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変わったこと
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人を殺す才能がある。
俺――フォード・レオニスはかつて魔術の師匠にそう言われた。
俺が使える魔術は鋼鉄の刃を生み出し、操るものだ。その性質上、戦争くらいでしか役に立たない。
だが、それでいい。
レオニス家は武勇に優れた初代国王の弟を起源とする家だ。
高い魔力を持つ人間は銀髪碧眼を持って生まれ、将来を期待される。若いうちは騎士として現場を経験し、その後は軍事にかかわるポストにつく……
そういったレオニス家の人間が通る道を、順当に俺もなぞっている。
唯一問題があったとすれば、先代が病によって早く当主の座を引いたことだろう。おかげで俺は二十代の前半という異例の若さで当主の仕事も任された。
騎士団の副団長と公爵家当主を兼ねる生活は多忙きわまる。見た目のわりに有能な従者がいなければ、とても成り立たないだろう。
公爵家当主となれば妻を取るのは当然の義務だが、見合いをするような暇さえなかった。
そんな中、妹のナイアの結婚が決まった。
ナイアは内気で心優しい少女だった。愛のない結婚だというのに、文句ひとつ言わずに受け入れた。
どろどろの権力闘争が収まるならいいことですね、と微笑んでみせたものだ。
――そして、妹の人生は思い出すのも忌まわしい事件によってめちゃくちゃにされた。
当時の俺はナイアの夫の生家を怒りのままに潰した。騎士団副団長としての権限を使ってあの家の悪事をすべて調べ上げ、逃げ道を潰したうえでレオニス家を乗っ取ろうとしたことを追求した。
結果、あの家は滅んだ。
そして俺を突き動かしていた衝動は消え失せた。
その後の俺を動かしていたのは、ナイアの娘であるアイリスだ。彼女に両親の死の真相を伝え、俺を断罪させる。
そのために俺は生きてきたようなものだ。
だが、ミリーリアはそんな俺を否定した。
『フォード様は責任の取り方を間違っています。アイリスの両親を奪ったとおっしゃるなら、代わりを務めるのが普通ではありませんか。アイリスを幸せにするのがフォード様の役目のはずです』
自分で言うのも何だが、俺には高い魔力がある。この国で俺と戦って生き残れる人間など、数えるほどしかいないだろう。
だが、ミリーリアは俺を否定した。
正面から、俺の魔術を向けられてなお反論してきたのだ。
そんなことができる人間などいなかった。
そしてそんなミリーリアの言葉だからこそ俺の心の奥を揺さぶった。
本当に、大した女だと思う。俺と対峙しておきながら怯えない人間など、戦争でも見たことがない。さすがは“万能の聖女”と言ったところか。
……いや、あれはアイリス絡みだから気合が入っていただけか?
やはりよくわからん。
確かなのは、ミリーリアとのやり取りによって、俺の心情に変化があったということで――
「あるちゃん、こっちですよ」
『わう』
「……」
「……あ」
そんなことを考えていたら、半透明の子犬を連れたアイリスと出くわした。
珍しいことにミリーリアと一緒ではない。
そういえばミリーリアは教会に用があると言っていたか?
「……こ、こんにちは、おじさま」
ミリーリアに嵌められたせいで、俺がアイリスを嫌っていないことが本人に知られた。
俺は結局、あの後アイリスに釈明をしていない。
アイリスの瞳にはこれまでと同じあきらめのようなものがありつつ、わずかに期待が混ざっているのがわかった。
……仕方ない。
「その犬は精霊か?」
俺が言うと、アイリスはぱあっと表情を輝かせた。
「は、はい! あるちゃんといって、せいれいですけど、さわれます。わたしの、おともだちです」
「アル、というのか。変わった精霊だな」
「せいれいおう、なので、ほかのせいれいとはちがうといっていました」
精霊王。確か老精霊のさらに上の存在だったか?
報告は聞いているが、実際に見てみると本当に不思議な存在だ。
「おじさま、よかったら、あるちゃんをだっこしますか?」
「……遠慮しておこう」
「そうですか……」
悲しそうに視線を下げるアイリス。明らかに寂しそうな姿に罪悪感を覚える。
今まではそれでもアイリスを無視して立ち去っていたが……
俺は身を低くし、アルの頭を撫でた。
確かに毛皮のような感触だ。精霊は神聖魔力の塊で、普通触ることはできないはずなんだがな。本当にどうなっているんだ、この精霊は。
「柔らかい。本物の動物のようだ」
「はい! あるちゃんは、ふかふかで、なでるととてもきもちいいです!」
嬉しそうにうなずくアイリス。アルの魅力を共有できたことが嬉しいのもあるだろうが、俺と会話できたことへの喜びが伝わってくる。
「……今まで、すまなかった」
「え?」
きょとんとした顔で聞き返すアイリス。
「俺はお前にずっと冷たくしていただろう。悪いことをした」
五歳の子どもに言っても困らせるだけの言葉だ。だが、俺はほとんど無意識に懺悔を口にしていた。
アイリスは困ったような顔をすると、おずおずと俺に近付き、ぎゅっと服の肩辺りを掴んだ。
「おじさまは、わたしのことがきらいでは、ないんですよね?」
「ああ」
「じゃあ……これからは、いまみたいに、わたしともおはなししてくれますか?」
不安そうに大きな青い瞳が俺を見上げてくる。俺の服を掴む手は震えていた。罪悪感に心臓が絞られるかのようだ。
「……ああ、誓う。もうお前に酷いことはしない」
「……!」
アイリスは、大輪の花が咲くような笑みを浮かべた。
その笑顔は昔ナイアが幼い頃に見せたものとよく似ているが、どこか違ったもので。
当然だ。
ここにいるのはアイリスであり、今は亡き俺の妹ではない。
俺はこの少女を罪悪感の象徴ではなく、ただのアイリスとして見なくてはならないのだ。
「何かしてほしいことがあれば遠慮なく言え。可能な限り叶えよう」
「はい!」
「……悪いが仕事が溜まっている。また後で」
「あとでまた、おはなししてくれるんですか!?」
「………………、時間を作ろう」
俺が言うと、やはりアイリスは嬉しそうに笑うのだった。
数時間後、執務室にて。
「あれ? フォード様、今日はいつにも増して仕事速くないですか!?」
「気のせいだろう」
「いや、明らかにいつもより効率いいですよ! 何かいいことでもあったんですか?」
「特に思い当たることはないな」
しきりに不思議がる従者を適当に受け流しながら、その日俺はかつてない速度で仕事を片付けることができたのだった。
俺――フォード・レオニスはかつて魔術の師匠にそう言われた。
俺が使える魔術は鋼鉄の刃を生み出し、操るものだ。その性質上、戦争くらいでしか役に立たない。
だが、それでいい。
レオニス家は武勇に優れた初代国王の弟を起源とする家だ。
高い魔力を持つ人間は銀髪碧眼を持って生まれ、将来を期待される。若いうちは騎士として現場を経験し、その後は軍事にかかわるポストにつく……
そういったレオニス家の人間が通る道を、順当に俺もなぞっている。
唯一問題があったとすれば、先代が病によって早く当主の座を引いたことだろう。おかげで俺は二十代の前半という異例の若さで当主の仕事も任された。
騎士団の副団長と公爵家当主を兼ねる生活は多忙きわまる。見た目のわりに有能な従者がいなければ、とても成り立たないだろう。
公爵家当主となれば妻を取るのは当然の義務だが、見合いをするような暇さえなかった。
そんな中、妹のナイアの結婚が決まった。
ナイアは内気で心優しい少女だった。愛のない結婚だというのに、文句ひとつ言わずに受け入れた。
どろどろの権力闘争が収まるならいいことですね、と微笑んでみせたものだ。
――そして、妹の人生は思い出すのも忌まわしい事件によってめちゃくちゃにされた。
当時の俺はナイアの夫の生家を怒りのままに潰した。騎士団副団長としての権限を使ってあの家の悪事をすべて調べ上げ、逃げ道を潰したうえでレオニス家を乗っ取ろうとしたことを追求した。
結果、あの家は滅んだ。
そして俺を突き動かしていた衝動は消え失せた。
その後の俺を動かしていたのは、ナイアの娘であるアイリスだ。彼女に両親の死の真相を伝え、俺を断罪させる。
そのために俺は生きてきたようなものだ。
だが、ミリーリアはそんな俺を否定した。
『フォード様は責任の取り方を間違っています。アイリスの両親を奪ったとおっしゃるなら、代わりを務めるのが普通ではありませんか。アイリスを幸せにするのがフォード様の役目のはずです』
自分で言うのも何だが、俺には高い魔力がある。この国で俺と戦って生き残れる人間など、数えるほどしかいないだろう。
だが、ミリーリアは俺を否定した。
正面から、俺の魔術を向けられてなお反論してきたのだ。
そんなことができる人間などいなかった。
そしてそんなミリーリアの言葉だからこそ俺の心の奥を揺さぶった。
本当に、大した女だと思う。俺と対峙しておきながら怯えない人間など、戦争でも見たことがない。さすがは“万能の聖女”と言ったところか。
……いや、あれはアイリス絡みだから気合が入っていただけか?
やはりよくわからん。
確かなのは、ミリーリアとのやり取りによって、俺の心情に変化があったということで――
「あるちゃん、こっちですよ」
『わう』
「……」
「……あ」
そんなことを考えていたら、半透明の子犬を連れたアイリスと出くわした。
珍しいことにミリーリアと一緒ではない。
そういえばミリーリアは教会に用があると言っていたか?
「……こ、こんにちは、おじさま」
ミリーリアに嵌められたせいで、俺がアイリスを嫌っていないことが本人に知られた。
俺は結局、あの後アイリスに釈明をしていない。
アイリスの瞳にはこれまでと同じあきらめのようなものがありつつ、わずかに期待が混ざっているのがわかった。
……仕方ない。
「その犬は精霊か?」
俺が言うと、アイリスはぱあっと表情を輝かせた。
「は、はい! あるちゃんといって、せいれいですけど、さわれます。わたしの、おともだちです」
「アル、というのか。変わった精霊だな」
「せいれいおう、なので、ほかのせいれいとはちがうといっていました」
精霊王。確か老精霊のさらに上の存在だったか?
報告は聞いているが、実際に見てみると本当に不思議な存在だ。
「おじさま、よかったら、あるちゃんをだっこしますか?」
「……遠慮しておこう」
「そうですか……」
悲しそうに視線を下げるアイリス。明らかに寂しそうな姿に罪悪感を覚える。
今まではそれでもアイリスを無視して立ち去っていたが……
俺は身を低くし、アルの頭を撫でた。
確かに毛皮のような感触だ。精霊は神聖魔力の塊で、普通触ることはできないはずなんだがな。本当にどうなっているんだ、この精霊は。
「柔らかい。本物の動物のようだ」
「はい! あるちゃんは、ふかふかで、なでるととてもきもちいいです!」
嬉しそうにうなずくアイリス。アルの魅力を共有できたことが嬉しいのもあるだろうが、俺と会話できたことへの喜びが伝わってくる。
「……今まで、すまなかった」
「え?」
きょとんとした顔で聞き返すアイリス。
「俺はお前にずっと冷たくしていただろう。悪いことをした」
五歳の子どもに言っても困らせるだけの言葉だ。だが、俺はほとんど無意識に懺悔を口にしていた。
アイリスは困ったような顔をすると、おずおずと俺に近付き、ぎゅっと服の肩辺りを掴んだ。
「おじさまは、わたしのことがきらいでは、ないんですよね?」
「ああ」
「じゃあ……これからは、いまみたいに、わたしともおはなししてくれますか?」
不安そうに大きな青い瞳が俺を見上げてくる。俺の服を掴む手は震えていた。罪悪感に心臓が絞られるかのようだ。
「……ああ、誓う。もうお前に酷いことはしない」
「……!」
アイリスは、大輪の花が咲くような笑みを浮かべた。
その笑顔は昔ナイアが幼い頃に見せたものとよく似ているが、どこか違ったもので。
当然だ。
ここにいるのはアイリスであり、今は亡き俺の妹ではない。
俺はこの少女を罪悪感の象徴ではなく、ただのアイリスとして見なくてはならないのだ。
「何かしてほしいことがあれば遠慮なく言え。可能な限り叶えよう」
「はい!」
「……悪いが仕事が溜まっている。また後で」
「あとでまた、おはなししてくれるんですか!?」
「………………、時間を作ろう」
俺が言うと、やはりアイリスは嬉しそうに笑うのだった。
数時間後、執務室にて。
「あれ? フォード様、今日はいつにも増して仕事速くないですか!?」
「気のせいだろう」
「いや、明らかにいつもより効率いいですよ! 何かいいことでもあったんですか?」
「特に思い当たることはないな」
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