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第一章 第1話 出会い
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あれから数日が経った。
今日のバイトでも鈴谷さんと顔を合わせているわけだが、どうも気まずい。
しかし当の鈴谷さんはいつも通りといった様子で今日も出勤をしている。
ちなみに、彼女が僕に告白をしてきた日からはどんな状況でも以前のようにクレームを受けることは無くなったようで、店長もほっとしている様子だ。
これについて店長は僕に何か対策を練ったのか?なんて聞いてきたりもしたけど、どうして落ち着いたのか僕にも分からなかったので適当に笑って誤魔化すしかなかった。
そんなわけで今は1階に鈴谷さん、2階に僕と芹乃さんという配置となっている。
「高橋くんさ、鈴谷さんと何かあった?」
「いえ何も。何か気になりますか?」
「いや、別にそういう意味じゃないんだけど。なんか前よりもぎこちない感じがするなって思って」
芹乃さんはやはりよく気が付く。
年上で以前は正社員も経験して人生経験が豊富な分、ここ最近の僕の違和感を見逃してはいなかったようだ。
「ぎこちないですか? そうですかねぇ?」
「ふーん。そういうつもりなんだ」
どきりとしてはぐらかす回答をした僕に芹乃さんは少しいじらしい顔を向けた。
「なんとなく分かるよ。鈴谷さんに何か言われたか言ったんでしょ?」
「……」
「ほら、顔が強張った。中村さんと私の間で話してたんだ。鈴谷さんと高橋くんの事。まぁ別に、仕事に支障をきたさなければ私としては何でもいいんだけどさ。このままだと今度は高橋くんがクレームを貰いそうで、なんか危なっかしいんだよね」
つまり集中出来ていないと言いたいのだろう。
しかも中村さんも話していたという事は、僕が今後何かをやらかした場合はそれも含めて店長にまで話がいく可能性だってあるわけだ。
そんなことになれば僕だけでなく鈴谷さんにも迷惑になってしまう。
それだけはどうにか避けたい。なので隠し事で通せなさそうな芹乃さんに最近の事を話すことにした。
「なるほどね。やっぱり鈴谷さんが動いたんだ……」
「やっぱりってことは予想してたんですか?」
「まぁね。だって過去の事で手痛い失敗をしている高橋くんがまた自分から動くなんて考えられなかったし。そもそも、そんな勇気無いでしょ?」
「動く動かないは別として、勇気はありますよ、多分」
「多分じゃない。あとはそうね、鈴谷さんは私と同じで、ううん、私よりも年上でしょ? 動くなら早いんじゃないかなって。それこそ私っていう別の女もここにはいるわけだし、高橋くんの選択肢的に鈴谷さん一択にはなりにくいでしょ?」
「まぁ……」
なんか前に飯菜とも年上の女についてどうだとかの話をしたな。
そんなに年上ってのは大変、というか考えることが多いのだろうか。
「それで、どうするの?」
「どうって……どうしましょうね」
「やっぱり何も考えてなかったのね」
「考えましたよ? でもいざ決断ともなると難しいって思っただけですよ」
「やっぱりまだ学生ね。そういう思いきりがつかないところも初々しくて若々しいわ」
「それじゃ、芹乃さんが僕と同じ立場だったらすぐに決められるんですか?」
その問いに芹乃さんは一瞬考える素振りを見せるもすぐに答えを示した。
「私なら、とりあえずは付き合ってみるかな。だって近い距離になってみないとその人がどういう人なのか分からないじゃない? 人ってそういう関係になってみないと本性なんて案外分からないものなのよ。それこそ、今高橋くんが見て接している多くの人は余所行きのネコを被って生きているの。それを取り去って初めてその人がどういう人かって分かるものじゃない?」
「そう言われてみれば確かにそうですけど、もしもその本性が自分と合わなかったらどうするんです?」
僕は無意識に元彼女の事を思い出し、それでも楽しかったことやそれ以上に辛かった事を思い出していた。
「簡単よ。別れればいい。それだけよ」
「そんな簡単に」
「だってそんな人と一緒にいて何かメリットある? 無いよね? ならさ、とっとと別れて忘れて、それでまた別の恋でもした方がよっぽど有意義でしょ? 何もこの世界には人がたくさんいるんだから、目の前のその人が全てというわけじゃないんだからさ」
芹乃さんは決して冗談で言っている様子ではなかった。
いたって真剣に、それでいて今まで自分が経験してきた事を想起しながら話しているかのように見えた。それこそ大人ゆえの経験値を示すかのように。
「実際に箱を開けてみないと分からない。なんか少し前に同じような事を友人にも言われた気がします」
「友達にも相談って、どれだけの期間悩んでるのよ。まぁでも、たくさん悩むことはいい事よ。どうせこれから先もいろんな事に悩む事になるんだから今の内に慣れておくといいわ」
今日の芹乃さんはやけに大人びて見えた。
実際に大人なのだが、それでも休憩中やふとした時によくからかわれては無邪気な表情をすることはあった。だからこそこうして冷静な意見だったり相談に乗ってくれたことに対して、やっぱりこの人は大人だったんだと改めて実感せざるをえなかった。
「ありがとうございます。やっぱり人生経験の差ですかね、とても参考になりましたし少し楽になりました」
「一部気になった言葉があるけど、今は誉め言葉として受け取っておくよ」
実際にその人の近くにいってみないと分からないし、箱は実際に開けてみないと分からない。
もし違うなってなったら、その時はその時で考えればいいか。
まもなくしてバイトの終了時刻となった。
今日もクレームは無かった。
「鈴谷さん」
そこで僕はこれから帰ろうとしている鈴谷さんに声をかけた。
「はい」
「途中まで、どうですか?」
その言葉を発した僕の声は妙にぎこちなかったに違いない。
しかし鈴谷さんは
「もちろんです」
と言ってくれたので、店を出た僕達は二人で暗い夜道の中で自転車を転がした。
今日のバイトでも鈴谷さんと顔を合わせているわけだが、どうも気まずい。
しかし当の鈴谷さんはいつも通りといった様子で今日も出勤をしている。
ちなみに、彼女が僕に告白をしてきた日からはどんな状況でも以前のようにクレームを受けることは無くなったようで、店長もほっとしている様子だ。
これについて店長は僕に何か対策を練ったのか?なんて聞いてきたりもしたけど、どうして落ち着いたのか僕にも分からなかったので適当に笑って誤魔化すしかなかった。
そんなわけで今は1階に鈴谷さん、2階に僕と芹乃さんという配置となっている。
「高橋くんさ、鈴谷さんと何かあった?」
「いえ何も。何か気になりますか?」
「いや、別にそういう意味じゃないんだけど。なんか前よりもぎこちない感じがするなって思って」
芹乃さんはやはりよく気が付く。
年上で以前は正社員も経験して人生経験が豊富な分、ここ最近の僕の違和感を見逃してはいなかったようだ。
「ぎこちないですか? そうですかねぇ?」
「ふーん。そういうつもりなんだ」
どきりとしてはぐらかす回答をした僕に芹乃さんは少しいじらしい顔を向けた。
「なんとなく分かるよ。鈴谷さんに何か言われたか言ったんでしょ?」
「……」
「ほら、顔が強張った。中村さんと私の間で話してたんだ。鈴谷さんと高橋くんの事。まぁ別に、仕事に支障をきたさなければ私としては何でもいいんだけどさ。このままだと今度は高橋くんがクレームを貰いそうで、なんか危なっかしいんだよね」
つまり集中出来ていないと言いたいのだろう。
しかも中村さんも話していたという事は、僕が今後何かをやらかした場合はそれも含めて店長にまで話がいく可能性だってあるわけだ。
そんなことになれば僕だけでなく鈴谷さんにも迷惑になってしまう。
それだけはどうにか避けたい。なので隠し事で通せなさそうな芹乃さんに最近の事を話すことにした。
「なるほどね。やっぱり鈴谷さんが動いたんだ……」
「やっぱりってことは予想してたんですか?」
「まぁね。だって過去の事で手痛い失敗をしている高橋くんがまた自分から動くなんて考えられなかったし。そもそも、そんな勇気無いでしょ?」
「動く動かないは別として、勇気はありますよ、多分」
「多分じゃない。あとはそうね、鈴谷さんは私と同じで、ううん、私よりも年上でしょ? 動くなら早いんじゃないかなって。それこそ私っていう別の女もここにはいるわけだし、高橋くんの選択肢的に鈴谷さん一択にはなりにくいでしょ?」
「まぁ……」
なんか前に飯菜とも年上の女についてどうだとかの話をしたな。
そんなに年上ってのは大変、というか考えることが多いのだろうか。
「それで、どうするの?」
「どうって……どうしましょうね」
「やっぱり何も考えてなかったのね」
「考えましたよ? でもいざ決断ともなると難しいって思っただけですよ」
「やっぱりまだ学生ね。そういう思いきりがつかないところも初々しくて若々しいわ」
「それじゃ、芹乃さんが僕と同じ立場だったらすぐに決められるんですか?」
その問いに芹乃さんは一瞬考える素振りを見せるもすぐに答えを示した。
「私なら、とりあえずは付き合ってみるかな。だって近い距離になってみないとその人がどういう人なのか分からないじゃない? 人ってそういう関係になってみないと本性なんて案外分からないものなのよ。それこそ、今高橋くんが見て接している多くの人は余所行きのネコを被って生きているの。それを取り去って初めてその人がどういう人かって分かるものじゃない?」
「そう言われてみれば確かにそうですけど、もしもその本性が自分と合わなかったらどうするんです?」
僕は無意識に元彼女の事を思い出し、それでも楽しかったことやそれ以上に辛かった事を思い出していた。
「簡単よ。別れればいい。それだけよ」
「そんな簡単に」
「だってそんな人と一緒にいて何かメリットある? 無いよね? ならさ、とっとと別れて忘れて、それでまた別の恋でもした方がよっぽど有意義でしょ? 何もこの世界には人がたくさんいるんだから、目の前のその人が全てというわけじゃないんだからさ」
芹乃さんは決して冗談で言っている様子ではなかった。
いたって真剣に、それでいて今まで自分が経験してきた事を想起しながら話しているかのように見えた。それこそ大人ゆえの経験値を示すかのように。
「実際に箱を開けてみないと分からない。なんか少し前に同じような事を友人にも言われた気がします」
「友達にも相談って、どれだけの期間悩んでるのよ。まぁでも、たくさん悩むことはいい事よ。どうせこれから先もいろんな事に悩む事になるんだから今の内に慣れておくといいわ」
今日の芹乃さんはやけに大人びて見えた。
実際に大人なのだが、それでも休憩中やふとした時によくからかわれては無邪気な表情をすることはあった。だからこそこうして冷静な意見だったり相談に乗ってくれたことに対して、やっぱりこの人は大人だったんだと改めて実感せざるをえなかった。
「ありがとうございます。やっぱり人生経験の差ですかね、とても参考になりましたし少し楽になりました」
「一部気になった言葉があるけど、今は誉め言葉として受け取っておくよ」
実際にその人の近くにいってみないと分からないし、箱は実際に開けてみないと分からない。
もし違うなってなったら、その時はその時で考えればいいか。
まもなくしてバイトの終了時刻となった。
今日もクレームは無かった。
「鈴谷さん」
そこで僕はこれから帰ろうとしている鈴谷さんに声をかけた。
「はい」
「途中まで、どうですか?」
その言葉を発した僕の声は妙にぎこちなかったに違いない。
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