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森でのやり取り
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中庭での調査のあと、オズワルドさんに連絡してから、私とロゼさんは街の外に森に来た。
シャンとタックに会うためだ。
シャレアの街に入る前の約束通り、私は何日かに一度この森を訪れている。
……ブラッシングの約束を破ったら怒りそうだし。特にシャンが。
森に入って私が呼ぶと、二体はすぐに来てくれた。
『グルルッ』
『フシュウーッ』
「久しぶりですねふたりとも――ってもう寝そべってますね。本当にブラッシングが好きですねえ」
私のもとにやってくるなりうつ伏せに寝た二体に私は苦笑する。
とりあえず持ってきた硬いブラシで二体の鱗の隙間をこすっていく。
竜の鱗は頑丈なので思い切りブラッシングをしても傷ひとつつかない。
飛竜の体はこうやって鱗の隙間をブラシでこすって汚れを落とし、清潔さを保ってあげる必要があるのだ。
「すみませんロゼさん、少しだけ待ってもらっていいですか?」
作業の手を止めずに言うと、ロゼさんは戸惑った表情で尋ねてきた。
「それはいいんですが……あの、セルビアさん。この飛竜たちは一体?」
「このふたりは一緒に旅をしている仲間なんです。シャレアまではこの子たちに乗せてもらってきたんですよ」
ブラッシングを終えるとシャンとタックは気持ちよさそうに伸びをした。
喜んでもらえたようで何よりだ。
というわけで本題。
「ではロゼさん、一緒にシャンに乗って空を飛びましょう!」
「な、なんでそんな話になるんですか?」
「竜に乗って空を飛ぶと、すごく気持ちがいいんです。嫌なことなんかも吹き飛んでしまいますよ」
「で、でも、怖いですよ」
引け腰な様子でそう言うロゼさん。
怖い……って、あ、しまった。
「……もしかして、五年前の事件の関係で……?」
シャレアの街は五年前、凶悪な竜に襲われ半壊したという。
そんな街に暮らしていたロゼさんを竜に引き合わせるのは酷だったかもしれない。
けれどロゼさんは首を横に振った。
「いえ、そういうわけでは……わたしは五年前の件で、間近で竜を見たわけではありませんし」
「そうなんですか?」
「……学院に防御魔術の張られた避難場所が作られて、私はそこにずっといたので」
どこか暗い表情で告げるロゼさん。
防御魔術の張られた避難場所、というのは非戦闘員用のシェルターのようなものだろう。
ロゼさんは戦闘が苦手らしいし、五年前ならまだ子供だ。
避難するのは当然といえる。
「間近で見た飛竜は一体きりで、すぐに駆け付けたハルク様が倒してしまったんですよ」
「なるほど」
それを見たことでロゼさんはハルクさんに憧れを抱くようになったのかもしれない。
「えっと、じゃあ、竜が怖いというのは?」
「……あの、普通の人は竜を怖がると思いますよ……? だって凶暴そうですし」
あ、そういう話か。
「大丈夫ですよ。このふたりは人を噛んだりしませんから」
「そ、そうなんですか?」
「はい。……まあ、どうしても嫌なら仕方ありませんけど」
私が目を伏せると、ロゼさんはむぐ、と息を詰まらせてから諦めたように言った。
「……わかりました。少しだけなら」
「いいんですか?」
「いいも何も、そんな捨てられた子犬みたいな表情をされたら断れませんよ……」
「そ、そんな情けない顔をしてましたか私」
これは恥ずかしい。
ともかくロゼさんの了承も取れたので、私たちはシャンに乗って飛行を開始したのだった。
「……それで、一体どうしてわたしを竜に乗せようなんてしたんですか?」
飛んでいる途中、ロゼさんが尋ねてくる。
私は少し迷ってから、結局正直に答えることにした。
「ロゼさんって、私の友達に似ているんです」
「友達、ですか」
「はい。……もう彼女には会えないんですが」
私の頭にあるのは、かつて教会で出会った一人の聖女候補だ。
名前はイリス。
聖女候補のつとめに耐え切れず、自ら命を絶ってしまった――私の親友だった少女。
以前メタルニアでレベッカに話した人物でもある。
イリスは私が教会にいた頃、強い力に増長しそうになった私を正してくれた恩人なのだ。
「外見や雰囲気もそうですし、何より自分のできることを一生懸命やる人、というところがロゼさんは彼女によく似ています。
私はその人が大好きだったんです。
だから、ロゼさんが落ち込んだような顔をしているのが放っておけなくて……」
「……」
ロゼさんは黙って私の話を聞いている。
思えば最初にロゼさんを助けたのも、イリスのことを思い出したからかもしれない。
さっきの中庭での調査で、ロゼさんは少し落ち込んでいたようだった。
私はそんなロゼさんが見ていられず、気分を変えられればいいなと私はここまで彼女を連れてきたのだ。
「……すみません。勝手なことばかり言って」
ロゼさんとは関係のない人の話をしたところで、理解が得られるわけもない。
私が言うと、ロゼさんはぽつりと告げた。
「わたしには、セルビアさんに気を遣ってもらうような価値はありません」
「……え?」
「わたしがどうして学院でいじめられているか知っていますか?」
「いえ……詮索するのは申し訳ないと思ったので、誰にも聞いていません」
私が首を横に振ると、ロゼさんは話し出した。
「わたしは五年前、自分の身可愛さに責任を放棄して逃げました」
五年前。
つまりそれはハルクさんがシャレアで英雄視されるきっかけになった、竜の襲撃事件のことだろう。
シャンとタックに会うためだ。
シャレアの街に入る前の約束通り、私は何日かに一度この森を訪れている。
……ブラッシングの約束を破ったら怒りそうだし。特にシャンが。
森に入って私が呼ぶと、二体はすぐに来てくれた。
『グルルッ』
『フシュウーッ』
「久しぶりですねふたりとも――ってもう寝そべってますね。本当にブラッシングが好きですねえ」
私のもとにやってくるなりうつ伏せに寝た二体に私は苦笑する。
とりあえず持ってきた硬いブラシで二体の鱗の隙間をこすっていく。
竜の鱗は頑丈なので思い切りブラッシングをしても傷ひとつつかない。
飛竜の体はこうやって鱗の隙間をブラシでこすって汚れを落とし、清潔さを保ってあげる必要があるのだ。
「すみませんロゼさん、少しだけ待ってもらっていいですか?」
作業の手を止めずに言うと、ロゼさんは戸惑った表情で尋ねてきた。
「それはいいんですが……あの、セルビアさん。この飛竜たちは一体?」
「このふたりは一緒に旅をしている仲間なんです。シャレアまではこの子たちに乗せてもらってきたんですよ」
ブラッシングを終えるとシャンとタックは気持ちよさそうに伸びをした。
喜んでもらえたようで何よりだ。
というわけで本題。
「ではロゼさん、一緒にシャンに乗って空を飛びましょう!」
「な、なんでそんな話になるんですか?」
「竜に乗って空を飛ぶと、すごく気持ちがいいんです。嫌なことなんかも吹き飛んでしまいますよ」
「で、でも、怖いですよ」
引け腰な様子でそう言うロゼさん。
怖い……って、あ、しまった。
「……もしかして、五年前の事件の関係で……?」
シャレアの街は五年前、凶悪な竜に襲われ半壊したという。
そんな街に暮らしていたロゼさんを竜に引き合わせるのは酷だったかもしれない。
けれどロゼさんは首を横に振った。
「いえ、そういうわけでは……わたしは五年前の件で、間近で竜を見たわけではありませんし」
「そうなんですか?」
「……学院に防御魔術の張られた避難場所が作られて、私はそこにずっといたので」
どこか暗い表情で告げるロゼさん。
防御魔術の張られた避難場所、というのは非戦闘員用のシェルターのようなものだろう。
ロゼさんは戦闘が苦手らしいし、五年前ならまだ子供だ。
避難するのは当然といえる。
「間近で見た飛竜は一体きりで、すぐに駆け付けたハルク様が倒してしまったんですよ」
「なるほど」
それを見たことでロゼさんはハルクさんに憧れを抱くようになったのかもしれない。
「えっと、じゃあ、竜が怖いというのは?」
「……あの、普通の人は竜を怖がると思いますよ……? だって凶暴そうですし」
あ、そういう話か。
「大丈夫ですよ。このふたりは人を噛んだりしませんから」
「そ、そうなんですか?」
「はい。……まあ、どうしても嫌なら仕方ありませんけど」
私が目を伏せると、ロゼさんはむぐ、と息を詰まらせてから諦めたように言った。
「……わかりました。少しだけなら」
「いいんですか?」
「いいも何も、そんな捨てられた子犬みたいな表情をされたら断れませんよ……」
「そ、そんな情けない顔をしてましたか私」
これは恥ずかしい。
ともかくロゼさんの了承も取れたので、私たちはシャンに乗って飛行を開始したのだった。
「……それで、一体どうしてわたしを竜に乗せようなんてしたんですか?」
飛んでいる途中、ロゼさんが尋ねてくる。
私は少し迷ってから、結局正直に答えることにした。
「ロゼさんって、私の友達に似ているんです」
「友達、ですか」
「はい。……もう彼女には会えないんですが」
私の頭にあるのは、かつて教会で出会った一人の聖女候補だ。
名前はイリス。
聖女候補のつとめに耐え切れず、自ら命を絶ってしまった――私の親友だった少女。
以前メタルニアでレベッカに話した人物でもある。
イリスは私が教会にいた頃、強い力に増長しそうになった私を正してくれた恩人なのだ。
「外見や雰囲気もそうですし、何より自分のできることを一生懸命やる人、というところがロゼさんは彼女によく似ています。
私はその人が大好きだったんです。
だから、ロゼさんが落ち込んだような顔をしているのが放っておけなくて……」
「……」
ロゼさんは黙って私の話を聞いている。
思えば最初にロゼさんを助けたのも、イリスのことを思い出したからかもしれない。
さっきの中庭での調査で、ロゼさんは少し落ち込んでいたようだった。
私はそんなロゼさんが見ていられず、気分を変えられればいいなと私はここまで彼女を連れてきたのだ。
「……すみません。勝手なことばかり言って」
ロゼさんとは関係のない人の話をしたところで、理解が得られるわけもない。
私が言うと、ロゼさんはぽつりと告げた。
「わたしには、セルビアさんに気を遣ってもらうような価値はありません」
「……え?」
「わたしがどうして学院でいじめられているか知っていますか?」
「いえ……詮索するのは申し訳ないと思ったので、誰にも聞いていません」
私が首を横に振ると、ロゼさんは話し出した。
「わたしは五年前、自分の身可愛さに責任を放棄して逃げました」
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