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1巻

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 髪の手入れをしてもらいながら、この一か月のことをお互い報告する。
 せるために山に籠もっていた、と言うとサラはさすがに驚いていた。引っこみ思案なティナしか知らない彼女には、信じられないことだろう。一方サラの話によると、ここ一か月で屋敷に変わったことは特になかったそうだ。
 ……って、そういえば。

「今更なんだけど、私はまだこの家の娘ということでいいのかしら……?」
「……? ええと、どういう意味ですか?」

 きょとんとするサラ。すっかり忘れていたけれど、屋敷を出る前にチェルシーが「私を勘当かんどうさせる」というようなことを言っていたのだ。あれが実現していたら今私が屋敷にいるのはトラブルの種になる。その場合はすぐにでも出ていかなくてはならないけれど……チェルシーの脅しはただのはったりだったのか、あるいは父に却下されたのか、サラの様子を見る限りその心配はなさそうだ。

「なんでもないわ。それより、私が急にいなくなって騒ぎになったりはしなかった?」
「……はい」

 サラは頷き、言いにくそうにしつつも教えてくれた。

「旦那様や奥様にお願いしても、『どうせすぐに戻ってくる』とおっしゃるばかりで、捜索などもせず……あんまりです……」

 両親は私のことを厄介者扱いしていた。
 わざわざ捜したりしないだろう。むしろ、このままいなくなってほしいとすら思っていたはずだ。

「サラは心配してくれた?」
「あ、当たり前じゃないですか! お仕事のあと、毎日街に出てお嬢様のことを捜していましたよ!」
「それなら十分嬉しいわ。ありがとう、サラ」
「うー……そう言っていただけるのは光栄ですけど……」

 サラは納得していないようだけど、私にはそれで十分だ。
 ……というか申し訳なくなってきた。
 今後出かける際には、サラにだけでも行き先を伝えるようにしよう。
 などと考えているうちに、サラは髪を切り終わった。
 そして、遠慮がちに尋ねてくる。

「長さはこのくらいですね。……お嬢様、髪色が元に戻っていますが、また染めてしまいますか?」
「いえ、染めないわ。このままでいい」
「わかりました! わたしもそれがいいと思います」

 どこか嬉しそうに焦げ茶の染め粉をしまうサラ。
 チェルシーの言いなりになって自分の髪の色を隠していた私に、心を痛めてくれていたのかもしれない。
 けど心配は無用だ。
 もう理不尽な姉の命令なんて聞くつもりはない。
 今まで我慢してきたぶん、これからは自由に生きるのだ。
 サラが髪を切った後始末をしてくれている間、私は鏡に映る自分を見る。
 髪は赤く、瞳は青い。すっかりぜい肉の落ちた顔は、女性的なラインを取り戻している。
 ……改めて見ると、顔立ちそのものは悪くなかったようだ。
 自信のなさや、姿勢の悪さがよくない印象につながっていたんだろう。

「ふふ、お嬢様はすっかりお綺麗になりましたね!」
「ありがとう。サラが髪を整えてくれたおかげよ」
「ありがとうございます。そうだ、せっかくですからお洒落しゃれをなさいませんか? わたし、前から着飾ったお嬢様を拝見するのを心待ちにしていたんです!」

 うきうきとそんな提案をしてくるサラ。実に楽しそうだ。
 けれど、そんな時間はここで終わりを告げた。
 例によって、ノックもなしに扉が開かれたのだ。

「ティナ! 待ちくたびれたわ! ようやく帰ってきた――の、ね……?」

 現れたのは姉のチェルシー。
 しかし横暴な姉にしては珍しく、私を見て唖然とした。

「……あ、あんた誰よ⁉」
「ティナです」
「嘘おっしゃい! あんたがあの豚なわけないでしょうが!」
「嘘ではないんですが……」

 ひょっとして、これから知り合いに会うたびにこのやり取りをしないといけないんだろうか。

「それでなにか用ですか? チェルシー姉様」
「……チッ、こんなの計算外よ……無様なドレス姿を笑ってやる予定だったのに……!」
「チェルシー姉様?」

 なにやらぶつぶつ呟いているチェルシーに用件を尋ねる。
 一体この人はなにをしに来たのか。
 チェルシーはどこか不機嫌そうな顔でこう告げてきた。

「……お父様とお母様が呼んでるわ。さっさと来なさい」
「わかりました」

 まあ、なんの連絡もなく一か月も家を空けていたら、両親から説教の一つもあるだろう。
 心配そうなサラをその場に残し、チェルシーについていく。

「お父様、お母様。ティナを連れてきました」
「入りなさい」

 書斎に行くと両親が待っていた。
 両親は私を見て面食らっていたようだけど、疑問を口にはしなかった。
 ……正直ありがたい。毎回自分がティナだと説明するのは面倒すぎる。
 父親――エドガー・クローズがごほんと咳ばらいをした。

「ティナ。この一か月どこに行っていたんだ。心配したんだぞ」

 サラの話では、心配どころか捜索もしなかったそうですが。
 ……そう言いたいのをぐっとこらえて、普通に返答する。

「デイン山に入り、なまった体をきたえ直しておりました」
「で、デイン山? お前一人でか?」
「はい。ああ、その際に倉庫にあったお父様の剣を持ちだしました。勝手にお借りして申し訳ありません」
「そ、それは構わんが……」

 目を白黒させるエドガー。
 運動音痴のティナが山籠もりなんて信じられないだろうけれど、私は実際にこうしてせている。嘘には聞こえないはずだ。

「……ま、まあいい、本題だ。三日後に王城でパーティーが開かれるのは知っているか?」
「いえ、初耳です」
「これがその招待状だ。ティナ、お前も招待されている」
「私が?」

 エドガーの差しだした招待状には、確かに私の名前も書かれていた。
 ……珍しい。普段なら両親とチェルシーの名前しかないのに。

「ロイド王太子殿下じきじきのお誘いだ。必ず出席するように」
「わかりました」

 エドガーにそう念押しされたので、ひとまず頷いておく。
 まあ、パーティーに出るくらい構わない。
 邪魔にならない位置でお開きまで静かにしていればいいだけだ。

「……」

 私がエドガーと話している間、ずっとつまらなそうにしているチェルシーが妙に気になった。



「そうだわ、ドレスよ!」
「……はい?」

 書斎を出た途端、チェルシーは声を上げた。こちらを向いた彼女は、ニヤニヤと愉快そうな表情を浮かべている。

「ティナ、あんたパーティーに着ていくドレスはどうするつもり?」
「どうするもなにも、手持ちのものから――あ」
「持ってるものを着られるの? 今のあんたが?」

 ようやく事態を理解した私に、チェルシーが笑みを深くする。
 私も一応は伯爵令嬢なので、夜会用のドレスくらい持っている。
 しかし、それは以前の体型に合わせたものだ。
 今の私が着ればぶかぶかどころの騒ぎじゃないし、相当見苦しいことになるだろう。
 つまり、私は持っているドレスで王城のパーティーに参加することはできない。

(……パーティーまで三日では新しく作ることはできない。お母様に借りるにしても、背丈が合わないし……)

 母親のイザベラは私より背が低いので、彼女からドレスを借りるのは無理がある。……まあ、彼女も私を嫌っているので、サイズが合っても貸してはくれないだろうけれど。
 しかし、そうなると――

「……チェルシー姉様。古いもので構わないので、ドレスを貸してはいただけないでしょうか」
「そうよねえ。あんたの着られそうなドレスを持ってるの、この家ではあたしだけだものねえ」

 チェルシーの言う通り、私がパーティー用のドレスを用意する手段はもうそれしかない。
 チェルシーなら身長も体型も今の私とかなり近い。
 彼女からドレスを借りるのが、この問題を解決する唯一の方法だろう。
 ……という私の状況をチェルシーは完全に理解している。

「そうねえ。それなら頼み方ってのがあるでしょ? ティナ」
「……お願いします、チェルシー姉様。どうか私にドレスを貸していただけませんか」
「嫌に決まってるでしょう、この豚が! あんたはみっともないドレスを着て恥をかけばいいのよ! あっははははは!」
「……」

 残念だ。実の姉でなければ剣のつかで殴っているのに。

「ですが姉様、私が変な格好でパーティーに出ればクローズ家の名に泥を塗ることになります」
「そうね~。そうならないように、あと三日でドレスを調達できるよう頑張ってね? ま、できるならだけど! あははははははっ!」

 私の説得など意に介さず、チェルシーは高笑いしながら去っていった。

「……頭が痛くなってきますね」

 あの人は私に恥をかかせられれば、他のことはどうでもいいんだろうか。
 普通、貴族令嬢なら家の看板は守ろうとするはずなのに。



「――というわけなんだけど、サラ。なにかいいアイデアはないかしら」
「……………………、チェルシーお嬢様は相変わらずでいらっしゃいますね」
「口調はともかく表情が不満を隠せてないわよ。……私のために怒ってくれるのは嬉しいけれど」

 困り果てた私は、屋敷の掃除をしていたサラに相談していた。
 雇い主の娘であるチェルシーのしたことなので、サラも直接不満を口にすることはない。
 顔には出ているけれど。

「仕方ありません、三日以内にドレスを調達できるよう手を尽くしましょう!」
「そうね。サラ、悪いけれど手伝ってくれる?」
「当たり前じゃないですか! まずは資金の確保ですね。旦那様に相談してきます!」

 そう言うなりサラは書斎に突撃していった。すごい行動力だ。戻ってきたサラは、父親のエドガーからお金を預かってきていた。
 家の名前に傷をつけたくないエドガーは、チェルシーと違って嫌々ながらも手を貸してくれたようだ。

「では、街に行きましょう!」
「……? サラ、街のどこに向かうの?」
「仕立屋です! オーダーメイドは三日では無理ですが、既製品であれば裾直しくらいすぐですから! 貸衣装という手もありますね!」
「ああ、なるほど」

 男爵や子爵といった下位貴族の令嬢であれば、そういう手段をとることが多い。
 今まで私はオーダーメイドばかりだったので失念していた。
 確かにそれは名案だ。
 その方法なら、素敵なドレスも見つかるに違いない!



「――全然見つからないじゃないですかぁーっ!」

 数時間後、三軒目に入った仕立屋でサラが頭を抱えていた。

「なにを言っているの、サラ。ここに貸衣装のドレスが何着か残っているじゃない」
「それが『七色のカラフル野菜模様ドレス』とか、『漆黒の闇に渦巻く黒き炎柄ドレス』とかを指しているならアウトですお嬢様! いくらサイズが合っていても大恥では済まないですよ⁉」
「……やっぱり駄目かしら」
「駄目です!」

 手に持っていた独特なドレスたちはサラに回収されてしまった。
 ……要するに、ドレスがなかなか見つからないのである。
 もともと貸衣装は数が少ない。そのため、パーティーの招待状が届いた瞬間から、下位貴族の令嬢たちの間で争奪戦が始まり、パーティー直前にはまともなデザインは一つ残らず予約済みになっている。既製服のほうも似たような理由で売り切れていた。土壇場で動きだした私たちが苦戦するのは仕方ない……ということだろうか?
 うーん、微妙に納得できない。仕立屋が乱立する王都でそんなことがあるだろうか?

「やっぱりおかしいです、こんなにドレスが手に入らないなんて……!」

 私と同じ疑問を感じたらしいサラが呟くと、店主がこう説明してくれた。

「今回はあの『八つ裂き公』がパーティーにご出席なさるそうですからね。一目見ようというご令嬢やご夫人が多くいらっしゃるようです」
「『八つ裂き公』?」

 なにやら物騒な二つ名だ。

「国境沿いのメイナード領を治める公爵様のことですよ。公爵様は幾度にもわたる帝国の侵略を毎回撃退されているでしょう? ただ撃退するだけでなく、敵の心を折るために捕虜を敵の目の前で八つ裂きにされるそうで、そう陰で呼ぶ方も多いのです」
「……効果的かもしれませんが、騎士道に反しますね」

 敵の士気を下げるためとはいえ、敵国の捕虜を八つ裂きにするなんて信じがたい。
 この時代の戦時条約はどうなっているのか。
 ドレスを元の場所に戻してきたサラが、店主に尋ねる。

「どうしてその方が来ると、女性がパーティーに行きたがるんですか? 聞いた限りでは、とても、その、怖い方のような……」
「それが、そのメイナード公爵はとんでもない美形でいらっしゃるようでして。しかも若くて独り身だそうだから、未婚の女性には興味が尽きない殿方なんです。……まあ、怖いもの見たさの人も多いかもしれませんが……」

 苦笑しながら店主が言った。
 どうやらその『八つ裂き公』はかなりの美形らしい。
 有名らしいその人物について、私はまったくと言っていいほど知らない。両親が私の存在を恥じて社交界には行くなときつく言ってきていたし、私自身華やかな場所には気後れして行く気になれなかったせいだ。……まあ、良縁を探す気もなかった私には、遠くの領地を治める公爵様が美形かどうかなんてどうでもいいことだけれど。
 それよりドレスをどうしようか。

「サラ、そういう理由では仕方ありません。やはりさっきのうちどちらかのドレスを」
「だから駄目ですってば!」
「――あら、そこにいるのはティナかしら?」
「え?」

 不意に名前を呼ばれて振り向くと、そこには銀髪の若い女性が立っていた。理知的な顔立ちは整っていて彫像のようだ。しかし声には親しみがあった。
 それもそのはず、私はこの人物と知り合いなのだ。

「ミランダ様……お久しぶりです」

 ミランダ・マクファーレン様。年は私の二つ上で十八歳。大領地を預かるマクファーレン公爵家の長女であり、第二王子デール殿下の婚約者でもある。私とは諸事情により親交があった。

「本当に久しぶりね。私はデール様についてしばらく南にいたから……それより驚いたわ。あなた、少し見ない間にすっかり見違えたわね。とても綺麗よ」
「あ、ありがとうございます」

 いつの間にか私の背後に控えたサラが、ミランダ様の言葉に何度も頷いている。嬉しい評価だけれどむずがゆくもある。

「ミランダ様もドレスをお求めに?」
「いえ、道からあなたの姿が見えたから声をかけに来ただけ。すぐにあなただとわかったわ。こんなに可愛らしいメイドを付き人にしている令嬢はあまり多くないもの」
「……なるほど」

 サラは十四歳と若いうえ、年齢より幼く見える。特徴的ではあるだろう。

「ティナはドレスを買いに来たのかしら」
「はい。ただ、相当品薄になっているようです。どうも三日後のパーティーにメイナード公爵様がいらっしゃるそうで」
「ああ……そうね。なんとなく事情がわかったわ」

 ミランダ様は苦笑してから、こんな提案をした。

「それなら私のドレスを着て参加するのはどうかしら? 背丈も変わらないし、丁度いいと思うわ」
「い、いいんですか?」
「ええ。ティナがよければ今から屋敷に来ない? ドレスを選ぶなら時間はいくらあっても足りないでしょう」
「ありがとうございます、ミランダ様!」

 予想外の助け舟に、私は一も二もなく頷いた。



 ミランダ様の馬車に乗り、マクファーレン家の屋敷に向かう。その道中、私とミランダ様はお互いの近況について話し合った。

「では、ミランダ様は今回のパーティーには参加なさらないのですか?」
「そうなるわ。デール様の事業がいよいよ大詰めだから、私のほうもやることが多くて。一時的に王都に戻ってはいるけれど、すぐにまた出なくてはならないの」
「大変ですね」
「そうね。けれど充実しているわ」

 第二王子のデール殿下は大きな事業をいくつも動かしていて、ミランダ様はその補助を務めている。忙しそうではあるけれどミランダ様の表情は明るい。きっとやりがいがあるんだろう。
 話しているうちに屋敷に到着した。馬車を降りて屋敷に入る。

「それじゃさっそくドレスを選びましょうか」

 案内されたのは広いドレスルーム。瀟洒しょうしゃな意匠の部屋には、数多くのきらびやかなドレスがかけられている。着飾ることに慣れていない私からすると、くらくらするほど華やかな部屋だ。サラが目を輝かせる。

「お嬢様、わたしがドレスを選んでも構いませんか⁉」
「そ、そうね。お願いしようかしら。ミランダ様、よろしいですか?」
「いいんじゃないかしら。その子ならティナに似合うものをよく把握しているでしょうから」
「ありがとうございます! ああ、ティナ様に着飾っていただける日が来るなんて……!」

 ハンガーラックに向かっていくサラは心底嬉しそうだ。心なしか足取りも弾んでいる。

「あとでアクセサリーも選びましょう。ティナに一番似合うものを厳選しなくてはね」
「ミランダ様、そこまでしていただくのは……」
「いいのよ。あなたは私の友人の恩人だもの。このくらいのことはさせて」
「……それは」

 私とミランダ様の関係は少し複雑だ。
 ミランダ様にはあるご友人がいた。その方も公爵家の令嬢で、幼少から決められた第一王子ロイド殿下の婚約者だった。
 そんなミランダ様の友人はある不幸に見舞われる。貴族学院に入学したあと、一人の伯爵令嬢に目をつけられたのだ。ロイド殿下を射止めたかったその伯爵令嬢は、ミランダ様の友人の悪評を流した。ときには自分の体を自分で傷つけ、「自分はロイド殿下の婚約者からひどいいじめを受けている」と言い張って。
 ミランダ様の友人は精神的に追い詰められ、最終的にはロイド殿下の婚約者の座から降りた。現在は修道院で静かに暮らしている。一方悪評を流した伯爵令嬢は、ロイド殿下に言葉たくみに取り入って新たな婚約者の座にもっとも近い場所にいる。
 ……そう、その諸悪の根源である伯爵令嬢はチェルシーなのだ。

「ミランダ様、私はミランダ様のご友人をおとしめた女の妹です。なぜここまで優しくしてくださるのですか」
「チェルシー・クローズは許せない。許すつもりもないわ。私が他国に留学していた時期を狙った卑劣さも含めてね。けれどあなたは私の友人を心配して、何度も声をかけてくれたのでしょう?」

 それは事実だ。誰もがチェルシーに騙される中、ティナだけはミランダ様の友人を案じて何度も彼女のもとに足を運んだ。

「……ですが、結局悪評が広まるのを止めることはできませんでした」
「それでもあなたは彼女の味方をしてくれた。それだけで私には十分なのよ」

 微笑んでそう言うミランダ様。そこまで言われては厚意に甘えないわけにはいかない。

「ティナ様、試着をお願いしたいのですが!」
「わかったわ」

 サラがドレスを選び終えたようだ。彼女に手伝ってもらい、試着してみる。それをミランダ様に見て感想を聞き、それを踏まえてサラが再度ドレスを選ぶという流れを何度も繰り返す。やがてミランダ様は深く頷いた。

「よく似合っているわ、ティナ。他のも悪くはないけれどそれが一番ね」
「あ、ありがとうございます……」

 サラが選んだ中でミランダ様からの評価が一番高かったのは、深い青色の一品。落ち着いた印象の生地に花の刺繍ししゅうがよく映える。

「やはり今のティナお嬢様であれば、素材のよさを引き立たせるシンプルなデザインのほうがいいみたいですね。本当にお似合いです!」
「ええ、素敵だと思うわ。ティナ、どうかしら?」
「そうですね。落ち着いていてとても綺麗なドレスだと思います。ただ、その……」
「どうしたの?」
「……胸回りが、少しきついかもしれません」

 ティナの体から余分な肉は落としたはず。なのになぜか一部だけ脂肪が落ちなかったのだ。筋肉がつきにくい体質といい、つくづく剣が振りにくい体である。
 ミランダ様はわずかに眉根を寄せて呟いた。

「……やるわね、ティナ」

 こんなところを褒められても……

「サラ、といったわね。あなたドレスのサイズ直しはできる?」
「は、はい。服の扱いは得意です」
「なら、このドレスはティナにプレゼントするわ。サラ、遠慮なく胸回りのサイズを直していいから、ティナに一番似合うようにしてあげてちょうだい」
「わかりました、ミランダ様!」

 私は慌ててミランダ様に声をかける。

「い、いいんですか? こんなに素晴らしいドレス……」
「気にしなくていいと言っているでしょう。せっかくの機会なんだから、あなたはパーティーを楽しんでくればいいの。今のあなたならきっと殿方が放っておかないわよ」
「はあ……」

 前世を含めて殿方に好かれた試しがない。なんだか現実味のない言葉に聞こえてしまい、私は曖昧あいまいな返事をした。



「お嬢様、本当によくお似合いですよ。苦しくはありませんか?」
「問題ないわね。ありがとう、サラ。サイズを直してくれて」
「いえいえ! このくらいお安い御用です!」

 パーティー当日、私はサラに身支度を整えてもらっていた。
 化粧を施し、髪を結い、ドレスを身に着ける。鏡を見るとせる前とは別人としか思えない女性が映っている。これなら少なくともパーティーで恥をかくようなことはないだろう。

「行ってらっしゃいませ、お嬢様」
「ええ、行ってくるわ」

 サラに見送られて屋敷を出る。
 屋敷の前に停まっている馬車に近づくと、いつものように着飾ったチェルシーが馬車の前で待ち構えていた。御者を務める使用人と話し込んでいた彼女は足音に気付いてこちらに顔を向けてくる。

「あ~ら、隋分遅かったじゃない、ティナ! どうせみっともないドレス姿を少しでもよく見せようと悪あがきでも――」

 そこまで言ったところで、チェルシーの意地悪そうな笑みが凍りついた。

「な、なんであんたがそんなに綺麗なドレスを着てるのよ⁉」


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