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北旅人区にて

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「……」

 俺――フォード・レオニスは王都の北を占める“信仰区”の一角に足を運んでいる。

 墓地だ。
 貴族の縁者のみが埋葬される場所である。

「――ナイア」

 墓石の前で俺はただ立ち尽くす。
 言いたいことはいくらでもある。
 だが、俺がそれを言うことは許されない。

 俺がしくじった。だから彼女は――ナイアは死んだ。ならそれは俺が殺したのと変わらない。

 謝罪など無駄だ。
 俺がすべきことは、ただいずれ来る断罪の時まで何もしないこと。
 妹の忘れ形見、アイリスにすべてを明かした後、その憎悪が曇らないようにする。それ以外のことはするべきではない。いくらアイリスが亡き母親、俺にとっての妹に似ていても、かかわるべきではない。


 ――そんな言い方はないでしょう! あなたはアイリスの保護者じゃないんですか!?


 不意に、ある女から言われたことを思い出す。

 ミリーリア・ノクトール。
 王命によって俺の伴侶となり、さらにアイリスの教育係となった女。

 あの女は噂ではかなりの悪女らしかったが……その評価は揺らぎつつある。
 少なくともレオニス家で横暴な真似をしたのは見たことがない。付き人のメイドとの関係も良好らしく、しょっちゅう掛け合いじみたやり取りをしているとか。

 猫を被っているのかとも思ったが、それにしてはアイリスの溺愛ぶりが異常だ。

 たとえばミリーリアは、アイリスが読み書きの練習をする際に使った紙を完璧に保存するため、密閉効果のある魔道具を大金を払って職人に作らせていた。
 その際は執拗に「この箱はアイリスの匂いまで保存できるの? できない? 何とかできるようにならない?」と聞いていたそうだ。

 ……異常だ。
 だがあの女と触れ合っている時のアイリスの嬉しそうな顔を見ると、胸がざわつく。

 今までの人生であまり覚えのない感覚。
 これは――そう、苛立ちだ。
 俺が間違っていると言われているようで、たとえようもないほど腹が立つ。

 俺は間違っているのか?
 ……いや、考えるな。決めるのは俺ではなく、アイリスなのだから。

「副団長、ここにいらっしゃいましたか!」

「……何だ」

 部下の騎士が俺を呼びに来た。思考を中断されて不快感を覚えていると、部下が体をこわばらせた。
 ……いかんな。気が立っているからといって報告に来た部下を威圧してどうする。

「用件は?」

「は、はい。実は北旅人区で妙な動きがありまして」

 北旅人区。
 旅人区というのはその名の通り、王都の中で旅人たちに対する設備が多い区画だ。
 ただしその北部というと、少々意味合いが変わってくる。いわゆる貧民街のような場所だ。

 表向きは住民が暮らす普通の場所だが、困窮した人間が多いゆえに犯罪が起こりやすい側面がある。

「具体的には?」

「武器商人の出入りが確認されています。また、巡回の衛兵たちが武器や危険な魔道具を集めた倉庫を見つけたそうです。倉庫の主は『商売の仕入れをしていただけ』と主張していますが……」

「……ふむ」

 要するに北旅人区の住民が武器をかき集めているわけだ。何に使うつもりだ? 彼らから税を絞り上げるような政策が新たに始まったわけでもないし、大規模な暴動を起こす理由もないはずだが……

「報告は確かに受け取った。衛兵と連携して調査を行え。俺も詰所に向かう」

「はい!」

 面倒ごとにならなければいいが。
 ……と、その前にいくつか従者のケビンに仕事の指示を出しておく必要があるのを思い出した。
 詰所に行く前に一度屋敷に戻り、ケビンのいる執務室に入る。

「あれ、お早いお帰りですねフォード様」

「騎士団のほうで仕事ができた」

「……フォード様。領地関係の仕事が溜まってたような気がするんですけど」

「その仕事はお前にくれてやる。進めておけ」

「やっぱり!」

 頭を抱えるケビンに指示を出す。こいつは軟派な見た目に反して有能なので、最低限の方針だけ示しておけば問題ないだろう。ケビンは呻くように言った。

「こんなことなら自分もミリーリア様たちについてけばよかった……」

 その名前に反応しそうになるのを抑制しつつ、尋ねる。

「どういう意味だ?」


「――いや、なんか今日はミリーリア様とアイリス様、北旅人区に行くそうですよ。何でもノクトール家が定期的に行っている炊き出しの手伝いとかで。アイリス様の聖女教育も兼ねて」


「……北旅人区に?」

「はい。北旅人区に」

 俺は墓地で思ったことを再度念じた。

 ……面倒ごとに、ならなければいいが。





 炊き出し。
 それは教会に属する者にとって欠かすことのできない仕事の一つだ。

 すべての者が幸せに生きられる世界作り、という教会っぽいお題目もあるけど、実際の目的は人々の好感度稼ぎ。
 民衆の支持を得ることは教会の権威を守るために必要なのである。
 何らかの勢力に難癖を売られた時、「ほっほーう、この信者○○万人のウェイン教を敵に回すのかなぁ?? ん??」とマウントを取れることが大事なのだ。




 ……まあ今日に関しては、教会とか全然関係ないんだけど。

「はい、どうぞ。熱いから気を付けてくださいね」

「ああ……ありがとうございます。ノクトール家の炊き出しには毎度助けられます……!」

「いっぱい、たべてください」

「おお、ありがとう。嬢ちゃん、炊き出しの手伝いかい? 偉いねえ」

 私とアイリスで炊き出し用のシチューを列に並んでいた人に渡していく。

 今日のアイリスは服が汚れないようにエプロン姿。器にシチューをよそって手渡していく姿はまさに小学校の給食委員。個人的萌えポイントは、渡す時に手が届かずつま先立ちになっていることだ。かわっ……可愛いっ……!

 そんな私たちに、今回の炊き出しの企画者である人物が声をかけてくる。

「手伝ってくれて助かるよ、ミリーリア。それにアイリス」

「構いませんよ、お父様」

「はい。これも、りっぱなせいじょになるための、しゅぎょうです」

 私とアイリスは、今回の炊き出しの手伝いを頼んできた私の父親――ノクトール侯爵家当主のセオドア・ノクトールに返事をした。
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