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悪女?
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「陛下め……どうして俺が結婚など」
俺――フォード・レオニスは溜め息を吐いた。
執務室で溜まった仕事を片付けているが、今日はいまいち進みが悪い。
「荒れていらっしゃいますね、フォード様」
声をかけてくるのは洒脱な印象を振りまく茶髪の男。
従者のケビン・テイルコードだ。
「当然だ。ただでさえ騎士団の仕事と政務で多忙だというのに、このうえ結婚? 冗談ではない」
「公爵家当主なんですから、ふさわしい地位の女性をめとるのは義務みたいなものでしょうに」
「今でなくてもいいだろう。それに相手はあのミリーリア・ノクトールなのだぞ?」
「あー……まあ……」
ケビンは俺の言いたいことを理解したかのように苦笑した。
ミリーリア・ノクトール。
ウェインライト王国には数人の聖女がいるが、彼女は中でも抜きんでた実力を持っていた。治癒、浄化、破魔、豊穣、結界――聖女の力をいくつも使いこなし、そのどれもが一級品。
“万能の聖女”と呼ばれ、その期待から王太子の婚約者でもあった。
外見についても、客観的に見て優れている。絹を束ねたような金髪に、薔薇のような赤い瞳、陶器のように白い肌。夜会に彼女が参加すれば、男女問わず視線が集まる。
しかしそれらの美点と引き換えに、その人格は悪女そのものと聞く。
気に入らないことがあれば怒鳴り声を上げ、付き人の聖女候補を虐げる。
諸外国に外遊に出れば現地の美男にところかまわず言い寄る悪癖もあったという。
そんな悪女だったからこそ、一か月前の事故によって聖女の力の大半を失った際、王太子からあっさり婚約破棄を言い渡されたのだろう。
しかも聖女としての才能が惜しいからと、その血をレオニス家に取り込むよう陛下から命じられた。
謁見の間でそれを言い渡された時ほど、独身だったことを後悔したことはない。
ケビンがとりなすように言う。
「ま、まあまあフォード様。さすがにミリーリア様もご実家の立場を考えれば、そういう突飛なことはできないはずです。案外大人しい淑女として、立派に家政を取り仕切ってくれるかもしれませんよ?」
「だといいがな」
俺はかけらも期待をこめずに呟いた。
――と。
コンコン、と執務室の扉がノックされる。
「ミリーリアです。フォード様、少しだけお時間をいただけますか?」
噂をすればだ。
俺は溜め息を吐きながら「入れ」と告げる。
「お仕事中に失礼いたします。フォード様にお話ししたいことが」
「前置きはいい。手短に話せ。俺は忙しい」
俺が促すと、「手短に、ですか……」と呟いた後、ミリーリアはこんなことを言った。
「明日からサルクト山地に向かいます。ですので、一応ご報告をと」
俺は思わず目を瞬かせた。
「……サルクト山地? あの国境沿いのか?」
「はい」
「何をしに?」
「それは原作……じゃなくて、浄化の……でもなくて」
ミリーリアは何やら視線を泳がせた後、グッと親指を立てる謎の仕草とともに言い放った。
「登山が趣味なので!」
登山。
令嬢が、登山……?
俺の怪訝な表情を見ていたたまれない気持ちになってきたのか、ミリーリアはわざとらしく咳ばらいをしてから早口で言った。
「そういうわけですので、しばらく屋敷を空けます! どうかご承知おきくださいませ! では!」
ミリーリアは執務室を出て行った。
ケビンがぼかんとしたまま言う。
「……フォード様。登山というのは何かの隠語なんでしょうか」
「……仕事に戻れ」
俺は見なかったことにした。
俺――フォード・レオニスは溜め息を吐いた。
執務室で溜まった仕事を片付けているが、今日はいまいち進みが悪い。
「荒れていらっしゃいますね、フォード様」
声をかけてくるのは洒脱な印象を振りまく茶髪の男。
従者のケビン・テイルコードだ。
「当然だ。ただでさえ騎士団の仕事と政務で多忙だというのに、このうえ結婚? 冗談ではない」
「公爵家当主なんですから、ふさわしい地位の女性をめとるのは義務みたいなものでしょうに」
「今でなくてもいいだろう。それに相手はあのミリーリア・ノクトールなのだぞ?」
「あー……まあ……」
ケビンは俺の言いたいことを理解したかのように苦笑した。
ミリーリア・ノクトール。
ウェインライト王国には数人の聖女がいるが、彼女は中でも抜きんでた実力を持っていた。治癒、浄化、破魔、豊穣、結界――聖女の力をいくつも使いこなし、そのどれもが一級品。
“万能の聖女”と呼ばれ、その期待から王太子の婚約者でもあった。
外見についても、客観的に見て優れている。絹を束ねたような金髪に、薔薇のような赤い瞳、陶器のように白い肌。夜会に彼女が参加すれば、男女問わず視線が集まる。
しかしそれらの美点と引き換えに、その人格は悪女そのものと聞く。
気に入らないことがあれば怒鳴り声を上げ、付き人の聖女候補を虐げる。
諸外国に外遊に出れば現地の美男にところかまわず言い寄る悪癖もあったという。
そんな悪女だったからこそ、一か月前の事故によって聖女の力の大半を失った際、王太子からあっさり婚約破棄を言い渡されたのだろう。
しかも聖女としての才能が惜しいからと、その血をレオニス家に取り込むよう陛下から命じられた。
謁見の間でそれを言い渡された時ほど、独身だったことを後悔したことはない。
ケビンがとりなすように言う。
「ま、まあまあフォード様。さすがにミリーリア様もご実家の立場を考えれば、そういう突飛なことはできないはずです。案外大人しい淑女として、立派に家政を取り仕切ってくれるかもしれませんよ?」
「だといいがな」
俺はかけらも期待をこめずに呟いた。
――と。
コンコン、と執務室の扉がノックされる。
「ミリーリアです。フォード様、少しだけお時間をいただけますか?」
噂をすればだ。
俺は溜め息を吐きながら「入れ」と告げる。
「お仕事中に失礼いたします。フォード様にお話ししたいことが」
「前置きはいい。手短に話せ。俺は忙しい」
俺が促すと、「手短に、ですか……」と呟いた後、ミリーリアはこんなことを言った。
「明日からサルクト山地に向かいます。ですので、一応ご報告をと」
俺は思わず目を瞬かせた。
「……サルクト山地? あの国境沿いのか?」
「はい」
「何をしに?」
「それは原作……じゃなくて、浄化の……でもなくて」
ミリーリアは何やら視線を泳がせた後、グッと親指を立てる謎の仕草とともに言い放った。
「登山が趣味なので!」
登山。
令嬢が、登山……?
俺の怪訝な表情を見ていたたまれない気持ちになってきたのか、ミリーリアはわざとらしく咳ばらいをしてから早口で言った。
「そういうわけですので、しばらく屋敷を空けます! どうかご承知おきくださいませ! では!」
ミリーリアは執務室を出て行った。
ケビンがぼかんとしたまま言う。
「……フォード様。登山というのは何かの隠語なんでしょうか」
「……仕事に戻れ」
俺は見なかったことにした。
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