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連載
聞き込み
しおりを挟むさて、もともと私が『第一学院』に転入したのは聞き込みのためだ。
教師のオズワルドさんでは拾えない、生徒たちの生の声を聞く。
ルーカスたちとのいざこざもあったけどそれも先日の模擬戦で終わった。
ロゼさんに今後手を出さないよう釘も刺した。
そんなわけで、私はようやく本来の任務に取り掛かったわけだけど――
「ひいいいいっ!? 転入生!?」
「あ、あなたあのルーカス様に模擬戦で勝ったんですって!? まさか次は私を標的に――」
「ち、違うわ! あたしはロゼをいじめたりなんてしてないのよ! 誤解だから許してちょうだい!」
………………
(こ、怖がられすぎて情報を聞くどころじゃないんですが……!)
いや、原因はわかっている。
先日のルーカスとの模擬戦だ。
生徒の中でも圧倒的強者だったルーカスを泡を噴くまで追い込んでしまったため、私はもはや猛獣に等しい扱いを受けていた。
男子生徒はまだいい。
どうやってルーカスを倒したのかなど、むしろ興味を持ってくれるので聞き込みもしやすかった。
しかし困ったのは女子生徒のほうで、特に大人しそうな子からは目が合った瞬間に逃げられるほどだ。
「何か対策を考えなくては……」
聞き込みを行おうとした女子に逃げられたあと、私は講義のためノートや教科書を取り出しながら考える。
私の仕事は行方不明事件について、生徒たちから自然と情報を引き出すこと。
けれど現状では男子はともかく女子からはあまり話が聞けていない。
なんとか女子生徒と仲良くなれる方法を考えないと……
なんて考えていた私は、ふと気付く。
(……この講義、女子生徒の数がやけに多いような……?)
考えると同時に教室の扉が開き、この講義の担当教師が入ってくる。
「速やかに着席しろ。『魔術工学応用』の講義を始める」
青髪長身の美しい男性、つまりオズワルドさんである。
生徒の参加率が高く情報が得られそうな講義、という基準で私の時間割は組まれている。
オズワルドさんの講義は全科目中トップクラスの人気なので、必然的に私も参加することになるのだった。
現れた教師の姿に、私のすぐ後ろの席から小声の会話が聞こえてくる。
「あー、オズワルド先生ってほんと格好いい。目の保養になる……」
「うんうん。他の男の先生なんてみんな年いった人ばっかりだもんねえ」
「おじいちゃん先生だったらこんな難しい講義出てないわ絶対」
「そりゃそうね」
そう言ってくすくす笑う後ろの女子生徒二人。
どうやら講義の内容ではなくオズワルドさんが目当てのようだ。
本当に女子に人気だなあ、あの人……
「そういえば――見てみてこれ、じゃーん。オズワルド先生の写真」
「あっいいなー! ってこれ絶対盗撮でしょ!?」
「他のファンの子から譲ってもらったのよ。……高値で」
「それは譲ってもらったって言うの……? けどいいなー、あたしも欲しい」
「――そこの二人。俺の講義中に私語とはいい度胸だな」
「「すみませぇん!?」」
後ろの二人はその後も会話を続け、最終的には壇上のオズワルドさんに怒られていた。
しかし、写真まで欲しがるとはすごい入れ込みようだ。
しかも会話から察するに、他にもまだまだオズワルドさんのファンがいそうだし……
(……あれ? これもしかしてチャンスですか?)
そこで私は一つの作戦を考えつくのだった。
▽
「撮影機を貸してほしい?」
「は、はい。参加している講義の中にそういう内容のものがありまして……」
その日の夜、私は屋敷でオズワルドさんにそんな頼みごとをしていた。
撮影機、というのは映った景色を画像として記録する魔道具である。
けっこう貴重品らしいけど、オズワルドさんはそれを持っている。
というか研究者にとっては必需品らしい。
実験なんかで記録を残すには、これがないと話にならないと前に言っていた。
「……まあ、レポート作成などで必要になることもあるか。いいだろう、貸してやる」
「ありがとうございます」
「使い方はわかるか?」
「できればそれも教えてもらえると……」
オズワルドさんは舌打ちをしてから立ち上がり、棚に置かれていた撮影機を持ち上げる。
それから面倒臭そうな顔で使い方を教えてくれた。
前から思っていたけどこの人は実は優しいような気がしてならない。
……どうしよう、これからやることにちょっと罪悪感が湧いてきた。
「どうした? 何かわからないことでもあったか」
「い、いえ。大丈夫です」
慌てて首を横に振る。今はオズワルドさんに怪しまれるわけにはいかない。
「用が済んだなら部屋に戻れ。俺はまだやることがある」
「わかりました。……けどその前に、少しこの部屋のものを試し撮りしてもいいですか?」
「勝手にしろ。俺の作業を邪魔しない範囲でな」
そう言ってオズワルドさんは机に戻る。
……ごめんなさい。でもこれは必要なことなんです。
私は内心で謝りながら、書き物仕事に集中するオズワルドさんにこっそり撮影機を向けて――
「五寮棟302号室のニナさんですね? ちょっとお話を聞かせていただきたいんですが――」
「ひぃっ! 転入生っ!?」
「ま、待ってください逃げないでください! 実はちょっとお渡ししたいものがありまして!」
講義が始まる前の時間、私は例によって声をかけられた女子生徒に逃げられかけていた。
ここまでは以前と同じだけど今回は一味違う。
「渡したいもの……?」
「これです」
「こっ――これ、オズワルド先生のプライベート写真っ!?」
それまで私に怯えていた女子生徒の態度が一気に変わる。
私は事前に決めていた通りに切り出した。
「ニナさんも『魔術工学応用』に出ていますよね。それだけでなく、他のオズワルド先生が教えてる講義を全部。
もしかして先生のファンなんじゃないかと思いまして」
「そ、そうだけど……この写真はどうやって?」
「実は私、転入したばかりでオズワルド先生に色々お世話になってるんです。その立場を利用して、ということになります」
そう、彼女に渡したのは昨日の夜こっそり撮ったオズワルドさんのプライベート写真である。
この学院におけるオズワルドさんの女性人気は途轍もない。
けれどその人気に反して、オズワルドさんは講義以外では誰とも関わろうとしない。
そんなオズワルドさんの日常風景を撮影した写真なら、女子生徒の関心を引けると思ったんだけど――
「よかったらこれ売ってくれない? あたしの財布の中身全部と交換で」
「いえその、お金はちょっと」
なんだか予想以上の成果を挙げている気がする。
私はごほんと咳払いをして申し出た。
「お金はいりませんが、それを差し上げる代わりにお聞きしたいことがあります」
「聞きたいこと?」
「はい。例の行方不明事件について」
この女子生徒は、失踪した生徒と寮の部屋が隣だったらしい。
オズワルドさんの『優先調査リスト』に載る一人である。
「……なんでそんな話が聞きたいの?」
「行方不明事件では、魔力の高い人間が狙われると聞きます。自分で言うのもなんですが、私も魔力が高いほうなので……」
「あー……そういえばあなた、魔力水晶を壊すくらい魔力があるって話だったわね。その心配も理解できるわ」
納得したように女子生徒が頷く。
もちろん私が事件について調べていることがバレてはまずいので、言い訳も用意してある。
私の魔力についてはすでに広まっているので、それを利用するのだ。
「そういうことなら教えるわ。何が聞きたいのかしら?」
「ありがとうございます!」
こうして私はオズワルドさんの盗撮写真と引き換えに、女子生徒から情報を得ることができたのだった。
……ちなみに私はこの件を知ったオズワルドさんから大目玉を食らうことになるんだけど、それはまた別の話。
▽
同じ手口で何人かから話を聞いたところ、怪しい人はいなかった。
話を聞く間、ちょくちょく懐中時計(の形の嘘発見器)を確認していたんだけど、誰も隠し事はしていなかったのだ。
けれどその中の一人から、気になる情報を得ることができた。
「失踪する数日前から、何者かの視線を感じていた……ですか」
そう、犠牲者の中には失踪の直前そんなことを言っていた人がいたらしい。
視線。
それが気のせいでないなら、行方不明事件と無関係とは思えない。
たとえば誘拐犯が犠牲者の隙をうかがう視線、とか。
……一応オズワルドさんにも報告しておこうかな。
(まあ、オズワルドさんならこのくらい知っているかもしれませんが――)
私はそんなことを考えながら工学棟のほうに向かおうとして。
ぞくり、と背筋に寒気が走った。
「……ッ!?」
背後を振り返る。
けれどそこには生徒の行き交う普通の廊下があるだけで、特に違和感は見当たらない。
「気のせい……でしょうか?」
当然ながら、私の問いには沈黙が返るのみだった。
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