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野営
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「……鼻がいたい……」
「くかー……」
野営中、テントの中で目を覚ましてしまった。
顔の目の前にランドの甲羅がある。どうやら私は寝返りを打った拍子にランドの甲羅に鼻をぶつけてしまったらしい。どうりで鼻がじんじんすると……
目が冴えてしまったので、テントを出てみることにした。
見張りは「赤の大鷲」メンバーが交代でやってくれている。私も参加しようと思ったけれど、依頼人だからゆっくり休んでいてくれと全員からやんわり断られてしまったんですよね。
たき火のそばにはオルグの姿があった。
眠気が戻ってくるまで一緒にいさせてもらえるか頼んでみよう。
『……今回はいけるかもしれない。え? いや今までと同じって……そんなことないだろ。アリシアが――緑髪の、そうそう。アリシアがいるからまた違うんじゃねえかな……』
あれ、オルグは誰かと話している……?
とりあえず行ってみよう。
「オルグ、こんばんは」
「! あ、アリシアか」
「誰かと話していませんでした? 他の『赤の大鷲』の人は……いませんね」
「い、いや、独り言だ。気にしないでくれ」
「独り言でしたか」
誰かと話していたような気がしたけれど、たき火のそばにいるのはオルグだけだ。
椅子代わりの横倒しにした丸太にはオルグの大剣が立てかけられているけれど、まさかこれと会話していたなんてこともないだろうし。
「俺のことより、アリシアはどうしたんだ?」
焦ったように強引に話題を変えるオルグ。
別に独り言くらい気にしなくてもいいと思うんですが。
「ちょっと目が冴えてしまって。よければ眠気が戻ってくるまでお話してくれませんか?」
「ああ、そのくらいなら構わないぞ。俺もちょっと暇してたんだ」
「ありがとうございます」
オルグが横にずれて場所を開けてくれたので、遠慮なく隣に座らせてもらう。
「改めて、護衛依頼を受けてくれてありがとうございました」
「俺たちは普通に仕事をしてるだけだ……というかお礼を言うのはこっちかもしれないな。こんなに快適な野営は初めてだ」
「まあ、魔物除けをたくさん持ち込みましたからね」
私たちが野営している場所を囲むように魔物除けを四つ配置している。
ここはすでにトリッドの街から離れているので使うのを遠慮する必要はない。
「魔物除けだけじゃないだろ。冷却ポーションやら製水ポーションやら、うちの連中も感動してたぞ」
「あんなに喜んでもらえるとは思いませんでした」
蒸し暑い森の中でも快適に過ごせる冷却ポーション。
空気中から水分を取り出し水汲みの手間を省く製水ポーション。
他にも虫を遠ざける防虫ポーションに、美味しいスープの味を保存・再現できるスープポーションなどなど。
野営に役立ちそうなポーションをたくさん持ってきた私だったけれど、「赤の大鷲」のみんなに大絶賛されたのだ。
特にシドさんの反応がすごかった。
ブリジット並に目を輝かせていましたからね。
普段落ち着いているキールさんやマスドッグさんも何度も褒めてくれたので嬉しかった。
「あれ、『緑の薬師』では売ってないやつもあるよな? 売らないのか?」
「生産が追い付かないんですよね。あんなに喜ばれるなら、薬師ギルドを通じてレシピを公開してもいいかもしれません」
「絶対飛ぶように売れるぞ。特に冷却ポーションは革命的だった」
「あれは取引先が特殊なので何とも……相談してはみますが」
冷却ポーションはスカーレル商会に多く卸さなければならないし、レシピ公開も相談する必要があるだろう。
トリッドの街の冒険者たちには呪詛ヒュドラの件で恩があるので、できる限り彼らが使えるようにもしたいところだけれど。
「アリシアはもっと大きな工房を持つ気はないのか? 職人を何人も雇ったりして」
「人数が増えるとポーションの確認が難しくなりますからね。私が作るものには責任を持ちたいので、人数は極力絞りたいですね」
「こだわりがあるんだな」
「……ポーションに関して頑固すぎるとレンに――うちに来てくれている職人に怒られています……」
とはいえポーションの製造に責任を持ちたいという主義は譲れないので、今後も言われ続けることだろう。
他愛のない話をしているうちにだんだん眠くなってきた。
たき火の音、遠くに聞こえる虫の鳴き声、柔らかい月明かり。
……冷静に考えてこんなに落ち着ける環境もない気が。
気が付いたら私は座ったまま眠っていた。
▽
「……すぴー」
「アリシア? おい、アリシア……寝ちまったのか」
「赤の大鷲」リーダーのオルグの肩には一人の少女が頭を預けている。
調合師アリシア。
以前魔物との戦いで失ったオルグの腕を再生させてくれた恩人だ。
最初はただ恩を返さなくてはならないと思っていた。
しかし同じ街で暮らし、何度か話しているうちに気が付いたら好きになっていた。
(……本当に可愛いな)
オルグに言わせればアリシアの魅力はその表情だ。ぱっと見は感情の乏しそうな印象なのに、何かあるとすぐに表情が変わる。見慣れないと変化もわからないかもしれないが、それがわかるようになってくると目が離せなくなる。
一度惹かれてしまうと後は速かった。
ポーションのことになると目を輝かせるところは可愛いし、無邪気かと思えば深い知識を持っているところは尊敬できる。
見ていて危なっかしいので守ってあげたくなるし、巨万の富を築けるほどのポーション作りの実力を持ちながら、その力の使いどころがひたすら人助けなのもいじらしい。
会うたびにアリシアの魅力を見つけてしまい、今ではオルグは引き返せないくらいアリシアのことが好きになっていた。
(今でも女が苦手なことは変わらないのになあ……)
無防備に体重を預けられ、オルグの心臓がうるさく鳴り続けている。
自分の魅力にまったく気付いていなさそうなのもたまらなく可愛い。
普通の女はこんなに簡単に男に寄りかかったりしないだろう。
けれどどうせ「もっと男を警戒しろ」と言ったところで、アリシアはきょとんとした顔を浮かべるに違いないのだ。
「くそ……可愛いなあ……」
オルグはまいったというように呟く、
当然爆睡中のアリシアはそれに気付くようなことはない。
その後もオルグはキールが見張りの交代にやってくるまで、ひたすらアリシアを抱きしめたい衝動と戦い続ける羽目になるのだった。
「くかー……」
野営中、テントの中で目を覚ましてしまった。
顔の目の前にランドの甲羅がある。どうやら私は寝返りを打った拍子にランドの甲羅に鼻をぶつけてしまったらしい。どうりで鼻がじんじんすると……
目が冴えてしまったので、テントを出てみることにした。
見張りは「赤の大鷲」メンバーが交代でやってくれている。私も参加しようと思ったけれど、依頼人だからゆっくり休んでいてくれと全員からやんわり断られてしまったんですよね。
たき火のそばにはオルグの姿があった。
眠気が戻ってくるまで一緒にいさせてもらえるか頼んでみよう。
『……今回はいけるかもしれない。え? いや今までと同じって……そんなことないだろ。アリシアが――緑髪の、そうそう。アリシアがいるからまた違うんじゃねえかな……』
あれ、オルグは誰かと話している……?
とりあえず行ってみよう。
「オルグ、こんばんは」
「! あ、アリシアか」
「誰かと話していませんでした? 他の『赤の大鷲』の人は……いませんね」
「い、いや、独り言だ。気にしないでくれ」
「独り言でしたか」
誰かと話していたような気がしたけれど、たき火のそばにいるのはオルグだけだ。
椅子代わりの横倒しにした丸太にはオルグの大剣が立てかけられているけれど、まさかこれと会話していたなんてこともないだろうし。
「俺のことより、アリシアはどうしたんだ?」
焦ったように強引に話題を変えるオルグ。
別に独り言くらい気にしなくてもいいと思うんですが。
「ちょっと目が冴えてしまって。よければ眠気が戻ってくるまでお話してくれませんか?」
「ああ、そのくらいなら構わないぞ。俺もちょっと暇してたんだ」
「ありがとうございます」
オルグが横にずれて場所を開けてくれたので、遠慮なく隣に座らせてもらう。
「改めて、護衛依頼を受けてくれてありがとうございました」
「俺たちは普通に仕事をしてるだけだ……というかお礼を言うのはこっちかもしれないな。こんなに快適な野営は初めてだ」
「まあ、魔物除けをたくさん持ち込みましたからね」
私たちが野営している場所を囲むように魔物除けを四つ配置している。
ここはすでにトリッドの街から離れているので使うのを遠慮する必要はない。
「魔物除けだけじゃないだろ。冷却ポーションやら製水ポーションやら、うちの連中も感動してたぞ」
「あんなに喜んでもらえるとは思いませんでした」
蒸し暑い森の中でも快適に過ごせる冷却ポーション。
空気中から水分を取り出し水汲みの手間を省く製水ポーション。
他にも虫を遠ざける防虫ポーションに、美味しいスープの味を保存・再現できるスープポーションなどなど。
野営に役立ちそうなポーションをたくさん持ってきた私だったけれど、「赤の大鷲」のみんなに大絶賛されたのだ。
特にシドさんの反応がすごかった。
ブリジット並に目を輝かせていましたからね。
普段落ち着いているキールさんやマスドッグさんも何度も褒めてくれたので嬉しかった。
「あれ、『緑の薬師』では売ってないやつもあるよな? 売らないのか?」
「生産が追い付かないんですよね。あんなに喜ばれるなら、薬師ギルドを通じてレシピを公開してもいいかもしれません」
「絶対飛ぶように売れるぞ。特に冷却ポーションは革命的だった」
「あれは取引先が特殊なので何とも……相談してはみますが」
冷却ポーションはスカーレル商会に多く卸さなければならないし、レシピ公開も相談する必要があるだろう。
トリッドの街の冒険者たちには呪詛ヒュドラの件で恩があるので、できる限り彼らが使えるようにもしたいところだけれど。
「アリシアはもっと大きな工房を持つ気はないのか? 職人を何人も雇ったりして」
「人数が増えるとポーションの確認が難しくなりますからね。私が作るものには責任を持ちたいので、人数は極力絞りたいですね」
「こだわりがあるんだな」
「……ポーションに関して頑固すぎるとレンに――うちに来てくれている職人に怒られています……」
とはいえポーションの製造に責任を持ちたいという主義は譲れないので、今後も言われ続けることだろう。
他愛のない話をしているうちにだんだん眠くなってきた。
たき火の音、遠くに聞こえる虫の鳴き声、柔らかい月明かり。
……冷静に考えてこんなに落ち着ける環境もない気が。
気が付いたら私は座ったまま眠っていた。
▽
「……すぴー」
「アリシア? おい、アリシア……寝ちまったのか」
「赤の大鷲」リーダーのオルグの肩には一人の少女が頭を預けている。
調合師アリシア。
以前魔物との戦いで失ったオルグの腕を再生させてくれた恩人だ。
最初はただ恩を返さなくてはならないと思っていた。
しかし同じ街で暮らし、何度か話しているうちに気が付いたら好きになっていた。
(……本当に可愛いな)
オルグに言わせればアリシアの魅力はその表情だ。ぱっと見は感情の乏しそうな印象なのに、何かあるとすぐに表情が変わる。見慣れないと変化もわからないかもしれないが、それがわかるようになってくると目が離せなくなる。
一度惹かれてしまうと後は速かった。
ポーションのことになると目を輝かせるところは可愛いし、無邪気かと思えば深い知識を持っているところは尊敬できる。
見ていて危なっかしいので守ってあげたくなるし、巨万の富を築けるほどのポーション作りの実力を持ちながら、その力の使いどころがひたすら人助けなのもいじらしい。
会うたびにアリシアの魅力を見つけてしまい、今ではオルグは引き返せないくらいアリシアのことが好きになっていた。
(今でも女が苦手なことは変わらないのになあ……)
無防備に体重を預けられ、オルグの心臓がうるさく鳴り続けている。
自分の魅力にまったく気付いていなさそうなのもたまらなく可愛い。
普通の女はこんなに簡単に男に寄りかかったりしないだろう。
けれどどうせ「もっと男を警戒しろ」と言ったところで、アリシアはきょとんとした顔を浮かべるに違いないのだ。
「くそ……可愛いなあ……」
オルグはまいったというように呟く、
当然爆睡中のアリシアはそれに気付くようなことはない。
その後もオルグはキールが見張りの交代にやってくるまで、ひたすらアリシアを抱きしめたい衝動と戦い続ける羽目になるのだった。
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