上 下
27 / 29

フォードの真意

しおりを挟む
「……」

「……」

 現在私とフォードはフォードの私室からつながるバルコニーで、丸テーブルを囲んで向かい合っている。

 なぜこんなことになったかは簡単で、フォードが私をここに連行したからだ。
 私が原作準拠モードで悪女ムーブをかまし、アイリスの前でフォードの本音を引き出すことに成功した後、フォードは「ちょっと来い」と私の首根っこを掴んでここに引きずってきたのだ。

 フォードの私室の一部であるここには、私とフォードの二人きり。
 当然さっきまでのように、物陰からリタやケビンが見ていたりもしない。


 二人きり+さっき言いたい放題言った私+怒っているはずのフォード(剣術と魔術のエキスパート。実戦経験豊富)=?


 ……まずい。お説教では済まない流れにしか見えない。

 と、とにかく先に伝えることは伝えてしまおう。フォードが表面上は冷静に見える今のうちに!

「フォード様」

「何だ」

「先ほどアイリスをノクトール家に連れて行って精神をどうこうという話ですが、嘘です。私はアイリスの優しさは美点だと思いますし、そもそもアイリスに酷いことはしません。さっきの態度は演技です」

 アイリスの人格を改造する? 私が?
 ないない。あの可愛くて優しくて頑張り屋のアイリスの人格に、変えるべき点なんてあるはずがないわ。
 フォードが自嘲気味に言った。

「……だろうな。日頃のお前の態度を思えば、アイリスを溺愛しているのは明らかだ。だというのに、俺は惑わされた。“万能の聖女”は演技も得意か」

「いやあ……あれは例外と言いますか……」

 何しろモデルがあったわけだし。原作でミリーリアが描写されるシーンは少ないけど、想像でやるよりは解像度が高かっただろう。

「また、無礼な態度を取ったことも謝罪いたします。申し訳ありませんでした」

「そう思うならアイリスにさっきの件を誤魔化しておけ」

「え? 嫌ですけど」

「……」

 半眼で睨まれたので笑顔で跳ね返す。

「私が何のためにフォード様に無礼な態度を取ったとお思いですか。アイリスにあなたの本音を聞かせるためですよ。誤魔化せば私のしたことは無駄になります」

「アイリスのためだ」

「アイリスに冷たくすることの、どこがアイリスのためになるのですか? フォード様はアイリスを大切に思っているとおっしゃったではありませんか」

「……はぁ」

 フォードは溜め息を吐き、語り始めた。

「お前はどこまで知っている?」

「う、うーん……アイリスのご両親が亡くなっていること、くらいでしょうか」

 本当はもっと知っているんだけど、どこで知ったのか説明できないのよね。

「アイリスの母親――つまり俺の妹は、その夫によって人生をくるわされた」

 そう告げたフォードの声には憎しみが宿っていた。

 そこからフォードは事情を明かす。
 聞かされた内容は、やっぱり私が知っていた通りのものだった。

 ナイア・レオニス。
 アイリスの母親にしてフォードの妹であるその女性は、キリルという名の男性と結婚した。政略結婚で、レオニス家と敵対派閥だった他の貴族が、関係改善のために家の人間を婿養子に出してきたのだ。

 ナイアとキリルの間に娘ができ、それがアイリスだった。
 よくある貴族の結婚。
 でも、これには裏があった。

「あの男はレオニス家に細工をするための人間だった。ナイア伝いに当主である俺を魔道具で操り、レオニス家を傀儡にしようとしていた」

 キリルの名前すら呼びたくないのか、フォードはそんな言い方をする。

 キリルはレオニス家にある魔道具を持ち込んだ。
 それは洗脳の魔道具だ。
 存在すら認知されていない、強力で邪悪な魔道具。それを用いてまずキリルはナイアを自分に徹底的に惚れさせた。そしてナイアに命じ、その魔道具でフォードも洗脳しようとした。

 しかしフォードは異常に気付き、キリルを問い詰めた。
 その時に自らの企みを暴かれたキリルは自ら命を絶ったそうだ。

 フォードは先代当主に話をつけたうえで、キリルを寄越した家を徹底的に追及した。子息を利用して名門レオニス家を乗っ取ろうとした家に未来があるはずもない。

 当主は処刑、さらに家は貴族社会から抹消された。

 当時のフォードの様子を想像すると、背筋が凍るわね……きっとさっきの廊下での時以上に殺気を放ちながら、淡々と相手の家を潰したに違いない。

「あの男を送り込んだ家を叩き、悪の根本は断った。しかしナイアの洗脳は解けなかった。魔道具に込められていたのは聖女でも持て余すような、強力な呪いだ。ナイアはあの男に心酔したままで、そんな自分に強い嫌悪感を覚えていた」

 血を吐くように、フォードはそう告げる。

 ナイアの末路。
 それは夫であるキリルの後追いという最悪のものだった。

 ナイアにキリルへの愛はなかった。もともと政略結婚のうえ、魔道具まで使ってレオニス家を乗っ取ろうとしたのだ。けれど、魔道具によって与えられた偽りの感情が彼女を壊してしまったのだ。

「俺はあの男の企みに気付けなかった。ナイアを守れたのは俺だけだというのに。俺がナイアを殺したようなものだ」

 フォードの表情は普段と変わらないように見える。
 けれどテーブルの上に置かれた手がきつく握りしめられ、皮膚が破れて血が滲んでいる。
 フォードがどれほど悔いているのか一目でわかる。

 ……うん。
 やっぱり重いわね、フォードの過去……

 政敵の罠にかけられ、大切な妹が壊れていくのを間近で見続ける。
 私だったら耐えられないわよ、こんなの……
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。

火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。 王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。 そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。 エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。 それがこの国の終わりの始まりだった。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

私を侮辱する婚約者は早急に婚約破棄をしましょう。

しげむろ ゆうき
恋愛
私の婚約者は編入してきた男爵令嬢とあっという間に仲良くなり、私を侮辱しはじめたのだ。 だから、私は両親に相談して婚約を解消しようとしたのだが……。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...