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「ほら見て、アイリス! 広い川よ! 水面がキラキラ輝いていて綺麗でしょう!」
『はい、せんせい。これが、かわなのですね。はじめてみました』
「あっちには水鳥がいるわ!」
『わあ、さかなをまるのみに、しましたね!』
私が手鏡の鏡面を馬車の外に向けると、手鏡からアイリスの嬉しそうな声が帰ってくる。外の景色を見られるのが楽しいのか、さっきからアイリスの声が弾んでいて可愛い。
現在私はウェインライト王国北の国境沿いにある、サルクト山地に向かっている最中だ。
「み、ミリーリア様、楽しそうですね」
困惑したような顔で言ってくるのは私につけられたメイドのリタだ。
年が近いから、と私の付き人になった彼女は十六歳。黒髪黒目で常識人な雰囲気の彼女だけど、名門レオニス家のメイドだけあって、仕事ぶりはとても有能である。
そんな彼女は私を見てちょっと顔を引きつらせている。
……はしゃぎ過ぎたかしら? でも、アイリスとお話しながら馬車の外の景色を眺めるのが楽しいので仕方ない。
「ごめんなさいね。アイリスに素敵な景色を見せてあげられるのが嬉しくて。わざわざ通信用の魔道具を買った甲斐があったわ」
私の持っている手鏡は、遠距離通信を可能とする魔道具だ。
二つ一組のこの手鏡があれば、もう片方を持つ相手とどこにいても顔を見て話すことができる。
元の世界でいうビデオ通話のようなイメージだ。
「つかぬことをお聞きしますが、ミリーリア様」
真剣な顔でリタが尋ねてくる。
「何かしら?」
「……その魔道具のお値段はいくらでした?」
「五百万ユールってところね」
「へ、平民の年収まる二年分……!?」
聖女の仕事には給金が出る。ミリーリアは複数の聖女の力が使えたので、現役時代は国内外問わず引っ張りだこだった。
そのため莫大な貯金があるのだ。五百万ユールくらいなんてことない。お金よりアイリスと何日も離れ離れになってしまうことのダメージのほうが深刻だ。
というわけで、サルクト山地行きを決めたその日に、王都の魔道具店に行って買ってきたのである。
「アイリスの笑顔のためなら惜しくはないわ」
「……何だか私、ミリーリア様のことを誤解していたかもしれません……すごい悪女って聞いて怖がっていたのは何だったんでしょう……」
「?」
ぼそりと言うリタ。一体何のことかしら?
「というか、仕方ないのよ。アイリスは呪いのせいで、結界のある屋敷からは出られないのだから。外でもお話するには通信用の魔道具を使うしかないわ」
呪い。
魂そのものに作用する毒のようなものだ。
アイリスの体は、生まれつき強い呪いにむしばまれている。
原作において、成長したアイリスはこの呪いを自らの聖女の力で抑え込んでいた。しかし物語の終盤、主人公への劣等感や焦りから、アイリスはこの呪いを抑えきれず、怪物の姿へと変貌してしまうのだ。
この呪いの正体なんだけど、原作を読んでいた私は当然知っている。
それはかつて聖女に討たれた悪魔の魂である。
悪魔は肉体こそ滅んだものの、魂だけとなってウェインライト王国をさまよっていた。そんな中、悪魔の魂は高い魔力を持つアイリスを発見。
その肉体を乗っ取ってよみがえろうと、アイリスが赤ちゃんの頃から体に住み着いていたわけ。
原作でアイリスが変貌した怪物というのは、受肉した悪魔のことなのだ。
この悪魔の力は強いので、聖女の力でも追い払うことはできない。
一か月前の事故のせいで、力の大半を失っている私ならなおさらである。
しかし追い払うのは無理でも、成長したアイリスがそうしたように、抑え込むことはできる。
それにはあるアイテムが必要で、サルクト山地行きはそのためである。
リタが尋ねてくる。
「それでミリーリア様、結局サルクト山地には何をしに行くんですか?」
「神様の力の一部を封じた石を取りに行くのよ」
「……はい?」
原作では終盤にならないと情報開示すらされないアイテム。
アイリスの健康のために、さっさと回収させてもらうとしよう。
『はい、せんせい。これが、かわなのですね。はじめてみました』
「あっちには水鳥がいるわ!」
『わあ、さかなをまるのみに、しましたね!』
私が手鏡の鏡面を馬車の外に向けると、手鏡からアイリスの嬉しそうな声が帰ってくる。外の景色を見られるのが楽しいのか、さっきからアイリスの声が弾んでいて可愛い。
現在私はウェインライト王国北の国境沿いにある、サルクト山地に向かっている最中だ。
「み、ミリーリア様、楽しそうですね」
困惑したような顔で言ってくるのは私につけられたメイドのリタだ。
年が近いから、と私の付き人になった彼女は十六歳。黒髪黒目で常識人な雰囲気の彼女だけど、名門レオニス家のメイドだけあって、仕事ぶりはとても有能である。
そんな彼女は私を見てちょっと顔を引きつらせている。
……はしゃぎ過ぎたかしら? でも、アイリスとお話しながら馬車の外の景色を眺めるのが楽しいので仕方ない。
「ごめんなさいね。アイリスに素敵な景色を見せてあげられるのが嬉しくて。わざわざ通信用の魔道具を買った甲斐があったわ」
私の持っている手鏡は、遠距離通信を可能とする魔道具だ。
二つ一組のこの手鏡があれば、もう片方を持つ相手とどこにいても顔を見て話すことができる。
元の世界でいうビデオ通話のようなイメージだ。
「つかぬことをお聞きしますが、ミリーリア様」
真剣な顔でリタが尋ねてくる。
「何かしら?」
「……その魔道具のお値段はいくらでした?」
「五百万ユールってところね」
「へ、平民の年収まる二年分……!?」
聖女の仕事には給金が出る。ミリーリアは複数の聖女の力が使えたので、現役時代は国内外問わず引っ張りだこだった。
そのため莫大な貯金があるのだ。五百万ユールくらいなんてことない。お金よりアイリスと何日も離れ離れになってしまうことのダメージのほうが深刻だ。
というわけで、サルクト山地行きを決めたその日に、王都の魔道具店に行って買ってきたのである。
「アイリスの笑顔のためなら惜しくはないわ」
「……何だか私、ミリーリア様のことを誤解していたかもしれません……すごい悪女って聞いて怖がっていたのは何だったんでしょう……」
「?」
ぼそりと言うリタ。一体何のことかしら?
「というか、仕方ないのよ。アイリスは呪いのせいで、結界のある屋敷からは出られないのだから。外でもお話するには通信用の魔道具を使うしかないわ」
呪い。
魂そのものに作用する毒のようなものだ。
アイリスの体は、生まれつき強い呪いにむしばまれている。
原作において、成長したアイリスはこの呪いを自らの聖女の力で抑え込んでいた。しかし物語の終盤、主人公への劣等感や焦りから、アイリスはこの呪いを抑えきれず、怪物の姿へと変貌してしまうのだ。
この呪いの正体なんだけど、原作を読んでいた私は当然知っている。
それはかつて聖女に討たれた悪魔の魂である。
悪魔は肉体こそ滅んだものの、魂だけとなってウェインライト王国をさまよっていた。そんな中、悪魔の魂は高い魔力を持つアイリスを発見。
その肉体を乗っ取ってよみがえろうと、アイリスが赤ちゃんの頃から体に住み着いていたわけ。
原作でアイリスが変貌した怪物というのは、受肉した悪魔のことなのだ。
この悪魔の力は強いので、聖女の力でも追い払うことはできない。
一か月前の事故のせいで、力の大半を失っている私ならなおさらである。
しかし追い払うのは無理でも、成長したアイリスがそうしたように、抑え込むことはできる。
それにはあるアイテムが必要で、サルクト山地行きはそのためである。
リタが尋ねてくる。
「それでミリーリア様、結局サルクト山地には何をしに行くんですか?」
「神様の力の一部を封じた石を取りに行くのよ」
「……はい?」
原作では終盤にならないと情報開示すらされないアイテム。
アイリスの健康のために、さっさと回収させてもらうとしよう。
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