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浮遊島探索➁
しおりを挟むこんなことは初めてだ。
クゥは隣から石板を覗き込み、
「たぶん、まだ使えないんだと思う」
「……何だそりゃ?」
「前にも説明したと思うけど、シグってあんまりマナを受ける『器』が大きくないんだよ」
確かに聞いている。契約精霊のクゥが弱かったためにマナの許容量が鍛えられなかった、という話だったはずだ。
「今のシグの器に限界までマナを注いでも、それを使うにはまだ足りない。だから文字が読めない――そういうことじゃないかな」
「はぁん……」
シグは懐疑的な表情で石板を眺め、
「ってことはこの読めねえやつは、今までで一番マナ消費の多い大技ってことだな」
「そうなるね」
「どうすりゃ使えるようになる?」
「シグがマナに慣れるしかない。つまりは精霊術を使いまくることさ」
なるほどわかりやすい。
「そのためにも今は魔物退治だ。がんがん行こう!」
そんなやり取りで休憩は終了。
その後二人は、夕方になるまで魔物狩りを続けた。
× × ×
「君、少しいいかね」
「はい? なんでしょうか」
『眠り梟亭』の庭で水やりをするセリアのもとに、一人の青年が声をかけてきた。
緑色の髪をしたいかにも貴族らしい青年、つまりギルシュだ。
ギルシュはセリアに尋ねた。
「少し聞きたいことがあってね。ここに変わった二人組が泊まっただろう。くすんだ銀髪の男と、白髪の女の二人組だ」
「そうですね。部屋をお貸ししております」
「その二人について、知っていることをすべて話してもらおう」
セリアはギルシュの尊大な態度から貴族だとすぐに悟ったが、同時に不穏な雰囲気も感じ取っていた。
「……申し訳ありませんが、お客様のことを勝手に明かすわけにはいきません」
セリアの拒否に、ギルシュは眉をぴくりと動かした。
「僕は栄誉ある旧貴族、ガーデナー家の嫡男だ。逆らうというのかね?」
セリアからすればシグとクゥは客の一組だが、祖母を助けてくれた恩人でもある。
何よりこうも強引に情報を引き出そうとするギルシュが信用ならなかった。
「シグ様とクゥ様は夕方ごろにお戻りになるはずです。その頃にもう一度いらっしゃってはいかがでしょうか」
あくまで口を割らないセリアにギルシュは溜め息を吐いた。
「……仕方ない。ではこうしよう」
瞬間、ちくり、とセリアのふくらはぎあたりに痛みが走った。
同時に氷で撫でられたような冷たさも。
「……?」
何事かとセリアが身をかがめて痛みの走った場所を確認しようとしたときには、もう遅かった。セリアの体はこわばったように動かない。
ギルシュはにやりと笑って尋ねた。
「ではもう一度訊こうか。あの二人について知っていることをすべて話せ」
次の瞬間、信じがたいことが起こった。
「はい。シグ様とクゥ様は現在屋根裏に宿泊されていて――」
セリアの口が、セリアの意志を無視して勝手にギルシュの質問に答え始めたのだ。
いくら拒否しようとしても口が勝手に動く。
「――それに、今日の夜にはシグ様はお一人でご友人に会いにいくと」
セリアがシグとクゥについて知っていることを洗いざらい喋ると、ギルシュはわずかに考え込む素振りを見せる。
「友人……エイレンシアか? あれに邪魔されると厄介だな」
ぶつぶつと呟いている。セリアはどうにか体を動かそうとするが、まったく思い通りにいかない。
「早めに始末しておくか。宿屋の娘、君にも協力してもらうぞ」
ぱちん、とギルシュが指を鳴らす。
セリアは眠りから覚めたように急激に現実に引き戻された。
――自分はさっきまで何をしていたのだろうか?
『眠り梟亭』の庭にいるのはセリア一人だけだ。セリアは直前まで誰かと話していたような気がしたが、それが誰かはまったく思い出せない。何を話したのかも。
首を傾げながら、セリアは花壇の水やりに戻る。
その懐にはセリアの私物ではない薬品の瓶がねじ込まれていたが、不思議とそれに疑問は感じなかった。
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