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連載
教皇ヨハン・ベルノルトの憂鬱
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『まだあの者は戻らないのですか! どれだけの期間教会を空けるつもりなのか!』
魔晶石の映し出す人物の言葉に、ラスティア教皇ヨハン・ベルノルトは溜め息をこらえた。
映像越しに見えるのはでっぷりと太った法衣の男。
年齢は五十手前で、敬虔な信徒にはまったく見えないような人物だ。
ヨハンはその人物に穏やかな声で話しかける。
「……大司教。そのことについてはすでに説明しているはずですよ」
『わかっています! ですが遅い! あまりにも遅い! 彼女は自分の責任を忘れているのではありませんかな――聖女候補セルビアは!』
大司教の言葉にヨハンは再度溜め息をこらえた。
聞き分けのない子どもに接するように告げる。
「ですから言っているでしょう、大司教。セルビアは現在、“聖女候補の力を失って”いて、それを回復させるために“療養”をしているのだと」
『今彼女がやっているような、大陸のあちこちを勝手気ままに旅することが聖女候補の務めだと!?』
「そうです。彼女にとっては、それが一番の薬なのです」
セルビアはすでに教会を離れた。
しかしそれでは納得しない勢力も、教会の中にはいる。
セルビアは優秀な聖女候補だ。教会の中には彼女を“初代聖女の生まれ変わり”と言う者すらいる。
聖女候補の見習いだった頃から、セルビアの人間離れした逸話はいくつもある。
そんな彼女を手放すなど信じられない、というのが彼らの主張だ。
そんな彼らを納得させるために、ヨハンは嘘を吐いた。
――迷宮を封じた際に、セルビアは力を一時的に失った。
――それを取り戻すには消耗した精神力を回復させる必要がある。
――そのためにセルビアは現在旅をして、英気を養っている。
という内容だ。
大司教をはじめとする一派は、ヨハンと対立する勢力だ。
ヨハンは清廉潔白な聖職者ではあるが、それを貫くためにはこの手の腹芸も必要になる。
『……いいでしょう。今はまだあなたの言葉を信じましょう。けれど我々を欺くつもりであれば、どうなるかはおわかりですな?』
大司教がそんなことを言う。
「おや、欺けばどうなるのですか?」
『大変おそろしい思いをすることになる、とだけ申し上げます。――私の派閥の本来の主を知るあなたなら、ハッタリでないとわかるはず』
「……」
ヨハンは押し黙る。
大司教は教会の中で教会に次いで高い地位だが、それは彼の実力ではない。
真の大司教は別にいる。
目の前の男はその操り人形に過ぎないと、ヨハンは知っている。
すべてを理解したうえで、ヨハンはにっこりと笑った。
「心にとどめておきましょう。それではまた」
『……その言葉、ゆめゆめお忘れなきよう』
大司教との通信が切れる。
「……ふう」
ヨハンは息を吐いた。
大司教とのやり取りは神経を削る。
こういった探り合いには百戦錬磨の彼でも、それなりに消耗するのだ。
だが、やらなくてはならない。
今も魔神討伐のために世界各地を飛び回っているセルビアとハルクに報いるためにも。
(たとえ教皇の座を失ったとしても、必ず魔神は滅ぼします。そのためならばどんなことでもしましょう)
ヨハンがそんな決意を固めていると――
扉の向こうから、バタバタバタ! という激しい足音が響いた。
『モニカ様! 早くお戻りください!』
『やだね! 絶対やだ! 捕まえたければ追いついてみるんだね!』
『いつまでそんなことを――って速ぁ!? どうしてあなたは修道服を着てそんなに速く走れるんですか!? ちょっ、なぜ窓を開けているんですか、まさか』
『いやっほーう! 大ジャンプ!』
『ああああああああああ!? お待ちください! あなたは本当に聖女候補としての教育を受けているんですか!?』
騒がしい物音とともに、勢いよく窓が開く音や誰かがそこから飛び降りる音が聞こえる。
窓の外を覗くと、窓から脱走したらしい修道服の少女が教会の外に走っていくところだった。
白い布地に金糸を用いた特別な修道服。
つまり――聖女候補の服装をした少女が。
どうやら最近やってきた例の新人聖女候補が、また問題を起こしているらしい。
「…………はぁ」
なんだか色々と疲れが押し寄せてきて、ヨハンはとうとう溜め息を吐いた。
魔晶石の映し出す人物の言葉に、ラスティア教皇ヨハン・ベルノルトは溜め息をこらえた。
映像越しに見えるのはでっぷりと太った法衣の男。
年齢は五十手前で、敬虔な信徒にはまったく見えないような人物だ。
ヨハンはその人物に穏やかな声で話しかける。
「……大司教。そのことについてはすでに説明しているはずですよ」
『わかっています! ですが遅い! あまりにも遅い! 彼女は自分の責任を忘れているのではありませんかな――聖女候補セルビアは!』
大司教の言葉にヨハンは再度溜め息をこらえた。
聞き分けのない子どもに接するように告げる。
「ですから言っているでしょう、大司教。セルビアは現在、“聖女候補の力を失って”いて、それを回復させるために“療養”をしているのだと」
『今彼女がやっているような、大陸のあちこちを勝手気ままに旅することが聖女候補の務めだと!?』
「そうです。彼女にとっては、それが一番の薬なのです」
セルビアはすでに教会を離れた。
しかしそれでは納得しない勢力も、教会の中にはいる。
セルビアは優秀な聖女候補だ。教会の中には彼女を“初代聖女の生まれ変わり”と言う者すらいる。
聖女候補の見習いだった頃から、セルビアの人間離れした逸話はいくつもある。
そんな彼女を手放すなど信じられない、というのが彼らの主張だ。
そんな彼らを納得させるために、ヨハンは嘘を吐いた。
――迷宮を封じた際に、セルビアは力を一時的に失った。
――それを取り戻すには消耗した精神力を回復させる必要がある。
――そのためにセルビアは現在旅をして、英気を養っている。
という内容だ。
大司教をはじめとする一派は、ヨハンと対立する勢力だ。
ヨハンは清廉潔白な聖職者ではあるが、それを貫くためにはこの手の腹芸も必要になる。
『……いいでしょう。今はまだあなたの言葉を信じましょう。けれど我々を欺くつもりであれば、どうなるかはおわかりですな?』
大司教がそんなことを言う。
「おや、欺けばどうなるのですか?」
『大変おそろしい思いをすることになる、とだけ申し上げます。――私の派閥の本来の主を知るあなたなら、ハッタリでないとわかるはず』
「……」
ヨハンは押し黙る。
大司教は教会の中で教会に次いで高い地位だが、それは彼の実力ではない。
真の大司教は別にいる。
目の前の男はその操り人形に過ぎないと、ヨハンは知っている。
すべてを理解したうえで、ヨハンはにっこりと笑った。
「心にとどめておきましょう。それではまた」
『……その言葉、ゆめゆめお忘れなきよう』
大司教との通信が切れる。
「……ふう」
ヨハンは息を吐いた。
大司教とのやり取りは神経を削る。
こういった探り合いには百戦錬磨の彼でも、それなりに消耗するのだ。
だが、やらなくてはならない。
今も魔神討伐のために世界各地を飛び回っているセルビアとハルクに報いるためにも。
(たとえ教皇の座を失ったとしても、必ず魔神は滅ぼします。そのためならばどんなことでもしましょう)
ヨハンがそんな決意を固めていると――
扉の向こうから、バタバタバタ! という激しい足音が響いた。
『モニカ様! 早くお戻りください!』
『やだね! 絶対やだ! 捕まえたければ追いついてみるんだね!』
『いつまでそんなことを――って速ぁ!? どうしてあなたは修道服を着てそんなに速く走れるんですか!? ちょっ、なぜ窓を開けているんですか、まさか』
『いやっほーう! 大ジャンプ!』
『ああああああああああ!? お待ちください! あなたは本当に聖女候補としての教育を受けているんですか!?』
騒がしい物音とともに、勢いよく窓が開く音や誰かがそこから飛び降りる音が聞こえる。
窓の外を覗くと、窓から脱走したらしい修道服の少女が教会の外に走っていくところだった。
白い布地に金糸を用いた特別な修道服。
つまり――聖女候補の服装をした少女が。
どうやら最近やってきた例の新人聖女候補が、また問題を起こしているらしい。
「…………はぁ」
なんだか色々と疲れが押し寄せてきて、ヨハンはとうとう溜め息を吐いた。
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