上 下
36 / 64
連載

ノアの記憶

しおりを挟む

 結論から言おう。
 ノアは魔力を暴走させずに魔術を発動させることができた。
 それどころか、ある程度は制御しながら魔術を使うことができた。

「す、素晴らしい! 素晴らしいですよこれは! あのノアが暴走を起こさずに魔術を扱えるだなんて!」

 ノアの魔術によって、周囲の地面ごと粉砕された的を見てデール殿下は興奮した面持ちで言った。

「……まあ、完全ではなさそうですが」

 ノアの放った水魔術は的を破壊したあと、うまく消し去れずに修練場の上空で破裂、雨のように大量の水を降り注がせた。おかげでこちらはずぶ濡れだ。

「そのくらいは仕方ありませんよ、ティナさん。『吸魔の腕輪』でしたか? あれでもノアの魔力をすべて吸い出せているわけではなさそうですし」
「そうですね。……まったく、あの腕輪を嵌めてもまだこれほどの魔術を使えるとは」

 デール殿下の言葉に私は肩をすくめる。

 まあ、魔力の暴走を起こさなくなっただけでも十分だ。
 これなら普通に魔術の訓練を行うことができる。制御はこれから覚えればいい。

 ちなみに、これ以降の訓練に私は関わらないことになっている。

 私は剣士で、魔術は専門じゃない。デール殿下はすでに魔術を教える専門家を確保しているそうだ。今後ノアはそちらの先生のもとで魔術の鍛錬を行うことになる。

「デール。まだ魔術を使っていてもいい?」

 私たちと同じようにずぶ濡れのままノアはデール殿下にそう尋ねた。

「ええ。もちろん構いませんよ」
「ん」

 デール殿下の言葉に頷き、再び魔術を使おうと魔力を練るノア。

 その様子は真剣そのものだ。食事すらめんどうくさがっていた彼とは別人のようである。
 私は思わず尋ねた。

「……ずいぶん熱心ですね。あなたのことですから、てっきり『実験終わった? 本読みに戻っていい?』と言い出すと思っていたのですが」

 ふるふるとノアは首を横に振った。

「こっちのほうが大事」
「魔術の訓練が、本を読むことよりもですか?」
「そう。魔力を制御できるようになれば、外に出られる」
「はい? ……ああ、そうですね」

 一瞬なんのことかわからなかったけれど、すぐに理解する。

 現在ノアが幽閉されているのは、彼がその身に宿す膨大な魔力を扱いきれないからだ、あの塔の最上階には魔術を妨害する結界が張られていて、あの中にいる限りノアは魔術を使うことができない。
 そうしなければ危険なのだ。

 けれど逆に言えば、魔力の制御ができるようになれば、ノアが閉じ込められる理由もなくなる。

「外に出られれば、僕の故郷に行ける。そこに行けば――思い出せるかもしれない」
「思い出す? 何をです?」
「全部。僕の名前。今まで何をしていたか。どんな環境で生きていたのか」

 ノアは淡々と話した。


 彼には王城に来るまでの記憶がない。
 デール殿下に引き合わされた侍医が言うには、かつてエルディオン出身の魔術師によって人体実験の材料にされた際、そのトラウマから記憶にフタをしたのではないか、ということだった。

 自分の精神を守るために。
 けれど魔術師の元から救い出された今、記憶を失っていることが不安や焦りを生むそうだ。

「僕は、僕が何者なのか思い出したい。本は手段。物語の人物を見て、昔の僕と似ている人がいれば、何か思い出せるかもしれないから」
「……そういうことでしたか」

 そういえば、以前ノアが私の膝に乗ってきたことがあった。

 理由を聞いたら、『本の中の人物がやっていたから』と言っていた。
 あれは、本に登場するキャラクターと同じ体験をすることで、その人物の気持ちを理解しようとしていたのかもしれない。

 しかしそれは塔に閉じ込められていたからこその苦肉の策だ。

 外に行き、かつて子供の集団失踪事件があった村――おそらくノアの故郷であろう場所に訪れることのほうが、間違いなく記憶が戻る可能性は高い。

「……忘れたほうがいい、と自分で判断したような記憶なのでしょう、本当に思い出すつもりなのですか?」

 私が尋ねると、ノアはあっさり頷いた。

「何も思い出せない方がいやだから」

 決心は固そうだ。
 それに、私が口を出すようなことでもない。

「わかりました。では、魔術の訓練を頑張ってください。記憶が戻ることを祈っていますよ」
「ティナ」
「なんですか?」

 去り際、振り返った私にノアは告げた。

「ありがとう」
「……どういたしまして」

 あの不愛想なノアに感謝されるとは。
 私は妙な感慨を抱きつつ、デール殿下に断ってからその場を後にするのだった。
しおりを挟む
感想 298

あなたにおすすめの小説

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。