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ギルシュ・ガーデナー➃
しおりを挟む「無駄なあがきだ。【氷矢】」
対応は容赦のないものだった。
氷の矢が勢いよく飛び、鈍い音とともにそれらがシグの背に突き立つ。
「が、あっ!」
すでに満身創痍のシグには当然耐え切れず、膝を折る。
激痛と失血で意識が薄れていく。
肉体支配に抵抗するための精神力が途切れそうになる。
それでもクゥだけは必死に傷つけまいとするシグに対して――ギルシュは堪え切れなくなったように笑った。
「はははははっ! ああ、傑作だ。実に傑作だ追放王子。君、そんなザマで本当に六大魔境を制覇するつもりなのか?」
「――――!?」
「お、いま驚いたな? 僕の【思考掌握】は、かけた相手の記憶や感情を読み取ることができるんだ」
ギルシュの肉体支配は、副産物として対象の心を覗き見ることができる。
今もギルシュはシグの心の一部を読み取っている。
「だからそうだな――君の望みも僕にはわかる。『今度こそカナエを守るため、六大魔境を制覇するだけの力を手に入れる』、そうだろう?」
六大魔境を制覇した時にこそ、カナエに再び会いに行く。
それはシグが誰にも言わず抱えていた夢だ。
昏睡するカナエを治療院で見た日から、シグは力を求めるようになった。
それを得るためにシグは荒唐無稽な目標を掲げた。
誰も成し遂げたことのない六大魔境の制覇。
それを達成できるほどの強さがあれば、自分も胸を張ってカナエのもとに行くことができるだろう。
だが――
「笑い話にもほどがあるぞ! 六大魔境の制覇? 今まで誰一人として成功しなかった偉業だぞ。僕にすら勝てないような落ちこぼれがよくも恥ずかしげもなく掲げられたものだ!」
「……」
「現実を見ろ。君はまんまと罠にかかり、今まさにその『大切なもの』を自分の手で殺そうとしている。半年前から何も進歩していない!」
ギルシュの言葉を否定できない。
自分は強さを求めて、冒険者になって毎日毎日戦いに明け暮れて、それで結果がこれだ。
一体自分は何をしていたのだろうか。
「とはいえ君もよく頑張った。この僕の支配にここまで抗われたのは初めてだ。だからまあ――そろそろ楽になりたまえ。どうせ結果は変わらないのだから」
ギルシュがシグを操ろうとしているのは、単に趣味と、あとは『シグごときに術を破られるのは業腹だ』というプライドによるものだ。
いざとなればギルシュは自らの手でシグもクゥもあっさり殺すことができる。
だから確かに、シグが肉体支配に抗ったところで意味はないのだ。
(結局無駄だったってことか……)
強さを求めて努力してきたことも。
ギルシュの術に抵抗し続けていることも。
徐々に意志の力が弱まり、止まっていたシグの剣の切っ先がクゥに再び向かい始める。
「それでいい。君は弱いんだ。無理に強がる必要はないさ」
囁かれたギルシュの言葉に。
「――それは違う……シグは、弱くなんかないよ」
反論があった。
クゥがうっすらと目を開けている。
「おや。起きたのかね」
「少し前から。この腕輪のおかげで、動けはしないけどね」
氷の茨に拘束されたまま、クゥはかすれた声で応じた。
マナ抑制薬と『封魔の腕輪』はマナの塊であるクゥの大弱点だ。マナの流れが制限され、石化に等しい影響を受ける。
だが、クゥの膨大なマナを完封できるほどではない。
今のクゥは拘束を解けるほどではないが、会話くらいはできる。
「起きないほうがよかったと思うよ。君は今からこの男に切り刻まれるのだから」
「シグになら、何をされても、構わないけど……その前に、きみの考え違いを正そうか」
「なに?」
クゥは笑みすら浮かべて言う。
「シグはきみよりずっと強いよ。傍で見てきた、ぼくにはわかる」
「何を言うかと思えば。では、この状況をどう説明する? 君が強いというその男はもう虫の息だぞ? 対して僕には傷一つない」
「それはきみが卑怯で、臆病というだけのことだ。こそこそ隠れて、誰かを操って……そんな人間のどこが強いのかな」
「……」
「まして、きみの力は所詮与えられたものだ。借り物の力に酔っているきみが、シグより勝るはずがない」
「……言ってくれるな、身動きの取れない分際で」
ギルシュはさらにシグの肉体支配を強めていく。
錆びた人形のような動きで、シグの右腕が剣をクゥの右肩に当てた。
あと少しシグの腕が剣を押すだけで、クゥの肌に刃が埋まる。
「いつまでそんな態度を貫けるか楽しみだ」
(やばい――待て、やめろ)
シグはギルシュの支配に抗おうとするがギルシュの術は強まっていく一方だ。どうしてもそれが止められない。
せめて逃げろ。お前だけでも逃げろ。
そんなふうに言おうとしても口を動かすことすらできない。
「シグ。そんな顔を、しなくていい」
「――っ」
「いいかい、よく聞いて。肉体支配への抵抗をやめるんだ」
できるはずがない。
そんなことをすればシグの剣はクゥを容赦なく蹂躙するだろう。
カナエの時と同じように。
それを理解しながら、クゥはにこりと笑った。
口にしたのはたった一言だ。
「ぼくを信じてほしい」
その声色には諦めや達観の色は感じられない。
いつものような、ごく自然な笑顔だった。
だからシグはそれ以上拘泥しなかった。
肉体支配への抵抗を手放す。
直後――シグの剣がクゥの肩に突き刺さる。
「はははははっ! そら見たことか! 追放王子ごときが僕の支配に耐えられるはずがないんだ! ははっ、ははははははははははははっ!」
ギルシュが哄笑を上げて。
「はは――ぁ?」
そしてそれはすぐに中断された。
目を焼くほどの光がクゥを貫く剣と、それを持つシグから放出されている。
何かがクゥから流れ込んでいるように。
シグ皮膚上にはひび割れのような紋様がいくつも走っていた。それが強い空色に輝いて周囲を照らしている。
ギルシュは違和感に気付いた。
(術が……外れている?)
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