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遭遇

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「宰相よ、そなたはアリシアについてどう思う?」

 アリシアの謁見が終わった後、執務室で国王エドワードは尋ねた。彼の視線の先には宰相ハリスが立っている。

「素晴らしい人材です。彼女のような調合師がこの国にいたとは」

「そうだな。実力については疑いようもない」

「EXランクの調合スキル持ちなど聞いたことがありません。他国に彼女が渡っていたらと思うとぞっとします。実際トマスから酷い扱いを受けていたようですし、その機会もあったことでしょう」

「そなたならアリシアをどう扱う」

「そうですね」

 宰相は顎に手を当てる。

「理想的なのは彼女を宮廷錬金術師として迎え入れ、国力を上げるためのポーションを作らせることでしょう。先日行った調査によれば、彼女は独創的なポーションを多く開発しています。戦争、農業、治安維持……彼女が全力を注げばこのナディア王国はさらなる飛躍をするでしょう」

 国王は頷くが、視線だけで続きを促す。
 宰相はおそらく国王が同じ考えに至っていることを察したうえで続ける。

「……しかし、同じく調査によって、アリシアがスカーレル商会と強い結びつきを持っていることもわかっています。今まで彼女が発見されなかったのもスカーレル商会の人間が守っていたからでしょう」

「スカーレル商会が絡んでいるとあっては、アリシアに対して強引な手段も取りにくいな」

「はい。スカーレル商会は世界的な大組織です。仮に商会長と対立すれば、ナディア王国の損害は計り知れません」

 アリシアがスカーレル商会の馬車に乗ってこの王都にやってきたことも調べがついている。おそらくスカーレル商会からの牽制だろうと宰相は推測していた。

 安易に勅命を出してアリシアを王城に招けばスカーレル商会と対立することになる。
 それは望ましくない。
 国王は言った。

「謁見の際、アリシアは覚醒ポーションとやらのレシピを覚えていないと言っていた。しかしそれは看破スキル持ちの文官によって謁見の後嘘だと伝えられた」

「! つまり、アリシアはスキルレベルを上げるポーションを作れるということですか」

「そうだろう。しかし、ではなぜアリシアはそのことを隠した? 余に背けば処罰されることなどわかりきっている」

「それは……」

「おそらく覚醒ポーションの副作用については真実だったのだろう。ゆえにアリシアは自らの作るポーションで誰かを死なせることを避けるため、嘘を吐いた。また、呪詛ヒュドラ討伐の褒美にも他者を思いやる発言をした。アリシアは良くも悪くも調合師としての矜持を持っているようだ」

「……確かに、そう考えられます」

「逆に言えば、人命のためなら簡単に協力を得られるということだ。スカーレル商会のこともある。今は静観しておいて問題ないだろう」

「かしこまりました」

 EXランクの調合スキルを持つ調合師、という稀有な人材の扱いが決まる。
 国王は肩をすくめた。

「それにしても、EXランクスキルとはな。驚いたが、安心もした」

 宰相は国王の言葉に何を言いたいのか気付いた。

「リヒター殿下のスキルのことですか?」

「そうだ。あの者のスキルは使いようによっては混乱をもたらす。アリシアと遭遇させまいと、あやつには今日城を出るよう政務を言いつけてあったが……無駄に終わったな」

 そう告げる国王の表情には苦労が滲んでいる。

 不敬だとは思いながら、宰相は心の中で同意するしかなかった。

 第一王子リヒター・デル・ナディリア。今年で十五歳になるナディア王国の正統後継者だが、彼には――正確には彼の生まれ持ったスキルには少々問題がある。使いようによっては国が割れかねないような危険なものなのだ。

 国王の命令によってスキル封じの魔道具をつけてはいるが、スキルが強力過ぎて完全には封じられていない。

 アリシアと遭遇した場合厄介な事態になるかもしれないと考えた国王は、先手を打ってリヒターを今日城外に出していたのだ。
 しかしアリシアのスキルについて明らかになったことで、心配はなくなった。

「とはいえ安心はできんな。アリシアは今研究棟か? 素材を受け取ったらすぐに城を出るよう伝えておけ」

「かしこまりました」

 そう言って宰相は頷いた。





 宰相が執務室から出て移動していく。
 その宰相から見えない位置に、一人の少年が潜んでいた。

 金髪のくせ毛が特徴的な美少年だ。外見だけなら天使のように愛らしいが、瞳の奥にはなにか底知れない影が滲んでいた。

 ふーむ、と口元に手を当てて少年は呟く。

「父上が急に城を出ろなんて言うから、気になって城にとどまってみたら……なんだかおもしろいお客さんが来てるみたいだね。せっかくだし顔くらい見ておこうかな」

 少年は薄い笑みを浮かべてそう呟いた。





「蒼天草をはじめとする稀少素材に、大量の魔力に耐えるポーション瓶まで……ふふ、王都まで来た甲斐がありました」

「とても嬉しそうだねアリシア君」

「はい! これでまた新しいポーションが作れます!」

 謁見の後、私は呪詛ヒュドラ討伐に貢献した報酬として、ポーション開発に役立つ素材や道具をもらうために城内の研究棟へと足を運んだ。
 今はもらったものを抱え、案内役の兵士についてブラド様と一緒に王城の出口に向かっている途中だ。

 それにしてもさすがは宮廷錬金術師たち。
 彼らの根城である研究棟には、珍しい素材や調合器具がたくさんあった。

 ちなみに錬金術師というのは、調合師や魔道具職人といった、魔力を含んだ素材を扱う技術者のことを指す。その中でも高い倍率の試験や面接を潜り抜けたエリートが宮廷錬金術師になれるのだ。

「宮廷錬金術師たちとの議論が随分白熱していたね」

「そうですね。私なんかのポーションに興味を持っていただけるとは」

 宮廷錬金術師たちは私のスキルレベル以上に、調合レシピに興味を持ったようだった。
 お互いのレシピを交換したり、下処理のよりよいやり方を議論しているうちに錬金術師たちが全員集まってくる事態に。様子を見に来た宰相様は驚きつつ、仕事の邪魔をされては困るとやんわり怒られてしまった。

 ともあれ、楽しい時間を過ごすことができた。

「アリシア君は宮廷錬金術士になる気はないのかね?」

「今のところはありません。せっかく店も開いたことですし」

「ふむ。まあ、気が変わったら声をかけてくれ。私から口利きしよう」

「ありがとうございます、ブラド様」

 王都に来る前は色々と心配もしていたけれど、ふたを開けてみればなんてことはなかった。
 むしろ来てよかったと思えるほどだ。
 ルークの心配も杞憂に済んだようで何よりですね。
 そんなことを考えながら城内を移動していると――


「こんにちは、調合師さん。アリシアさん、というんでしたっけ?」


 私たちの行く手を遮るように、金髪の少年が現れた。

「――!」

 私の隣でブラド様が息を呑む。
 その反応に疑問を感じつつ、私は尋ねられたことに答えた。

「はい。私がアリシアで間違いありません。ええと、あなたは?」

 金髪の少年はにっこりと微笑んで美しい所作で礼をした。

「申し遅れました。僕はこの国の第一王子リヒター・デル・ナディリアと申します。アリシアさん、少しお話しませんか?」

 ……第一王子?
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