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違います、これは訓練です

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 思えば私は記憶を取り戻してから、誰かに教えるばかりで自分の鍛錬をあまりしていなかった。

 最初に山籠もり減量をしたくらいだろうか?
 もちろんそれ以降も素振りは毎日やっていたけれど、本格的な訓練はやっていない。
 これもいい機会かもしれない。

 さて、鍛えるといってもどうしようか。

 修行といえば走り込みや筋力トレーニングがベタだけれど、『ティナ・クローズ』の肉体は残念ながらすでにほぼ限界値だ。これ以上体をいじめても大きな変化はないだろう。

 となるとやはり実戦だろうか。
 それがいい。対人戦を繰り返すことで、戦闘の駆け引きをより強化するのだ。

 
 ――というわけで、私は王城の修練場へとやってきた。


「やあ、なんだか久しぶりだねティナ・クローズ。さあ今日も模擬戦をやろう! 今日こそボクが勝つ!」

 私の姿を見るなり神童(※自称)の近衛騎士、エドワードがやってくる。

 やはりここに来て正解だった。
 ここには身体強化やら『魔術武技マジックアーツ』を覚えたばかりで、それらを試したがっている近衛騎士たちが大量にいるのだ。

「もちろんですエドワード。私はそのために来たのですから」
「? まあいいけど、ルールはどうする? いつも通りでいい?」
「はい。身体強化も『魔術武技マジックアーツ』もあり、相手にまともな一撃を浴びせる・あるいは降参宣言で決着とします」
「わかったよ」

 一定の距離を開けてエドワードと向かい合う。
 剣を構えて一礼。

「あ、そうでしたエドワード。ひとつ言っておくことがあります」
「言っておくこと?」

 私は頷き、

「――今日は本気で行きますので気を付けてください」
「は? 急に何言って速ぁああっ!? っていうか強い! 打ち込みがいつもの三倍くらい強いんだけど!?」

 いつもより手加減を控えた打ち込みをエドワードは何とか受けた。
 いい反応だ。さらに速度を上げていこう。

「さすがですねエドワード。どんどん行きますよ」
「うわぁっ!? ちょっ、何!? 絶対に何か嫌なこととかあったよね!? これ絶対に八つ当たり――ぎゃああああっ!」
「いえ違います。これはウォルフ様に模擬戦で負けてもやもやしている気分を晴らそうなんて、そういう意図はまったくありませんので」
「ほらやっぱり! 絶対そんなことだと思ったよ!」

 ぎゃあぎゃあ騒ぐエドワードに対して、私は容赦なく木剣を振り下ろした。


 一時間後。


「ふむ。特に強くなった気はしませんが、何やら気分がすっきりしましたね」
「こ、この女……」

 修練場にはエドワードをはじめ、ぼろぼろになった近衛騎士たちが転がっている。

 いや、一応断っておくと、無理やり私から殴りかかったというわけではない。あくまでお互いの合意をとったうえでの模擬戦の結果だ。
 普段より少し力が入っていたことは否定しないけれど。

 ちなみにトリスロッド氏の姿はない。
 別件の仕事でもあるんだろう。近衛騎士団団長は忙しい仕事だろうし。

「……それで、一体今日はどうしたのさ」

 よろよろと起き上がり、エドワードが尋ねてくる。

「少し自分の実力に思うところがありまして」
「強すぎてってこと?」
「いえ、私はまだまだ弱いな、と思いまして」
「…………え……」
「なんですかその『何言っているんだこいつ』という目は」

 聞かれたから答えただけだというのに。

「ともあれ、私は強くなりたいんです。……しかし模擬戦をやっても成果は感じられませんね。エドワード、とりあえずもう一戦いかがですか?」
「い、いやいや遠慮しておこうかな! そ、それより耳寄りな噂があるよ」
「噂?」

 私が聞くと、エドワードは頷いた。

「そう、『神隠しの森』に強い魔物が棲みついたらしいんだ。王都から離れてるから近衛騎士団ボクたちにまだ声はかかってないけど、かなりの大物らしいよ。このまま対処に困ったらボクたちが行くことになるかもね」

 近衛騎士団は『王族を守る』という使命を持っているため、基本的に王都から離れられない。
 しかしそんな彼らを呼び寄せる必要がありそうなほど、その魔物は強いという。

「なるほど。それはいい情報を聞きました。ありがとうございます」

 よし、せっかくだから『神隠しの森』に行ってみよう。
 先に誰かに倒されてしまってももったいないことだし。


「…………ティナ・クローズのやつ、あれ以上強くなってどうするつもりなんだ……?」


 背後からエドワードが何事か呟いた気がしたけれど、それは私の耳に届くことはなかった。
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