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名物を食べる
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案内されたニーグルさんの家に入る。
木造の小さめの家だ。素朴で落ち着く雰囲気、というか。
真ん中にあるテーブルについて待っていると、奥に引っ込んでいたニーグルさんが戻ってくる。
「これがうちの村の名物、ゴールドプラムのパイです! さあ、どんどん食べてください!」
「わあっ、美味しそうですね!」
ニーグルさんの持ってきた大皿には、綺麗な焼き色のついた円形のパイが載っていた。格子状のパイ生地がかけられた中央部分の下には黄金色の果物がのぞいている。
「「いただきます」」
「どうぞどうぞ」
ハルクさんと同時に木製フォークを手に取る。
切り分けられたパイをフォークで突くと、ざくりという音とともに生地が崩れる。
口の中に運ぶと、香ばしいパイ生地の触感の後にとろりとした甘いジャムが舌に触れた。
プラムと言われたから甘酸っぱい味を想像していたけど、かなり甘さが強い。それでいてプラムのさわやかな風味はきちんと残っている。
さらに一口食べると、今度はごろりとした果実の部分が味わえる。
まだ形の残っている果実部分はみずみずしくて飽きさせない。
「お、美味しい……!」
「それはよかったです」
期待した以上の味だった。これは確かに名物になるのも納得だ。
「これ、ものすごく甘いね。もしかしてこのあたりは砂糖が多く取れるとか?」
「いや、砂糖は使ってないんですよそれ」
「え!? こ、こんなに甘いのにかい?」
驚くハルクさんにニーグルさんは頷く。
「使ってるのがゴールドプラムっていう、このあたりでしか採れない李なんですけど……これがとんでもなく甘くて。砂糖なんていらないぐらいなんですよ」
「……それはもう李って言えるのかい?」
「昔この村にやってきた学者が言うには、聖大樹の森の近くってことが影響してるみたいですね。聖大樹の周りでは植物がよく育つから、その影響で農作物の味がよくなるんだとか」
「そんなことが……」
聖大樹の近くで育った農作物は味が良くなる、というのは初耳だ。
ベルタさんのそばで暮らしているルガンさんたちもその恩恵を受けていたりするんだろうか?
今さらだけど、気になったので聞いてみる。
「あの、どうしてこの村は魔物に襲われないんですか? 聖大樹の森のそばにあったら、魔物の被害が多くなると思うんですけど……」
聖大樹の森は魔物が多く、多くの人は近寄らないと聞いている。
けれどこの村は特に魔物の被害に悩まされている感じじゃない。
「それはここの聖大樹が温厚な性格だから、って言われてますね」
「聖大樹の性格?」
「はい。なんでも、リーラ大森林の聖大樹は、森の中の魔物を制御しているんだそうです。森を脅かすようなことをしなければ、こっちにも手出ししてこないんだとか」
「聖大樹が魔物を森の外に出ないようにしているってことですか?」
「そうですね。あくまで言い伝えなんで、特に根拠があるわけじゃなさそうですけど。実際、俺もリーラ大森林から魔物が出てくるのはほとんど見たことがないですね」
「……初めて聞いたよ、そんな話。けど、そうでなければ聖大樹の森のそばで普通に暮らすことなんてできないか……」
ハルクさんが驚き半分、感心半分といった感想を口にする。
聖大樹の森から魔物が出てこず、さらにその恩恵だけは受け取れる。
……この村、ものすごくいい立地なのでは?
せっかくだし、リーラ大森林について聞いておこう。
「ニーグルさん。実は私たち、後でリーラ大森林に入ろうと思っているんですが……」
「いやいやいや絶対やめといたほうがいいですよ!」
「そ、即答ですね」
「確かにリーラ大森林の魔物に村の人間が襲われたことはないですけど、それはこっちが森に入ってないからです。森の境界線を越えた瞬間、大変なことになりますよ」
「……一体なにが起こるんですか?」
私が聞くと、ニーグルさんが真剣な眼差しで言った。
「リーラ大森林に入ると、トレントが山ほど襲い掛かってくるんです。一度村のやつが度胸試しで森に入って死にかけましたからね」
「トレント?」
「トレントは木の形をした魔物だね。普段は普通の木と見分けがつかないけど、近づくと本性を表して襲い掛かってくるんだ」
「……なるほど」
リーラ大森林にはそのトレントが多く棲んでいるようだ。しかも侵入者に対して襲い掛かってくると。
リーラ大森林の聖大樹は人間相手に敵対的ではないけど、線引きはきっちりしている、という感じのようだ。
「教えていただいてありがとうございます、ニーグルさん」
「別にいいですけど……本当にやめたほうがいいと思いますよ? いや、セルビアさんがすごい人だってのはわかりますけど」
「ハルクさんがいますし、それに他の聖大樹の森に入ったこともあります。大丈夫ですよ」
「そうだね。護衛はきっちりするよ」
「そこまで言うならもうなにも言いませんけど……やばくなったらすぐに引き返してくださいね」
「はい。ありがとうございます」
心配してもらっている中申し訳ないけど、リーラ大森林に入らないという選択肢はない。
木造の小さめの家だ。素朴で落ち着く雰囲気、というか。
真ん中にあるテーブルについて待っていると、奥に引っ込んでいたニーグルさんが戻ってくる。
「これがうちの村の名物、ゴールドプラムのパイです! さあ、どんどん食べてください!」
「わあっ、美味しそうですね!」
ニーグルさんの持ってきた大皿には、綺麗な焼き色のついた円形のパイが載っていた。格子状のパイ生地がかけられた中央部分の下には黄金色の果物がのぞいている。
「「いただきます」」
「どうぞどうぞ」
ハルクさんと同時に木製フォークを手に取る。
切り分けられたパイをフォークで突くと、ざくりという音とともに生地が崩れる。
口の中に運ぶと、香ばしいパイ生地の触感の後にとろりとした甘いジャムが舌に触れた。
プラムと言われたから甘酸っぱい味を想像していたけど、かなり甘さが強い。それでいてプラムのさわやかな風味はきちんと残っている。
さらに一口食べると、今度はごろりとした果実の部分が味わえる。
まだ形の残っている果実部分はみずみずしくて飽きさせない。
「お、美味しい……!」
「それはよかったです」
期待した以上の味だった。これは確かに名物になるのも納得だ。
「これ、ものすごく甘いね。もしかしてこのあたりは砂糖が多く取れるとか?」
「いや、砂糖は使ってないんですよそれ」
「え!? こ、こんなに甘いのにかい?」
驚くハルクさんにニーグルさんは頷く。
「使ってるのがゴールドプラムっていう、このあたりでしか採れない李なんですけど……これがとんでもなく甘くて。砂糖なんていらないぐらいなんですよ」
「……それはもう李って言えるのかい?」
「昔この村にやってきた学者が言うには、聖大樹の森の近くってことが影響してるみたいですね。聖大樹の周りでは植物がよく育つから、その影響で農作物の味がよくなるんだとか」
「そんなことが……」
聖大樹の近くで育った農作物は味が良くなる、というのは初耳だ。
ベルタさんのそばで暮らしているルガンさんたちもその恩恵を受けていたりするんだろうか?
今さらだけど、気になったので聞いてみる。
「あの、どうしてこの村は魔物に襲われないんですか? 聖大樹の森のそばにあったら、魔物の被害が多くなると思うんですけど……」
聖大樹の森は魔物が多く、多くの人は近寄らないと聞いている。
けれどこの村は特に魔物の被害に悩まされている感じじゃない。
「それはここの聖大樹が温厚な性格だから、って言われてますね」
「聖大樹の性格?」
「はい。なんでも、リーラ大森林の聖大樹は、森の中の魔物を制御しているんだそうです。森を脅かすようなことをしなければ、こっちにも手出ししてこないんだとか」
「聖大樹が魔物を森の外に出ないようにしているってことですか?」
「そうですね。あくまで言い伝えなんで、特に根拠があるわけじゃなさそうですけど。実際、俺もリーラ大森林から魔物が出てくるのはほとんど見たことがないですね」
「……初めて聞いたよ、そんな話。けど、そうでなければ聖大樹の森のそばで普通に暮らすことなんてできないか……」
ハルクさんが驚き半分、感心半分といった感想を口にする。
聖大樹の森から魔物が出てこず、さらにその恩恵だけは受け取れる。
……この村、ものすごくいい立地なのでは?
せっかくだし、リーラ大森林について聞いておこう。
「ニーグルさん。実は私たち、後でリーラ大森林に入ろうと思っているんですが……」
「いやいやいや絶対やめといたほうがいいですよ!」
「そ、即答ですね」
「確かにリーラ大森林の魔物に村の人間が襲われたことはないですけど、それはこっちが森に入ってないからです。森の境界線を越えた瞬間、大変なことになりますよ」
「……一体なにが起こるんですか?」
私が聞くと、ニーグルさんが真剣な眼差しで言った。
「リーラ大森林に入ると、トレントが山ほど襲い掛かってくるんです。一度村のやつが度胸試しで森に入って死にかけましたからね」
「トレント?」
「トレントは木の形をした魔物だね。普段は普通の木と見分けがつかないけど、近づくと本性を表して襲い掛かってくるんだ」
「……なるほど」
リーラ大森林にはそのトレントが多く棲んでいるようだ。しかも侵入者に対して襲い掛かってくると。
リーラ大森林の聖大樹は人間相手に敵対的ではないけど、線引きはきっちりしている、という感じのようだ。
「教えていただいてありがとうございます、ニーグルさん」
「別にいいですけど……本当にやめたほうがいいと思いますよ? いや、セルビアさんがすごい人だってのはわかりますけど」
「ハルクさんがいますし、それに他の聖大樹の森に入ったこともあります。大丈夫ですよ」
「そうだね。護衛はきっちりするよ」
「そこまで言うならもうなにも言いませんけど……やばくなったらすぐに引き返してくださいね」
「はい。ありがとうございます」
心配してもらっている中申し訳ないけど、リーラ大森林に入らないという選択肢はない。
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