悪役聖女の教育係~推しの破滅フラグは私が全部へし折ります!~

ヒツキノドカ

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北旅人区にて3

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「セオドア様! 大変です!」

 いきなりの事態に固まっていると、さっきの男を追っていたお父様の部下が大慌てで戻ってきた。お父様は冷静に尋ねる。

「何があった?」

「倉庫の一つで爆発が……! おそらく魔道具が暴発したのだと思われます! 爆発があった周辺では、多くの住民が爆風や、それによって飛んできた瓦礫によって深刻な怪我を負っています。けが人は少なくとも五十人はいるかと……」

「……随分とけが人が多いね」

「爆発があった建物には、大勢の住民が集まっていたようです」

 五十人のけが人。
 しかも、爆発の大きさからして酷い傷を負った人も多いだろう。

「せんせい……」

 アイリスが何か言いたげに私を見ている。
 私はアイリスの考えていることをはっきりと読み取ることができた。

「わかったわ、アイリス。――お父様、私とアイリスでけが人の治療に向かいます」

 アイリスが表情を明るくする。優しいアイリスは、苦しんでいるけが人を放っておけないようだ。
 お父様は難しい顔をした。

「おすすめはできない。ミリーリア、君が万全の頃だったならともかく、今の君は並の聖女候補以下の力しかないんだろう?」

「一応、考えはあります。アイリスと一緒なら、何とか」

「……わかった。君がそう言うなら、でも、護衛はきちんと付けて行くように。僕は衛兵たちを引っ張ってこよう。僕が言った方が話を通しやすいからね」

「はい」

 お父様と別れ、アイリスと一緒に黒煙ののぼる方に向かう。
 たどり着いてみると……酷いわね、これ……

「あああ、足がぁああ……」

「誰か来てくれ! 瓦礫の下に人がまだ残ってる!」

「水、顔が熱い、水をくれ……!」

 まさに地獄絵図だ。アイリスには見せたくない光景だけど……アイリスは健気にもぎゅっと私の手を握って耐えている。

 できるだけ早く終わらせよう。
 私は用心棒氏に頼んで、けが人を一か所に集めてもらった。

「アイリス、あなたの力が必要よ」

「……は、はい」

 アイリスの力が必要とはいえ、五十人……実際に来て分かったけど、もっとけが人は多いわね。そんな人たちを一人一人治すのは無理だ。

「私に任せて。アイリスの神聖魔力を使って、私が何とかするわ」

「はい!」

 アイリスと手をつなぎ、以前治癒の神聖魔力を最初に作った時と同じように、私の神聖魔力をアイリスに流す。そしてそれを操ることで、間接的にアイリスの神聖魔力も制御する。

 他人の神聖魔力を操るのは難しい。
 アイリスの中にいる成精霊が、異物を排除しようと抵抗するからだ。
 でも、アイリスがその抵抗を抑えてくれることで、私はアイリスの力を一時的に借りることができる。

「【エリアヒール】!」

 集めたけが人の周囲一帯に緑の光が浮かび上がる。
 【エリアヒール】は一定範囲内の相手に治療を施す魔術だ。ただの【ヒール】と違って使うのが難しいけれど、事故前のミリーリアはこれが使えた。

「け、けがが……」

「楽になった! すげえ、苦しくない!」

「もう駄目かと思ったのに!」

 住民たちが歓声を上げる……けど、そんなにうまくいくわけがない。

「安心するのは早いわ! 今の魔術には、大けがを完治させるほどの力はないの! あくまであなたたちのけがを軽くして、この場から逃げられるようにするためよ!」

 他人の神聖魔力を使った魔術は、自前の神聖魔力で使う魔術よりはるかに劣化する。
 成精霊の抵抗を抑えるアイリスの負担も考えて、今回の【エリアヒール】の効果は控えめだ。
 安心してないでさっさと避難してほしい。
 爆発があったうえに、ここは建物が密集している。早く逃げないと建物の倒壊に巻き込まれるかもしれない。

「さすがです、ミリーリア様。これほど大勢のけが人を一度に癒すなど……後はこちらにお任せください」

 ついてきてくれていた用心棒氏が、けが人たちの避難誘導を請け負ってくれる。できる人だ……

「アイリス、平気?」

「ちょっとつかれましたけど、へいきです」

「無理をさせてごめんなさい……」

「そんなこと、いわないでください。せんせいは、すごいです! たくさんのひとを、いっぺんになおすなんて、わたし、そんけいします!」

「……そ、そう? そうかしら」

「はい!」

 キラキラした尊敬のまなざしを向けてくるアイリス。

 が……頑張ってよかった~~~~!!

 アイリスの魔力を借りたとはいえ、さっきの【エリアヒール】で私自身の魔力もギリギリまで消費している。そのせいでめまいや吐き気がすごいけど、フッ……アイリスに褒めてもらえるならなんてことないわ……!

 ……と。

「な、なあ、お前ら……」

「あら、さっきの」

 やってきたのは炊き出し中に絡んできた体格のいい男だ。相当近くで爆発事故に巻き込まれたようで、【エリアヒール】を受けたはずなのに、まだ全身にやけどを負っている。

「すまねえ、助かった。……けど、どうして助けてくれたんだ……? 俺は、お前らを蹴り飛ばそうとしたんだぞ……?」

 そんなこと言われても、範囲回復魔術を使う時にいちいち相手の識別なんてできないし。
 というか今はさっさとこの区画を逃げることが優先よ。
 正直もう限界が近いんだけど……この男、やけどが酷くて走るのがキツそうね。仕方ない。

「【ヒール】」

 ちょっとだけ治す。まだやけどが残ってるって? もう私の神聖魔力がカラなのよ!

「ほら、走りなさい! 助けた理由なんて、そのへんでけがしてたからってだけよ!」

「そんな理由で……貴族のあんたらが、貧民の俺を?」

「聖女はけが人を差別なく治すものなのよ。私は元だけど」

 聖女の作法その三、助ける相手を選ばないこと。
 まあ実際にはお布施の多寡とかで助けていい人間に教会から制限がかかったりするんだけど、上をどう言いくるめるのかも聖女の腕の見せ所よね。

 ちなみにここで言う上に教皇様は含まれない。あの方は言い訳をでっちあげてくれる側だ。

「そうか……貴族の中にもこんな連中がいるんだな……ああ、俺はなんて馬鹿なことを」

 何か言ってる。まあ今は聞き返す余裕もないけど。

 そんなやり取りをしながら私たちは北旅人区を脱出する。

 後から聞いた話だと、北旅人区の爆発は多くのけが人を出しつつも、死者はゼロで収まったらしい。

 よかった。……アイリスにトラウマを植え付けずに済んで……
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