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聖女教育スタート!
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どんっ、と背中を押される感覚。
「――ぁ」
視界が回る。階段から足を踏み外せばどうなるか。答えは簡単、重力に従って落ちるだけ。
ひっくり返った視界で、私を突き飛ばした誰かが笑っているのが見える。
それは。
その人物は――
「……夢、ね」
ベッドの上で天井を見つめながら、私は呟いた。
一か月と少し前の転落事故の夢を見た。
この事故の直前までこの体に私の意識はなかったから、夢の内容はミリーリアの記憶から引っ張ってきたものだろう。
やっぱりあれ、誰かに突き飛ばされたのかしら。
でも、犯人の目撃証言は出なかった。そもそも人けがなかったから仕方ないんだけど。
「それにしても、カリナと会った日にこの夢を見るって……」
カリナはミリーリアを嫌っていた。だから階段から突き落とした?
いやー……さすがにねえ……
だってミリーリアって“万能の聖女”なんて呼ばれる聖女の中でもリーダー格で、侯爵令嬢で、王太子殿下の婚約者よ?
対してカリナは商人上がりの男爵家の令嬢。
もしカリナの仕業だとバレたら、カリナはありとあらゆる責め苦の果てに処刑されるだろう。
いくらなんでもリスクが高すぎる。
カリナに何か絶対的なメリットがあるならともかく、ただミリーリアが嫌いっていうだけでは、とても実行できないはず。
うーん……
……とりあえず、二度寝しよっと。
二度寝して気分をすっきりさせた私は、アイリスの部屋で声高に宣言した。
「というわけで、さっそく聖女教育を始めるわよ!」
「はい!」
『わん』
アイリスもアルも元気でよろしい。
カリナだの事故だのは考えていても仕方ない。今重要なのは何か? そう、アイリスの聖女教育よ。目の前のことに集中していきましょう。
洗礼の儀を終えたアイリスは聖女の力を扱える状態になった。
精霊を身に宿さない状態だと、聖女候補は神聖魔力を持っていても使えない。それはニュートラルな神聖魔力が非物質の塊に過ぎないからだ。
これを精霊の力を借りて、治癒や浄化といった能力に加工する。
そうして初めて聖女候補は聖女の力を使えるようになる。
まあ、上手に使えるかどうかは別問題だけど。
そしてそこを練習するのが聖女教育だ。
「わたし、まずはなにをしたら、いいですか」
やる気に燃えるアイリスが尋ねてくる。
「まずは治癒の練習ね」
「ちゆ、ですか?」
「アイリス、治癒ってもう一度言ってくれる?」
「ちゆ」
「……ッッ」
「せんせい!?」
アイリスが“ちゅ”と発音する時の口の形はあまりにも可愛い。これはもう投げキスの判定でいいんじゃない? 推しキャラのご褒美なんて朝から幸せな気分――って、違う違う。聖女教育よ。
「ええ。治癒は聖女の力の中では一番扱いが易しいとされているの。治癒の適性があるなら、まずはこれが覚えるのが一番いいわ」
アイリスの適性は昨日の洗礼の儀で宿った精霊を見る限り、治癒、浄化、破魔の三つ。
本当はアイリスの呪い対策につながる浄化を優先したいんだけど……まずは治癒で神聖魔力を扱う感覚を身に着けたほうが、結果的に浄化の習得も速くなる。
「わかりました。なにをすれば、いいですか」
「言葉で説明してもいいけど……実際にやってみたほうが早いわ。手を貸してくれる?」
「はい」
アイリスの手を握る。
「昨日の洗礼の儀みたいに、意識を集中させて」
「――いだいなるかみうぇいんよ、そのちからのいったんをさずけたまえ」
アイリスの周囲に神聖魔力の塊が浮かび上がり始める。やっぱりすごい魔力量ね……同い年だった頃のミリーリアより多いんじゃないかしら。
アイリスの手を握ったまま、私はアイリスの魔力に自分の魔力を少しだけ混ぜる。そして自分の魔力を操作することで、間接的にアイリスの魔力も操作する。
で、アイリスに宿る精霊に干渉して神聖魔力に治癒の性質を帯びさせる。
感覚的には、包丁を握る子供の手を握って、後ろから動かすお母さんみたいな感じだろうか。
「まりょくが、しろから、みどりになりました……!」
「これが治癒の魔力よ。感覚は掴めた?」
「なんとなく、わかりました。せんせいが、やってくれましたから」
私がやったのは、アイリスの魔力を用いての基礎的な治癒魔術の実演だ。
色々説明するより、一度実感したほうが覚えやすいはず。
「それじゃあ一度、一人でやってみて」
「はい」
アイリスは目を閉じて集中する。
ハッハッハッハッハッ……
「アル、あなたはちょっとこっちに来なさい」
『わん』
遊んでほしそうにアイリスを見つめるんじゃありません。今アイリスは忙しいのよ。
「できました」
はや!
アイリスは三十分ほどで、神聖魔力の変質をマスターしてしまった。嘘でしょ? 普通の聖女候補はこれが安定してできるようになるまで、早くても一週間かかるんだけど?
「できました……」
ちらちらとアイリスがこっちを見てくる。何か言いたそうだ。……はっ、ぴんと来たわ!
「すごいわアイリス! あなたは天才よ!」
抱きしめて頭を撫でて、高い高いしてくるくる回る。アイリスは小さいので私の体格でも簡単に持ち上げられる。
「ふふ、あはは。きゃあ」
何かツボに入ったのか、アイリスがいつもよりちょっと大きめの声で笑ったり、楽しそうな悲鳴を上げたりする。年相応のアイリスの笑顔が可愛くてたまりません。
ひとしきりアイリスをほめちぎったあと、聖女教育を再開。
「つぎはなにをしたらいいですか?」
「そうね。まずは治癒の力をきちんと扱えるようになりましょう。今の状態だと、かえって人に悪い影響を与えてしまうこともあるでしょうから」
治癒の力は神聖魔力を生命エネルギーに変換し、他人に分け与えるというもの。
けれど量を誤れば傷が治らなかったり、逆に大量の生命エネルギーを与えすぎて相手を“魔力酔い”にしてしまうこともある。そうならないために必要なのは地道な練習だ。
魔力が多いアイリスは苦戦するかもしれないけど……避けては通れない関門だ。
「頑張りましょう、アイリス!」
「はいっ」
「――ぁ」
視界が回る。階段から足を踏み外せばどうなるか。答えは簡単、重力に従って落ちるだけ。
ひっくり返った視界で、私を突き飛ばした誰かが笑っているのが見える。
それは。
その人物は――
「……夢、ね」
ベッドの上で天井を見つめながら、私は呟いた。
一か月と少し前の転落事故の夢を見た。
この事故の直前までこの体に私の意識はなかったから、夢の内容はミリーリアの記憶から引っ張ってきたものだろう。
やっぱりあれ、誰かに突き飛ばされたのかしら。
でも、犯人の目撃証言は出なかった。そもそも人けがなかったから仕方ないんだけど。
「それにしても、カリナと会った日にこの夢を見るって……」
カリナはミリーリアを嫌っていた。だから階段から突き落とした?
いやー……さすがにねえ……
だってミリーリアって“万能の聖女”なんて呼ばれる聖女の中でもリーダー格で、侯爵令嬢で、王太子殿下の婚約者よ?
対してカリナは商人上がりの男爵家の令嬢。
もしカリナの仕業だとバレたら、カリナはありとあらゆる責め苦の果てに処刑されるだろう。
いくらなんでもリスクが高すぎる。
カリナに何か絶対的なメリットがあるならともかく、ただミリーリアが嫌いっていうだけでは、とても実行できないはず。
うーん……
……とりあえず、二度寝しよっと。
二度寝して気分をすっきりさせた私は、アイリスの部屋で声高に宣言した。
「というわけで、さっそく聖女教育を始めるわよ!」
「はい!」
『わん』
アイリスもアルも元気でよろしい。
カリナだの事故だのは考えていても仕方ない。今重要なのは何か? そう、アイリスの聖女教育よ。目の前のことに集中していきましょう。
洗礼の儀を終えたアイリスは聖女の力を扱える状態になった。
精霊を身に宿さない状態だと、聖女候補は神聖魔力を持っていても使えない。それはニュートラルな神聖魔力が非物質の塊に過ぎないからだ。
これを精霊の力を借りて、治癒や浄化といった能力に加工する。
そうして初めて聖女候補は聖女の力を使えるようになる。
まあ、上手に使えるかどうかは別問題だけど。
そしてそこを練習するのが聖女教育だ。
「わたし、まずはなにをしたら、いいですか」
やる気に燃えるアイリスが尋ねてくる。
「まずは治癒の練習ね」
「ちゆ、ですか?」
「アイリス、治癒ってもう一度言ってくれる?」
「ちゆ」
「……ッッ」
「せんせい!?」
アイリスが“ちゅ”と発音する時の口の形はあまりにも可愛い。これはもう投げキスの判定でいいんじゃない? 推しキャラのご褒美なんて朝から幸せな気分――って、違う違う。聖女教育よ。
「ええ。治癒は聖女の力の中では一番扱いが易しいとされているの。治癒の適性があるなら、まずはこれが覚えるのが一番いいわ」
アイリスの適性は昨日の洗礼の儀で宿った精霊を見る限り、治癒、浄化、破魔の三つ。
本当はアイリスの呪い対策につながる浄化を優先したいんだけど……まずは治癒で神聖魔力を扱う感覚を身に着けたほうが、結果的に浄化の習得も速くなる。
「わかりました。なにをすれば、いいですか」
「言葉で説明してもいいけど……実際にやってみたほうが早いわ。手を貸してくれる?」
「はい」
アイリスの手を握る。
「昨日の洗礼の儀みたいに、意識を集中させて」
「――いだいなるかみうぇいんよ、そのちからのいったんをさずけたまえ」
アイリスの周囲に神聖魔力の塊が浮かび上がり始める。やっぱりすごい魔力量ね……同い年だった頃のミリーリアより多いんじゃないかしら。
アイリスの手を握ったまま、私はアイリスの魔力に自分の魔力を少しだけ混ぜる。そして自分の魔力を操作することで、間接的にアイリスの魔力も操作する。
で、アイリスに宿る精霊に干渉して神聖魔力に治癒の性質を帯びさせる。
感覚的には、包丁を握る子供の手を握って、後ろから動かすお母さんみたいな感じだろうか。
「まりょくが、しろから、みどりになりました……!」
「これが治癒の魔力よ。感覚は掴めた?」
「なんとなく、わかりました。せんせいが、やってくれましたから」
私がやったのは、アイリスの魔力を用いての基礎的な治癒魔術の実演だ。
色々説明するより、一度実感したほうが覚えやすいはず。
「それじゃあ一度、一人でやってみて」
「はい」
アイリスは目を閉じて集中する。
ハッハッハッハッハッ……
「アル、あなたはちょっとこっちに来なさい」
『わん』
遊んでほしそうにアイリスを見つめるんじゃありません。今アイリスは忙しいのよ。
「できました」
はや!
アイリスは三十分ほどで、神聖魔力の変質をマスターしてしまった。嘘でしょ? 普通の聖女候補はこれが安定してできるようになるまで、早くても一週間かかるんだけど?
「できました……」
ちらちらとアイリスがこっちを見てくる。何か言いたそうだ。……はっ、ぴんと来たわ!
「すごいわアイリス! あなたは天才よ!」
抱きしめて頭を撫でて、高い高いしてくるくる回る。アイリスは小さいので私の体格でも簡単に持ち上げられる。
「ふふ、あはは。きゃあ」
何かツボに入ったのか、アイリスがいつもよりちょっと大きめの声で笑ったり、楽しそうな悲鳴を上げたりする。年相応のアイリスの笑顔が可愛くてたまりません。
ひとしきりアイリスをほめちぎったあと、聖女教育を再開。
「つぎはなにをしたらいいですか?」
「そうね。まずは治癒の力をきちんと扱えるようになりましょう。今の状態だと、かえって人に悪い影響を与えてしまうこともあるでしょうから」
治癒の力は神聖魔力を生命エネルギーに変換し、他人に分け与えるというもの。
けれど量を誤れば傷が治らなかったり、逆に大量の生命エネルギーを与えすぎて相手を“魔力酔い”にしてしまうこともある。そうならないために必要なのは地道な練習だ。
魔力が多いアイリスは苦戦するかもしれないけど……避けては通れない関門だ。
「頑張りましょう、アイリス!」
「はいっ」
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