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連載
ノアの記憶
しおりを挟む結論から言おう。
ノアは魔力を暴走させずに魔術を発動させることができた。
それどころか、ある程度は制御しながら魔術を使うことができた。
「す、素晴らしい! 素晴らしいですよこれは! あのノアが暴走を起こさずに魔術を扱えるだなんて!」
ノアの魔術によって、周囲の地面ごと粉砕された的を見てデール殿下は興奮した面持ちで言った。
「……まあ、完全ではなさそうですが」
ノアの放った水魔術は的を破壊したあと、うまく消し去れずに修練場の上空で破裂、雨のように大量の水を降り注がせた。おかげでこちらはずぶ濡れだ。
「そのくらいは仕方ありませんよ、ティナさん。『吸魔の腕輪』でしたか? あれでもノアの魔力をすべて吸い出せているわけではなさそうですし」
「そうですね。……まったく、あの腕輪を嵌めてもまだこれほどの魔術を使えるとは」
デール殿下の言葉に私は肩をすくめる。
まあ、魔力の暴走を起こさなくなっただけでも十分だ。
これなら普通に魔術の訓練を行うことができる。制御はこれから覚えればいい。
ちなみに、これ以降の訓練に私は関わらないことになっている。
私は剣士で、魔術は専門じゃない。デール殿下はすでに魔術を教える専門家を確保しているそうだ。今後ノアはそちらの先生のもとで魔術の鍛錬を行うことになる。
「デール。まだ魔術を使っていてもいい?」
私たちと同じようにずぶ濡れのままノアはデール殿下にそう尋ねた。
「ええ。もちろん構いませんよ」
「ん」
デール殿下の言葉に頷き、再び魔術を使おうと魔力を練るノア。
その様子は真剣そのものだ。食事すらめんどうくさがっていた彼とは別人のようである。
私は思わず尋ねた。
「……ずいぶん熱心ですね。あなたのことですから、てっきり『実験終わった? 本読みに戻っていい?』と言い出すと思っていたのですが」
ふるふるとノアは首を横に振った。
「こっちのほうが大事」
「魔術の訓練が、本を読むことよりもですか?」
「そう。魔力を制御できるようになれば、外に出られる」
「はい? ……ああ、そうですね」
一瞬なんのことかわからなかったけれど、すぐに理解する。
現在ノアが幽閉されているのは、彼がその身に宿す膨大な魔力を扱いきれないからだ、あの塔の最上階には魔術を妨害する結界が張られていて、あの中にいる限りノアは魔術を使うことができない。
そうしなければ危険なのだ。
けれど逆に言えば、魔力の制御ができるようになれば、ノアが閉じ込められる理由もなくなる。
「外に出られれば、僕の故郷に行ける。そこに行けば――思い出せるかもしれない」
「思い出す? 何をです?」
「全部。僕の名前。今まで何をしていたか。どんな環境で生きていたのか」
ノアは淡々と話した。
彼には王城に来るまでの記憶がない。
デール殿下に引き合わされた侍医が言うには、かつてエルディオン出身の魔術師によって人体実験の材料にされた際、そのトラウマから記憶にフタをしたのではないか、ということだった。
自分の精神を守るために。
けれど魔術師の元から救い出された今、記憶を失っていることが不安や焦りを生むそうだ。
「僕は、僕が何者なのか思い出したい。本は手段。物語の人物を見て、昔の僕と似ている人がいれば、何か思い出せるかもしれないから」
「……そういうことでしたか」
そういえば、以前ノアが私の膝に乗ってきたことがあった。
理由を聞いたら、『本の中の人物がやっていたから』と言っていた。
あれは、本に登場するキャラクターと同じ体験をすることで、その人物の気持ちを理解しようとしていたのかもしれない。
しかしそれは塔に閉じ込められていたからこその苦肉の策だ。
外に行き、かつて子供の集団失踪事件があった村――おそらくノアの故郷であろう場所に訪れることのほうが、間違いなく記憶が戻る可能性は高い。
「……忘れたほうがいい、と自分で判断したような記憶なのでしょう、本当に思い出すつもりなのですか?」
私が尋ねると、ノアはあっさり頷いた。
「何も思い出せない方がいやだから」
決心は固そうだ。
それに、私が口を出すようなことでもない。
「わかりました。では、魔術の訓練を頑張ってください。記憶が戻ることを祈っていますよ」
「ティナ」
「なんですか?」
去り際、振り返った私にノアは告げた。
「ありがとう」
「……どういたしまして」
あの不愛想なノアに感謝されるとは。
私は妙な感慨を抱きつつ、デール殿下に断ってからその場を後にするのだった。
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