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全然予想がつかない主
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「そろそろ手紙を書かないと」
私――レオニス家のメイドであるリタ・ミネットはそう思った。
手紙。そう、手紙だ。
私には故郷に妹が二人、弟が三人いる。
一人で子どもたちを育てる母親があまりに大変そうで、私は故郷の領主の館に雑用係として奉公していた。そしてそこでの働きぶりが認められ、親戚だという大貴族、レオニスに紹介されて今に至る。
この勤め先は給金がいい。
普通の平民は年に二百万~三百万ユール程度稼ぐものだけど、私はその一・五倍ほど稼いでいる。元々ただの村娘だった私にとっては夢のようだ。
本来こういった職場で使用人として働くのは、貴族に生まれて教育をしっかり受けた令嬢なんかが多い。
けれど私は最初の勤め先でありがたいことに教育を受けさせてもらえたから、読み書き計算、礼儀作法なんかもそれなりにこなせる。
おかげで虐められたりもしなかった。
もろもろ不満のない職場だけど、たまに家族に会えずに寂しい気分になることもある。なので定期的に故郷の家族と手紙のやり取りをしているのだ。
「書くことは……色々あるなあ……」
ミリーリア・ノクトール様。
新しく屋敷にやってきた旦那様の結婚相手だ。
最初この名前を聞いた時は震えた。レオニス家では有力貴族との食事会が開かれることもあるから、ここでメイドをやっているといろいろ情報が入ってくる。
そこでのミリーリア様の評判は最悪だった。
お付きの聖女候補を怒鳴りつけただの、気に入らないことがあるとすぐに権力に任せて罰を与えるだの……
そんな相手の付き人になることが決まった時、私は死を覚悟した。
ところが実際に会ってみたら……拍子抜けだ。
普通に優しい。
明るくておしゃべり好き。
突拍子のない行動もあるけど、終われば必ずねぎらいの言葉をかけてくれる。サルクト山地での登山の後にも、私や御者を務めた男性使用人にお礼と言ってお菓子を贈ってくれた。
悪女なんてとんでもない。ミリーリア様以上にワガママな令嬢なんてそこら中にいるだろう。
それどころか、レオニス家の使用人にはミリーリア様に感謝している者が多い。
今までのレオニス家は、いい職場ではあったけれど、どこか緊張感があった。おそらくフォード様の厳格な雰囲気が行き渡っていたためだろう。
けれどミリーリア様の型破りな行動が、屋敷全体を明るい雰囲気にしてくれている。
今ではミリーリア様の付き人になれてよかったと思う。
ミリーリア様はフォード様の姪であるアイリス様をたいそう気に入っているようで、その可愛がり方はちょっと気持ち悪……行き過ぎな気もするけど、差し引きでいい人だと思っている。
「『大変な時もあるけど、今の仕事はとても楽しいです』――っと。こんなところかな」
手紙を書き終える。
さて、そろそろ寝よう。
そう思っていると……
コンコン。
使用人用の部屋がノックされた。使用人部屋は二人一組で使うものだけど、人数の兼ね合いで私は一人で部屋を使わせてもらっている。今は夜なのでルームメイトがいれば気を遣っただろうけど、私は普通に扉を開けた。
「はーい」
「夜遅くごめんなさいね、リタ」
「ミリーリア様!?」
びっくりした。どうしてこの人がここに。
「どうかなさいましたか?」
「リタに話しておきたいことがあって……」
「ええと……よくわかりませんが、部屋にどうぞ」
何だか人目を気にしている風だったので、部屋の中に招き入れる。
「それでミリーリア様、どうしたんですか? 普段はもう寝ている時間かと思いましたが……アイリス様と一緒に」
ミリーリア様は寝る時いつもアイリス様と一緒である。理由を聞いたら、「え? こんな可愛い子と一緒に寝ないなんて有り得る?」と真顔で聞き返された。この人はどれだけアイリス様が好きなんだろうか。
「フッ、私を舐めないことねリタ。海を漂うわかめのような動きができれば、アイリスの眠るベッドから抜け出すことなど造作もないわ」
「海藻の真似事をする公爵夫人様というのは世間的にどうなんでしょうか……」
お顔立ちが素晴らしく整っているミリーリア様がやっていい所作ではない気がする。
話を進めよう。
「それで、一体どうなさったんですか? ミリーリア様」
「まず確認なんだけど、私が悪女って呼ばれているのは本当かしら?」
「ど、どこでそれを」
「他の使用人に言われたわ。『ミリーリア様は“噂と違って”お優しい人なのですね』って」
よりによって本人の前で言った人がいたようだ。
いや、まあ確かに私も最初の頃に同じことを思ったけど!
「あ、別に責めようとかいうんじゃないのよ。ただ、世間一般からの私の見られ方を確認したいだけで。絶対に怒ったりしないから、本当のところを教えてほしいの。大事なことだから」
「……そういった噂があることは事実です。私はミリーリア様を悪女だなんて思っていませんが」
「そう、ありがと。……でも、それなら好都合ね。悪女として有名なら説得力が出るし……」
「?」
ぶつぶつと言い出すミリーリア様。一体何を考えているんだろう?
「ミリーリア様はそれを確認しにいらっしゃったんですか?」
私が聞くと、ミリーリア様は気まずそうに視線をさまよわせた。
「いえ、本題はこれからよ。少し言いにくいんだけど……」
「大丈夫ですよ、ミリーリア様。私はミリーリア様付きのメイドです。ちょっとのことでは動じません」
そう、私はミリーリア様が来てからの日々で予想外のことには慣れっこなのだ。
「そ、そう? そうかしら?」
「ええ。どんとこいです」
ほっとした様子のミリーリア様は、こんなことを言った。
「よかったわ。『フォード様に離縁されるかもしれない』なんて言ったらどんな反応をするかと思ったけど……リタならこのくらい予想の範囲内よね」
「いや全然予想外ですけど!?」
この人何をするつもりなんですか!?
私――レオニス家のメイドであるリタ・ミネットはそう思った。
手紙。そう、手紙だ。
私には故郷に妹が二人、弟が三人いる。
一人で子どもたちを育てる母親があまりに大変そうで、私は故郷の領主の館に雑用係として奉公していた。そしてそこでの働きぶりが認められ、親戚だという大貴族、レオニスに紹介されて今に至る。
この勤め先は給金がいい。
普通の平民は年に二百万~三百万ユール程度稼ぐものだけど、私はその一・五倍ほど稼いでいる。元々ただの村娘だった私にとっては夢のようだ。
本来こういった職場で使用人として働くのは、貴族に生まれて教育をしっかり受けた令嬢なんかが多い。
けれど私は最初の勤め先でありがたいことに教育を受けさせてもらえたから、読み書き計算、礼儀作法なんかもそれなりにこなせる。
おかげで虐められたりもしなかった。
もろもろ不満のない職場だけど、たまに家族に会えずに寂しい気分になることもある。なので定期的に故郷の家族と手紙のやり取りをしているのだ。
「書くことは……色々あるなあ……」
ミリーリア・ノクトール様。
新しく屋敷にやってきた旦那様の結婚相手だ。
最初この名前を聞いた時は震えた。レオニス家では有力貴族との食事会が開かれることもあるから、ここでメイドをやっているといろいろ情報が入ってくる。
そこでのミリーリア様の評判は最悪だった。
お付きの聖女候補を怒鳴りつけただの、気に入らないことがあるとすぐに権力に任せて罰を与えるだの……
そんな相手の付き人になることが決まった時、私は死を覚悟した。
ところが実際に会ってみたら……拍子抜けだ。
普通に優しい。
明るくておしゃべり好き。
突拍子のない行動もあるけど、終われば必ずねぎらいの言葉をかけてくれる。サルクト山地での登山の後にも、私や御者を務めた男性使用人にお礼と言ってお菓子を贈ってくれた。
悪女なんてとんでもない。ミリーリア様以上にワガママな令嬢なんてそこら中にいるだろう。
それどころか、レオニス家の使用人にはミリーリア様に感謝している者が多い。
今までのレオニス家は、いい職場ではあったけれど、どこか緊張感があった。おそらくフォード様の厳格な雰囲気が行き渡っていたためだろう。
けれどミリーリア様の型破りな行動が、屋敷全体を明るい雰囲気にしてくれている。
今ではミリーリア様の付き人になれてよかったと思う。
ミリーリア様はフォード様の姪であるアイリス様をたいそう気に入っているようで、その可愛がり方はちょっと気持ち悪……行き過ぎな気もするけど、差し引きでいい人だと思っている。
「『大変な時もあるけど、今の仕事はとても楽しいです』――っと。こんなところかな」
手紙を書き終える。
さて、そろそろ寝よう。
そう思っていると……
コンコン。
使用人用の部屋がノックされた。使用人部屋は二人一組で使うものだけど、人数の兼ね合いで私は一人で部屋を使わせてもらっている。今は夜なのでルームメイトがいれば気を遣っただろうけど、私は普通に扉を開けた。
「はーい」
「夜遅くごめんなさいね、リタ」
「ミリーリア様!?」
びっくりした。どうしてこの人がここに。
「どうかなさいましたか?」
「リタに話しておきたいことがあって……」
「ええと……よくわかりませんが、部屋にどうぞ」
何だか人目を気にしている風だったので、部屋の中に招き入れる。
「それでミリーリア様、どうしたんですか? 普段はもう寝ている時間かと思いましたが……アイリス様と一緒に」
ミリーリア様は寝る時いつもアイリス様と一緒である。理由を聞いたら、「え? こんな可愛い子と一緒に寝ないなんて有り得る?」と真顔で聞き返された。この人はどれだけアイリス様が好きなんだろうか。
「フッ、私を舐めないことねリタ。海を漂うわかめのような動きができれば、アイリスの眠るベッドから抜け出すことなど造作もないわ」
「海藻の真似事をする公爵夫人様というのは世間的にどうなんでしょうか……」
お顔立ちが素晴らしく整っているミリーリア様がやっていい所作ではない気がする。
話を進めよう。
「それで、一体どうなさったんですか? ミリーリア様」
「まず確認なんだけど、私が悪女って呼ばれているのは本当かしら?」
「ど、どこでそれを」
「他の使用人に言われたわ。『ミリーリア様は“噂と違って”お優しい人なのですね』って」
よりによって本人の前で言った人がいたようだ。
いや、まあ確かに私も最初の頃に同じことを思ったけど!
「あ、別に責めようとかいうんじゃないのよ。ただ、世間一般からの私の見られ方を確認したいだけで。絶対に怒ったりしないから、本当のところを教えてほしいの。大事なことだから」
「……そういった噂があることは事実です。私はミリーリア様を悪女だなんて思っていませんが」
「そう、ありがと。……でも、それなら好都合ね。悪女として有名なら説得力が出るし……」
「?」
ぶつぶつと言い出すミリーリア様。一体何を考えているんだろう?
「ミリーリア様はそれを確認しにいらっしゃったんですか?」
私が聞くと、ミリーリア様は気まずそうに視線をさまよわせた。
「いえ、本題はこれからよ。少し言いにくいんだけど……」
「大丈夫ですよ、ミリーリア様。私はミリーリア様付きのメイドです。ちょっとのことでは動じません」
そう、私はミリーリア様が来てからの日々で予想外のことには慣れっこなのだ。
「そ、そう? そうかしら?」
「ええ。どんとこいです」
ほっとした様子のミリーリア様は、こんなことを言った。
「よかったわ。『フォード様に離縁されるかもしれない』なんて言ったらどんな反応をするかと思ったけど……リタならこのくらい予想の範囲内よね」
「いや全然予想外ですけど!?」
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