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その日、「大切な話がある」とデール殿下がメイナード家別邸を訪れていた。
応接室の対面に座る私とウォルフ様を見て、デール様は不思議そうな首を傾げた。
「……お二人とも、何かいいことでもありました?」
私とウォルフ様は顔を見合わせる。
「そう見えるか」
「はい。なんというか、雰囲気が柔らかいというか」
「まあ、隠すつもりも特にないが。――ティナが俺の気持ちに応えてくれた。結婚式の日取りはまだ決めていないがな」
「そうでしたか! それはおめでとうございます」
デール殿下は一瞬驚いたあと、そう祝福してくれた。嬉しいけれど正直こそばゆい。どういう顔をしていればいいのかわからなくなる。
「ちなみにウォルフ先輩はティナさんのどのようなところが特に魅力的だと?」
「そうだな……まあ、全部だな。振る舞いがいちいち可愛くてかなわん」
「ふむふむ。たとえば?」
「たとえば、か。色々あるが、まずは笑顔だ。ティナは滅多に笑わないが、そのぶんたまに見せる嬉しそうな顔がたまらない」
「あの、本当にやめていただけませんかそのやり取り!」
私は褒められることに耐性がないとあれほど言っているのに!
からかっているならまだしも、この手の話をするときに限ってウォルフ様は真面目な顔つきなのだ。私がもたない。
デール殿下は苦笑した。
「幸せそうで何よりです。式にはぜひ呼んでくださいね。……しかしそういうことなら丁度よかった。僕が持ってきた話は、そんなお二人にはぴったりのものですから」
「?」
私たちにぴったり? 一体どういうことだろうか。
しかしデール殿下はなぜか表情を複雑そうなものに変えた。
「まあ、先に別の話を済ませましょうか。こちらもこちらで重要なことですから」
ウォルフ様は眉をひそめた。
「何かあったのか?」
「ええ。城の地下牢に閉じ込めていた犯罪者のひとりが、今朝牢屋の中で死んでいました。名前はゲイリー・クラフト。……ノアに人体実験を施した、魔術研究者です」
私とウォルフ様は同時に目を見開いた。
ノアはエルディオン出身の魔術師によってさらわれ、実験材料にされた。その際に彼は記憶を失い、代わりに制御できないほど膨大な魔力を得ることとなった。
その一連の事件を引き起こした魔術師が、死んだ? 牢の中で?
「死因は?」
「食事用の木製スプーンを折って尖らせ、それで喉を……」
魔術学者ゲイリーはどうやら自ら命を絶ったようだ。
「まあ、牢の中で囚人が自害するのは珍しいことではありませんけどね。一応、お二人はノアについてもお話していましたから、これもお伝えしておこうと」
他言無用でお願いしますね、とデール様は付け加えた。
もちろん。そもそもゲイリーが地下牢にいたこと自体、城の人間の多くは知らなかったことだろうし。
ごほん、とデール殿下は咳ばらいをする。
「では、この話はここまでということで。ここからが本題です。突然ですが、お二人とも船は好きですか?」
急に一体なんの話だろう。
「実は現在、竜鉱石を用いた新しい輸送手段を開発している最中でして。その技術が実用化されたので、他国から賓客を募ってお披露目をするんです。船上パーティー、という形で」
「船上パーティー? つまりその新しい輸送手段とやらは船なのか?」
「ええ。帆やオールのかわりに、竜鉱石から取り出したエネルギーで動く船です」
「……そんなことが可能なのか」
驚いたようにウォルフ様が言った。
私にいたってはウォルフ様以上に衝撃を受けている気がする。確かに竜鉱石は大量の魔力を含んでいるけれど、それを動力として使うなんて考えたことがなかった。
「今後、我がユーグリア王国では今回披露する『帆のない船』を諸外国に売り出します。今回のイベントはその宣伝ですね。ノアの件もその関係ですよ。海上で安全を確保するなら、腕の立つ水魔術士は必須ですから」
「な、なるほど……」
海には魔物も出る。その対策には強力な水魔術の使い手がいると望ましい。
ノアはまさにぴったりだ。
というか十分な戦力さえあれば、海でのトラブルはメリットにさえなる。『ユーグリア王国はこれほどの精鋭を抱えているのか』と諸外国を牽制できるからだ。
「状況から考えるに、船の設計をしたのはミランダだな」
「正解です、ウォルフ先輩。さすがに動力炉だけですけどね。竜鉱石を誰でも扱える仕組みを作ってもらいました」
ミランダ様が以前頼みにきた、魔剣の実験。あれはきっとその船の設計に関することだったんだろう。
「そのパーティーにお二人も招待したいんです。色々と協力していただきましたから。あ、一応言っておきますけどこのお誘いに裏はありませんよ。……僕とミランダからのささやかなお祝いです」
珍しく、デール殿下は裏表のなさそうな顔でにっこり笑うのだった。
デール殿下が去ったあと、ウォルフ様が尋ねてきた。
「で、どうする?」
「どうするというのは?」
「お前はパーティーにいい思い出はないんじゃないのか」
一理ある。主にチェルシー絡みで。
が、せっかく誘ってもらったことだし参加したいという気持ちのほうが大きい。
「私は参加してみたいですね。竜鉱石で動く船というのに興味があります」
「お前がそういうなら招待されるとするか。婚前旅行代わりだな」
婚前旅行。
「……あの、そういうことを言われると急にどきどきしてくるんですが」
「ならやめておくか?」
「い、行きますよ」
私が言うと、ウォルフ様は楽しげに小さく笑った。か、からかわれている……!
応接室の対面に座る私とウォルフ様を見て、デール様は不思議そうな首を傾げた。
「……お二人とも、何かいいことでもありました?」
私とウォルフ様は顔を見合わせる。
「そう見えるか」
「はい。なんというか、雰囲気が柔らかいというか」
「まあ、隠すつもりも特にないが。――ティナが俺の気持ちに応えてくれた。結婚式の日取りはまだ決めていないがな」
「そうでしたか! それはおめでとうございます」
デール殿下は一瞬驚いたあと、そう祝福してくれた。嬉しいけれど正直こそばゆい。どういう顔をしていればいいのかわからなくなる。
「ちなみにウォルフ先輩はティナさんのどのようなところが特に魅力的だと?」
「そうだな……まあ、全部だな。振る舞いがいちいち可愛くてかなわん」
「ふむふむ。たとえば?」
「たとえば、か。色々あるが、まずは笑顔だ。ティナは滅多に笑わないが、そのぶんたまに見せる嬉しそうな顔がたまらない」
「あの、本当にやめていただけませんかそのやり取り!」
私は褒められることに耐性がないとあれほど言っているのに!
からかっているならまだしも、この手の話をするときに限ってウォルフ様は真面目な顔つきなのだ。私がもたない。
デール殿下は苦笑した。
「幸せそうで何よりです。式にはぜひ呼んでくださいね。……しかしそういうことなら丁度よかった。僕が持ってきた話は、そんなお二人にはぴったりのものですから」
「?」
私たちにぴったり? 一体どういうことだろうか。
しかしデール殿下はなぜか表情を複雑そうなものに変えた。
「まあ、先に別の話を済ませましょうか。こちらもこちらで重要なことですから」
ウォルフ様は眉をひそめた。
「何かあったのか?」
「ええ。城の地下牢に閉じ込めていた犯罪者のひとりが、今朝牢屋の中で死んでいました。名前はゲイリー・クラフト。……ノアに人体実験を施した、魔術研究者です」
私とウォルフ様は同時に目を見開いた。
ノアはエルディオン出身の魔術師によってさらわれ、実験材料にされた。その際に彼は記憶を失い、代わりに制御できないほど膨大な魔力を得ることとなった。
その一連の事件を引き起こした魔術師が、死んだ? 牢の中で?
「死因は?」
「食事用の木製スプーンを折って尖らせ、それで喉を……」
魔術学者ゲイリーはどうやら自ら命を絶ったようだ。
「まあ、牢の中で囚人が自害するのは珍しいことではありませんけどね。一応、お二人はノアについてもお話していましたから、これもお伝えしておこうと」
他言無用でお願いしますね、とデール様は付け加えた。
もちろん。そもそもゲイリーが地下牢にいたこと自体、城の人間の多くは知らなかったことだろうし。
ごほん、とデール殿下は咳ばらいをする。
「では、この話はここまでということで。ここからが本題です。突然ですが、お二人とも船は好きですか?」
急に一体なんの話だろう。
「実は現在、竜鉱石を用いた新しい輸送手段を開発している最中でして。その技術が実用化されたので、他国から賓客を募ってお披露目をするんです。船上パーティー、という形で」
「船上パーティー? つまりその新しい輸送手段とやらは船なのか?」
「ええ。帆やオールのかわりに、竜鉱石から取り出したエネルギーで動く船です」
「……そんなことが可能なのか」
驚いたようにウォルフ様が言った。
私にいたってはウォルフ様以上に衝撃を受けている気がする。確かに竜鉱石は大量の魔力を含んでいるけれど、それを動力として使うなんて考えたことがなかった。
「今後、我がユーグリア王国では今回披露する『帆のない船』を諸外国に売り出します。今回のイベントはその宣伝ですね。ノアの件もその関係ですよ。海上で安全を確保するなら、腕の立つ水魔術士は必須ですから」
「な、なるほど……」
海には魔物も出る。その対策には強力な水魔術の使い手がいると望ましい。
ノアはまさにぴったりだ。
というか十分な戦力さえあれば、海でのトラブルはメリットにさえなる。『ユーグリア王国はこれほどの精鋭を抱えているのか』と諸外国を牽制できるからだ。
「状況から考えるに、船の設計をしたのはミランダだな」
「正解です、ウォルフ先輩。さすがに動力炉だけですけどね。竜鉱石を誰でも扱える仕組みを作ってもらいました」
ミランダ様が以前頼みにきた、魔剣の実験。あれはきっとその船の設計に関することだったんだろう。
「そのパーティーにお二人も招待したいんです。色々と協力していただきましたから。あ、一応言っておきますけどこのお誘いに裏はありませんよ。……僕とミランダからのささやかなお祝いです」
珍しく、デール殿下は裏表のなさそうな顔でにっこり笑うのだった。
デール殿下が去ったあと、ウォルフ様が尋ねてきた。
「で、どうする?」
「どうするというのは?」
「お前はパーティーにいい思い出はないんじゃないのか」
一理ある。主にチェルシー絡みで。
が、せっかく誘ってもらったことだし参加したいという気持ちのほうが大きい。
「私は参加してみたいですね。竜鉱石で動く船というのに興味があります」
「お前がそういうなら招待されるとするか。婚前旅行代わりだな」
婚前旅行。
「……あの、そういうことを言われると急にどきどきしてくるんですが」
「ならやめておくか?」
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私が言うと、ウォルフ様は楽しげに小さく笑った。か、からかわれている……!
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