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誇り高き獄炎狼の子リオ

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 時は少し遡り。
 二体のベヒーモスを倒した私とノアは、いきなり現れた赤い子狼と向かい合っていた。

 とりあえず話しかけてみる。

「ええと、あなたは?」
「うむ」

 子狼は気品すら感じる仕草で悠然と頷き、こう続けた。

「我が名はリオ。六体の精霊王がひとり、誇り高き『獄炎狼』の息子である!」
「精霊王……」

 精霊、と聞いてぱっと思い浮かぶのはミノスだ。彼は精霊界で盗みを繰り返したため、人間界へと追放されたらしい。

 となるとこの子狼もその精霊なんだろうか。
 それにしても精霊『王』というのは初耳だ。一体何のことやら。

「あなたは精霊なんですね」
「そうだ。というか貴様なぜ驚かんのだ」
「一応精霊の知り合いがいますので。それで、あなたはなぜここに? 精霊界で何か悪さでもしたんですか?」
「無礼だな貴様! 我はここに遊びに来ているだけだ! 精霊界は退屈だからな!」

 暇つぶしをしていたらしい。

 そのまま話を聞いてみると、いくつかのことがわかった。

 この『神隠しの森』は人間界の中でも精霊界に近い場所だそうだ。近いというのは物理的な距離の話ではなく、空気中を漂う魔力の質などといった環境のことだ。

 ゆえにこの『神隠しの森』は、精霊たちが人間界を訪れるための出入り口となり得る。
 そのためここは人間界における精霊たちの遊び場でもあるようだ。

「ということは、ここが『神隠しの森』と呼ばれているのも……」
「うむ、おそらく精霊界に迷い込んだ人間がいたのだろうな」

 子狼――もといリオが神妙な顔で言う。

「ここは人間界でも数少ない精霊の憩いの場。しかし、最近になってあの厄介な黒い獣が棲みついた。おかげで困っておったのだ。あれを退治してくれたこと、礼を言うぞ」

 満足げにリオはそう言ってくる。
 確かにベヒーモスのような凶悪な魔物がいれば、楽しく森林浴どころではないだろう。

 他に聞くことは……

「さっき言っていた精霊王というのは?」
「精霊界を取りまとめる六体の強大な精霊のことだ。父上……獄炎狼は、あらゆる炎精霊の頂点に立っている。とても強くて格好いいのだ」

 精霊の世界にも統治の仕組みはあるらしい。
 質問はこんなところだろうか。

「……(じー)」
「……なんだそっちの水色頭、さっきから我のことをじっと見て」

 ノアのほうを見てぎょっとしたように後ずさるリオ。確かにノアの視線はリオに釘付けになっている。

「撫でていい?」
「は? な、なんだ急に」
「撫でていい?」
「なぜ二度繰り返すのだ! し、仕方ない。本来人間ごときに触らせるなど精霊王の息子としてのプライドが許さんが、恩人とあらば仕方ない。特別に少しくらいならぎゃあーっ!」

 そこまで言ったところでリオはノアに捕獲された。

「もふもふする……」

 耳の間やら首回りやらお腹やら、ひたすらリオの体を堪能するノア。
 けっこう幸せそうだ。
 ぬいぐるみとか、好きなのかもしれない。

 ……

「失礼します、リオ」
「な、なぜ貴様まで! く、くすぐった、わはははは! や、やめ」
「……これは確かに癒されますね」

 撫でているだけで幸せな気持ちになれる。これが精霊王の血ということだろうか。いや多分違うだろうけれど。

 しばらく撫でさせてもらったあと、リオを解放する。

「はあ、はあ……くっ、この我がこんなおもちゃのような……」
「ありがとうございました」
「……名残惜しい」

 口々に言う私たちを見てから、リオはフンと鼻を鳴らした。

「ま、まあいい許そう。我は寛大だからな。さて、では、貴様らに褒美を授ける」
「褒美?」
「恩を受けて何も返さねば、獄炎狼の息子として情けないからな」
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