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暗躍
しおりを挟む「……何のことだ?」
エイレンシアは腕組みをしながら言う。
「明確な根拠があるわけじゃないけど……なんか気配が契約精霊《トーラ》に何か似てる気がしたのよ。高密度のマナ独特の感じっていうか……」
特級精霊使いのエイレンシアは、日常的に強力な精霊と接している。
その感覚がクゥの人ならざる気配を感知した、ということか。
「それに名前があんたの精霊と一緒だし。あんた、身体強化使えるようになってたし」
「……」
「おまけにあんたを侮辱したギルシュにめちゃくちゃ怒ってたわ。大好きな主人を馬鹿にされたみたいに」
「…………、」
おそろしい観察眼だった。
エイレンシアはほとんど結論に達している。
となればとぼけても無駄だろう。シグはこう答えた。
「……まだ、言えねえ」
「隠し事はあるって認めるのね」
「ああ」
「あたしでも言えないわけ?」
「……ああ」
シグの答えに、エイレンシアは「ふ~~~~ん」とじと目になった。
ここは幼馴染のエイレンシアでも言えない。少なくとも今はまだ。
「あんたがそう言うなら見逃すけど、そのうち話しなさいよね」
「助かる」
どうやら追及せずにおいてくれるようだ。
「で、お前が俺を呼びだした用件ってのはこれで全部か?」
シグが訊くと、むぐ、とエイレンシアが言葉に詰まった。
「……ぜ、全部よ」
「……?」
その反応にシグは違和感を覚えたが、深くは突っ込まない。
「まあいいけどよ。なら、そろそろ教えてくれねえか」
シグが何のことを言っているのは、エイレンシアはすぐに察した。
「カナエのことね」
「ああ」
「とりあえず、命に別状はないわ。ただ、今は王宮から暇をもらってるみたいね」
「……理由は?」
「なんか母親が病気で倒れたとかで、その看病のためって話よ」
カナエの母親に持病があるのはシグも知っている。
そうか、とシグは言った。
「それが聞けただけで十分だ」
「心配なら会いに行けばいいのに」
「会わねえよ。……少なくとも、しばらくは」
「?」
シグの含みのある言葉に、エイレンシアは首を傾げた。
× × ×
「よいしょっと」
クゥは抱えた樽を床に下ろした。
周囲は薄暗く、また少しだけ空気が埃っぽい。
クゥがいるのは『眠りの梟亭』の倉庫だった。
シグがエイレンシアに会いに行っている間暇になったクゥは、宿屋の従業員であるセリアに頼んで宿の仕事を手伝うことになっている。報酬はいちごのタルト。
それなりに重たい樽だったが、マナの塊であるクゥからすれば大したことはない。
「クゥちゃん、調子はどう?」
「うん! 終わったよー」
「さすが冒険者さんだなあ。ちっちゃいのにすごいね」
倉庫の入り口から顔を覗かせたのはセリアだ。
「お客さんに手伝ってもらうのはどうかと思ったんだけど……お願いしてよかったかな」
罪悪感を感じているっぽいセリアに、クゥはぶんぶんと手を横に振った。
「このくらい何でもないよ。それにきちんと報酬がもらえるって話だからね!」
「私の作ったお菓子なんかでよければ。もうできてるよ」
「おおっ、それじゃあ早速いただこうかな!」
目を輝かせて倉庫から出てくるクゥ。
時間はすでに遅く、食堂に他の客はいなかった。適当なテーブルにクゥが座ると、すぐにセリアが厨房から報酬のいちごタルトを運んできた。
「おおーっ!」
歓声を上げ、そのまま木製フォークを手にがつがつ食べ始めた。クゥの食べっぷりは昨日と今日ですでに見ているので、セリアが用意したタルトはかなり大きめだった。
「すごくおいしいよセリア! やっぱりセリアってお菓子を作るのが上手なんだね!」
ご満悦の顔で振り向くクゥだったが――
「……」
なぜか後ろに立つセリアは視点をぼかしたまま応答しない。
目を瞬かせて、クゥはもう一度声をかけてみる。
「セリア?」
「……、? どうしたの?」
「いや、何だかぼうっとしていたみたいだったから。大丈夫かい?」
気遣うようにクゥの問いに、セリアはにこりと笑った。
「ううん、大丈夫だよ。それより喉乾くでしょ、お茶淹れてくるね」
「む、それはありがたいな。お願いするよ」
セリアはぱたぱたと厨房に戻っていく。
クゥはその様子を見送ってから、さらにタルトをごっそりフォークで削って口に運びつつ、首を傾げた。
(……仕事で疲れてるのかな?)
すぐにセリアはティーポットとカップを持って戻ってきた。
どちらも木製で、素朴な雰囲気のこの宿によく合っている。ポットからはハーブの鼻がすっとする匂いが漂ってきた。庭で育てていたものだろうか。
「どうぞ、クゥちゃん」
「ありがとう」
そう言ってカップを受け取り、クゥは疑いなくそれに口をつけた。
「……」
すぐ近くで、暗い瞳と無表情のセリアが自分を見つめていることにも気付かずに。
ごくごくとクゥの喉が鳴る。
「む……」
クゥは目を瞬かせた。それからじっとカップの中を見る。
「なんだか不思議な味だ。……甘ったるくて、あれ、目が――」
クゥの言葉はそこで途切れ、一気に力が抜けて椅子の背もたれにぶつかった。カップが落下し、わずかに残っていた中身を撒き散らして床に転がった。
脱力したクゥの肩は、わずかに上下している。
小さな呼吸音も聞こえた。
どうやら眠っているらしい。
セリアがそれを確認したところで、『眠り梟亭』の裏口が開いて誰かが入ってきた。
「成功しました」
「そのようだな」
緑髪の青年、ギルシュだ。
セリアの手には空になった瓶が握られている。それをちらりと見てから、ギルシュは意識を失っているクゥに視線を戻す。
「『マナ抑制薬』がここまで効くとはな。普通の人間であれば、単に精霊の力を封じられる程度で済んだはずだが――やはりただの人間ではないということか」
セリアから空になったマナ抑制薬の瓶を回収しつつギルシュは呟いた。
クゥが飲んだハーブティーには、セリアの手によってマナの流れを抑制する薬物が混ぜられていた。これを飲むとしばらく精霊術や身体強化が使えなくなる。
ギルシュがセリアに【心】精霊術を使い、それをクゥに飲ませたのだ。
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