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カリナ・ブライン2
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私が転生する前――ミリーリアが聖女だった頃、カリナと何度か一緒に仕事に当たったこともある。
それだけ聞くと仲がよさそうに聞こえるかもしれないけど……ミリーリアの記憶にある限り、カリナはミリーリアにあまりいい感情を持っていないっぽいのよね。
直接的に手を出してくることはないけど、態度の端々からそれが伝わってくるのだ。
「ミリーリア様は今日はなぜ教会に? 聖女でなくなったミリーリア様は、ここにいらしてもおつらいばかりではありませんか?」
「今日は、教え子に洗礼の儀を受けさせるために来たのです」
「教え子……! ああ、そうでした。ミリーリア様は聖女候補の教育係を任されたのですよね。事故で力の大半を失ってしまったとはいえ、ミリーリア様は若くして聖女筆頭と呼ばれたお方。力はなくとも、その経験には大いなる価値があるでしょうね」
「そうですね。教皇様にそのように考えていただけるのなら光栄です」
あーこれこれ、という感じ。
カリナは私を気遣っているように見せかけて、「聖女でなくなった」やら「力を失った」やら、私の栄光が過去のものであることを強調している。
要するに上品な嫌味である。
やり取りしていて気分のいい相手じゃないけど、カリナも貴族令嬢だから適当な扱いもできないし……
「そちらの子がミリーリア様の教え子ですか?」
「あいりす・れおにすともうします」
「あら、これはご丁寧に。カリナ・ブラインですわ」
アイリスと自己紹介を交わすカリナ。レオニス家の名前に反応しないってことは、カリナも私がレオニス家に嫁いだことは知っているんだろう。
「アイリスさん、ミリーリア様に無理をさせてはいけませんよ」
「……?」
「聞いていませんか? ミリーリア様は一か月と少し前、王城で事故に遭っているのです。聖女の力の大半を失ってしまうほどの大怪我を負ったのですよ」
「っ」
ぎょっとしたようにこっちを見てくるアイリス。その目はちょっと泣きそうになっている。
「わ、わたし、せんせいにあまえてばかりで」
「気にしなくていいわよアイリス、怪我はすぐに他の聖女に治してもらったもの。もうすっかり元気よ」
「そ、そうですか」
「あら、余計なことを言ってしまったでしょうか」
ぬけぬけと言うカリナ。絶対わざとでしょうが。アイリスにいらん心配かけないように黙ってたのに……!
一か月と少し前、ミリーリアは王城の階段から落ちた。
頭を打ち、血を流して気絶。目を覚ました時には、聖女の力の大半は失われた。
私が転生したのもその時だ。
事故の原因は、ミリーリアが階段から足を踏み外したせいということになっている。
ミリーリアは“万能の聖女”として、さらに王太子の婚約者として多忙な日々を送っていた。疲労からめまいを起こしてしまったのだろう、と。
確かに事故の瞬間、ミリーリアの記憶は混濁している。
けれど、気になることもあるのよね。あの瞬間、確かに誰かに背中を押されたような覚えがあるのだ。階段から転がり落ちる途中、誰かが上のほうに立っていた気もする。
……まあ、それを言っても他に目撃者はいなかったから、事故扱いは変わらなかったけれど。
「特に私たちに用がなければ、失礼しますね」
とりあえず、さっさとカリナからは距離を取ろう。話していてもストレスが溜まる一方だ。
「お待ちください、ミリーリア様。私、実はお話しないといけないことがありまして」
ええー……
「何でしょうか?」
「私、ここしばらく王都を離れておりました。聖女の座を得る試練のためです。そして私は無事、それを達成しました。あとは教皇様に報告すれば、私は新たな聖女となります」
「え?」
聖女? カリナが?
得意げに言うカリナだけど、聖女候補としての実力はそこまでパッとしなかったはず。なぜ急にカリナが聖女になることができるのだろう。
とても信じられないけど、カリナの態度を見る限り嘘には見えない。
戸惑う私にカリナはさらに爆弾を投げてくる。
「もう一つ、ミリーリア様には複雑なことかもしれませんが……聖女認定を得た際には、フェリックス王太子殿下と婚約を結ぶことになっております」
「……」
フェリックス王太子殿下。
それは私が聖女の座を追われると同時、婚約破棄してきた人物の名前だ。
この国では、政治的な目的で聖女の血を王家に取り込むしきたりがある。
カリナが本当に聖女になるなら、婚約者不在のフェリックス殿下の相手に選ばれる可能性があるのはわかるけど……タイミングが良すぎない?
カリナは優越感をにじませながら、私にあるものを差し出してきた。
「実は私、フェリックス様からこれを預かっていますの。――ミリーリア様と贈り合ったという婚約指輪は、もう着けることはないからお返しする、と」
それは指輪だった。
かつてフェリックス殿下とミリーリアが幼い頃にお互いに贈った婚約者同士であることを示すもの。
「あ……」
私は呆然とそれを受け取った。
フェリックス殿下とはほとんど話したことはない。金髪のイケメンで、そんなに好みじゃないなー、というくらい。まともに会話したのは婚約破棄を告げられる時くらいだろう。
私はフェリックス殿下にかけらも興味を抱いていない。
あくまでただの他人。
好意なんてもってのほかだ。
でも、転生前のこの体の主――ミリーリアは違う。
ミリーリアは十歳で聖女になり、フェリックス殿下の婚約者に選ばれてから、将来は王妃になるのだと必死に努力してきた。それも激務である聖女の仕事を続けながら。
聖女の仕事は国内に限らない。
“万能の聖女”として複数の力を使いこなすミリーリアは、聖女随一のユーティリティープレイヤーだ。過労で何度も倒れ、そのたびに自分を治癒魔術で治し、与えられた責務を果たした。
わずかな休みは王妃としての勉強に費やした。
おそらくミリーリアはフェリックス殿下のことが好きだったんじゃないだろうか。
そうでなければ、あそこまで頑張れない。
そのせいかしら。
フェリックス殿下とカリナが婚約する……そのことを聞いた途端、頭が真っ白になってしまった。
それだけ聞くと仲がよさそうに聞こえるかもしれないけど……ミリーリアの記憶にある限り、カリナはミリーリアにあまりいい感情を持っていないっぽいのよね。
直接的に手を出してくることはないけど、態度の端々からそれが伝わってくるのだ。
「ミリーリア様は今日はなぜ教会に? 聖女でなくなったミリーリア様は、ここにいらしてもおつらいばかりではありませんか?」
「今日は、教え子に洗礼の儀を受けさせるために来たのです」
「教え子……! ああ、そうでした。ミリーリア様は聖女候補の教育係を任されたのですよね。事故で力の大半を失ってしまったとはいえ、ミリーリア様は若くして聖女筆頭と呼ばれたお方。力はなくとも、その経験には大いなる価値があるでしょうね」
「そうですね。教皇様にそのように考えていただけるのなら光栄です」
あーこれこれ、という感じ。
カリナは私を気遣っているように見せかけて、「聖女でなくなった」やら「力を失った」やら、私の栄光が過去のものであることを強調している。
要するに上品な嫌味である。
やり取りしていて気分のいい相手じゃないけど、カリナも貴族令嬢だから適当な扱いもできないし……
「そちらの子がミリーリア様の教え子ですか?」
「あいりす・れおにすともうします」
「あら、これはご丁寧に。カリナ・ブラインですわ」
アイリスと自己紹介を交わすカリナ。レオニス家の名前に反応しないってことは、カリナも私がレオニス家に嫁いだことは知っているんだろう。
「アイリスさん、ミリーリア様に無理をさせてはいけませんよ」
「……?」
「聞いていませんか? ミリーリア様は一か月と少し前、王城で事故に遭っているのです。聖女の力の大半を失ってしまうほどの大怪我を負ったのですよ」
「っ」
ぎょっとしたようにこっちを見てくるアイリス。その目はちょっと泣きそうになっている。
「わ、わたし、せんせいにあまえてばかりで」
「気にしなくていいわよアイリス、怪我はすぐに他の聖女に治してもらったもの。もうすっかり元気よ」
「そ、そうですか」
「あら、余計なことを言ってしまったでしょうか」
ぬけぬけと言うカリナ。絶対わざとでしょうが。アイリスにいらん心配かけないように黙ってたのに……!
一か月と少し前、ミリーリアは王城の階段から落ちた。
頭を打ち、血を流して気絶。目を覚ました時には、聖女の力の大半は失われた。
私が転生したのもその時だ。
事故の原因は、ミリーリアが階段から足を踏み外したせいということになっている。
ミリーリアは“万能の聖女”として、さらに王太子の婚約者として多忙な日々を送っていた。疲労からめまいを起こしてしまったのだろう、と。
確かに事故の瞬間、ミリーリアの記憶は混濁している。
けれど、気になることもあるのよね。あの瞬間、確かに誰かに背中を押されたような覚えがあるのだ。階段から転がり落ちる途中、誰かが上のほうに立っていた気もする。
……まあ、それを言っても他に目撃者はいなかったから、事故扱いは変わらなかったけれど。
「特に私たちに用がなければ、失礼しますね」
とりあえず、さっさとカリナからは距離を取ろう。話していてもストレスが溜まる一方だ。
「お待ちください、ミリーリア様。私、実はお話しないといけないことがありまして」
ええー……
「何でしょうか?」
「私、ここしばらく王都を離れておりました。聖女の座を得る試練のためです。そして私は無事、それを達成しました。あとは教皇様に報告すれば、私は新たな聖女となります」
「え?」
聖女? カリナが?
得意げに言うカリナだけど、聖女候補としての実力はそこまでパッとしなかったはず。なぜ急にカリナが聖女になることができるのだろう。
とても信じられないけど、カリナの態度を見る限り嘘には見えない。
戸惑う私にカリナはさらに爆弾を投げてくる。
「もう一つ、ミリーリア様には複雑なことかもしれませんが……聖女認定を得た際には、フェリックス王太子殿下と婚約を結ぶことになっております」
「……」
フェリックス王太子殿下。
それは私が聖女の座を追われると同時、婚約破棄してきた人物の名前だ。
この国では、政治的な目的で聖女の血を王家に取り込むしきたりがある。
カリナが本当に聖女になるなら、婚約者不在のフェリックス殿下の相手に選ばれる可能性があるのはわかるけど……タイミングが良すぎない?
カリナは優越感をにじませながら、私にあるものを差し出してきた。
「実は私、フェリックス様からこれを預かっていますの。――ミリーリア様と贈り合ったという婚約指輪は、もう着けることはないからお返しする、と」
それは指輪だった。
かつてフェリックス殿下とミリーリアが幼い頃にお互いに贈った婚約者同士であることを示すもの。
「あ……」
私は呆然とそれを受け取った。
フェリックス殿下とはほとんど話したことはない。金髪のイケメンで、そんなに好みじゃないなー、というくらい。まともに会話したのは婚約破棄を告げられる時くらいだろう。
私はフェリックス殿下にかけらも興味を抱いていない。
あくまでただの他人。
好意なんてもってのほかだ。
でも、転生前のこの体の主――ミリーリアは違う。
ミリーリアは十歳で聖女になり、フェリックス殿下の婚約者に選ばれてから、将来は王妃になるのだと必死に努力してきた。それも激務である聖女の仕事を続けながら。
聖女の仕事は国内に限らない。
“万能の聖女”として複数の力を使いこなすミリーリアは、聖女随一のユーティリティープレイヤーだ。過労で何度も倒れ、そのたびに自分を治癒魔術で治し、与えられた責務を果たした。
わずかな休みは王妃としての勉強に費やした。
おそらくミリーリアはフェリックス殿下のことが好きだったんじゃないだろうか。
そうでなければ、あそこまで頑張れない。
そのせいかしら。
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