はるけき世界の英雄譚

白澤建吾

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士官学校編

呪いと約束

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「呪いは道具や体なら聖水があればいいんだが、イレーネの場合は魂にかけられてしまった。呪いの主はアイダショウだろう、やつを殺せば呪いははれるかもしれない、魂の呪いを解く神官が見つかるかもしれない。どうだ? やるか」
 しばらくはイレーネには不便をかけさせてしまうが、しばらくは待ってもらおう。
 喉が痙攣して声にならないので強く頷いた。

「元気が出た所で飯を食え」
 そういって出されたものはお湯でパンを茹でてぐずぐずにしたパン粥のようなものにしょっぱくて臭い腸詰めをほぐした物を入れて塩味を付けたものだった。
 食べる前からちょっと臭みがある薄汚れたミルクパンを持たされ、ルイスの方を見ると、ニヤリと笑って
「戦って負けたんだ、いくら金を持っててもしばらくはこのパンと腸詰めしか出てこないぞ」
 と言って私を改めて絶望させた。

「そのまま聞け。前に、イレーネの名前を魔法にしたということがあったが、今回のでわかったことがある。呪文は言葉じゃなかった」
「刻印とか印術と言われるものだったってことですか?」
「いや、いままで聞いたこともない話なんだが、おそらく心だ。心の有り様が呪文になっているんだ。だから前回は怒りで炎の矢フェゴ・エクハを撒き散らし、今回は悲しみか絶望かわからんが無言で冷気の檻を作った」
 じっと見つめられ、まずいパン粥を食べるのも忘れて息を呑んだ。
「お前は、一体、何者なんだろうな」
「そんなの私が知りたいです」

 ちょっとえづきながら食事を済ませて、隠れ家の中を歩いた。
 地下に掘られた空間は意外と広いようで、上に続く階段から伸びる廊下に向かい合わせに作戦室と調理室と書かれたドアがあり、両側に1,2と書かれた大部屋、3,4と書かれた中部屋、奥はT字路になっていて、1人用の個室が7部屋、5~11まで番号が振られていた。
 私が寝ていたのが5番で右手の奥、イレーネは6番、隣の部屋に寝ている。
 突き当りには重そうな鉄の扉があり、ノブを回してみるが鍵がかかっているらしく開かなかった。
 
 一通り中を見て回り、地上の店舗より広い地下空間に驚きつつ、イレーネが眠る部屋に悪事を働くわけでもないのに音をさせないようにするり、と忍び込んだ。
 イレーネの脇に座り、手がベッドからはみ出ていたので中に入れてあげようと手を掴むと、恐ろしく冷たく生きている人の手とは思えないくらい重かった。
 呪いのせいと言っていたけど私が凍らせてしまったせいなんじゃないか、と思うとまた心臓が痛くなった。

 眠り続けるイレーネの手を握り、せめて私の体温分だけでも命を渡せれば、そう思ってさすり続けた。
 それからしばらく朝、起きてから食事とトイレ以外はイレーネの脇に座り、目が覚めるのを待った。

 ここに来てから2週間位たった頃、いつものようにイレーネの脇に座り手をさすっているとイレーネが目を覚ました。
「カオル、さすりすぎると痛いよ」
 おはよう、と言って手をにぎるとイレーネを起こすのを手伝ってイ・ヘロの明かりを強くした。
「真っ暗な中でなにしてたの?」
 そう言われ、心臓が強く鼓動した。
「あと手足も重いし、なんか調子悪いみたい」
 そういうイレーネの顔を見ると、綺麗な桜色だった瞳は光のないくすんだ灰色に染まり、手は血の気のないまるで生を感じさせない皮膚の色をしていた。

「あのね、イレーネ……、きっとショックを受けると思うんだけど、今、イ・ヘロの魔法は使っているんだ」
 それから今のイレーネの状態について聞いた話をイレーネに話した。
 時折唇を噛み、動きづらい左手が握ろうとゆっくりと動いた。

「私をかばったおかげでこんなことになってしまって、ほんとにごめん」
「あたしを即死から救ってくれたんでしょ? それに身体強化使えばなんとか動けるから、大丈夫」
 そう言って両手を動かして透かして見た。
「魔力を込めたらなんかぼやーっと見えるかな、これが魂が削られた手とあたしの魔力ってことかな? 魂と魔力が見えてるみたい。だいぶぼやけてるけど」

 こっちを見て困惑したように
「カオルの魂ってカオルと見た目違うんだね」
 あとでと言ったのに、いざ問われるという勇気がでなくて
「そうなんだ、どんな見た目なの」
「なんかアイダショウに似てる、もしかして召喚された時に入れ替わっちゃったの?」
 前の体、魂の姿を見られては推測も簡単だろう。
「そうなんだ、だから体を取り戻したかったんだけど、向こうは返したくないらしくて」
「そんなことより! 恋人でもない男子の前で脱いでたなんてあたしもうお嫁にいけないじゃない! バカ! ずっとやらしい目で見てたんでしょ! 信じらんない!」
「ええ?! イレーネが神の奇跡で私を男にしてくれたら婿にしてもらうから許してよ」
 そういうとイレーネは見えない目で私をじっとみて
「まあ、よく見ると思ったより悪くないし、声がカオルで見た目がショウってやつだと思うと違和感がすごいんだけど」
「逆だよ、見た目がカオルで声がショウだよ」
「あたしにとっては逆だもの」
 そう言って声を上げて笑うと、ノックの音がしてルイスとロペスが返事も待たずに入ってきた。

「目が覚めたか」
 そう言ってイレーネの無事を確かめ、目と手を見るとやはり息を呑んで呪いにかかってしまったイレーネを心配そうに見るが
「呪いのことはカオルに聞きましたし、カオルが将来と呪いを解いてくれる約束をしてくれたので大丈夫です」
 それに、と続けた。
「魔力は変わないから身体強化すれば日常生活には支障はでないし、目はまあ、魂と魔力しか見えないから不便だけど」
「おい、将来ってなんだ」
「あたしがこんな感じになっちゃったのを気にしたカオルが約束してくれたんですよ」
 そう言って見ているのか見ていないのか不思議な眼差しで私を見て笑った。

「そうだ、腹減ったろ?」
 ルイスがロペスを引っ張ってあのパン粥を用意しに出ていった。

「魂の見た目は元の体の見た目と同じだったよ、やっぱりカオルの体って入れ替わってたんだね」
「そうなんだよ」
「だからかわいくない格好してたんだね、ずっともったいないって思ってた」
「見た目より機能の方が大事だからね」
「そんなことないよ、気分が良くなるのは十分機能だよ」
「たしかに」
 と話していると、再びノックの音がしてロペスがパン粥を持ってきた。

 胃をびっくりさせないようにとゆっくりと食べることを強要され、目を白黒させながらパン粥のまずさを堪能する様を確認し、食器を下げるついでにイレーネを寝かせて退室した。

 それから私はイレーネが不便がないように、イ・ヘロを刻み込んで足元でほんのり光る魔導具を作った。
 低級の悪魔マイノール・ディーマの魔石を砕いてクズ魔石にしたものを組み込んで廊下の隅に置いた。

 刻み込んでいる作業をロペスとペドロに手伝ってもらっている間、フェルミンが手伝いもせずに私の向かいに座ってじっと私の顔を見てくる。
「どうしました?」
「もう敬語は使わなくていい、国も身分もなくなってしまったからな」
「はあ、わかりました。で、なんの用?」
「おれは国を取り戻して父上の仇を討ちたい、手を貸せ」
「私はそんなことよりイレーネの呪いの方が大事なんだよ」
「わかってる。どうせあの第6階戦士エクストグエーラとはまた戦うんだ、イレーネの呪いが解けるまででいい。そのための人は使っていい、神官だっているしまだ人も集めている」

「今のままでは絶対にアイダショウには勝てませんよ、祝福とイレーネと合唱魔法を使ってやっと2人で渡り合ってたんですからね。その上、代官は第8階戦士クォルタグエーラなんて絶望的に強いだろうし、その上一般兵まで魔法を使うのですが」
「わかった、もういい。何年かかってもいい、力を蓄え、反逆する。そのために力を貸せ。取り返したら要職につけてやる」
「最後のは期待してないけど、神官と戦闘訓練できる人がいれば紹介してほしいもんですね」
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