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初めての治癒魔術
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「むむむ……」
アイリスが目を閉じて意識を集中させる。
彼女の周りに浮かぶ神聖魔力の塊。雪のように白かったそれらは緑色――治癒を示すものへと変わっていく。
さらにそれらは細かくに分解され、直径一センチ程度の光の玉が群れを成しているような状態になる。
「……できました!」
アイリスが満面の笑みでこっちに向き直る。
私は……
「す、すごいわね!」
さすがにリアクションまでに一拍の間が必要になった。
治癒の神聖魔力を生み出せるようになったアイリスの次のステップは、“治癒の神聖魔力を思い通りに操作すること”。
具体的には神聖魔力の量の調節だ。
これができるようになるまでの時間は平均しておよそ一か月。
さらに本人の魔力が多いと制御の難しさは跳ね上がるので、アイリスの魔力量なら平均の数倍はかかる見込みだった。
そのうえでアイリスが実践レベルの制御を覚えるのにかかった時間は……一週間。
いや、早すぎるって。
しかも別にアイリスは特に変なことはしてないからね? ただ、私の言った通りに(=他の聖女候補と同じように)イメージ修行を繰り返しただけ。
それでマスターしてしまえるんだから恐ろしい。
原作ラスボス悪役聖女の片鱗が見えてるわね……
こんなに可愛いのに才能がすごい。まだ五歳よね、この子。
――とはいえ、最後にもう一つだけ関門が残っている。
今日も今日とて部屋の入口そばに待機している、黒髪常識人メイドのリタに声をかける。
彼女にはあるものを用意してもらっている。
アイリスの修行に必要なものだ。
「リタ、例のものをちょうだい」
「……本気でやるんですか?」
「ええ。大丈夫、ミリーリアも通った道よ」
「やっぱり私が代わります、というのは」
「駄目よ。アイリスの教育係は私なんだから」
「それ関係あるんですか……はあ、わかりましたよ……」
複雑な顔をするリタからナイフを受け取る。
「アイリス、ちょっと離れててね」
「は、はい」
これからやることは、アイリスにも説明済みだ。
私の指示を聞いて汚れないよう距離を取るアイリスだけど、その表情は硬い。
というわけで――ぶすり。
私は自分の指の先をナイフの先端で刺した。
「――っ」
息を呑むアイリス。
血がぼたぼたと垂れる。ちなみに床は汚れていない。ナイフを渡しに来てくれたリタが、タオルで血のしずくをキャッチしてくれているから。
「アイリス、実践よ。私の傷をあなたの治癒の力で治して。治癒の神聖魔力を傷口から流し込めばいいわ」
「あ、あ……はい」
「大丈夫、ちょっと血が出ているだけよ。痛くもなんともないから」
いや本当にちょっとつついただけだ。針とかでもいいんだけど、さすがにそれだと治癒の効果がわかりにくいからねえ……
「……あ、あれ、できません」
アイリスが目を回す。
そう、これが治癒魔術の大きな関門。
神聖魔力に治癒の力を持たせるのができても、実際にけが人を治せなければ意味がない。けれど動揺している状態だと、魔力のコントロールは難しい。
失敗したら相手が苦しむ。
その事実がアイリスの集中を乱しているのだ。
……正直五歳の子にこんな訓練を強いるのは気が進まないんだけど……聖女になれば、もっと悲惨な光景を嫌というほど見ることになる。血には早めに慣れておかないと、かえって後で苦しむ羽目になる。ここは心を鬼にするべき場面だ。
「アイリス、深呼吸。力が不安定になっているわ」
「は、はい。すう、はあー……」
深呼吸するアイリスだけど、焼け石に水だ。
「うう……ミリーリア様、主人が血を流している片棒を担いだメイドの気持ちを考えたことがありますか……?」
「主人の要望に忠実であれたことを誇っていいわよ」
「そんな思い切りよくはなれませんよ!」
けが人役はリタが代わると言っていたけれど、アイリスに教育を施したのは私だ。なら、アイリスが失敗した時に責任を取るのは私じゃないと。
まあ一応聖女の力は大半なくしているけど、簡単な治療くらいならできるし。
アイリスが失敗しても実際は問題ない。
でも、アイリスはそんなことをすっかり忘れているようで、完全に頭が真っ白になってしまっている。
「ど、どうしたら、どうしたら」
「――アイリス」
「はい」
肩をこわばらせるアイリスに、私は言った。
「笑いなさい」
「……え?」
「聖女の作法その一、いつも笑顔でいること。……治療をしている人間が不安がっていたら、患者はもっと不安になるわ。だから焦っても顔に出しちゃだめよ」
聖女の作法。
ミリーリアが聖女としての仕事をする中で編み出した自分ルールのようなものだ。
聖女はいつも冷静でなくてはならない。
聖女が不安がれば、周りは焦って余計に事態が悪化することがある。
たとえば疫病が流行った時に派遣された聖女が対処できなくてテンパっていたら、現地の村人が“力ある聖女を生贄に捧げたら解決するんじゃね?”と武器を持って襲い掛かってきたとかね……本当に大変だったのね昔のミリーリア……
原作ミリーリアはアイリスを“絶対的な聖女”に育てたかったのか、そっちのアイリスが笑顔を浮かべるような描写は存在しない。
けど、今の私はアイリスを悪役聖女の道に進める気はないのよ。
アイリスが目を閉じて意識を集中させる。
彼女の周りに浮かぶ神聖魔力の塊。雪のように白かったそれらは緑色――治癒を示すものへと変わっていく。
さらにそれらは細かくに分解され、直径一センチ程度の光の玉が群れを成しているような状態になる。
「……できました!」
アイリスが満面の笑みでこっちに向き直る。
私は……
「す、すごいわね!」
さすがにリアクションまでに一拍の間が必要になった。
治癒の神聖魔力を生み出せるようになったアイリスの次のステップは、“治癒の神聖魔力を思い通りに操作すること”。
具体的には神聖魔力の量の調節だ。
これができるようになるまでの時間は平均しておよそ一か月。
さらに本人の魔力が多いと制御の難しさは跳ね上がるので、アイリスの魔力量なら平均の数倍はかかる見込みだった。
そのうえでアイリスが実践レベルの制御を覚えるのにかかった時間は……一週間。
いや、早すぎるって。
しかも別にアイリスは特に変なことはしてないからね? ただ、私の言った通りに(=他の聖女候補と同じように)イメージ修行を繰り返しただけ。
それでマスターしてしまえるんだから恐ろしい。
原作ラスボス悪役聖女の片鱗が見えてるわね……
こんなに可愛いのに才能がすごい。まだ五歳よね、この子。
――とはいえ、最後にもう一つだけ関門が残っている。
今日も今日とて部屋の入口そばに待機している、黒髪常識人メイドのリタに声をかける。
彼女にはあるものを用意してもらっている。
アイリスの修行に必要なものだ。
「リタ、例のものをちょうだい」
「……本気でやるんですか?」
「ええ。大丈夫、ミリーリアも通った道よ」
「やっぱり私が代わります、というのは」
「駄目よ。アイリスの教育係は私なんだから」
「それ関係あるんですか……はあ、わかりましたよ……」
複雑な顔をするリタからナイフを受け取る。
「アイリス、ちょっと離れててね」
「は、はい」
これからやることは、アイリスにも説明済みだ。
私の指示を聞いて汚れないよう距離を取るアイリスだけど、その表情は硬い。
というわけで――ぶすり。
私は自分の指の先をナイフの先端で刺した。
「――っ」
息を呑むアイリス。
血がぼたぼたと垂れる。ちなみに床は汚れていない。ナイフを渡しに来てくれたリタが、タオルで血のしずくをキャッチしてくれているから。
「アイリス、実践よ。私の傷をあなたの治癒の力で治して。治癒の神聖魔力を傷口から流し込めばいいわ」
「あ、あ……はい」
「大丈夫、ちょっと血が出ているだけよ。痛くもなんともないから」
いや本当にちょっとつついただけだ。針とかでもいいんだけど、さすがにそれだと治癒の効果がわかりにくいからねえ……
「……あ、あれ、できません」
アイリスが目を回す。
そう、これが治癒魔術の大きな関門。
神聖魔力に治癒の力を持たせるのができても、実際にけが人を治せなければ意味がない。けれど動揺している状態だと、魔力のコントロールは難しい。
失敗したら相手が苦しむ。
その事実がアイリスの集中を乱しているのだ。
……正直五歳の子にこんな訓練を強いるのは気が進まないんだけど……聖女になれば、もっと悲惨な光景を嫌というほど見ることになる。血には早めに慣れておかないと、かえって後で苦しむ羽目になる。ここは心を鬼にするべき場面だ。
「アイリス、深呼吸。力が不安定になっているわ」
「は、はい。すう、はあー……」
深呼吸するアイリスだけど、焼け石に水だ。
「うう……ミリーリア様、主人が血を流している片棒を担いだメイドの気持ちを考えたことがありますか……?」
「主人の要望に忠実であれたことを誇っていいわよ」
「そんな思い切りよくはなれませんよ!」
けが人役はリタが代わると言っていたけれど、アイリスに教育を施したのは私だ。なら、アイリスが失敗した時に責任を取るのは私じゃないと。
まあ一応聖女の力は大半なくしているけど、簡単な治療くらいならできるし。
アイリスが失敗しても実際は問題ない。
でも、アイリスはそんなことをすっかり忘れているようで、完全に頭が真っ白になってしまっている。
「ど、どうしたら、どうしたら」
「――アイリス」
「はい」
肩をこわばらせるアイリスに、私は言った。
「笑いなさい」
「……え?」
「聖女の作法その一、いつも笑顔でいること。……治療をしている人間が不安がっていたら、患者はもっと不安になるわ。だから焦っても顔に出しちゃだめよ」
聖女の作法。
ミリーリアが聖女としての仕事をする中で編み出した自分ルールのようなものだ。
聖女はいつも冷静でなくてはならない。
聖女が不安がれば、周りは焦って余計に事態が悪化することがある。
たとえば疫病が流行った時に派遣された聖女が対処できなくてテンパっていたら、現地の村人が“力ある聖女を生贄に捧げたら解決するんじゃね?”と武器を持って襲い掛かってきたとかね……本当に大変だったのね昔のミリーリア……
原作ミリーリアはアイリスを“絶対的な聖女”に育てたかったのか、そっちのアイリスが笑顔を浮かべるような描写は存在しない。
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