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順調に

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「それではお集まりくださった皆様、甲板へ移動しましょう! 我がユーグリア王国が開発した新たな技術をお見せいたします!」

 デール殿下の声に合わせ、賓客が移動を開始する。

 階段を上がった先には広々とした甲板が待っていた。

 ちなみに新技術のお披露目、という目的のため今回のパーティーは昼間に行われている。空は青く、かなたまで続く広大な海はきらきらと輝いている。

 甲板には立食用のテーブルが設置され、端には護衛役の騎士や使用人がずらりと並んでいる。

 どうやらさっきの船内広間は待機所に過ぎず、本当のパーティー会場はもともとこちらだったようだ。


「本当にこの船には帆がないのか」
「これでどうやって船を動かすつもりか? オールもないようだが」
「そもそもこんな鉄の塊を動かすことは可能なのか?」


 ざわざわと聞こえてくる賓客の懐疑的な声。

 しかしそれらは次の瞬間、驚愕に彩られることとなる。

 ゴォオオオオ……、という低く重い音。たとえるなら竜の唸り声のようなその音に合わせ、船がゆっくりと動き出す。
 穏やかな海を『シルディア号』は進んでいく。賓客たちの間に驚きが満ちる。

「――それでは皆さま、しばしの海上遊覧をお楽しみください」

 参加者たちの反応を楽しむように、デール殿下が開催の挨拶を述べて。


 それを合図に、歴史上初となる『帆のない船』でのパーティーは始まるのだった。





 『帆のない船』が動くことに参加者たちは最初こそ驚いていたけれど、比較的すぐに順応してパーティーを楽しんでいた。

 景色もいいし、この船は揺れが少ない。
 一風変わったパーティーとしてすぐに受け入れられたようだ。

 また、この船が動く仕組みについて知りたがる者も多く、そんな彼らはデール殿下のもとに殺到した。

 けれどもちろんデール殿下は仕組みなんてバラさない。

 にこにことした笑みで、「この船があれば貿易に革命が起きますよ。ああ、もちろん今日参加してくださった皆さまには他の国よりも特別に安くお造りします」と商談を始めていた。
 ……やはりあの人には商売の才能がありそうだ。

 そんな感じで順調だったパーティーだけれど、やはりトラブルはやってくる。

『フシュゥウウウウウウッ!』

 水面を突き破り、巨大なイカのような魔物が現れる。

 クラーケン。

 海に生息する巨大な魔物だ。縄張り意識が強く、近づいてきたものを攻撃する性質がある。どうやらこの船はいつの間にかクラーケンの縄張りに入っていたらしい。

 当然のように甲板の上はパニックになりかける。
 私は思わず腰に手をやったけれど、そこに剣はない。……そうだ、今日の私は単なる招待客に過ぎないのだ。帯剣などしているわけがない。

 なんて考えていると、声が響いた。

「【アクアランス】」

 直後。
 ドバッッ! と凄まじい勢いで大量の水が放たれ、クラーケンの巨大な頭部に風穴を空けた。

 そのままぶくぶくと沈んでいく巨大イカ。

 あっという間に凶悪な魔物を片付けたのは、なんと水色髪の少年である。

「……あれ、ノアですよね」
「そうだな」

 私と同じく臨戦態勢に入りかけていたウォルフ様は、姿勢を戻しつつ頷いた。

 クラーケンを倒したのはノアで間違いない。
 彼の服装は近衛騎士と同じものになっている。
 デール殿下はノアをこの船の護衛にするつもりだと言っていたけれど、今の働きぶりを見る限り、それは正しい判断だったようだ。

 ノアは私たちに気付いたようで、こちらにやってくる。

「ティナ、あとウォルフ。久しぶり」
「ええ。しばらくぶりですね」
「……俺はついでか?」

 微妙に納得いかなさそうなウォルフ様は置いておくとして。

「きちんと魔術を扱えるようになったんですね」
「ん」

 ノアの腕には『吸魔の腕輪』はすでにない。これを外しているということは、魔力をきちんと制御できるようになったということだ。
 宮廷魔術師の先生がついているそうだけれど……この上達の速さからして、もともとノアには魔術の才能があったようだ。

「ティナとウォルフ、剣ないね」
「パーティーに刃物を持ち込むわけにはいきませんからね」
「なら、今日は僕がふたりを守る。頑張ったら、また外に出ていいってデールが言ってたから」

 むん、と両手を握ってやる気を見せるノア。……顔は無表情のままだけれど。

 どうやらデール殿下は自由に外出する権利と引き換えに、ノアを護衛役に起用したらしい。

「ノア、何をやっている。持ち場に戻れ」

 そう言いながら現れたのは近衛騎士団長のトリスロッド氏だ。
 他国の賓客を大量に乗せたこの船は、どんな宝船よりも価値がある。近衛騎士団長のトリスロッド氏がここにいるのは当然といえるだろう。

 とりあえず挨拶しておかないと。

「こんにちは、トリスロッド様」
「……そうか。貴殿たちも来ていたか」

 ん?

 今わずかにトリスロッド氏が不快そうな表情をしたような……気のせいだと思いたい。そこまで険悪な関係でもなかったはずだ。

「俺たちには仕事がある。失礼」
「じゃあねー」

 トリスロッド氏とノアはそう言って去っていった。

 そんな一幕がありつつも、船上パーティーはつつがなく過ぎていくのだった。
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