
「あの、私達お付き合いしたんだから、せめて二人の時だけは名前で呼ばない?」
「…それもそうだね。えっと、真由でいいのかな?」
「うん。それじゃ私も。翔くん」
なんとも言えない空気が漂い、僕はなぜか急に恥ずかしくなった。
「それじゃ今日はもう遅いから。気を付けて帰るんだよ」
「うん。ありがとう。翔くん」
真由は最後に微笑むと、自宅の方へ帰って行った。
なんか恥ずかしいな。
それが素直な感想だった。
「高橋くん。聞いたわよ。鈴谷さんと付き合う事になったんだってね」
とこの空気感の変化の答えを言ってきたのは中村さんだった。
それから芹乃さんもやって来た。
「もう知ってるんですか?」
「うん。先に鈴谷さんが来てね、私と芹乃さんに教えてくれたの。でも周りの様子を見てると、もう何人もの人に言ってるみたいだね」
付き合う事になって初の出勤なのに、これはもう全員に知れ渡るのは時間の問題だろう。
というかまぁ、男女で違いはあるものの女性であれば自分に恋人が出来た事を周りに言いたいのだろうな。
すると、
「高橋さん」
と当の鈴谷さんがやってきた。
「鈴谷さん、良かったわね」
「はい。本当に良かったです」
その時、鈴谷さんが一瞬芹乃さんを見た。しかしすぐに逸らした。
「それで、もしかしてだけどこの事はもう全員知ってるの?」
「もちろん。嬉しくて会った人に言ってたから多分もう皆知っていると思うよ」
敬語が外れていた。
関係性が変わったのだから特に何かを思うでもない。
そもそも鈴谷さんの方が年上なので、芹乃さんみたいに普通に外れていても構わないのだが。
「芹乃さん、どうしたの? 今日はやけに静かね」
「いえ別に。何にしても良かったのではないでしょうか」
芹乃さんのちょっとした違和感を察した中村さんが問いかけるも、芹乃さんはいたって普通を装って答えた。
確かに芹乃さんは何か思う事でもあるかのように今日はやけに静かだ。
「芹乃さん。あの―」
「高橋さん。そろそろ仕事の時間だよ。早く着替えて」
僕が何かを聞こうとした時、時計を見た鈴谷さんが僕を更衣室の方へ引っ張っていった。
事務所を出てその扉が閉まる間際、芹乃さんの複雑な表情が僕の目に映った。
***
バイトが終わり、僕は芹乃さんに声をかけた。
「さっきの事なんですけど」
「―あぁ、何か言おうとしてたね。どうしたの?」
「何かというか、今日の芹乃さんはいつもと違うなって思って」
「だから心配してくれたの? 高橋くんは優しいな。でも、私はどうもしてないよ。ただね、鈴谷さんが周りに言って周っていた事を高橋くんはどう思ってるのかなって思ってね。実際はどうなの?」
芹乃さんは真剣な表情で問いかける。
そこには以前までのからかい染みた様子は微塵も窺えなかった。
「どうって。こうなってしまったからにはもう仕方ないのかなと思いますね。僕も僕でこれについて周りに言わないようにとかは言っていなかったので。確かにびっくりはしましたよ」
「そう……」
芹乃さんは一瞬斜め下へ視線を落として何かを考えている顔つきとなった。だが少ししてまた僕の目を見た。
「高橋くん。前に酷い人と付き合っていたって話をしていたじゃない?」
「はい」
「念のためにアドバイスね。何かをやる時とか、今回みたいに周囲の環境を変えてしまうみたいな事はちゃんと二人で相談すること。でないと女性ってのは感情の向くままに動きがちだから後々面倒な事になるわよ」
「芹乃さんも女性じゃないですか」
「私はいいのよ。私はそのへんの分別はつけられるし、それこそ今までの彼にだってその気持ちを汲んであげていたわ。付き合うってのはね、一方通行じゃ駄目なのよ? それこそ、愛と恋の違いみたいに全くの別物なのよ」
ふとその口から出た彼という言葉。
そして付き合うとは何なのか。それらは芹乃さんの真面目な表情も相まって不思議と僕の心にすっと入ってきた。
しかし、経験値の差なのかその真意は今の僕には分からなかった。
「高橋さん。あれ? 芹乃さんもどうしたんですか?」
帰宅の準備が整った鈴谷さんがやってくると僕と芹乃さんを交互に見た。
「なんでもないわよ。仕事の話をしていただけ。ほら、高橋くんは鈴谷さんを送ってあげなさい」
そう言うと芹乃さんは事務所の方へと歩いて行ってしまった。
「何か話してたの?」
「いや別に。仕事の事だよ。帰ろうか」
そうして僕達は駐輪場へ行き、そのまま真っ暗な帰り道を並んで走る。
まもなくして分かれ道となった。
「高橋さん。これからよろしくね。私嬉しいんだ。こうして高橋さんとお付き合い出来て」
そう言った鈴谷さんの顔は街灯に照らされて笑っていた。
「あの、私達お付き合いしたんだから、せめて二人の時だけは名前で呼ばない?」
「…それもそうだね。えっと、真由でいいのかな?」
「うん。それじゃ私も。翔くん」
なんとも言えない空気が漂い、僕はなぜか急に恥ずかしくなった。
「それじゃ今日はもう遅いから。気を付けて帰るんだよ」
「うん。ありがとう。翔くん」
真由は最後に微笑むと、自宅の方へ帰って行った。
なんか恥ずかしいな。
それが素直な感想だった。
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