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冷却ポーション
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「これが用意してきた素材だ。この中にあるものは好きなだけ使ってくれていい」
「おお……」
店の前に止められていた馬車の荷台の中身を見て、私は唖然としてしまう。
ディーノさんは私にポーション作成の依頼をするにあたり、素材を提供すると申し出た。店の前に停まる荷馬車には、大量の魔力植物が載せられていた。中には滅多に手に入らないような稀少な素材も混ざっている。
「何が必要かわからねえから、とりあえず適当に詰め込んできた。足りなくなったら言ってくれればまた補充する」
「こんなに使ってしまっていいんですか!?」
「おうよ。それだけ今回の仕事には価値があると思ってるからな」
ディーノさんが新たに始めようとしている、水竜を用いた海運事業。その実現に向けて、ディーノさんはあらゆる手段をいとわないつもりのようだ。
「期限は……そうだな。三か月でどうだ?」
「三か月、ですか」
「新しいポーションを開発するんだ。時間もかかるだろうが、アリシアちゃんの力を見込んで短めに設定させてもらった。できるか?」
ディーノさんは鋭い目で私を見た。他にも様々な事業を抱えているスカーレル商会のトップであるディーノさんからすれば、時間はなにより貴重な財産だ。無制限に私に時間を与えることなんてできないだろう。
けど……
「あの、明日にはできますけど」
「えっ」
私が言うと、いつも余裕そうなディーノさんが珍しく素で驚いた声を発した。
ディーノさんが「マジで……? え、本当に明日できるの? うちの調合師たちでも匙投げたんだよ?」と繰り返すのを大丈夫ですと退け、レンたちに手伝ってもらって材料を屋敷の裏手に運び込む。
ちなみにディーノさんは仕事があるとかで帰っていった。
「……で、なんだよこの厚着は」
「あ、暑いですわ……」
レンとブリジットが呻くように言う。
二人には厚手の上着を着てもらっている。この辺りは一年を通して寒暖差はあるけれど、気温の幅はあまり大きくない。一年で一番暑い時期だろうと一番寒い時期だろうと、シャツと薄手の羽織りもの一枚で過ごせてしまうのがこの地域だ。
そんな中レンたちが来ているのは寒さの厳しい北の地方に対応した上着なのだから、暑くないわけがない。
「仕方ないんです。必要なことですから」
「いや、お前は普通の格好じゃねーか」
「私のことは気にしないでください」
私はレンの言う通り、いつも通りの服装だ。調合用の手袋だけはしっかりつけているけれど。
「もう意味がわからん」
「汗が、汗が止まりませんわ」
「……やっぱり二人とも、工房で待っていたほうがいいのでは?」
私が言うと、レンとブリジットは首を横に振った。
「わざわざ屋外でやる下処理なんて、なにが起こるか予想がつかん。アリシア一人にしとくのは怖い」
「私はお姉さまがどんな作業をするのか興味がありますわ!」
レンはぞっとしたように、ブリジットはにこやかにそんなことを言う。
まあ、二人とも見たいというなら拒否する理由はない。
いつまでも二人に暑い思いをさせるのは申し訳ないので、すぐに作業に移る。
「で、どんなポーションを作るんだよ」
レンが尋ねてくる。
「『冷却ポーション』というものです。まあ見ていてください」
必要な材料は以下のものだ。
・キリハキダケ
・火炎草
・ヒクイ草
あとは魔力水をはじめ、いくつか必要なものがあるけれど割愛する。
まずはキリハキダケの下処理。魔物除けを作る時と同じく、軸から水袋を取り除く。
スッ、ブチブチブチッ……
ナイフでキリハキダケの軸を切り裂き、中から水袋を取り出し廃棄用の袋へ。水袋以外の部分は、たっぷりの魔力水が待つ調合用の瓶の中に入れる。
次は火炎草とヒクイ草。これは両方同時に使う必要がある。
まずは地面にスコップで深さ五十センチほどの穴を掘る。
その底に根つきのヒクイ草を植え、事前に用意しておいた『爆薬ポーションⅢ』を――
「おい待てアリシア! お前それ爆薬ポーションじゃないか!?」
「二人とも、少しだけ伏せておいてくださいね」
「危険物を持ったままそんな普通のトーンで言うなよ! なにをするつもりなのか説明してくれ!」
「レン様、早く伏せませんと」
「お前も当然のように従ってるんじゃねえ!」
なかなかレンが頭を下げてくれない。
少し心配ではあるけれど……まあ、それなりに距離はあるから大丈夫だろう。私は穴の中に爆薬ポーションを放り込んだ。
「ちょっとだけ揺れますよ」
ドォンッ!
「うおっ!? や、やりやがったあいつ!」
ヒクイ草の待ち受ける穴の中に爆薬ポーションを放り込む。私が穴を掘ったのは爆薬ポーションの被害を抑えるためだ。工房の中で爆薬ポーションなんて使ったら大変なことになってしまう。
爆発が起こった直後、穴の中からにょきにょきと緑色のツルが伸びあがってくる。
それらは絡まり合って一本の木のようになると、その最上部に幅一メートルほどもある花を咲かせた。ツルの一部は分離し、触手のように不気味な動きを見せている。
「な、なんですのこの植物……? って、寒い! 急に寒くなりましたわ!」
「わざわざおれたちに厚着させたのはこのためか……」
巨大植物が現れた瞬間、周囲の気温が下がり始める。
せっかく立ち会っているのに目の前の光景の意味がレンたちに伝わらないのもなんだから、簡単に解説しておこう。
「このヒクイ草は、文字通り熱や炎を取り込んで成長する特徴があるんです。普通は麦と同じくらいの高さで成長を止めますが、爆薬ポーションを用いて大量の熱を一気に与えることで、その上限を超えることができます。この状態のヒクイ草は周囲から熱を奪い、あたり一帯を涼しくしてしまうんですね」
普通ならヒクイ草はせいぜい触るとひんやりする程度。
しかし爆薬ポーションで性質を強化することにより、より強い冷気を発するのだ。
ヒクイ草の扱いにおける裏技のようなものである。
『……』
「お、おい。なんかツルが妙にアリシアのほうに向いてないか?」
「活性化したヒクイ草は熱を求め、周囲の動物に襲い掛かる性質がありますから」
「それヤバいだろ!?」
「大丈夫です。こんな時のことを考えて――はいっ」
『……!』
私は用意していた火炎草をぎゅっと握って刺激を与えてから、真横に放り投げた。
刺激を受けた火炎草は地面に落ちると同時に燃え上がり、ヒクイ草のツルはより強い熱を求めてそっちに向かう。
火炎草を用意したのは、こうやって囮にするためだ。
あとは火炎草に夢中になっている間に、ヒクイ草を切り倒すだけ。刃物でやってもいいけれど……
「ブリジット、風魔術でヒクイ草を切り倒してもらってもいいですか?」
「お任せくださいませ! 【ウインドエッジ】!」
ヒュガッ!
ブリジットの手から飛び出した真空の刃がヒクイ草を切り倒した。根から離れ、すぐに動かなくなるヒクイ草。あとは素材である葉っぱを千切っていけばいい。
「ありがとうございます、ブリジット。助かりました」
「このくらいお安い御用ですわ!」
「……アリシアはともかく、ブリジットは順応早すぎだろ……」
胸を張るブリジットにねぎらいの意味を込めて頭を撫でる。やっぱりブリジットの風魔術は素晴らしい威力だ。
さて、ヒクイ草の葉を千切って瓶の中に入れていく。
作業を見ていたレンが声をかけてくる。
「おれたちも手伝うか?」
「気持ちはありがたいんですが、成長したヒクイ草は触ると指が凍ってしまうんです。手袋をしていない二人には手伝わせられません」
「ああ、それで手袋してるのか。……っていうか、そもそもお前は寒くないのか?」
「調合師をしていれば、このくらいは日常茶飯事です。レンもすぐに慣れますよ」
「お前は調合師をなんだと思ってるんだ」
レンはまだ十二歳。私と同じ年になるころには、きっとヒクイ草の処理も厚着なんてしなくてもできるようになるだろう。
「さすがアリシアお姉さまです!」
「お前はアリシアのことになると途端に盲目的になるよな、ブリジット……」
ブリジットの元気のいい言葉にレンが突っ込みを入れているのを聞きつつ、作業を続ける。
キリハキダケとヒクイ草の葉を入れた瓶に手をかざし……
「【調合】!」
『冷却ポーションⅤ』:周囲の温度を下げるポーション。とても高い効能。
瓶の中には、透き通るようなグレーの液体が詰まっていた。霧のように独特な動きを見せる液体のあちこちでは、極小の氷の粒が光を放っている。上空の雲をそのまま瓶の中に詰めたような見た目だ。
「できたのか?」
「はい。これで完成です」
駆け寄ってくるレンに瓶を見せると、レンは難しそうな顔になる。
「これが冷却ポーション……聞いたことないな」
「レン様も初めて見るポーションですの?」
「ああ。プロミアス領にいた頃にアリシアのオリジナルポーションはいくつも見たが、これには見覚えがない」
同じく駆け寄ってきたブリジットの疑問に答えつつ、首を傾げるレン。
「まあ、これは王都にいた頃に作ったものですから」
「王都にいた頃っていうと、ボスと出会う前とかか?」
「そうですね。お母様の病気を治すためにいろいろと研究をしていまして、その過程で作ったものです。冷やして保管したい素材があったので」
お母様の病気を治す研究における副産物のようなものだ。
「お前それ、当時十歳にもなってなかったんじゃないのか?」
「そうですね。懐かしい話です」
「お前……はあ、もういいや。アリシアだもんな」
「お姉さまは昔から凄い方だったんですのね!」
「結局これを用いた研究も無駄に終わってしまったわけですし、そこまで言われるほどではありませんよ。これができたのもほとんど偶然のようなものでしたし」
二人の言葉に苦笑を浮かべながら、私は庭に横たわるヒクイ草を見る。
ヒクイ草の葉はまだまだたくさんある。もちろんディーノさんの依頼のためにはいくつか冷却ポーションを作らなくてはいけないけれど、それでも余ってしまうだろう。
この辺りはあまり気温が変わらないとはいえ、最近は少しずつ暑くなってきていることだし……
「せっかくですから、冷却ポーションを使って氷菓でも作りますか? ランドに美味しい水を出してもらって、それを凍らせれば簡単にできます」
大きな氷を作って、それを削ってミルクや蜂蜜をかけて食べる。氷が貴重な王都なんかでは大人気のおやつだ。
「氷菓! とっても素敵な提案ですわ!」
「あれって貴族が食うような高級品じゃなかったか? いいのかよ――って、自前で氷が作れるならタダ同然でできるのか。アリシアと一緒にいると常識が壊れるな」
ヒクイ草を冷却ポーションに変え、ディーノさんに納品するぶんを確保してから、余ったうちの一本を使って氷菓を作る。もちろん閉店後だ。
氷菓は店の全員に好評で、しばらく定期的に作ることが決定するのだった。
「おお……」
店の前に止められていた馬車の荷台の中身を見て、私は唖然としてしまう。
ディーノさんは私にポーション作成の依頼をするにあたり、素材を提供すると申し出た。店の前に停まる荷馬車には、大量の魔力植物が載せられていた。中には滅多に手に入らないような稀少な素材も混ざっている。
「何が必要かわからねえから、とりあえず適当に詰め込んできた。足りなくなったら言ってくれればまた補充する」
「こんなに使ってしまっていいんですか!?」
「おうよ。それだけ今回の仕事には価値があると思ってるからな」
ディーノさんが新たに始めようとしている、水竜を用いた海運事業。その実現に向けて、ディーノさんはあらゆる手段をいとわないつもりのようだ。
「期限は……そうだな。三か月でどうだ?」
「三か月、ですか」
「新しいポーションを開発するんだ。時間もかかるだろうが、アリシアちゃんの力を見込んで短めに設定させてもらった。できるか?」
ディーノさんは鋭い目で私を見た。他にも様々な事業を抱えているスカーレル商会のトップであるディーノさんからすれば、時間はなにより貴重な財産だ。無制限に私に時間を与えることなんてできないだろう。
けど……
「あの、明日にはできますけど」
「えっ」
私が言うと、いつも余裕そうなディーノさんが珍しく素で驚いた声を発した。
ディーノさんが「マジで……? え、本当に明日できるの? うちの調合師たちでも匙投げたんだよ?」と繰り返すのを大丈夫ですと退け、レンたちに手伝ってもらって材料を屋敷の裏手に運び込む。
ちなみにディーノさんは仕事があるとかで帰っていった。
「……で、なんだよこの厚着は」
「あ、暑いですわ……」
レンとブリジットが呻くように言う。
二人には厚手の上着を着てもらっている。この辺りは一年を通して寒暖差はあるけれど、気温の幅はあまり大きくない。一年で一番暑い時期だろうと一番寒い時期だろうと、シャツと薄手の羽織りもの一枚で過ごせてしまうのがこの地域だ。
そんな中レンたちが来ているのは寒さの厳しい北の地方に対応した上着なのだから、暑くないわけがない。
「仕方ないんです。必要なことですから」
「いや、お前は普通の格好じゃねーか」
「私のことは気にしないでください」
私はレンの言う通り、いつも通りの服装だ。調合用の手袋だけはしっかりつけているけれど。
「もう意味がわからん」
「汗が、汗が止まりませんわ」
「……やっぱり二人とも、工房で待っていたほうがいいのでは?」
私が言うと、レンとブリジットは首を横に振った。
「わざわざ屋外でやる下処理なんて、なにが起こるか予想がつかん。アリシア一人にしとくのは怖い」
「私はお姉さまがどんな作業をするのか興味がありますわ!」
レンはぞっとしたように、ブリジットはにこやかにそんなことを言う。
まあ、二人とも見たいというなら拒否する理由はない。
いつまでも二人に暑い思いをさせるのは申し訳ないので、すぐに作業に移る。
「で、どんなポーションを作るんだよ」
レンが尋ねてくる。
「『冷却ポーション』というものです。まあ見ていてください」
必要な材料は以下のものだ。
・キリハキダケ
・火炎草
・ヒクイ草
あとは魔力水をはじめ、いくつか必要なものがあるけれど割愛する。
まずはキリハキダケの下処理。魔物除けを作る時と同じく、軸から水袋を取り除く。
スッ、ブチブチブチッ……
ナイフでキリハキダケの軸を切り裂き、中から水袋を取り出し廃棄用の袋へ。水袋以外の部分は、たっぷりの魔力水が待つ調合用の瓶の中に入れる。
次は火炎草とヒクイ草。これは両方同時に使う必要がある。
まずは地面にスコップで深さ五十センチほどの穴を掘る。
その底に根つきのヒクイ草を植え、事前に用意しておいた『爆薬ポーションⅢ』を――
「おい待てアリシア! お前それ爆薬ポーションじゃないか!?」
「二人とも、少しだけ伏せておいてくださいね」
「危険物を持ったままそんな普通のトーンで言うなよ! なにをするつもりなのか説明してくれ!」
「レン様、早く伏せませんと」
「お前も当然のように従ってるんじゃねえ!」
なかなかレンが頭を下げてくれない。
少し心配ではあるけれど……まあ、それなりに距離はあるから大丈夫だろう。私は穴の中に爆薬ポーションを放り込んだ。
「ちょっとだけ揺れますよ」
ドォンッ!
「うおっ!? や、やりやがったあいつ!」
ヒクイ草の待ち受ける穴の中に爆薬ポーションを放り込む。私が穴を掘ったのは爆薬ポーションの被害を抑えるためだ。工房の中で爆薬ポーションなんて使ったら大変なことになってしまう。
爆発が起こった直後、穴の中からにょきにょきと緑色のツルが伸びあがってくる。
それらは絡まり合って一本の木のようになると、その最上部に幅一メートルほどもある花を咲かせた。ツルの一部は分離し、触手のように不気味な動きを見せている。
「な、なんですのこの植物……? って、寒い! 急に寒くなりましたわ!」
「わざわざおれたちに厚着させたのはこのためか……」
巨大植物が現れた瞬間、周囲の気温が下がり始める。
せっかく立ち会っているのに目の前の光景の意味がレンたちに伝わらないのもなんだから、簡単に解説しておこう。
「このヒクイ草は、文字通り熱や炎を取り込んで成長する特徴があるんです。普通は麦と同じくらいの高さで成長を止めますが、爆薬ポーションを用いて大量の熱を一気に与えることで、その上限を超えることができます。この状態のヒクイ草は周囲から熱を奪い、あたり一帯を涼しくしてしまうんですね」
普通ならヒクイ草はせいぜい触るとひんやりする程度。
しかし爆薬ポーションで性質を強化することにより、より強い冷気を発するのだ。
ヒクイ草の扱いにおける裏技のようなものである。
『……』
「お、おい。なんかツルが妙にアリシアのほうに向いてないか?」
「活性化したヒクイ草は熱を求め、周囲の動物に襲い掛かる性質がありますから」
「それヤバいだろ!?」
「大丈夫です。こんな時のことを考えて――はいっ」
『……!』
私は用意していた火炎草をぎゅっと握って刺激を与えてから、真横に放り投げた。
刺激を受けた火炎草は地面に落ちると同時に燃え上がり、ヒクイ草のツルはより強い熱を求めてそっちに向かう。
火炎草を用意したのは、こうやって囮にするためだ。
あとは火炎草に夢中になっている間に、ヒクイ草を切り倒すだけ。刃物でやってもいいけれど……
「ブリジット、風魔術でヒクイ草を切り倒してもらってもいいですか?」
「お任せくださいませ! 【ウインドエッジ】!」
ヒュガッ!
ブリジットの手から飛び出した真空の刃がヒクイ草を切り倒した。根から離れ、すぐに動かなくなるヒクイ草。あとは素材である葉っぱを千切っていけばいい。
「ありがとうございます、ブリジット。助かりました」
「このくらいお安い御用ですわ!」
「……アリシアはともかく、ブリジットは順応早すぎだろ……」
胸を張るブリジットにねぎらいの意味を込めて頭を撫でる。やっぱりブリジットの風魔術は素晴らしい威力だ。
さて、ヒクイ草の葉を千切って瓶の中に入れていく。
作業を見ていたレンが声をかけてくる。
「おれたちも手伝うか?」
「気持ちはありがたいんですが、成長したヒクイ草は触ると指が凍ってしまうんです。手袋をしていない二人には手伝わせられません」
「ああ、それで手袋してるのか。……っていうか、そもそもお前は寒くないのか?」
「調合師をしていれば、このくらいは日常茶飯事です。レンもすぐに慣れますよ」
「お前は調合師をなんだと思ってるんだ」
レンはまだ十二歳。私と同じ年になるころには、きっとヒクイ草の処理も厚着なんてしなくてもできるようになるだろう。
「さすがアリシアお姉さまです!」
「お前はアリシアのことになると途端に盲目的になるよな、ブリジット……」
ブリジットの元気のいい言葉にレンが突っ込みを入れているのを聞きつつ、作業を続ける。
キリハキダケとヒクイ草の葉を入れた瓶に手をかざし……
「【調合】!」
『冷却ポーションⅤ』:周囲の温度を下げるポーション。とても高い効能。
瓶の中には、透き通るようなグレーの液体が詰まっていた。霧のように独特な動きを見せる液体のあちこちでは、極小の氷の粒が光を放っている。上空の雲をそのまま瓶の中に詰めたような見た目だ。
「できたのか?」
「はい。これで完成です」
駆け寄ってくるレンに瓶を見せると、レンは難しそうな顔になる。
「これが冷却ポーション……聞いたことないな」
「レン様も初めて見るポーションですの?」
「ああ。プロミアス領にいた頃にアリシアのオリジナルポーションはいくつも見たが、これには見覚えがない」
同じく駆け寄ってきたブリジットの疑問に答えつつ、首を傾げるレン。
「まあ、これは王都にいた頃に作ったものですから」
「王都にいた頃っていうと、ボスと出会う前とかか?」
「そうですね。お母様の病気を治すためにいろいろと研究をしていまして、その過程で作ったものです。冷やして保管したい素材があったので」
お母様の病気を治す研究における副産物のようなものだ。
「お前それ、当時十歳にもなってなかったんじゃないのか?」
「そうですね。懐かしい話です」
「お前……はあ、もういいや。アリシアだもんな」
「お姉さまは昔から凄い方だったんですのね!」
「結局これを用いた研究も無駄に終わってしまったわけですし、そこまで言われるほどではありませんよ。これができたのもほとんど偶然のようなものでしたし」
二人の言葉に苦笑を浮かべながら、私は庭に横たわるヒクイ草を見る。
ヒクイ草の葉はまだまだたくさんある。もちろんディーノさんの依頼のためにはいくつか冷却ポーションを作らなくてはいけないけれど、それでも余ってしまうだろう。
この辺りはあまり気温が変わらないとはいえ、最近は少しずつ暑くなってきていることだし……
「せっかくですから、冷却ポーションを使って氷菓でも作りますか? ランドに美味しい水を出してもらって、それを凍らせれば簡単にできます」
大きな氷を作って、それを削ってミルクや蜂蜜をかけて食べる。氷が貴重な王都なんかでは大人気のおやつだ。
「氷菓! とっても素敵な提案ですわ!」
「あれって貴族が食うような高級品じゃなかったか? いいのかよ――って、自前で氷が作れるならタダ同然でできるのか。アリシアと一緒にいると常識が壊れるな」
ヒクイ草を冷却ポーションに変え、ディーノさんに納品するぶんを確保してから、余ったうちの一本を使って氷菓を作る。もちろん閉店後だ。
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