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フォードの真意
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「……」
「……」
現在私とフォードはフォードの私室からつながるバルコニーで、丸テーブルを囲んで向かい合っている。
なぜこんなことになったかは簡単で、フォードが私をここに連行したからだ。
私が原作準拠モードで悪女ムーブをかまし、アイリスの前でフォードの本音を引き出すことに成功した後、フォードは「ちょっと来い」と私の首根っこを掴んでここに引きずってきたのだ。
フォードの私室の一部であるここには、私とフォードの二人きり。
当然さっきまでのように、物陰からリタやケビンが見ていたりもしない。
二人きり+さっき言いたい放題言った私+怒っているはずのフォード(剣術と魔術のエキスパート。実戦経験豊富)=?
……まずい。お説教では済まない流れにしか見えない。
と、とにかく先に伝えることは伝えてしまおう。フォードが表面上は冷静に見える今のうちに!
「フォード様」
「何だ」
「先ほどアイリスをノクトール家に連れて行って精神をどうこうという話ですが、嘘です。私はアイリスの優しさは美点だと思いますし、そもそもアイリスに酷いことはしません。さっきの態度は演技です」
アイリスの人格を改造する? 私が?
ないない。あの可愛くて優しくて頑張り屋のアイリスの人格に、変えるべき点なんてあるはずがないわ。
フォードが自嘲気味に言った。
「……だろうな。日頃のお前の態度を思えば、アイリスを溺愛しているのは明らかだ。だというのに、俺は惑わされた。“万能の聖女”は演技も得意か」
「いやあ……あれは例外と言いますか……」
何しろモデルがあったわけだし。原作でミリーリアが描写されるシーンは少ないけど、想像でやるよりは解像度が高かっただろう。
「また、無礼な態度を取ったことも謝罪いたします。申し訳ありませんでした」
「そう思うならアイリスにさっきの件を誤魔化しておけ」
「え? 嫌ですけど」
「……」
半眼で睨まれたので笑顔で跳ね返す。
「私が何のためにフォード様に無礼な態度を取ったとお思いですか。アイリスにあなたの本音を聞かせるためですよ。誤魔化せば私のしたことは無駄になります」
「アイリスのためだ」
「アイリスに冷たくすることの、どこがアイリスのためになるのですか? フォード様はアイリスを大切に思っているとおっしゃったではありませんか」
「……はぁ」
フォードは溜め息を吐き、語り始めた。
「お前はどこまで知っている?」
「う、うーん……アイリスのご両親が亡くなっていること、くらいでしょうか」
本当はもっと知っているんだけど、どこで知ったのか説明できないのよね。
「アイリスの母親――つまり俺の妹は、その夫によって人生をくるわされた」
そう告げたフォードの声には憎しみが宿っていた。
そこからフォードは事情を明かす。
聞かされた内容は、やっぱり私が知っていた通りのものだった。
ナイア・レオニス。
アイリスの母親にしてフォードの妹であるその女性は、キリルという名の男性と結婚した。政略結婚で、レオニス家と敵対派閥だった他の貴族が、関係改善のために家の人間を婿養子に出してきたのだ。
ナイアとキリルの間に娘ができ、それがアイリスだった。
よくある貴族の結婚。
でも、これには裏があった。
「あの男はレオニス家に細工をするための人間だった。ナイア伝いに当主である俺を魔道具で操り、レオニス家を傀儡にしようとしていた」
キリルの名前すら呼びたくないのか、フォードはそんな言い方をする。
キリルはレオニス家にある魔道具を持ち込んだ。
それは洗脳の魔道具だ。
存在すら認知されていない、強力で邪悪な魔道具。それを用いてまずキリルはナイアを自分に徹底的に惚れさせた。そしてナイアに命じ、その魔道具でフォードも洗脳しようとした。
しかしフォードは異常に気付き、キリルを問い詰めた。
その時に自らの企みを暴かれたキリルは自ら命を絶ったそうだ。
フォードは先代当主に話をつけたうえで、キリルを寄越した家を徹底的に追及した。子息を利用して名門レオニス家を乗っ取ろうとした家に未来があるはずもない。
当主は処刑、さらに家は貴族社会から抹消された。
当時のフォードの様子を想像すると、背筋が凍るわね……きっとさっきの廊下での時以上に殺気を放ちながら、淡々と相手の家を潰したに違いない。
「あの男を送り込んだ家を叩き、悪の根本は断った。しかしナイアの洗脳は解けなかった。魔道具に込められていたのは聖女でも持て余すような、強力な呪いだ。ナイアはあの男に心酔したままで、そんな自分に強い嫌悪感を覚えていた」
血を吐くように、フォードはそう告げる。
ナイアの末路。
それは夫であるキリルの後追いという最悪のものだった。
ナイアにキリルへの愛はなかった。もともと政略結婚のうえ、魔道具まで使ってレオニス家を乗っ取ろうとしたのだ。けれど、魔道具によって与えられた偽りの感情が彼女を壊してしまったのだ。
「俺はあの男の企みに気付けなかった。ナイアを守れたのは俺だけだというのに。俺がナイアを殺したようなものだ」
フォードの表情は普段と変わらないように見える。
けれどテーブルの上に置かれた手がきつく握りしめられ、皮膚が破れて血が滲んでいる。
フォードがどれほど悔いているのか一目でわかる。
……うん。
やっぱり重いわね、フォードの過去……
政敵の罠にかけられ、大切な妹が壊れていくのを間近で見続ける。
私だったら耐えられないわよ、こんなの……
「……」
現在私とフォードはフォードの私室からつながるバルコニーで、丸テーブルを囲んで向かい合っている。
なぜこんなことになったかは簡単で、フォードが私をここに連行したからだ。
私が原作準拠モードで悪女ムーブをかまし、アイリスの前でフォードの本音を引き出すことに成功した後、フォードは「ちょっと来い」と私の首根っこを掴んでここに引きずってきたのだ。
フォードの私室の一部であるここには、私とフォードの二人きり。
当然さっきまでのように、物陰からリタやケビンが見ていたりもしない。
二人きり+さっき言いたい放題言った私+怒っているはずのフォード(剣術と魔術のエキスパート。実戦経験豊富)=?
……まずい。お説教では済まない流れにしか見えない。
と、とにかく先に伝えることは伝えてしまおう。フォードが表面上は冷静に見える今のうちに!
「フォード様」
「何だ」
「先ほどアイリスをノクトール家に連れて行って精神をどうこうという話ですが、嘘です。私はアイリスの優しさは美点だと思いますし、そもそもアイリスに酷いことはしません。さっきの態度は演技です」
アイリスの人格を改造する? 私が?
ないない。あの可愛くて優しくて頑張り屋のアイリスの人格に、変えるべき点なんてあるはずがないわ。
フォードが自嘲気味に言った。
「……だろうな。日頃のお前の態度を思えば、アイリスを溺愛しているのは明らかだ。だというのに、俺は惑わされた。“万能の聖女”は演技も得意か」
「いやあ……あれは例外と言いますか……」
何しろモデルがあったわけだし。原作でミリーリアが描写されるシーンは少ないけど、想像でやるよりは解像度が高かっただろう。
「また、無礼な態度を取ったことも謝罪いたします。申し訳ありませんでした」
「そう思うならアイリスにさっきの件を誤魔化しておけ」
「え? 嫌ですけど」
「……」
半眼で睨まれたので笑顔で跳ね返す。
「私が何のためにフォード様に無礼な態度を取ったとお思いですか。アイリスにあなたの本音を聞かせるためですよ。誤魔化せば私のしたことは無駄になります」
「アイリスのためだ」
「アイリスに冷たくすることの、どこがアイリスのためになるのですか? フォード様はアイリスを大切に思っているとおっしゃったではありませんか」
「……はぁ」
フォードは溜め息を吐き、語り始めた。
「お前はどこまで知っている?」
「う、うーん……アイリスのご両親が亡くなっていること、くらいでしょうか」
本当はもっと知っているんだけど、どこで知ったのか説明できないのよね。
「アイリスの母親――つまり俺の妹は、その夫によって人生をくるわされた」
そう告げたフォードの声には憎しみが宿っていた。
そこからフォードは事情を明かす。
聞かされた内容は、やっぱり私が知っていた通りのものだった。
ナイア・レオニス。
アイリスの母親にしてフォードの妹であるその女性は、キリルという名の男性と結婚した。政略結婚で、レオニス家と敵対派閥だった他の貴族が、関係改善のために家の人間を婿養子に出してきたのだ。
ナイアとキリルの間に娘ができ、それがアイリスだった。
よくある貴族の結婚。
でも、これには裏があった。
「あの男はレオニス家に細工をするための人間だった。ナイア伝いに当主である俺を魔道具で操り、レオニス家を傀儡にしようとしていた」
キリルの名前すら呼びたくないのか、フォードはそんな言い方をする。
キリルはレオニス家にある魔道具を持ち込んだ。
それは洗脳の魔道具だ。
存在すら認知されていない、強力で邪悪な魔道具。それを用いてまずキリルはナイアを自分に徹底的に惚れさせた。そしてナイアに命じ、その魔道具でフォードも洗脳しようとした。
しかしフォードは異常に気付き、キリルを問い詰めた。
その時に自らの企みを暴かれたキリルは自ら命を絶ったそうだ。
フォードは先代当主に話をつけたうえで、キリルを寄越した家を徹底的に追及した。子息を利用して名門レオニス家を乗っ取ろうとした家に未来があるはずもない。
当主は処刑、さらに家は貴族社会から抹消された。
当時のフォードの様子を想像すると、背筋が凍るわね……きっとさっきの廊下での時以上に殺気を放ちながら、淡々と相手の家を潰したに違いない。
「あの男を送り込んだ家を叩き、悪の根本は断った。しかしナイアの洗脳は解けなかった。魔道具に込められていたのは聖女でも持て余すような、強力な呪いだ。ナイアはあの男に心酔したままで、そんな自分に強い嫌悪感を覚えていた」
血を吐くように、フォードはそう告げる。
ナイアの末路。
それは夫であるキリルの後追いという最悪のものだった。
ナイアにキリルへの愛はなかった。もともと政略結婚のうえ、魔道具まで使ってレオニス家を乗っ取ろうとしたのだ。けれど、魔道具によって与えられた偽りの感情が彼女を壊してしまったのだ。
「俺はあの男の企みに気付けなかった。ナイアを守れたのは俺だけだというのに。俺がナイアを殺したようなものだ」
フォードの表情は普段と変わらないように見える。
けれどテーブルの上に置かれた手がきつく握りしめられ、皮膚が破れて血が滲んでいる。
フォードがどれほど悔いているのか一目でわかる。
……うん。
やっぱり重いわね、フォードの過去……
政敵の罠にかけられ、大切な妹が壊れていくのを間近で見続ける。
私だったら耐えられないわよ、こんなの……
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