はるけき世界の英雄譚

白澤建吾

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士官学校編

イレーネと冬休み(2)

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 その後、イレーネが起きたのは昼近くになってからだった。

 やはりパンイチになっている経過についての記憶はなく、

 淑女が全裸で寝るなんてはしたないと落ち込んでいた。

 イレーネには淑女がどうのではしたないとか割と今更だと思うのだが、口には出すまい。

 長々寝たおかげで二日酔いも軽く適当にパンを食べてから今日の分のワインを買いに行くことにした。

「そういえば、来年の6日まで休みなんだから遠征できたらよかったね。」と、イレーネがいった。

「私たちだけだと非力すぎて危ないから無理だね。」と、手をひらひら振りながら言った。

「ちょっと大きめの魔獣退治だけならなんとか、いけなくはないかもしれないけど。」

 手長熊辺りを革もほしいと思うともうきついだろう。

 ただ殺すだけなら魔法撃って逃げたらいいのだ。

 あと血まみれになりたくないので魔石は取れない。

 今日も休みの店は多い、いつも朝から開いているパン屋も営業時間短縮で昼から夕方までになっている。

 
 昨日の反省点を踏まえてチーズを多めに買っていくことにする。

 多いと思ったが二人で安ワインをがぶがぶ飲みながらだとあっという間にチーズがなくなってしまったのだ。

 今日は七面鳥もあるからそこまで消費しないかな?

 ただでさえ娯楽がすくない世界なのに年末のせいでますますできることがなくなってしまった。

「普段の年末はなにしてんの? すごい暇なじゃない?」と聞いてみる。

「そうねえ、ゲームだとリバーシとか将棋にチェスなんかあるけど、

 あたしリバーシしかやらないから飽きちゃってもうやってないね」

「あとは楽師呼んで歌ってもらったり一緒に歌ったりしてたわね、年末はいい額取るのよ」

「後どうしてたかなぁ~、あ、聖堂に行かされて祈らされたりしたわ」

「あぁ、あと編み物と刺繍させられた。花嫁修業のいい機会だからって」そういって苦々しい顔をした。

「苦手だった?」と聞くと

「よく褒められたよ、あたしが嫌いなだけだからね」と言った。

 ちまちました作業が得意なら魔道具作りも慣れたらいい感じに作るようになるのかもしれないな。


 歩きながらだらだらと話しているうちに酒屋についた。

 昨日の反省を生かして赤2本、白2本、ブランデーを買った。

 どうせあるだけ飲んじゃうんだから明日また来たらいいさ。

 そう思いながら屋台で串焼きを何本か買って歩きながらたべる。

 イレーネは抵抗ありそうだったが私に倣って食べ始めた。

「冷めてないからおいしい」と気に入っていた。

 その後も適当に歩き回って買い食いしつつ夜のつまみによさそうなものを買って帰った。


 今日も昨日と同じくぐだぐだとしゃべりながら酒を飲み、酔いつぶれて寝てしまった。

 そんな生活を年明けまで続けてしまった。

 あっというまに新年。

 ここでは新年はそんなに祝わないらしい。

 クリスマス休暇の一部に新年がある、ただそれだけのようだった。

 とりあえず、今日も今日とて飲んだくれて酔いつぶれたイレーネを起こして

 あけましておめでとうとあいさつをして外に食べに行く。

 パンイチで起きたのはあれ以来なかったのでよほどショックだったんだろう。
 どっちかが分からないけれども。

 たぶん、イレーネだな。淑女らしいから。

 そして寒い寒いと思っていたら年明け早々に雪が降った。

 この間作った服を着てホットワインのために出かけた。

 マントやコートと違ってポンチョだと熱風の魔法を使っても

 暖かい空気が拡散していかないところだ。

 コートだとそもそも手が外にでてしまっているので使えない。

 厚手の生地で作っているのでそこまで寒くならないはずだ。

 下町まで出向き、安くておいしい煮込み料理をたらふく食べ、

 お土産に、と汁を抜いて油紙で包んだものを籠にいれてほくほく顔で帰路についていた。

 近道しよう、とイレーネに誘われ、普段通らない細い道を通り、

 いつもの酒屋で向かう時だった。

 昼間なのに薄暗い通りを通っている時、

 ちょうど通りを抜けるところに人影が見えた。

 またか、と肩を落とした。

 治安の悪い区画の人目につかない通りを通っているのだから

 当たり前といえば当たり前なのだが。

 しかし、今日これで2回目、年末から含めると7回目。

 ちょっと多くないですかね?

 仕方ない、とイレーネと頷き合って身体強化をかける。

「そっちのかわいこちゃんにだけ用があるからちんちくりん、お前はどっかいきな」

 ホームセンターファッションで着ぶくれた女には興味がないらしい。

 山賊の様な毛皮を着た無精ひげの男が言った。

「どうしてもっていうならそいつの後で相手してやってもいいけどな」と

 太った山賊が下卑た笑いを浮かべて言った。

 なるほど、目的はイレーネ、そうだよね。

 とはいえ男の視線というのはこんなにも気持ち悪いのか、と実感する。

 それにしてもちんちくりんと言ったあとに相手してやるとはロリコンか。

「どうせ悪人に人権はないんだからやっちゃうよ」とイレーネが

 黒い炎の矢フェゴ・エクハを出現させる。

「街中で魔法はやめようよ」というとぽん、と手を打って消した。

 そしてキッと太った山賊をにらむと一気に距離を詰め拳を繰り出した。

 イレーネの拳をつかもうと手を伸ばしたが、身体強化したイレーネの右拳は

 太った山賊の手を破裂させ、破片を辺りにぶちまけた。

「いでえよおお!」無くなった手首を見せつけるように

 振り回しながら悲鳴をあげた。

「やってくれるじゃねえか」

 無精ひげが懐からナイフを取り出した。

「ほら!カオル!ピンチだよ!」

 イレーネが喜々として指を指した。

 あぁ、そうか。

 彼女は母チーターなのだ。弱ったインパラを子チーターに与えて

 狩りの練習をさせているのだ。

 こんなことまでさせてしまって申し訳ない、と思いその思いにこたえるべく

 身体強化をかけて無精ひげのチンピラに向かい合う。

 悪人に人権はない、悪人に人権はない。

 自己暗示をかけて突き出されたナイフを持つ手に右手の手刀を打ち込んだ。

 強かに打たれた手はナイフを持っていられずに放してしまう。

 自由落下するナイフを左手でつかみ、そのまま心臓めがけて押し込んだ。

 一瞬を何十秒に感じる中で左手にゆっくりと伝わる人を殺す感触。

 お父さん、お母さん、ついにやってしまいました。

 一瞬のことで何が起こったか把握できていない無精ひげが目を見開いて私の顔をみる。

 目線を下に落とし、胸からナイフの柄が生えていることを確認するとぐぅっとうめき声をあげて倒れこんだ。

 倒れた無精ひげを見下ろして案外大したことなかったな、と思おうとしたが

 手の震えが止まらなかった。

「がんばったね」といってイレーネが後ろから抱き着いてくる。

 背中から感じる人のぬくもりにありがたいやらお前のせいだぞとか

 色々考えているうちになんだか涙がでそうになった。

「もうこんなことはこれで最後だからね、

 人を殺すために徘徊するなんてこれじゃただの殺人鬼だよ」というと

「確かに殺人鬼だわ」と言って笑った。

「でも、いざって時に命を落とさないようにって心配してくれてありがとう。」

「あたしのこと嫌いになった?」

「まさか、好きになりそうだよ」

「じゃあ、その時はハグくらいしてあげるわ」と言って笑いあって酒屋へ急いだ。
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