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洗礼の儀

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「ここが王立図書館」

「おうりつとしょかん」

「ここが市場ね」

「いちば……!」

「で、ここがお城の前」

「おしろ!」

「……」

「……せんせい? どうして、ぷるぷるふるえているんですか?」

「な、何でもないわ」

 助けてください。天使がいます。可愛くて死んでしまいます。

 浄化結晶を手に入れたことで、アイリスは呪いの影響を受けずに屋敷の外に出られるようになった。今は馬車で王都の名所をいろいろと回っているところだ。

「おおきな、たてものが、いっぱいありますね。それに、ひとがいっぱいいます。そとは、こんなふうになっているんですねっ」

 興奮気味に話すアイリスだけど、それも当然だろう。
 アイリスは生まれてすぐに呪いに侵された。だから浄化の結界が張られた屋敷に出たのは初めてなのだ。
 しばらく王都を馬車で巡ったあと、屋敷に戻る。
 私はアイリスに確認した。

「アイリス、体は大丈夫? つらかったりしない?」

「はい。せんせいがくれた、くびかざりのおかげで、へいきです」

 そう言うアイリスの表情をじっと観察してみるけど、気を遣って嘘を吐いている様子はない。
 これなら……大丈夫かしら。

「それじゃあ、アイリス。明日から聖女教育に入るわ」

「……! はい!」

 私は教皇様からじきじきにアイリスの聖女教育を任されている。アイリスの体が心配だったから後回しにしていたけど……外に出ても問題ない体調になったなら、始めても問題ないだろう。

「でも、きょうから、じゃないんですか?」

 首を傾げるアイリスに私は言った。

「ええ。先に“洗礼の儀”を受けないといけないの。だからアイリス、明日は教会に行くわよ」





 洗礼の儀。
 それは聖女教育をするうえで避けて通れない儀式のことだ。

 聖女となるには、聖女の力をコントロールできる体質にならなくてはいけない。そのために、精霊――意思を持つ魔力の塊と契約を行い体に宿ってもらう。
 宿した精霊の質や数によって、その聖女候補の素質がわかると言われる。

 この洗礼の儀は、教会で行う決まりだ。
 教皇様からはアイリスの場合は特例として、神父をレオニス邸に向かわせると言っていたけど……アイリスの体調が問題なくなった以上、こっちから出向く方がいいだろう。

 というわけで翌日、私とアイリスは馬車に乗って教会へと向かった。

「……」

 私の隣では、アイリスが硬い表情で座っている。緊張しているみたいだ。

 余談だけど、アイリスの今日の服装は事前に用意していた修道服である。一番小さいサイズなのに、立ち上がるとスカートの裾が地面につきそうなのが萌えポイント。

 私はアイリスに声をかけた。

「アイリス、大丈夫よ。洗礼の儀を行うのは子どもが多いから、そこまできちんと礼儀作法が問われるわけじゃないわ」

「は、はい」

「聖水で描かれた円の中に入ってから、ひざまずいて『偉大なる神ウェインよ、その力の一端を授けたまえ』と祈るだけ。失敗してもやり直したらいいだけなんだから」

「わ、わかりました。いだいなるかみうぇいんよ、そのちからのいったんをさずけたまえ、ですね」

 うーん、全然緊張が解けている感じがしない。こういう時は……

「アイリス、いいおまじないを教えてあげるわ。手のひらに人と書いて、それを飲めば緊張がなくなるわよ」

「ひととかいて、のむ」

 オウム返しするアイリス。ぴんときていないみたいだったので、私はアイリスをひょいと持ち上げて膝に座らせた。
 アイリスの小さな右手を優しく握り、アイリスの左手に『人』と書いてからその左手をアイリスの口にあてがう。
 余談だけどこの世界において、私は日本語のような感覚でこの世界の文字を書くことができる。日本語ではないんだけど、なぜか操る感覚は日本語なので不思議な感じだ。

「こういう感じよ」

「なるほど」

 理解したらしいアイリスは、私の補助なしで何度かその動作を繰り返す。
 それから、はっとしたように言った。

「ほんとうに、きんちょうが、とけてきました!」

「そ、そう? それはよかったわ」

「はい!」

 アイリス……なんて素直なの……!
 この子将来悪徳商人に壺とか買わされないかしら。心配だ。

 そんなことをしている間に目的地に着いた。




 ウェイン教はウェインライト王国においてきわめて大きな力を持っている。

 なにせ国の名前にもなっているくらいだし。そんなわけで王都にある教会本部は、王城に匹敵するほど大きく立派な建物である。
 教会本部の敷地内に入ると、すでに話を通しておいたこともあり、案内役の人が待っていた。その人物は眼鏡をかけた、優しそうな白髪の老人で――って教皇様じゃない!

「教皇様、どうして自ら出迎えなんか!」

 教皇様といえばウェイン教における一番高い地位の人だ。この国においては国王様に近しい権力を有する重要人物である。そんな人が出迎えなんてとんでもないことだ。

 慌てて馬車を降りる私に、教皇様は苦笑を浮かべた。

「このくらいはさせてほしいですね。ミリーリア、事故に遭ったばかりのあなたに、他の聖女候補の教育まで任せようとしている……未来のためとはいえ、酷なことをさせている自覚はあるのですよ」

 申し訳なさそうに言う教皇様。いい人だ……!
 まあ、実際はアイリスの教育係は酷どころかただのご褒美なんですけども。

「はじめまして、きょうこうさま。あいりす・れおにすといいます」

 私に続いて降りてきたアイリスが教皇様に挨拶をする。

「おや、ご丁寧にありがとうございます。私はウェイン教の教皇を務める、レーゼン・リンスタッドと申します。……君は原因不明の呪いにかかっていると聞いていました。あのフローラでさえ結界によって呪いの進行を抑えることが限界だったと。まさかこんなに元気な姿で会えるとは」

 私の友人でもある“浄化の聖女”の名前を出しつつ喜びを口にする教皇様。

 あー、屋敷の結界ってあの子が張ったものだったのか。知らなかったけど、納得だ。数人いる聖女の中でも、彼女以上に呪いへの対処が得意な人間はいない。

 同時に、そんなフローラでもアイリスの呪いを除去することはできないという事実が重くのしかかるわけだけど。
 これは彼女が王都に寄ったタイミングでがっつり話を聞きたいところね。

「せんせいがくれた、くびかざりのおかげで、げんきになりました!」

「それも聞いていますよ。ミリーリア、どうやってアイリスの呪いを抑える石の情報など得たのですか?」

「……ほ、本を読みまして」

「本?」

「く、詳しくは思い出せないのですが、どこかの書庫で、そんな感じの伝承を見たんです」

 ふむ、と教皇様は顎に手を当てる。

「どうやら詳しく覚えてはいないようですね。……ミリーリアは聖女の仕事で国外に出ることも多かった。貴重な情報に触れる機会もあったでしょう。もし何か思い出せたら、教えてください」

「わ、わかりました」

 ごめんなさい教皇様。そのネット小説、この世界にはないんです。

「話し込んでしまいましたね。では、祈祷の間に行きましょう。洗礼の儀はそこで行います」

 教皇様自らの案内により、私たちは教会の中を移動していく。
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