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爆発事故の真相
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「きたたびびとくのひとたち、だいじょうぶでしょうか……」
「一応、逃げ遅れた人はいないみたいだったけどね」
炊き出しの日から数日後、私とアイリスは王都を散策しがてら、北旅人区に向かっていた。
後でお父様から教えてもらった、北旅人区の爆発事故の理由。
それはある貴族が、北旅人区の女性を無理やりメイドとして雇ったことが発端だった。
……メイドといっても実態は“好き勝手にできる愛人”のような扱いだったらしいけど。
貴族の手口としては、まず女性の家族に口八丁でお金を貸し、借金を作らせる。それが膨らんだところで利子として女性を屋敷で働くよう勧誘。屋敷に連れて行き、半ば監禁のような形でアレやコレやする……みたいな。逃げられないよう厳重に監視もしていたらしい。
その女性は優しく美しく、北旅人区のアイドル的存在だった。そんな彼女を救い出すべく、北旅人区の住民は貴族の屋敷を襲撃しようとした。
北旅人区の住民が武器を集めていたのもそのためらしい。
例の爆発事故も、爆発の魔道具の扱いを間違って暴発させてしまったそうだ。
この件だけど、北旅人区の住民たちはお咎めなしだった。
そもそも貴族襲撃も未遂だし、その目的についても(お父様が握りつぶしたので)公表されていない。
さらに女性を奪った貴族は住民の訴えで今回のことが明らかになり、他に余罪が山ほどあるとかで、財産没収の挙句投獄されてしまったのだ。
爆発事故の顛末はそんな感じである。
北旅人区に着いた。
どんな状態になっているかしら。
いくら死者なしで済んだとはいえ、かなりの事故だった。
数日経った今も、やっぱりそこには悲しみに沈んだ住民たちの姿が……
「声出せお前らぁあああああああ! 俺たちには神ウェインの加護がある!」
「「「ウェイン様最高!」」」
「屋根くらい持ち上げられるよなあ!」
「「「ウェイン教最高ぉおおおお――――っ!」」」
どうしよう。何だか予想と大きく違う光景なんだけど。
「あっ、あなた方は!」
住民十数人を指揮して倒壊した建物を撤去していた人物がこっちに駆け寄ってくる。
この人って……例の貴族アンチの男じゃない!
でも、様子が変ね。貴族である私に対して妙に友好的な態度だ。
「お久しぶりです。様子を見に来てくださったのですか?」
「え、ええ……あなた、前と様子が違わない?」
「改心したのです! 私は最愛の妹が貴族に無理やり奪われたことで、目が曇っておりました……しかしあなた方は貴族であるにもかかわらず、我々を救ってくださった。妹も戻ってきたのです」
あ、例の貴族に無理やり連れ去られた女性ってこの人の妹だったの?
それは貴族を恨んで当然かもしれないわね……
「そして我々はウェイン教への信仰心に目覚めました」
「な、なんで?」
「我々を救ってくださった、あなた方のお心に感動したからです。あなた方は名も知らぬ我々のために手を尽くしてくださった。今度は我々が誰かに手を差し伸べたい――そう思うようになったのです」
見れば男の首元には、ウェイン教のシンボルである太陽を模したペンダントが下がっている。これは熱心な信者しか身に着けないアクセサリーだ。
別に気にしなくていいけどね。
北旅人区の人を助けようとしていたのはアイリスで、私はその手伝いをしただけだし。
……あ、そうだ。お父様から伝言があったんだった。
「『今後何か困ったことがあれば、ノクトール家に相談してほしい』とお父様――当主から伝言よ。ついでに、『何か不穏な噂があれば教えてほしい』とも言っていたわ」
「ありがとうございます。そして、お任せください」
恩を感じているであろう北旅人区にさらっとこういうお願いをするあたり、抜け目ないわねお父様……
▽
「……」
「あ」
屋敷に戻ると、久しぶりにフォードと遭遇した。
この人、仕事が忙しいのか、同じ屋敷に暮らしているのに全然会わなかったりするのよね。食事を一緒に取ったことすらないくらいだし。
「こ、こんにちは、おじさま」
「……」
相変わらずアイリスを無視してさっさと通り過ぎようとするフォード。
立ち去ろうとするフォードの背中に私は声をかけた。
「フォード様。先日の一件はお聞き及びですか?」
「北旅人区でのことか? 当然知っている。ことの発端になった貴族の屋敷に踏み込んだ中には俺もいたからな」
あ、そうなの? フォードはフォードで例の事件に、私たちとは別角度でかかわっていたようだ。
「北旅人区の住民数十人が爆発事故でけがを負った際、私とアイリスの力で癒しました。特にアイリスがいなければ、死者が出ていたかもしれません」
「……何が言いたい?」
「ねぎらいの言葉くらいあってしかるべきだと思いませんか? アイリスは五歳の子どもとは思えないくらいの活躍をしたのです」
今回ばかりはいくらフォードでも無視はできないでしょう。
さあ褒めなさい。というかいい加減挨拶くらい返しなさい。
「――馬鹿馬鹿しい」
フォードは冷たい声音で告げた。
アイリスの肩がびくりと震える。
「そんなことで俺を呼び止めるな」
それだけ言ってフォードは去っていった。最後までアイリスに視線を向けることすらなく。
アイリスは悲しそうに、そして何かを諦めたように俯いている。
「……そう。あくまで態度を改めるつもりはないというわけね」
私は呟いた。
三度目だ。
「一応、逃げ遅れた人はいないみたいだったけどね」
炊き出しの日から数日後、私とアイリスは王都を散策しがてら、北旅人区に向かっていた。
後でお父様から教えてもらった、北旅人区の爆発事故の理由。
それはある貴族が、北旅人区の女性を無理やりメイドとして雇ったことが発端だった。
……メイドといっても実態は“好き勝手にできる愛人”のような扱いだったらしいけど。
貴族の手口としては、まず女性の家族に口八丁でお金を貸し、借金を作らせる。それが膨らんだところで利子として女性を屋敷で働くよう勧誘。屋敷に連れて行き、半ば監禁のような形でアレやコレやする……みたいな。逃げられないよう厳重に監視もしていたらしい。
その女性は優しく美しく、北旅人区のアイドル的存在だった。そんな彼女を救い出すべく、北旅人区の住民は貴族の屋敷を襲撃しようとした。
北旅人区の住民が武器を集めていたのもそのためらしい。
例の爆発事故も、爆発の魔道具の扱いを間違って暴発させてしまったそうだ。
この件だけど、北旅人区の住民たちはお咎めなしだった。
そもそも貴族襲撃も未遂だし、その目的についても(お父様が握りつぶしたので)公表されていない。
さらに女性を奪った貴族は住民の訴えで今回のことが明らかになり、他に余罪が山ほどあるとかで、財産没収の挙句投獄されてしまったのだ。
爆発事故の顛末はそんな感じである。
北旅人区に着いた。
どんな状態になっているかしら。
いくら死者なしで済んだとはいえ、かなりの事故だった。
数日経った今も、やっぱりそこには悲しみに沈んだ住民たちの姿が……
「声出せお前らぁあああああああ! 俺たちには神ウェインの加護がある!」
「「「ウェイン様最高!」」」
「屋根くらい持ち上げられるよなあ!」
「「「ウェイン教最高ぉおおおお――――っ!」」」
どうしよう。何だか予想と大きく違う光景なんだけど。
「あっ、あなた方は!」
住民十数人を指揮して倒壊した建物を撤去していた人物がこっちに駆け寄ってくる。
この人って……例の貴族アンチの男じゃない!
でも、様子が変ね。貴族である私に対して妙に友好的な態度だ。
「お久しぶりです。様子を見に来てくださったのですか?」
「え、ええ……あなた、前と様子が違わない?」
「改心したのです! 私は最愛の妹が貴族に無理やり奪われたことで、目が曇っておりました……しかしあなた方は貴族であるにもかかわらず、我々を救ってくださった。妹も戻ってきたのです」
あ、例の貴族に無理やり連れ去られた女性ってこの人の妹だったの?
それは貴族を恨んで当然かもしれないわね……
「そして我々はウェイン教への信仰心に目覚めました」
「な、なんで?」
「我々を救ってくださった、あなた方のお心に感動したからです。あなた方は名も知らぬ我々のために手を尽くしてくださった。今度は我々が誰かに手を差し伸べたい――そう思うようになったのです」
見れば男の首元には、ウェイン教のシンボルである太陽を模したペンダントが下がっている。これは熱心な信者しか身に着けないアクセサリーだ。
別に気にしなくていいけどね。
北旅人区の人を助けようとしていたのはアイリスで、私はその手伝いをしただけだし。
……あ、そうだ。お父様から伝言があったんだった。
「『今後何か困ったことがあれば、ノクトール家に相談してほしい』とお父様――当主から伝言よ。ついでに、『何か不穏な噂があれば教えてほしい』とも言っていたわ」
「ありがとうございます。そして、お任せください」
恩を感じているであろう北旅人区にさらっとこういうお願いをするあたり、抜け目ないわねお父様……
▽
「……」
「あ」
屋敷に戻ると、久しぶりにフォードと遭遇した。
この人、仕事が忙しいのか、同じ屋敷に暮らしているのに全然会わなかったりするのよね。食事を一緒に取ったことすらないくらいだし。
「こ、こんにちは、おじさま」
「……」
相変わらずアイリスを無視してさっさと通り過ぎようとするフォード。
立ち去ろうとするフォードの背中に私は声をかけた。
「フォード様。先日の一件はお聞き及びですか?」
「北旅人区でのことか? 当然知っている。ことの発端になった貴族の屋敷に踏み込んだ中には俺もいたからな」
あ、そうなの? フォードはフォードで例の事件に、私たちとは別角度でかかわっていたようだ。
「北旅人区の住民数十人が爆発事故でけがを負った際、私とアイリスの力で癒しました。特にアイリスがいなければ、死者が出ていたかもしれません」
「……何が言いたい?」
「ねぎらいの言葉くらいあってしかるべきだと思いませんか? アイリスは五歳の子どもとは思えないくらいの活躍をしたのです」
今回ばかりはいくらフォードでも無視はできないでしょう。
さあ褒めなさい。というかいい加減挨拶くらい返しなさい。
「――馬鹿馬鹿しい」
フォードは冷たい声音で告げた。
アイリスの肩がびくりと震える。
「そんなことで俺を呼び止めるな」
それだけ言ってフォードは去っていった。最後までアイリスに視線を向けることすらなく。
アイリスは悲しそうに、そして何かを諦めたように俯いている。
「……そう。あくまで態度を改めるつもりはないというわけね」
私は呟いた。
三度目だ。
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