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浮遊島の早朝

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「……何だこれ」

 浮遊島に来て二日目。

 目を覚ましたシグが隣を見ると、クゥが思いっきりシグの腕に抱き着いていた。

 シグたちの泊まる『眠り梟亭』の屋根裏部屋は決して広くないが、ここまで密着して寝なければならないほど狭くない。
 寝ぼけてクゥがここまで転がってきたらしい。

 クゥは寝るときブーツもショートパンツも必ず脱ぐ。
 着せたまま寝ても朝には必ず脱いでいるので、この点についてシグはもう諦めている。

 つまり今のクゥは肩に細い紐で引っかけてある薄いインナーと、丈のほとんどない下履きのみという恰好でシグに抱き着いているのだった。

 よくよく見れば、素足までシグの足に絡めている。

 (起きれねえ……)

 正確には『クゥを起こさずに自分だけ起きる』ことが不可能である。
 普段ならクゥを無理やり剥がしてさっさと起床するし、今日もそうしようとしたのだが、不意にクゥが寝言を呟いた。

「……行かないで」
「あん?」
「どこにも行かないで」

 そんなことを言いながらいっそう強くシグの腕を抱きしめてくる。

 起きているのかとも思ったが、それならもっとはっきりした口調で言うだろう。目も開いていない。これはおそらく寝ている。

(……悪夢でも見てるのか?)

 思い当たることがあるとすれば、昨日の甲板での一件だ。

 ギルシュ・ガーデナーという男はシグのトラウマに深く関わっている。そしてそれは、その時点で意識を共有していたクゥも同じだ。

「行かないで……ぼくの大事な……」

 そうなると、シグも容赦のない真似はしにくい。
 ここでクゥを引きはがすのはあまりにも酷な仕打ちではないだろうか。
 昨日は甲板での一件のあと、クゥに慰めてもらった身としてはなおさらだ。

 シグは溜め息を吐いて二度寝の態勢に入ろうとして――

「…………とりにく」


 がぶっ、とクゥの歯がシグの左腕に突き立てられた。


「……………………」

 シグはクゥに腕を噛まれたまま沈黙した。

 なるほど。鶏肉。……なるほど。

 シグはクゥのこめかみを鷲掴みにして腕から引きはがすと、部屋の隅に転がして起き上がった。頑丈な大精霊は放り投げられたあともすやすやと眠り続けている。

 シグは夢の中で好物の鶏肉と格闘する相棒を放置し、剣を持って屋根裏を出た。




 『眠りの梟亭』の庭にシグ以外の人間はいなかった。

 セリアなどの従業員は宿の中で働いており、冒険者たちはこんな早朝に起きてくるほどまともな生活習慣をしていない。

 静寂に包まれた庭でシグは素振りを行う。

 シグが行う素振りは、単なる基礎練習にしてはやり方がユニークだった。
 何しろとにかく剣の振りが遅い。
 代わりに極端に丁寧だ。
 ゆっくりと、しかしシグの剣は毎回まったく同じ軌道を描く。
 上下左右前後、剣の切っ先が通過する位置がほとんどブレないのだ。身体強化を使っていないため疲労は溜まっているはずだが、シグの繰り返す『型』はびくともしない。

「…………、」

 目を閉じたまま、同じ型をなぞる。
 土を踏むブーツの跡すらぴったり一致するような精度で、何度も何度も。

『――い、気付――』

 そうしていると気が紛れた。
 ギルシュ・ガーデナーとの再会。
 セリアという黒髪の少女と出会って動揺したこと。

 色々あってもやもやしていた頭の中が、徐々にクリアになっていく。

『――まで、やっ――早――』

 その感覚がシグは昔から好きだった。
 シグが『型』の反復を百回行ったあたりで――


「いい加減あたしに気付けこの剣術バカああああああああああああああああああああ!」


 き――――ん、と怒鳴り声がシグの耳をつんざいた。
 シグは目を開け、ようやく庭に自分以外の人間がいたことに気付いた。

「……エイレンシア?」
「そうよ! さっきからこのあたしが話しかけてやってんのにいつまでぶんぶんぶんぶん、礼儀がなってないんじゃないの!? あたしが来たらとりあえず『今日も世界一美しいですねエイレンシア様』でしょうが!」
「あーはいはい。今日も世界一うるせえですよお嬢様」
「誰がうるさいのよ! 小鳥のさえずりのように可憐な声って言いなさいよ!」

 金髪縦ロールを震わせて首を締めあげてくるエイレンシアに、シグは遠い目をした。朝からどうしてこんなに元気なんだこの女は。
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