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相談させてほしい

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 ……というようなことがあり、私はふらふらと自室へと戻ってきた。
 普段なら絶対にしないけれど、今日ばかりはベッドにばたりと倒れる。

(一体どうしたというんですか、あの人は……)

 思い出されるのはさっきの中庭でのやり取りだ。

 ウォルフ様に告げられた言葉が頭の中をぐるぐる回って、私は頭から湯気が出そうになる。

「~~~~~~~~~~!」
(け、結婚してくれだなんて初めて言われました)

 聞き間違いじゃないのかと何度も聞きかえしたけれど、ウォルフ様は撤回しなかった。
 なんなら『お前が欲しい』だの、『愛している』だのと追撃までされた。

 ウォルフ様は本気で私に結婚を申し込んできたのだ。

 戦力として、ということならまだ理解できる。

 前世ではそういう縁談は一応あった。しかしそれは王家が裏から手を回したもので、『シルディア・ガードナーを王国に縛り付けるため』という意図が大きかった。
 実際、私が国のために命をなげうつ覚悟だとわかった後は、その手の話はなくなった。

 結局私は、人々にとってそういう存在だったのだ。
 ぶっちゃけた話、おそらく女とすら認識されていなかっただろう。

 けれどウォルフ様は違う。

 メイナード領は先日の一件で帝国兵を追い払った。ユーグリア王国も全体的には平和である。私という戦力が必要な理由は、今の彼にはない。

 だからこそ、彼の言葉は信用できてしまう。

(というか、王都に来てからの訓練もこの話のためだったなんて……)

 ――お前を守れるくらい強くなれたら。

 ウォルフ様はそう言った。つまり彼は、この私を守るべき相手と思ってくれているわけだ。普通の娘でも見ているように。

 そんなことは初めて言われた。
 なんというか、胸のあたりがむずむずする。落ち着かない。心臓の鼓動が速くなっているのがわかる。

 なぜこんな気分になるのか、自分でもわかっている。

 嬉しかったからだ。

 私はウォルフ様のことを慕っていたのだ。大切にされているのがわかっていたから。

 王城の夜会で助けてくれて、誕生日にドレスを贈ってくれて、戦場では命を懸けて庇ってくれて。……そんな相手に好意を抱かない方がおかしい。

 けれど。

(やっぱり、言わなければいけませんよね……私がシルディア・ガードナーの記憶を持っていると)

 それだけがどうしても引っかかる。

 仮にウォルフ様の申し出を受けて、結婚したとして。
 それである日いきなりシルディア・ガードナーとしての記憶がぽんと飛んだら大惨事だ。昔のティナと今の私では人格が違いすぎる。ウォルフ様は大混乱に陥るだろう。

 しかも結構有り得るのが怖い。
 そもそもどうして前世の記憶が戻ったのかもわからないのだから。

 かといって今さら言うのも怖い。

 ウォルフ様はシルディア・ガードナーに憧れている、と以前言っていた。そんな彼は、私がシルディアの記憶を持っていると知っても今まで通りでいてくれるだろうか?

 わからない。

「頭が痛くなってきました……」

 私は切に願った。

 誰かに相談させてほしい。
 できれば頭が良くて頼りになる年上の女性に。





「うんうん、ノアのほうは順調だねえ」

 王太子デール・ユーグリアは満足げに呟いた。

 渡り廊下にいる彼は、王城内の修練場を見下ろしている。
 そこでは水色頭の少年、ノアが宮廷魔術師の指南を受けて魔術の練習をしているところだった。今もまた新しい魔術をマスターしている。

 ノアは思った以上に呑み込みが早い。

 もともと魔力を操るセンスもあったんだろう。
 これなら『吸魔の腕輪』なしで魔術を使えるようになる日も近いはずだ。

 それはつまり、デールの進めている『計画』に必要なパーツが揃うのと同じこと。
 いいことだ。実にいいことだ。

「……デール様。なにをニヤニヤなさっていますの?」
「あ、ミランダ」

 デールに声をかけてきたのは彼の婚約者のミランダだった。
 ミランダはデールと同じく視線を修練場に落とす。

「エドワード、今日はいませんのね」

 どうやら彼女は近衛騎士エドワードを探していたらしい。

「なんでエドワードを?」
「実は例の実験の副産物で、ひとつ面白いものができまして。これがあればデール殿下の計画にも役立つかと思ったのですが」
「ふむふむ」
「しかしまだ調整が必要です。そのために個人で高い魔力を持つ人を探していたのです」

 個人で高い魔力を持つ人間を探している、というミランダの言葉にデールは首を傾げた。

「それ、ノアじゃ駄目なの?」
「……高い魔力を持つ個人が必要とは言いましたが、せっかく作った試作品を破壊されかねないほどの高魔力までは求めていませんわ」

 そう言われてはデールも納得するしかない。
 ノアは魔力制御も上達してきたけれど、今すぐ『吸魔の腕輪』を外すのも怖いことだし。

「仕方ありませんわね。今回はウォルフ様にでも頼みましょう」
「学生時代を思い出すねえ。あ、馬車を用意するからちょっと待って」
「いえ、徒歩で構いません。護衛はつけますが。早く実験を進めたいですし。では」

 ミランダはそう告げてすたすたと去っていった。

 デールは内心で苦笑する。
 相変わらずの行動力だ。王妃教育を受けて礼儀作法も完璧な彼女だけれど、実験に対する熱意は昔からまったく変わらない。

 まあ、いきなり尋ねてもウォルフなら迷惑に思ったりはしないだろう。
 苦笑して「いつものことだ」と言ってくれるに違いない。学生時代も、ミランダがウォルフに実験の協力を頼むことはよくあった。

「あ」

 と、何かを思い出したようにまたデールのもとに戻ってくる。

 それから、ぎゅっ、とデールの手を両手で握った。
 ミランダはデールの目をまっすぐ見据えて、大真面目な顔で告げる。

「……今からひとりで殿方の屋敷に向かいますが、決してやましいことはありません。私はデール様だけを愛しておりますので」

 デールは目を瞬かせた。

「う、うん。ありがとう」
「ではまた後ほど」

 今度こそミランダはその場を後にした。ちなみに後ろ髪の隙間から見える彼女の耳は、熟れたりんごのように赤くなっている。
 デールはそれを見送りながら、緩みそうになる口元を手で覆った。

(……いやほんと可愛いな僕の婚約者!)

 巷では子爵令嬢にすぎないミランダがどうして王太子妃に、という疑問の声がある。
 デールはそれらを彼女の優秀さによって黙らせてきた。
 けれどそれは理由のごく一部。

 なんのことはない、要するにデールのほうが彼女にベタ惚れなのであった。
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