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ハルクの過去
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「二人とも、街に入る前に話したことを覚えてる?」
『英雄広場』からの移動中、ハルクさんがそんな風に切り出した。
「シャンとタックを置いてきたときの話ですか?」
「この街が前に竜に襲われたことがあるっつってたよな」
私とレベッカが言うとハルクさんが頷いた。
「そう、その事件。五年前、その事件の解決に僕は力を貸したんだ。その功績によって屋敷を与えられたり、銅像を建てられたりしたわけだね」
「「あー……」」
私とレベッカが納得したように声を揃える。
ハルクさんがこの街で英雄扱いされていたり、お屋敷を持っているのは以前この街で竜退治に貢献したからだったようだ。
思えばハルクさんが街に入る前、頭に布を巻いて正体を隠そうとしていたのもそれが理由だったんだろう。
ハルクさんがいるとわかれば街の住民が大騒ぎをするだろうとわかっていたからだ。
「そんなにヤバい事件だったのか?」
「そうだね。その竜は単体でも強かったんだけど……何より『数』が膨大だった。千体以上の竜が一度に襲ってきたんだ。この街は魔術結界があったから何とかなったけど、他の街ならあっさり滅んでいたはずだよ」
「せ、千体って……」
それは群れという次元ではないような気がする。
「そういう能力を持つ相手だったんだ。本体は一体だけど、それが残っている限り何体でも無限に眷属の竜を生み出してくる。危険度で言えば迷宮の主と同じか、それ以上だろうね」
迷宮の主と同じかそれ以上の危険度。
普通なら冗談かと思うような話だけど、ハルクさんの表情は真剣そのものだった。
「け、けど、さすがハルクさんです。そんな怪物をやっつけたんですよね?」
「……それは」
私が聞くと、ハルクさんはつらそうに目を伏せた。
「ハルクさん……?」
ハルクさんの表情は今まで見たことのないものだった。
その瞳にははっきりと後悔が滲んでいる。取り返しのつかない失敗を思い出すように、ハルクさんの表情は陰鬱だった。
私たちが何も言えずにいると、やがてハルクさんはこう口にした。
「……倒したのは、僕じゃない。この街にはその時もう一人強い剣士がいた。竜の本体を倒したのはその人だよ」
「え? それじゃあハルクさんは……」
「僕は本体が生み出した眷属竜たちの相手をしてた。本体は街から離れた場所から動こうとしなかったから、『街の防衛』と『竜本体の討伐』はどうしても分担しなきゃならなかったんだ」
「……なるほど」
何だか迷宮復活の時を思い出す話だ。
あの時は私とハルクさんが迷宮に突撃して、エドマークさんや衛兵、騎士の人たちが街を魔物から守っていた。
五年前のシャレアでは街の防衛をハルクさんが、大元の撃破をもう一人の剣士が担ったということらしい。
千体の眷属竜が街を襲ったというなら、ハルクさんが街の防衛に当たるのは決しておかしなことじゃない。
「聞いてた感じ、その本体のほうも強そうだけどな。ハルク抜きでよく倒せたな」
「ああ、彼女のほうが強かったからね」
「「え?」」
「いや、だから、その時いたもう一人の剣士のほうが僕より強かったんだよ。圧倒的に」
…………ハルクさんより強い剣士……?
「人間ではない、ということでしょうか」
「そうだな。人型の魔物だった可能性もある」
「いや、彼女は普通の人間だったよ」
そんな馬鹿な! ハルクさんですらもう人間の域を超えているというのに!
いや、まあ、五年前の話だし、昔のハルクさんは今ほど強くはなかったのかもしれないけど……それにしたってとんでもない話だ。
驚く私たちに、ハルクさんは声を落として告げた。
「……けど、彼女は死んだ。竜の本体と相討ちになってね。『英雄広場』にあった像を覚えているかい? あの女性の像が竜を倒した人物なんだよ」
「そ、そうだったんですか」
当時のハルクさんより強かったその剣士は、街を襲った竜の大元と刺し違えた。
それほどまでに五年前にこの街を襲った脅威は大きかったのだ。
「広場って言やあ、ハルク、お前街の連中に『剣聖』って呼ばれてたよな? あれ何でなんだ?」
レベッカがそんなことを尋ねる。
確かにそれも気になっていた。さっきの広場の女性像が『剣神』――ハルクさんの今の通り名を彫られていたのかも。
「五年前まで僕の通り名は『剣聖』だったんだよ。けどその時に変えた。彼女の通り名である『剣神』を継いで、どうしてもその名前を残したかったんだ。そのくらい、彼女は立派な剣士だったからね」
「ハルクさんはその人を尊敬してたんですね」
「……そうだね。うん。凄い人だったよ」
懐かしむように言うハルクさん。
世界最強の冒険者と言われるこの人が憧れるような剣士がかつてはいたのだ。
けれどその人物は死んでしまって、代わりにハルクさんが継承した『剣神』という名前だけが残った。
「この街で『剣聖』って呼ばれてるのはその時の名残ってわけか」
「そうだね。僕が『剣神』を名乗り始めたのはこの街を出た後だから」
そこまで話して、こほん、とハルクさんは咳ばらいをする。
「とりあえず事情はそんな感じ。長く話しすぎたね。そろそろ屋敷に着くころだよ」
話を打ち切ってハルクさんは足を早めた。
「あの、ハルクさん」
「何だい?」
「いえ、その……何でもありません」
私は質問しかけて、口をつぐんでしまう。
ハルクさんの話には納得できた。けど、一つだけ気になっていることがある。
(……ハルクさんがあんなに落ち込んだ顔をしたのは、単に『尊敬できる人』を亡くしたというだけの理由なんでしょうか)
ハルクさんは冒険者だ。魔物と戦うこの仕事では数えきれないくらい犠牲者も出ているだろう。
そういう仕事柄、冒険者はある程度仲間の死に慣れているはず。
なのにさっきのハルクさんの表情はひどくつらそうだった。
ただ街で知り合っただけの剣士が死んでしまっただけで、ハルクさんがああも落ち込むだろうか。
もしかして、その先代『剣神』は――ハルクさんにとって、もっと特別な人だったんじゃないだろうか。
「セルビア、どうかした?」
「だ、大丈夫です。すみません、行きましょう」
私はそんな疑問を抱えつつ、前方のハルクさんに声をかけられて移動を再開するのだった。
『英雄広場』からの移動中、ハルクさんがそんな風に切り出した。
「シャンとタックを置いてきたときの話ですか?」
「この街が前に竜に襲われたことがあるっつってたよな」
私とレベッカが言うとハルクさんが頷いた。
「そう、その事件。五年前、その事件の解決に僕は力を貸したんだ。その功績によって屋敷を与えられたり、銅像を建てられたりしたわけだね」
「「あー……」」
私とレベッカが納得したように声を揃える。
ハルクさんがこの街で英雄扱いされていたり、お屋敷を持っているのは以前この街で竜退治に貢献したからだったようだ。
思えばハルクさんが街に入る前、頭に布を巻いて正体を隠そうとしていたのもそれが理由だったんだろう。
ハルクさんがいるとわかれば街の住民が大騒ぎをするだろうとわかっていたからだ。
「そんなにヤバい事件だったのか?」
「そうだね。その竜は単体でも強かったんだけど……何より『数』が膨大だった。千体以上の竜が一度に襲ってきたんだ。この街は魔術結界があったから何とかなったけど、他の街ならあっさり滅んでいたはずだよ」
「せ、千体って……」
それは群れという次元ではないような気がする。
「そういう能力を持つ相手だったんだ。本体は一体だけど、それが残っている限り何体でも無限に眷属の竜を生み出してくる。危険度で言えば迷宮の主と同じか、それ以上だろうね」
迷宮の主と同じかそれ以上の危険度。
普通なら冗談かと思うような話だけど、ハルクさんの表情は真剣そのものだった。
「け、けど、さすがハルクさんです。そんな怪物をやっつけたんですよね?」
「……それは」
私が聞くと、ハルクさんはつらそうに目を伏せた。
「ハルクさん……?」
ハルクさんの表情は今まで見たことのないものだった。
その瞳にははっきりと後悔が滲んでいる。取り返しのつかない失敗を思い出すように、ハルクさんの表情は陰鬱だった。
私たちが何も言えずにいると、やがてハルクさんはこう口にした。
「……倒したのは、僕じゃない。この街にはその時もう一人強い剣士がいた。竜の本体を倒したのはその人だよ」
「え? それじゃあハルクさんは……」
「僕は本体が生み出した眷属竜たちの相手をしてた。本体は街から離れた場所から動こうとしなかったから、『街の防衛』と『竜本体の討伐』はどうしても分担しなきゃならなかったんだ」
「……なるほど」
何だか迷宮復活の時を思い出す話だ。
あの時は私とハルクさんが迷宮に突撃して、エドマークさんや衛兵、騎士の人たちが街を魔物から守っていた。
五年前のシャレアでは街の防衛をハルクさんが、大元の撃破をもう一人の剣士が担ったということらしい。
千体の眷属竜が街を襲ったというなら、ハルクさんが街の防衛に当たるのは決しておかしなことじゃない。
「聞いてた感じ、その本体のほうも強そうだけどな。ハルク抜きでよく倒せたな」
「ああ、彼女のほうが強かったからね」
「「え?」」
「いや、だから、その時いたもう一人の剣士のほうが僕より強かったんだよ。圧倒的に」
…………ハルクさんより強い剣士……?
「人間ではない、ということでしょうか」
「そうだな。人型の魔物だった可能性もある」
「いや、彼女は普通の人間だったよ」
そんな馬鹿な! ハルクさんですらもう人間の域を超えているというのに!
いや、まあ、五年前の話だし、昔のハルクさんは今ほど強くはなかったのかもしれないけど……それにしたってとんでもない話だ。
驚く私たちに、ハルクさんは声を落として告げた。
「……けど、彼女は死んだ。竜の本体と相討ちになってね。『英雄広場』にあった像を覚えているかい? あの女性の像が竜を倒した人物なんだよ」
「そ、そうだったんですか」
当時のハルクさんより強かったその剣士は、街を襲った竜の大元と刺し違えた。
それほどまでに五年前にこの街を襲った脅威は大きかったのだ。
「広場って言やあ、ハルク、お前街の連中に『剣聖』って呼ばれてたよな? あれ何でなんだ?」
レベッカがそんなことを尋ねる。
確かにそれも気になっていた。さっきの広場の女性像が『剣神』――ハルクさんの今の通り名を彫られていたのかも。
「五年前まで僕の通り名は『剣聖』だったんだよ。けどその時に変えた。彼女の通り名である『剣神』を継いで、どうしてもその名前を残したかったんだ。そのくらい、彼女は立派な剣士だったからね」
「ハルクさんはその人を尊敬してたんですね」
「……そうだね。うん。凄い人だったよ」
懐かしむように言うハルクさん。
世界最強の冒険者と言われるこの人が憧れるような剣士がかつてはいたのだ。
けれどその人物は死んでしまって、代わりにハルクさんが継承した『剣神』という名前だけが残った。
「この街で『剣聖』って呼ばれてるのはその時の名残ってわけか」
「そうだね。僕が『剣神』を名乗り始めたのはこの街を出た後だから」
そこまで話して、こほん、とハルクさんは咳ばらいをする。
「とりあえず事情はそんな感じ。長く話しすぎたね。そろそろ屋敷に着くころだよ」
話を打ち切ってハルクさんは足を早めた。
「あの、ハルクさん」
「何だい?」
「いえ、その……何でもありません」
私は質問しかけて、口をつぐんでしまう。
ハルクさんの話には納得できた。けど、一つだけ気になっていることがある。
(……ハルクさんがあんなに落ち込んだ顔をしたのは、単に『尊敬できる人』を亡くしたというだけの理由なんでしょうか)
ハルクさんは冒険者だ。魔物と戦うこの仕事では数えきれないくらい犠牲者も出ているだろう。
そういう仕事柄、冒険者はある程度仲間の死に慣れているはず。
なのにさっきのハルクさんの表情はひどくつらそうだった。
ただ街で知り合っただけの剣士が死んでしまっただけで、ハルクさんがああも落ち込むだろうか。
もしかして、その先代『剣神』は――ハルクさんにとって、もっと特別な人だったんじゃないだろうか。
「セルビア、どうかした?」
「だ、大丈夫です。すみません、行きましょう」
私はそんな疑問を抱えつつ、前方のハルクさんに声をかけられて移動を再開するのだった。
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