吸血鬼と棘荊

弥架祇

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痛い

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もともと傷の治りが早い私は、腹の傷も良くなったということで本部から呼び出しがかかった。
でも、本部に行くその前にアベルに会おうと思った。
正直、何を話したらいいのかわからないし、会いに行くべきではないのかもしれない。
でも、会わなくてはいけないんだと思っていた。


あの真紅の瞳が頭から張り付いて離れない。
今まで見てきた吸血鬼の誰よりも綺麗な赤の色をした瞳。
吸血鬼と同じ赤い瞳。
憎らしき、忌むべき吸血鬼と、同じ…

あいつは、私が憎んできた吸血鬼とは違う。
違う筈なのに…
あの赤い瞳が、吸血鬼と重なる。

綺麗で、恐ろしくて、悍ましい…

やめて。
そんな瞳で、私を見るんじゃない。

吐き気がするから。
あんな奴らと同じだなんて、そんな。

受け入れられないから。
受け入れられたくないから。

アベルのことは嫌いじゃない。
けど、どう思っているのか自分でもよくわからない。
それは出会ってからのアベルが、弱くて、儚くて…吸血鬼らしくなかったからであって…

じゃあ、今は…?

あの赤い瞳をしていたら?
人を傷付けながら、嘲り笑ったら?

私は、アベルに手をかけないでいられるか?
銃を向けずにいられるか?

そんなわけ、ないだろう。
きっと、躊躇わずに…

でも…もしも本部がアベルを殺せと言うのなら、それも納得できない。

吸血鬼が憎い。ただそれだけの筈だった。
その憎悪だけを胸に、吸血鬼を殺してきた。
それなのに。
もやもやする。
吸血鬼を殺したいと思うのと同じくらいアベルを殺してはならない…殺したくないと思っている。

殺すべきか、守るべきか。
それとも、もう関わらないべきか。

複雑な思いを抱えながら、アベルの病室をノックして扉を開く。

アベルはぼーっと格子がつけられた窓の外を眺めていた。
本部が、アベルに逃げられぬようこの病室に閉じ込めたのだ。

その瞳は、澄みきった蒼の瞳で…
自分が確かに安堵していることに、微かな居心地の悪さを感じる。

「アベル?」
名を呼ぶと、アベルが驚いたように目を見開き、こちらを振り向いた。
「…どうかしたのか?」

アベルは、5歳という幼い歳に相応しくない苦笑を浮かべた。
「もう、会いに来てくれないかと思ったから…」

「なんでだ?」
蒼の双眸が私を映す。
全てを見透かされているような錯覚に陥る。
「だってフランは吸血鬼、嫌いでしょ」
アベルの長い睫毛が、瞳に影をおとす。
私はただ呆然とするしかなかった。
「人と同じように、本を読んだり誰かと話したりしていれば僕もそれになれるんじゃないかって思ってた。
でも、違うよね。」

淡々としたその物言いが、無理矢理感情を抑えつけているようで。
「なっ…何言って…!」
アベルは反論しようとした私に、はっきりと一つ首を振った。

「違うよ。
フラン達と、僕は…違う。
同じになれる訳ないよね。
生活を真似たって、何も知らないふりをしたってその壁は越えられない。
だって、仕方ないよね。
僕、人間らしくないそうだから。」

「アベル…」
何か言いたかった。
でも、言えなかった。
何処かでそういう意識はあった。

リュシュからアベルが異常に頭が良いと聞かされたときも、『あいつは私たちと違うから』と。
それで、済ませたのだ…

「人間の5歳の子供は…
こんなに多くの物事を学んだりしない…
物理学や理工学なんて学ばない…
こんなに感情に蓋をすることなんてない…
吸血鬼を冷静な目で観察なんてしない。
それに…
あんなふうに、吸血鬼を傷付けたりしない…」

俯いたアベルの顔は、前髪の影で見えない。
「こんな嘘をつくなんて馬鹿だよね。
嘘は、いつかバレるものなのに。
どう足掻いたって、真実にはならないのに…
ごめんなさい。
それでも…それでも…僕は……
失いたく、なかったから…」

でもその声は…微かに震えてる気がし
た。
「もう、誤魔化せないから。
だからフラン。
もう、いいよ。
もう…いいから…」

後ろを向いてしまったアベルの表情はやはり見えない。
でもその小さな背中は震えていて。

懸命に、何かを堪えるようにキツく手を握りしめていて……

何処までも、痛々しかった。

出会った日、アベルは何処までも虚ろだった。
初めて話したときも、その瞳は虚ろだった。

それから傷が癒えるまでの数日間。
リュシュや私と話して、相変わらずの無表情だったけれど不器用ながらにも、自分のことを少しだけ話してくれるようになっていた。

そして今。
こんなにも苦しげな顔をさせているのは、おそらく私達のせいだ…

吸血鬼はアベルの心を虚ろにし、
私たちはアベルの心に痛みを与えた。

畜生…これじゃあ何も変わらない。

アベルをキツく抱きしめる。
びくりとアベルの身体が跳ねたが、暴れることはなかった。

「大丈夫…大丈夫……だから。
お前は…そんなこと気にしなくていい。
ただ、笑ってればそれでいいんだよ」
私の声も情けなく震えていた。

アベルがふと窓の外に目を向けた。
「チューリップ…。」
「どうした…?」

病院の花壇にあるチューリップのことだろうか。
「チューリップ、もうすぐ散っちゃう。」

「ん…あぁ、そうだな?」
突然の話についていけず、間抜けな返事を返す。

「花なんて…
どうせ散るなら、咲かなきゃいいのに。」
青い瞳が暗く烟る。

アベルはどういう思いでそんなことを言ったんだろう。

何処かで聞いた言葉とアベルの言葉が重なった。
『どうせ失くすくらいなら…知りたくなかった。』

ざわりざわりと風が吹いた。
私は何も言わずに、腕にそっと力をこめた。
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