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連載
魔術都市
しおりを挟む――かつて『賢者』と呼ばれる大魔術師がいた。
その魔術の腕は圧倒的で、杖を一振りすれば嵐が起こり、片手を薙げば海が割れたという。
賢者はその実力によって国の危機を何度も退けた。
そんな賢者は褒美として王様から土地を授けられ、年老いてからはそこで魔術の研究に生涯を捧げた。
そんな賢者に師事しようと国中から魔術師や学者が集まり、彼らの研究に必要な素材や生活物資を届ける商人たちも居つくようになる。
そうしてその土地は発展していき、一つの大きな街が形成された。
魔術都市シャレア。
一人の大魔術師に端を発する、世界有数の研究都市である。
「わあ……!」
シャンたちと別れて数時間、私たちは目的地であるシャレアへと足を踏み入れていた。
街中は人通りが多くて賑やかだった。雰囲気は王都に近い感じだろうか。
けれど、入ってすぐにいくつも特徴的な点があることがわかる。
「おい見ろよセルビア、何か建物の色が全部違げえ!」
「本当ですね。何でこんなにカラフルなんでしょう?」
街並みを形成する建物を見てレベッカとそんなことを言い合う。
形はよくある三角屋根の木造建築だけど、壁や屋根が赤、黄色、緑、ピンクなど鮮やかな色に染められていた。
綺麗な外観だけど、何だか不思議な印象がある。
「確かどこかの研究所が『一瞬で家の壁を変色させる塗料』を開発したんじゃなかったかな。それがなぜか住民の間で流行したって話だよ」
と、これは解説役のハルクさんの台詞。
何でもこの街は魔術研究者が多いため、実験品が街中に溢れかえっているそうだ。
住民たちもそれを面白がって使うような人が多いらしい。
「――さあさあシャレア名物『黄金ニンジン』や『ルナティックメタル』はいかがかな? ちょっと値は張るけどお土産にはぴったりだよー!」
露店のほうから呼び込みの声が聞こえてくる。
確かにそこには黄金に輝く巨大なニンジンと、青色に輝く不思議な石が並んでいる。
「見てくださいハルクさん! 何だか魔術都市っぽいものが売ってます!」
「ああ、あれは観光客を釣るためのぼったくり商品だよ。黄金ニンジンは原価百ユール未満だし、青い石は実験の端材を砕いてまぶしてあるだけ」
「えっ、そ、そうなんですか?」
黄金ニンジンもルナティックストーンも相当高値がつけられている。
「この街で開発されたものだから、観光客は案外騙されちゃうんだよね」
「な、なぜそんな阿漕な商売を……!」
「研究費用を稼ぐためだよ。この街の研究者はお金のかかる実験なんかもするから、ああやって資金を調達してるのさ」
ハルクさんの言葉が聞こえたのか、店主は露骨に視線を逸らして口笛を吹き始めた。
どうやら確信犯のようだ。
「どこにでもセコい商売するやつはいるもんだな……」
「あ、あはは……」
メタルニアにいた頃はワルド商会にさんざんいいようにされていたレベッカがそんな感想を言っていた。
と、そんなやり取りはあったものの街中を見物するのは楽しかった。
さすがは魔術都市というべきか、他では見られないようなものもたくさんあったからだ。
魔術で作り出した映像で行う演劇、味が途中で変化する虹色のジュース、新種の魔物(ハルクさんいわく人工的に作り出した合成獣らしい)を用いたサーカスなどなど。
さすが魔術都市だ。他では見られないような娯楽や品物が目白押しである。
「楽しい街ですね、ハルクさん!」
「うーん……」
「どうかしたんですか?」
隣を歩くハルクさんに言うと、ハルクさんはなぜか腑に落ちないというような表情で首を傾げた。
「いや、まあ、他の街よりは賑やかだけど……普段のこの街はもっと人が多いはずなんだけどなあ」
「これでですか」
意外な言葉に目を瞬かせる。私からすると今日の様子でもかなり賑わっていると思うんですが。
「僕の勘違いかもしれないけどね。最後に僕がここに来たのも五年くらい前のことだし」
ハルクさんはそう言って苦笑した。
そんな感じで街を移動していくと、ふとレベッカが声を上げる。
「ん? 何だありゃ」
レベッカの視線の先には何やら行列ができていた。
何かのお店、というわけでもなさそうだけど。……何だろう?
「ハルクさん、あの行列が何か知ってますか?」
「【ゲート】南口……いや、わからないな。僕が前に来たときはあんなものなかった気がするけどなあ」
ハルクさんが首を傾げている。
とりあえず聞いてみよう。
「すみません、これって何の行列なんですか?」
「ああ、お嬢ちゃんこの街は初めてかい? これは『ワープゲート』だよ。街中を一瞬で移動できる魔法の扉みたいなものさ」
「そんなものがあるんですか!?」
最後尾に並んでいた女性に尋ねてみると、何だかとんでもないことを聞かされた。
街中を一瞬で移動できる魔法の扉? そんなもの聞いたこともない。
「数年前までなかったんだけど、魔術学者のオズワルド様が作ってくれたんだよ。おかげで街中をあちこち移動しやすくなって助かってるよ」
魔術学者のオズワルド様、という名前には聞き覚えがあり過ぎる。
「レベッカ。確か私たちが会いに来た方の名前って……」
「オズワルド、だったよな」
ハルクさん宛に届いた手紙の差出人はその人物だったはずだ。
となると、もしかして例の知り合いって相当に凄い人物なのでは?
「なんだい、あんたらオズワルド様の知り合いなのかい? それじゃあこんな便利なものを作ってくれてありがとうって伝えておいておくれよ」
「わ、わかりました」
そんなやり取りのあと、私たちもせっかくなので並んでみることに。
しばらくすると建物の中に入れた。
「あれがワープゲートか」
「何だか不思議な見た目ですね」
レベッカの言う通り、青い光を放つ不思議な扉が四つ並んでいる。
扉の前には看板が立ち、それぞれ『第一学院前』『第二学院前』『賢者広場』『英雄広場』となっていた。
ゲートの繋がる先を書いてあるようだ。
「この中だと……『賢者広場』が近いかな」
ハルクさんの指示で並ぶ扉を決める。
「今更なんですけど、私たちってどこに向かってるんでしたっけ」
「僕の屋敷だよ」
「そうですか。ハルクさんの屋敷で――えっ?」
私とレベッカが同時に振り向く。
「あれ、言ってなかったっけ。この街、僕の家があるんだよ。……といっても、まあ住んでたわけじゃないんだけど」
ハルクさんいわく。
何でもこの街に数年前来たとき、とある『功績』を上げた。
そしてその褒美としてこの街のトップからじきじきに屋敷を与えられたそうだ。
ハルクさんは固辞したけど、結局は押し切られてしまったんだとか。
現在はハルクさんの代わりに知り合いが住み込みで管理してくれているらしい。
「ちなみに屋敷を管理してくれてる知り合いっていうのがオズワルドだよ」
「な、なるほど……」
「それでハルクの屋敷に向かうって話になるわけか」
「そういうこと」
私とレベッカの言葉にハルクさんが頷いた。
ハルクさんの屋敷に行けば私たちの目的の人物にも会えるということらしい。
「……ちなみに、ハルクさんが成し遂げた功績というのは何だったんですか?」
「あ、ほら僕たちの番だよ。いやあワープゲートなんて初めてだから新鮮だなあ」
「ハルクさん、聞こえてますよね? ハルクさん?」
何気なく口にした質問はハルクさんにさらっと流されてしまった。
どうもこの街に来てから特定の話題がハルクさんに流されてしまっているような。
まあ、教えてくれないってことは知らなくていいってことなんだろうけど……
わずかな疑問を感じつつもワープゲートをくぐる。
すると不思議な酩酊感が襲ってきて――気付いたら別の場所に立っていた。
建物を出ると、目の前に広がっているのは大通りではなく広場である。
『賢者広場』の名前の通り、広場の真ん中には杖を持った老人の銅像が立っている。
あれがおそらくこの街を作ったという『賢者』なんだろう。
「おお……本当に一瞬で移動したな」
「そうだね。オズワルドも便利なものを作ったなあ」
感心したようにレベッカとハルクさんがそんなことを言っている。
「さて行こうか。僕の屋敷はもうすぐだよ」
「「はーい」」
ハルクさんの後に続き、私たちは移動を再開するのだった。
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